最終話 ピアノのノッコさん
ノッコは守に自分の過去のすべてを話し終えた。
公園は夜なので相変わらず夜風が寒かった。
守はずっとうつむいたままその話を聞いていたようだった。
「これが私の過去のすべてよ。」
守はしばらく黙っていたが、やがて重たい口を開いた。
「ノッコさんは、その源さんというおじいさんに命を助けられて・・・それで自分も同じように人の命を助けたいと思ったの?」
守が急に率直なするどい意見を言った。ずっと静かに話を聞いているだけだった守が久しぶりに口を開けた。
「分からないは・・・今の今までそんなこと忘れてた。でも、守くんを見てたらなぜか昔の自分を思い出しちゃったの。あの時死にたいって一瞬思った自分と重ねあわせてしまったのかも。だから守君のこともほっとけなくなったの。死にたいほど苦しい想いを抱えている人を助けたいって思ったのよ。だから・・・守君の言うとおり・・・多分心の中では辛い過去のこととか源さんのこととか私は色々なことずっと引きずってて・・・忘れたくて・・・でも、忘れられなくて・・だからこそ今度は私が誰かを助けたいって思ったのかも・・・」
「・・・」
「でも、一つだけはっきりと言えることがある。それはね・・・当たり前だけれど・・・例えどんな理由があろうと死んだら終わりなのよ。生きてれば・・・生きてれば、必ずいいことがあるのよ。私には生きる意味なんてさっぱり分からない。確かに守君の言うとおりこの世界は絶望だらけで生きてくことなんて辛いことばかりだし、いっそ死んだ方がいいって思うことだってあるのかもしれない。でもね・・・ただ、たった一つのかけがえない命をこの世で神様から授かってかけがえのない人生を送れるのにそれを自ら断つなんて本当に悲しいことだと思う。源さんが私に言ったように死に急ぐことなんてないんだよ。今は人生うまくいかなくてもそのうちきっとよくなる時がくるかもしれない。頑張っていればきっと誰かが見てくれる。私に言えることは・・・それだけ。」
とたんに守はその場で泣き崩れてしまった。
「う・・・う・・・」
ノッコは守に近づこうとした。
守は何も言わずただ泣いていた。ようやくフェンスのところまでノッコはたどり着いた。守はまだ泣いていた。しばらくノッコは守を見ていた。
何分たっただろうか。少しだけ守は泣き止んできたようだった。
「さ、早くこっちに上って来て・・・」
守はまたそれから数分くらい頭を下げて黙っていた。
その後に守はフェンス越しにノッコの顔を見上げた。ノッコは穏やかに守を見守っていた。
その表情を見ると守はむくっと起き上がった。そして少しづつフェンスをよじ上ってきた。
ノッコはその守の行動に少しだけほっとした。
守はフェンスの頂上まで行きやがてくるっと体を回転させて、ゆっくりと降りてきた。
「守君」と言いながらノッコは守に手を差し出した。
守は何も言わずにノッコの手を取りジャンプして公園の地面に降り立った。
しばらく二人は黙っていた。
「守君」ノッコがそう言うと
守はまた小さな声で肩を震わせながら泣いた。
ノッコは守を抱きしめた。
しばらくずっとそうしていた。
誰もいない夜の公園で。
ノッコは自分のアパートまで守を連れて帰った。帰る途中の電車の中でも駅からアパートまでの夜道も守はしーんと黙ったままだった。精神的に疲れ切っているようだった。
「今日は、泊りなよ・・・守君。お母さんには言っておくから」
守は「ありがとうございます」と言って頭を下げて物置部屋へ行って寝た。
ノッコはしばらくリビングのソファに座ってぼーとしていた。ノッコも精神的に疲労困憊してどっと疲れが出た。
その時リナから携帯に電話があった。
「ノ・・・・ッコ?リナ・・・だけど」
「うん、分かってる」
「あのさ・・・何度かけてもつながらなかったから」
「ごめん、取れなかった」
「それでさ・・・守君・・・どうだった?見つかった?」
「うん・・・いたよ。前一緒に行った公園にいた」
「そっか。はーよかったね」リナは安心してそう言った。
「守君ね・・・公園で・・・自殺しようとしてた・・・」
「え・・・う・・・嘘・・・」
「でも、もう大丈夫。無事だったら。もう今うちにいて寝てるから。ごめんね、心配かけさせて」
「あ・・・ううん・・・別に私大したこと何もしてないし。そっか・・・よかったね」
「うん、ありがとう」
ノッコは黙ってしまった。
「と、とにかくさ!よかったよかった」
ノッコは「うん」とだけ言ってまた黙ってしまった。
リナは何て話しかけたらいいか分からなくなったので
「じゃあ・・・ね」と言うとノッコがまた「うん」と言ってきたのでその後に、電話を切った。
ノッコはしばらくリビングでぼーっとした後に寝室で寝た。
次の日ノッコは守を自宅へ連れて行った。外門をあけるとお母さんの恵子さんが家から飛び出してきた。
「守!」
と言って恵子さんは守を抱きしめた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」と何度も謝っていた。
ノッコはしばらく後ろから二人を見ていた。
恵子さんがその後にノッコに
「本当にありがとうございました。何てお礼いったらいいのか・・・」と言ってきた。
「いえ、別にそんな・・・」
その後も恵子さんは何度もお礼をしてきた。
恵子さんは「是非上がってってください」とノッコに言ったがノッコは断って帰ることにした。守もノッコにお辞儀をして家の中に入って行った。
その後、しばらくノッコは守とは会わなかった。何て話しかけたらいいか分からなくなってしまったからだった。ただただ仕事に没頭していた。ジャズフェスティバルのノッコの「脱走事件」についてはリナがうまく社長に説明してくれて、社長も関係者に事情を説明したために穏便にすんだ。社長はノッコに電話をしてきたが、事情の説明だけしてきてノッコには何も注意してこなかった。ノッコは社長に「すみせんでした」と電話で謝ったが、社長は「いや、気にするな」と言った。その言葉にノッコは「あの・・・ありがとうございます」と言うと、社長は少しだけ微笑んで「いや、別に・・・じゃあ」と電話を切った。
そんなある日、守からノッコのアドレス宛てにメールが来た。
「ノッコさんへ
守です。お元気ですか?今僕は元気に学校に通っています。あんなことがあったからどうメールに書けばいいのか分からなくなったんだけど・・・でも、ノッコさんの過去の話を聞いて・・・本当に人には言えないくらいの辛い悲しいことを経験したんだなって心の底からそう思いました。だから・・・僕もこれくらいのことでくじけてはいけないだって改めて思いました。だから・・・そんなこんなであれから勇気を振り絞って親に色々と自分のことを相談してみました。それで医者になるのを止めることを率直に伝えました。始めは何か言われるかと思ったけど、両親は何も言いませんでした。あと・・・重大な発表があります。僕は医学部を受験するのを止めて看護医療学部を目指すことにしました。何でって言われてもよく分からないけど、看護師になって困ってる人を助けたいと思うようになりました。それに看護医療学部に行くのには他に大きな理由ができました。あの後色々と調べたんですが・・・今高齢化社会で、看護や介護の世界では今人手不足で大変です。また、お金がなくて簡単な治療や健康診断なども受けられないような人たちが大勢いるって聞きました。だから、そういう問題を解決するために困ってる人を助けるような活動をしたいなって思いました。まだよく分からないですけど、色々と勉強すれば解決法が見つかるかもしれないって思ってます。まだ・・・どうなるか・・・分からないけど・・・僕にもできるでしょうか?
あと、最後に、ありがとうございました。 川澄守」
ノッコはそのメールを読んで思わず涙が溢れてきた。
ノッコはメールで返事を書くことにした。
「守君へ
お手紙ありがとうございます。とてもいいアイディアだと思います。私には医療の世界のことはよく分からないから、どうアドバイスをしたらいいか分かりませんが、守君なら絶対にできると信じてます。自分を信じて諦めなければ必ず実現できます。少なくとも私はそう思ってます。何だか守君が急に大人になった感じがして嬉しいような寂しいような感じです。というのは嘘です。とても嬉しいです。まずは、守君が頑張って看護医療学部に受かることを祈っています。あと、これからはいつでも遊びに来てください。堅苦しくなく携帯のメールで呼んでくれればいつでも会いに行きます。
では、応援してます。お元気で。 ノッコ」
ノッコは休日にリナと喫茶店で軽くコーヒーと食事をすることにした。
「守君、それからどう?」
「メールした通りすっかり元気になったみたいだよ。なんかね、看護医療学部に行って、将来は看護師になってね、看護医療の分野で困ってる人たちを助けたいって」
ノッコがそう言うと
「へーすごいじゃない。それってノッコの影響じゃない?」
「え?そうなの?」
「そうじゃない、あなたが守君を助けたからよ。よかったね」
「そうなのかね」ノッコは照れくさそうにうなずいた。
「命の恩人のくせにそういうとこ鈍いわねあなた」リナはそう言った。
「でもさ、リナがうまく社長に言ってくれて助かった。さすがにいきなりあんなことしちゃったし、社長に何言われるか心配だったからさ」
「ううん、別に。私も社長に説明するの億劫だったけどね・・・でも全部事情を話したらね、何も言わなかったよ」
「社長が?」ノッコは驚いた。しかし、確かに社長はノッコに何も言ってこなかったし「気にするな」と言ってくれた。
「そりゃね、あれだけ頑張ってノッコのこと応援してくれてたから内心ではがっかりしててただろうけど。でも、あなたがどういうことやってるのか知って、考え方が変わったのかもね」
「考え方が変わった・・・?」
「そう・・・多分社長ももうあなたのやってることを認めるようになったのかもしれないね」
リナがそう言うとノッコは
「そうかな・・・でもあんな大きなイベント台無しにしちゃって大変なこと私しちゃったからさ・・・社長が頭下げてくれたおかげで私なんとか助かったけど」と心配そうに言った。
「そうね・・・でもあなたは・・・人の命を救ったのよ。ジャズフェスティバルはすごいイベントだけどさ・・・でもあなたは、それ以上の大きな仕事したんじゃないかな・・・」
リナがそう言うとノッコは嬉しくなり笑った。
「まあ、でも仕切り直しだ!頑張ってまた出演できるようにさ」
「うん」
そう言った後、二人はランチを食べ始めた。リナはフィッシュアンドチップスとノッコはハンバーガーセットを食べた。
「おいしー」リナがそう言うと
ノッコが
「あ、私それ好きなの交換して」
と言って無理やりフィッシュをちぎって食べてしまった。
「ちょっと何すんのよー」リナがそう言うと
「いいじゃない、かわりにこれあげるから」と無理やりハンバーガーをちぎって渡した。
「ちょっと、ノッコ!」
ある日ノッコのアパートにまた相談者が来た。
「はじめまして、この前メールした山本まことと言います」
今度は大学一年生の子だった。
「はい、はじめまして。私も山本って言うのよ。同じ苗字だね?」ノッコは明るく微笑んだ。
「そこ、ソファーに座って。今お茶出すらから。」
お茶を入れながらノッコは窓の方を見た。空は澄んでいて太陽は明るく照らされ、きれいな白い雲が浮かんでいた。
もうすぐまた夏がやってくる。
しばらくソファで会話をした後に
「へー曲のコピーとかしてるんですか・・・じゃあ山本まことさんはピアノが得意なんだね?」
「いえ、得意ってほどではないんですが・・・」まことはそう言うと
「じゃあ、さっそく弾きましょうか、得意な曲とか弾いてみましょ?」
「はい、分かりました」と言ってまことはピアノの席に座った。
ノッコは隣の席に座った。
「じゃあ・・・好きな曲弾いてみて」
ノッコは明るく微笑んでそう言った
ピアノのノッコさん 片田真太 @uchiuchi116
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