DESTINY+

キョウ・ダケヤ

前半 運命との出会い

 トンカチで頭を殴られるような、今でもはっきりと覚えている衝撃的な出来事を経験した事があるだろうか。

 明確に、あれがわたしの人生が決めたと言える事はあるだろうか。

 もしも思い当たる節があるならば、その感情は大切に取ったおいた方がいい。それはきっと、心が擦り減った時にこそ君を救ってくれるものだから。




 大人達が消費税の増税に慌てふためき、その鬱憤うっぷんを晴らすかのように、初のサッカーW杯出場で沸きに沸いた、まさに激動の1997年。

 その年の僕らの夏休みと言えば、公園や友人の家に集まってポケモンやハイパーヨーヨーの成果を披露し合う事が何よりのトレンドであり、人間関係の優劣を決定付ける課題であるとと言って相違そういなかった。

 

 そんなある日、自由研究を手伝ってやるから科学館に行かないか、と父に誘われた。

 自由研究と言えば、僕にとっては毎年訪れる夏休み最大の大荷物であり、出来るだけ8月の後半まで触れておきたくないモノだ。それを7月のうちに片付けられると言うのであれば、断る理由がない。

 なんなら父さんに研究は進めてもらって、僕はエアコンの効いた館内でゆっくり過ごさせてもらおうとまで考えていた。

 今思えば、休日が合わず、普段なかなか一緒に出掛けられない父の不器用な優しさだったのだろう。


 科学館は夏休みということもあり親子連れでごった返していた。さながらデパートのバーゲンセールのようで、館内に入るのにはそれなりの決意を対価として払う必要がありそうだ。

 心の準備をしていなかった僕たちは圧倒され、しばしの間、入り口手前で立ち尽くしていた。

 とは言え、いつまでもここにいるわけにもいかない。気合を入れると、僕の顔色を何度も伺う父の背中を叩き、拳を突き出した。すると父は、なぜか敬礼を返す。ちょっと違う。

 首を傾げる父に苦笑すると、僕は改めて戦場へと向き直った。不思議と気持ちは楽になっていた。


 押し合いへし合いなんとか中に入って気づく。展示物は体験型のものが多く、触れたり、おもちゃのように遊べるものがおおかった。

 より多くの子ども達に興味を抱いてもらえるようにとの配慮だろう。実際、興味を惹かれるものが多かった。

 しかし、自分の肩口よりも小さい子ども達を押し退けてやる蛮勇さも、彼等の注目を浴びながら立派に機器を操作する勇敢さもない僕は、結局、館内をふらふらと歩き回るだけで、何かに触れる事はなかった。

 それから数時間、館内を一通り歩き周り、いよいよどうしようかと悩んでいた時に助け舟は現れた。


「このあと三時からの部、若干名、まだ大丈夫でーす!いかがでしょうかー?」


「二人!二人お願いします!!」


 せっかく連れてきてもらったんだから何かしなくちゃ。と焦っていた僕は、何が行われるのかも知らないまま、そのお姉さんの声に答えた。

 突然の大きな声に父も、お姉さんも、周りの人達も目を見開いて僕を見た。

 恥ずかしさで、耳がじんわり熱くなってくるのがわかる。でもまぁいい。だって、改めて見た父さんの顔は、とてもほっとしたような柔らかい笑顔だったから。


 お姉さんに、こちらへ。と案内される中、幸運にも父が何を見せられるのか聞いてくれた。

 どうやら、流れ星についての授業をしてくれるようだ。内容が少し難しいから、今日の客層だと少し年齢層が。とぼやいていた。


 流れ星ねぇ。ゲームやアニメ、理科の授業で星について色々と見てはいるので漠然としたイメージはあるものの、正直、あまり興味はなかった。

 ただ、自由研究には丁度いいかもな。歩き疲れたし、寝ないようにだけしなくちゃな。それくらいの気持ちで案内された席に座った。

 

 僕は知らなかったんだ。

 たったの30分。

 それで人生が決まるだなんて。

 そんな運命的な出来事が、こんな何気ない出会いだなんて。




「さて、皆さま。はじめに、流れ星についてどれくらいご存じでしょうか?

 毎年7〜8月ごろに見られるペルセウス座流星群や、12月ごろ見られるふたご座流星群は名前くらいは聞いた事があるかもしれません。

 絵を描いてと言えば、ここにいらっしゃる保護者の皆さん、子ども達問わず同じような絵を描くかもしれませんね。

 それくらい流れ星というのは、私たちに根付いたイメージがあります」


 時折僕らに問いかけながら、写真や図を交えてお姉さんは語る。

 彼女が話しながら描いた星の絵は僕のイメージしたものとほとんど一緒で、また多くの大人や子供たちもまたそうであったようだ。あちこちで、うんうんと頷く様子が見て取れる。


 「……しかし、あの流れ星が隕石とは違い、星の煌めきではないと知っている人はどれくらいいらっしゃいますでしょうか?」


 静謐せいひつだった空気が乱れたのが判る。

 全員ではなかったであろうが、多くの子どもたちが、僕と同じように親や兄弟に視線をやっていた。  

 またそれなりに多くの大人たちが、父と同じように首を傾げて応えていた。

 

 お姉さんの方を振り返って見てみれば、思った通りの反応をもらえて満足したのか――失礼な言い方を許してもらえるのであれば――とても可愛らしい微笑みを浮かべていた。

 そして同時に僕の心臓は、はっきりと認識出来るくらいに自己主張をはじめていた。

 念のために言うが、これは流れ星の授業に夢中になりはじめていたからである。念のため。


 閑話休題。


 流れ星の素になるものは、星やそのカケラそのものではなく、彗星が放出したダストレイルと呼ばれる氷やチリのことだそうだ。

 そしてダストレイルが宇宙を漂う中で、ぶつかってきた地球の大気に触れ、発熱して起きる現象の事を流れ星と呼ぶらしい。

 つまり星が降ってくるのではなく、私達が当たりにいっている。というのが正しいそうだ。


「例えるならば、キラキラ輝く砂が散りばめられた川に、目を開けたまま飛び込むようなものなんです」

――そう言って話を締めくくり、お姉さんの授業は幕を閉じた。


 はじめて、授業を楽しいと感じた。

 はじめて、先生の話す言葉の数々に興奮を抑えられなかった。

 はじめて、もっと知りたい。もっと聞きたいと思った。


 きっとこの瞬間だったと思う。

 満点の夜空を見たわけでもない。

 美しい星々の写真を見たわけでもない。


 それでも僕は間違いなくこの瞬間、星に、宇宙に魅了された。

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