後章 運命への歩み

 その後、僕が楽しんでいる様子に安心した父は、饒舌じょうぜつに、色々な話を僕に投げかけた。僕も、ついしなくていい話までもしてしまったと思う。

 そして改めて訪れた天文館は先ほど通った場所とは思えないほど魅力的で、閉館時間が近いのもあってゆっくりと見て回ることが出来た。

 星々や宇宙の解説はとても興味深く、自由研究の資料集めを苦痛に思う事はなかった。

 

 父との久しぶりのゆっくりとした時間は、とても楽しかった。本当に楽しかった。


 でも、あの授業を終えた後。

 天文館で多くの宇宙や星々の説明文や写真を見る中で、僕はずっと何か引っかかりを感じていた。

 風邪をひく直前の喉がイガイガする感じのような。お風呂で髪を洗っている時に背中に気配を感じる気がしてムズムズするような。なんとも言えない不快感を。


 それでも楽しかったことは違いない。そう自分に言い聞かせながら帰りの車に乗り込んだ僕に、シートベルトをしながら父は何気なく言った。会話というより、ふと漏れた呟きのようだった。


「宇宙はすごいなぁ。父さん、やっぱり宇宙人はいるかもって思えたよ」


「……あ」


 繋がった。思考が現実の時間を追い越していく感覚。電気回路が繋がり、一瞬で豆電球が点灯するようなイメージ。


 心配げにこちらを見ている父に、なんでもないと笑いかけた。


「今日は本当にありがとね。楽しかった。

あと、ごめん。家に着くまで自由研究の内容、見ててもいいかな?」

 

 父は優しく僕の頭を撫でると、何度も何度も頷いた。そして行きの時よりも、ゆっくりと車を走らせてくれた。

 父の気遣いに感謝しながら、僕は改めて思考の海に潜る。きっと今が大事な時だ。何故かそんな気がする。

 研究内容を記したノートを開くと、一度首を回し、小さく息を吐いた。




 地球と太陽の距離ですら、およそ1億5千万kmの距離がある。太陽系の大きさともなれば半径で1.6光年とも言われる。想像もできない距離だ。東京ドーム何個分なんだろう。

 さらにそれを内包する巨大な銀河系があって。そしてそもそも宇宙は膨張していて……。


 その途方もない広大な宇宙の中で、お姉さんが言うように、たまたま地球の軌道上にチリが落ちていて。それがたまたま全て地球の大気で燃え尽きる程度のサイズで。そんな偶然、有り得るのだろうか。

 もちろん可能性はゼロじゃない。自然は、歴史はそのゼロじゃない可能性を積み上げてきたものだってことは解る。

 だけど。であるならば、こうも考えられるはずだ。


 『流れ星は、星から送られているメッセージ』


 それはもしかしたらSOSなのかもしれない。

 宝のありかを示した地図かもしれない。

 誰かの日記やエッセイだったりするかもしれない。

 それがたまたま、地球には未だ氷やチリの成分と見分ける技術がなくて。たまたま、誰も気づいていないだけなのかも知れない。


 ……飛躍しすぎているだろうか。いや、否定は出来ないはずだ。むしろ偶然で片付けるよりも、何かの意思が介在してダストレイルを配置した。と考える方がしっくり来る。

 これはもしかして。もしかして僕は、凄いことに気づいたのかも知れない。

 この興奮を抑えるには車内の時間は足りなかった。

 気持ちが浮ついているからか、いつも見ているバラエティも楽しめず、ついには次の日の朝も、今までになく早起きをしてしまう次第だった。

 



 自分一人では消化しきれなかった僕は、後日その話を友達に意気揚々と話した。

 それはもう声高らかに。君達は友達だから特別に話しているんだと言わんばかりに。

 しかし返ってきた反応は、どれも僕の期待したものとは違っていた。


 たっくんはニタニタとした笑みを浮かべながら言う。

「そんな事は絶対にあり得ない。漫画やゲームじゃないんだから」と。


 つっちーは心配げな表情で言う。

「普通に考えたらわかるだろう?あり得ないこと言ってないでさぁ」と。


 おかしい。なぜ、彼らは絶対に有り得ないって判るんだろう。言い切れるんだろう。僕の説明が足りなかったんだろうか。お姉さんみたいに話せなかったんだろうか。


 地球が平らであることも否定されたのに。

 太陽が地球の周りを回っていることも覆ったのに。


 それに比べたら流れ星の中にメッセージが込められている。星か、もしくは何かが意図してやっている。なんて、絶対に、有り得そうな話じゃないか。まさか流れ星全てを調べてる訳でもあるまいし。


 しかしどれだけ訴えようと、僕の考えが受け入れられることはなかった。当たり前だ。仮に友人がある日突然そんな事を言い出したら、僕だって同じ反応をする。

 だけど、当時の僕は、そんな事にも気づかないくらい舞い上がっていた。


 そして僕は、小学生という環境において、異質な思考の人間がどうなるかに気づいていなかった。どのように扱われるようになるかを知らなかった。

 SNSはおろか、メールサービスが開始されて間もない頃だ。おかしな事を自信満々に話す僕の味方をしてくれる人は、文字通り、世界に父以外、ただの一人もいなかった。 


 それからの学校生活はあまり覚えていない。学校には行っていたが、友達付き合いはゼロになったと言っていい。

 休みは家にいるか、一人で出かけていた。


 父はそんな僕の事をとても心配したが、僕にとっては必要な時間であった。今となってみればそう思う。

 流星群が見られると聞けば毎日遅くまで夜空を眺めたし、科学館や図書館で心ゆくまで天体について調べる事ができた。夢中になっていたあの時間は、強がりではなく、充実ひていた。ただ、一般的に幸せと呼ばれなかっただけのこと。




 そして忘れもしない2013年6月18日。ふたご座流星群の母天体である、小惑星フェートンについての衝撃的なニュースに出会う。


 『ふたご座流星群を生んだ小惑星、現役の彗星だった』


 流れ星の正体であるダストレイルを宇宙に生み出している、正に読んで字の通り、流れ星のお母さんである母天体。それは彗星と分類され、ダストレイルは彗星から産み出されるものだった。

 では何故フェートンが。彗星ではなく岩石質を主とした小惑星が、母天体足り得るのか。

 

 理由は単純で、昔は彗星だったものが、何らかの原因で水分がほとんど消滅して小惑星という分類に変更された。だから今見られる流星群は、彗星であった時に放出したレイルダストの名残りであり、いつか見られなくなる日が来るだろう。というのが通説だ。


 しかしこの小惑星フェートンが、どうやら現在も活動していて、何かしらの彗星としての働きをしている。氷やチリ以外の何かをレイルダストとして放出している特異な『活動的小惑星』であるというのだ。


 つまり。

 今僕らが見ている流れ星は、未知の物質Xが地球の大気にぶつかり、発光現象を引き起こしている……可能性がある。ということに他ならない。


 何度も記事を読み返した。別のサイトも辿ってみたが、はっきりとしない。いやでも、情報元は確かだ。

 独り言をぶつぶつと呟きながら、インターネットサイトを飛び回る。


 だめだ。パソコンを触ってる場合じゃない。

 もつれるようにベランダに飛び出すと空を見上げた。今夜は曇っていて、星は見えそうにない。


 そこで僕は気づいた。理解した。


 あぁ、そうなんだ。きっとここまでだ。望むだけで、祈るだけで叶う願いは、ここが限界なんだ。

 今更遅いかな。いや、まだ間に合うはずだ。遅いなんてのは言い訳にすぎないはずだ。


 必ず、必ず僕が。


 僕は見えない星にそう誓うと、リビングに走った。そして父さんに、頭を下げた。


「ゲームも、漫画も、何もいらない。俺が持ってて金になるものは、何もかも売ってくれ。だから頼む。勉強がしたい」




 それから、9年の年月が流れた。


 ここはJAXA宇宙科学研究所、各務原キャンパス。

僕はあの日から死に物狂いで勉強をした。父も、僕のために多くの時間とお金を割いてくれた。

 そして3年前、ようやくここに辿り着いた。


「おい。望遠カメラの追尾鏡、精度はどうだ?調整上手くいきそうか?」


「そうですね……まだ微調整は必要ですが、地上実験の数値としては十分かと。ただ宇宙空間でのことを考えると充分ではない。と言わざるを得ませんね」


 肩をすくめる上司を追い返し、プログラムをわずかに修正する。この3年間、ひたすらにこれだけをやってきた。


 もう少しなんだ。

 きっと僕があの日抱いた感覚は間違っていない。フェートンには、僕らに向けた何かしらのメッセージがあるはずなんだ。

 今でもそう確信しているし、幸いにも、そう確信してるヤツでここは溢れている。こんなに幸せな事はない。

 

 今でも、毎年12月になると何時間だって夜空を見上げていられる。その先にある星に想いを巡らせている。


 そして夜空を見上げていると、いつもあの日の決意が蘇ってくる。

 運命を望むだけでは、祈るだけでは、願いには届かない。

 プラスの努力が。運が。他人との協力が必要なんだって。


 

 もう少し待っていてくれ。

 必ず会いに行く。

 2024年。

 この深宇宙探査実証機『DESTINY+』に載って、必ず君に会いに行くから。

 

 何度目か分からないけれど。

 あの日と同じ、曇天の夜空に僕は誓った。

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