ゼロ使いの拳闘銃士

日々菜 夕

第1話


 立花たちばな 桜華おうかは、今日も日課となっている射撃の訓練をしようとしていた。

 仕事が終わって帰宅し。

 食事も入浴も済ませ――

 後は、寝るだけという状態である。


 ゆっくりと深呼吸して心を落ち着かせようとするが緊張で震えた手は止まってくれない。

 壁にある円を描いた的に向けてモデルガンを向けるだけで今日も精一杯だった。


 吐き気とめまいに過呼吸……

 

 それらが重なりとてもじゃないが引き金を引くところまでいけない。

 それが分かっていながらも日課としているのは、あきらめたくなかったからだ。

 べつに、高い望みがあるわけではない。

 ただ、両親の前で的を打ち抜く姿を見せてあげたかった。


 目を閉じて的を見ないようにすれば、あっさりと苦しさから逃れる事ができてしまう。 

 

「ふ~~~~」


 モデルガンを丸いローテーブルの上に置き、ベッドに腰を下ろすと手近にある卵型のおもちゃに話しかける。


「今日もよろしくねサクラ」


 乳白色の、それは一切返答をしてくれない。

 都市伝説に近いレベルの話だが、利用者の接し方次第で羽化し使い魔みたいな存在として扱えるというのが売りなのだが……

 現在、夢の世界へ行くパスポート代わりとして使われているのが大半である。

 なにせリトライにログインするには必須のアイテムだからだ。

 せっかく自分の名前から一字とってサクラと名付けて可愛がっているというのに釣れない相棒である。


 サクラを専用の可愛らしいカゴの中にそっと置くと寝る準備を整える。

 夢の世界。

 リトライにログインするためである。

 つまり、リトライにログインするには寝る必要があるのだ。


 おやすみなさいの代わりに、


「リトライ・IN」


 と、口にすれば瞬時に夢の世界の扉の前に立つことになる。

 どこまでも続いているように見える深い森が見えるだけのシンプルなログイン画面。

 そして、ログインする度に必ず聞かれる不可思議な項目。

 ログインするために必要な対価を体力(約100メートル全力疾走一回分)にするか1000円にするかである。

 社会人として普通に稼いでいる桜華は迷わず1000円を支払ってログインを完了する。





 桜華がログインする場所は決まっていて。

 いつも街の外だった。

 非戦闘エリアの一つ。

 友人でもある智明ともあきが経営する店の敷地内だ。


「ようっ! 桜華! 今日も時間通りだな!」

「ええ、こんばんわ」


 こうしてログイン直後に智明が声をかけるのは、桜華に気があるからである。

 つまり、待ち構えていると言った方がしっくりくるだろう。

 ピンク色のロングヘアーが良く似合う美人を口説き落としたいと言う男心。

 しかし残念ながら桜華は、そのことに全く気がついていない。

 せいぜい、日課となっている挨拶代わりの現状確認ていどである。


「今日の売り上げはどんな感じかしら?」

「あぁ、相変わらずの閑古鳥さ」


 まぁ、無理もない。

 なにせココ、リトライに来るお客さんの大半が、本格派と呼ばれるプレイヤーではなく別の目的で訪れている人達ばかりだからだ。

 ゆえに、この智明みたいに武器屋なんぞ営業していても、客なんてめったに来ない。

 もっとも智明は、こうして桜華に会えればそれで満足なのではあるが……


「そ、っか。んじゃあ、ちょっと行ってくるから」

「なぁ、桜華。今日も一人で行くつもりかい?」

「そりゃ、まだまだこの装備に慣れなくっちゃいけないし。それに、もう。武闘家には戻りたくないからね」

「まぁ、その気持ちは分からなくもないが……」


 命中率0%の銃使いなんて後ろで見てるくらいしかできない。

 ゆえに、本格派のパーティーに入れてもらう際には、武闘家として戦ってきた。

 でも、今身に着けているゼロさえ使いこなせるようになれば――異質ではあるものの、銃使いとして戦えるはずなのだ。

 だからこそ、桜華の笑みは生き生きとしている。

 まるで、ワクワクが止められない子供みたいだと智明は思った。





 一見すると、特に危険もなさそうな平原だが――

 桜華は、いつもより少し危険な地域へと足を踏み入れていた。

 実際のところは分からないが、人型をした小型のストーンゴーレムが大量発生するという噂のある場所である。

 ドロップするアイテムに希少価値は無いが、経験値稼ぎには、もってこいと言われており。

 危険を分かった上でしか近づかない者が居ないから運営も放置しているといわれている。


 しかし、それらとは別な意味で危険かもしれない者に桜華は出くわしてしまった。


「サクラお願い。相手のステータス確認」


 桜華の右上にふよふよと浮いている卵型のサクラが声に反応。

 目の前に対象となる者のステータスが半透明の画面で表示される。

 真っ黒い魔女服に身を包んだ小型のプレイヤーの名前は、みらい。

 性別は女。


 魔法使い見習いレベル10。


 と、なっているが、明らかにごまかしている香りがした。

 リトライにログインするには年齢制限があり、その最低年齢にすら満たないサイズのくせに魔物と思われるきらびやかな薄い緑色の毛並みをした犬みたいなモノを連れているからだ。

 相手も、こちらのステータスを確認しているところからするとプレイヤーキラーの類かもしれない。

 このリトライというゲームの自由度は半端じゃない。

 お金さえ払えば、どんな容姿にだってなれる。

 

 小さいのは、相手を油断させるためかなにかで――

 本当は、魔物使いなのだろう。


 要するに警戒すべきは、犬のような存在だ。


「えっ!? うそっ!?」


 相手が魔物であろうが愛玩用のペットであろうが存在するはずのステータスが全く表示されていないのだ。

 よほど課金したか、なんらかのアイテムで素性を隠しているのだろう。

 予想以上に、子犬サイズの魔物が危険に思えてきた。

 だと言うのに。

 みらいは、桜華に向かってゆっくりと近づいて来る。

 その、警戒心の薄さが余裕に見えて恐ろしい。

 桜華の見た目だって相当異質なはずなのに、恐れるとか疑うとかそういった様子がまるで見られないのだ。

 全身を覆うような黒いフルメタル仕様の鎧。

 特に左手なんてアンバランスなほどにでかい。

 それなのに、みらいは、桜華の前で立ち止まると、可愛らしい笑みを浮かべる。


「こんばんわ。私は、みらい。見ての通り魔法でモンスターを狩っているわ」


 ――嘘つかないでよね!


 と言いたいのは、やまやまだったが桜華は飲み込んだ。

 相手が、友好的なのか?

 それとも友好的に見せて背中から襲うタイプなのか見極めなければならない。

 特に、魔物と同じと思われる片方の瞳の色に興味がわいたが後回しである。


「こんばんわ。よく私なんかに声をかける気になったわね?」

「そりゃ、咲夜さんの作品見たら興味を持つなって言う方が無理な話でしょう?」


(ふ~ん。やっぱり、この子。かなりの本格派ね)


 咲夜さんの名を知っているだけではなく、その価値まで知っているとなると遊び半分でこのリトライに居る者でないのはたしかだ。


「じゃあ、その性能味わってみる?」

「やめておくわ。模擬戦闘以外での対人戦は極力ひかえるようにしているの」

「賢明な判断ね」


 遠距離ならともかく近距離での格闘を得意とする桜華からしたら、すでに勝ったも同然の位置に立っていた。

 銃は、さっぱりだが……

 空手なら有段者なのである。


「そんな事よりも、共闘しない? ガンナーにしては珍しく近距離主体でしょ。その点、こっちは釣るの得意だもの」


 確かに、みらいの提案は悪くない。

 桜華も1対1には自信があるが、複数体に囲まれたあげく装備を破損し、修理代で借金なんて落ちにはなりたくない。

 レベルも上がらず借金だけ増えるって展開だけは回避したい。

 なにせ、今の装備のローンがまだ残っているのだから。


「分かったわ。貴女の提案に乗りましょう」


 こうして、桜華と、みらいの共闘は始まった。





「ニードルフレア!」


 幅広の袖から顔を覗かせるのは、魔法使い見習いが使う初期装備。

 魔法の杖だった。

 しかし、ストーンゴーレムに向かって飛び出した魔法は異質。

 光量や、音、と言った要素を極限まで減らし、貫通性能に特化した熱の矢。

 おそらく名前からして、ファイヤーボールを針のように凝縮したモノなのだろうが、たいしたものだ。

 相当、魔法学を勉強しているのだろう。

 もしかすると天才の類かもしれない。


 群れからはぐれた位置に居た小型のストーンゴーレムが敵意をむき出しにして、みらいに突進してくる。


「後は、任せたわよ!」

「了解!」


 桜華は、みらいを後ろに下がらせ、モンスターの間に割り込む形で巨大な左拳を開く。

 手のひらは、銃口。

 撃鉄は、右の拳。

 左手でモンスターの腹に触れた瞬間を狙って、右の拳が左手の甲を叩きつける。


 ズドン‼


 という重々しい音とともに、モンスターは消えていった。


「へー。思った以上にすごい威力なのね」


 感心するみらいに対して、桜華も賛辞をおくる。


「そうゆー、そっちこそすごいじゃない。精度も良ければ威力だって並みの魔法使い以上じゃないの?」

「そりゃ、ソロで経験値稼ごうって考えて来るくらいだもの、相応の力量は持っているつもりよ」

「そっか。そりゃ、そうよね……」


 だからといってレベル10の魔法使い見習いが単独で来れるような場所じゃない。

 他にも、まだまだ隠していることは多いのだろう。

 魔物なんて、おとなしく付き添っているどころか少し離れたところでスピスピと鼻を鳴らしながら寝ているし。


「いずれにしろ、今の連携で稼げるだけ稼ぎたいのだけれど残弾は、どのくらいあるのかしら?」

「全部で100発だったから、あと99体ってところかな」

「では、それまで共闘願えるかしら?」

「えぇ、こちらこそよろしく!」





 単純で簡単な経験値稼ぎが終わった後。


 見事に100発100中を決めた、みらいに対し――

 桜華は、興味深い目を向けていた。

 魔法の熟練度や開発について詳しくは知らないが、当てるだけなら的当てゲームと同じで、しっかりと狙わなければならないはずなのだ。

 つまり、相応の集中力や技術が必要になるはずである。

 しかも使っているのが命中率にプラス補正がある上等品ではなく初期装備。

 となれば、聞かずにはいられなかった。


「ねぇ。なんで貴女は全弾命中なんて芸当が簡単にできるの?」

「そうね、端的に言うなら練習の成果かしら」


 ある意味、桜華にとって一番聞きたくない答えだった。


『なんとなく』とか『え? 普通に狙って打ってるだけだけど?』


 みたいな天才肌が言いそうな事を期待していただけにショックを隠せなかった。

 それを見たみらいが。

 今度は、逆に問いかける。


「だったら、こっちも聞かせてもらうけど、その腰にある、なんでもつかんでくれそうな物は、ただの飾りなのかしら?」

「あ、いや、これは……」


 頼んでもいないのにサービスだと言って付けてくれた機能の一つだった。


「本来ならそこに、ロング、もしくはミドルレンジを狙う物があるはずなんじゃないかしら?」

「う……」


 一番痛いところをつかれてしまったが、隠すのもいまさらな気がして桜華は過去の話をした。

 大会で緊張しすぎて吐いてしまい棄権した事や、それいらい的を狙って撃つことが出来なくなってしまったことを――


「ふ~ん。ある意味、私達って似てるところあるのかもね」

「そうなの?」

「だって私、氷属性に対してプラス補正があるのに炎の魔女に憧れて無理やり火属性の魔法ばかりつかってるのよ」

「え?」


 それは、簡単に言うほど楽な道じゃなかったはず。

 炎と対極と言ってもいい氷属性にプラス補正があると言うことは、色んな意味でマイナスな要因を受け入れて今の強さを身に着けた事になるからだ。


「まぁ、そうね。桜華さんの場合だと狙い過ぎって可能性もあるし。あてずっぽうで撃ってみた方が当たるんじゃないかしら?」

「簡単に言わないでよね! 命中率0%のガンナーなんてめったにいないんだから!」

「じゃぁ、手本を見せてあげるわ」


 言うが早いか、みらいは、単独行動する際に買った物――

 大きめな袖の中から小型の拳銃を取り出して桜華に向けながら言葉を続ける。


「コレが豆鉄砲並みの威力しかないのは知っているわよね?」


 見るのもうんざりするような量産品の安物。

 何も知らない初心者を脅すくらいにしか使えない粗悪品である。


「ええ、そんなもので撃たれたところでこっちは痛くもかゆくもないわよ」

「では、撃ってもいいわね?」

「まぁ、いいけど……」


 パンパンと音がするたび銃口がぶれまくる。

 当然だ、非力な女の子が片手で銃を撃っているのだから。

 例え威力が豆鉄砲でも反動や重さは本物と同じ。

 とてもじゃないが、みらいに扱えるような代物ではなかった。


「ね、当たる時は当たるもんでしょう?」

「でも、一発だけよ……」

「1割あればじゅうぶんじゃない。威力無視して散弾使えば2割くらいは桜華さんでも当てられるんじゃないの?」


 桜華には、まったくなかった発想だった。

 狙って0%なら狙わなくても同じ。


 だいたい、あそこらへんかな? 

 

 ってな感じのアバウトな発想で撃ったことなんて一度もなかったのだから。





 桜華は、久しぶりに実家に帰っていた。


 突然の帰郷に驚く両親だったが、桜華が見せてくれたものにはもっと驚かされた。

 いきなりちゃぶ台の上に空き缶を並べ始めたかと思ったら、


「これから、当てて見せるから見ててね」


 と言って本当に当てて見せたからだ。


「ちょっと! 桜華、大丈夫なの!?」


 部屋をちらかした事よりも、娘の体調を心配して母親が声を張り上げれば、父親も続く。


「そうだぞ! もう無理しなくていいって言ったじゃないか!」

「だから、大丈夫になったところを見て欲しくて、見せに来たんだって!」

「本当なの? 吐き気とか、めまいはしないの?」


 心底心配そうな目を母親が桜華に向ければ、


「うん! 真剣に狙って撃たなければ大丈夫だって分かったから!」


 満面の笑みで桜華は、こたえる。


「真剣にって……」


 それでは、意味がないのではないかと母親は首をかしげるが、桜華の笑みは変わらない。


「つまり、大会に出るとか、真剣に的の中心狙うとかは無理だけど、適当に撃つだけなら大丈夫になったってこと」

「なぁ、ちょっとそれ見せてもらってもいいか?」

「うん。いいよ」


 父親が手にした小型のモデルガンには、照準器がなかった。

 丁寧に、ヤスリで削り落とされていたからだ。


「なるほどな、これじゃぁ。感覚的に撃つしかないな」

「でしょう! 画期的でしょ!」

「まぁ、なんにせよ。お前が、笑ってくれているならそれでいいさ」


 確かに両親からしたら、満足する出来事だったかもしれない。

 でも、桜華にとっては、これからが本番だった。


「えっとね。これで私が何を言いたいかというと、二人には復帰してほしいと思ってるんだよね。もちろんオリンピック選手とかは無理だと思うけど趣味で続けるくらいはできるでしょう?」


 自分達が叶わなかった夢を娘に背負わせた結果が、あまりにもひどかったため。

 桜華の両親は射撃の世界から足を洗っていた。

 しかし、未練がないと言ったらウソになる。

 桜華の提案は心から嬉しかった。


「本当に、いいのか?」


 父親が、少しもうしわけなさそうな顔で言えば、


「良いも悪いもないよ。そもそも私に気を使って止める必要なんかないって言ってたよね!」


 桜華は、きっぱりと断言する。


「お父さん。ここは桜華の好意に甘えましょう」

「そうだな……」


 二人が出会ったのは射撃の世界であり。

 ある意味、思い入れの深さで言ったら相当なものである。

 かなりのブランクはあるが、愛銃の手入れができる事も含めて両親は、ワクワクしていた。

 そんな二人を見て、桜華は心の中で、みらいに感謝するのであった。





 小型のストーンゴーレムが大量発生しているレベル上げ専用の狩場には、照準器の無い猟銃を持ったガンナーが立っていた。

 ランダムに動いている相手が分散してくれるタイミングを見計らって引き金を引くと散弾がモンスターに向かって飛んでいく。

 小さなつぶてとなった一つが、かすってくれればOKという、いいかげんな狙い方。

 なにせ、片手で撃っているのだ。

 その命中精度は、かなり低い。

 それでも、みらいの予想以上――命中率30%という成果を上げていた。

 運よく、弾が当たったモンスターが桜華に向かって突進してくると、猟銃を腰にある昆虫の足みたいなギミックに持たせる。

 後は、大きな左手を、モンスターの腹にそえて、吹き飛ばすだけ。

 ゼロ距離の射撃でのみ最大火力を発揮する桜華の装備。


 零は、今日も絶好調だった。



 おしまい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゼロ使いの拳闘銃士 日々菜 夕 @nekoya2021

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ