友人とすれ違う
日も暮れて先が見えなくなりつつある夕方、よしまるを翻弄した騙し橋を見送って目先にある橋を渡り、歴史を感じるダムに辿り着いた。
「ここが折り返し地点やな」
外にあったベンチに座り、一息吐きながら外観を眺めた。
所々赤い錆が目立つが、かえってそれがダムとしての役目をしっかりこなしている印象を与える。
「ついに辿り着いたな」
「意外と長かった……」
見ると時間は六時だった。日も暮れる訳だ。
「大体二時間?」
「せやな。そんぐらい」
正直歩きたくなかった。行きは楽しいものだが帰りは億劫である。
けれど、帰りに二時間経つ事を考えると、待ち合わせの時間的にはちょうどなので休んでもいられない。
「さて、戻りますか」
「そうやな、帰って何か食おうや」
不思議と話す話題はたくさんあり、真っ暗な道を通行人を気にしながら歩いて喋っていた。内容はどうでもいい話ばかりで、ドタキャン王子の悪口や好きな人へのアプローチ、新作のゲームなどを話して歩いた。
流石に川沿いは歩けないので、もう一つの広々とした道を、ヘッドライトの流れ星の中いよいよ終わる一日を振り返りながら歩いた。
「あ、あそこ寄って良い」
「おん」
温かいお茶を買おうと向かった時、僕の鞄から着信音が鳴り響いた。
ドタキャン王子かと思って画面を見る。そいつの名前を見て悪戯心が湧いた。
「こんばんはバロン、良い天気だね」
「う、うっす。お、おはようございます……」
太い声が震えている。
「今滋賀県にいるんだけど、どこ?」
「家にいます」
「ほう」
「今向かうんで八時には合流できます……」
「ふ〜ん」
「あ、あの〜チャイさん」
「なに」
「大変申し訳ありませんでしたッ!!」
謝った。隣りにいたよしまるは忍び笑いしてる。
「寝坊?」
「はい……、午前と午後、勘違いしてました」
「僕ら帰るつもりだったから、合流したら何か奢ってよ」
「何でも払わせていただきますッ!」
と言われたが、特別高いものを奢らせる気などなかった。
「じゃあ、京都駅で会おう」
「いえ、石山駅行きます!」
「う~ん、分かった」
こういう時のバロンの行動力は高い、それに本人が軽くパニックに陥ってるようなのでとりあえず放っておく方針。
「じゃあ、ちょっと遅くなるけど石山駅で」
「うっす」
通話が切れた。
「何奢ってもらうか考えよう」
「おう!」
帰り道が妙に楽しかった。
□■□■□
「うっす。お疲れ様です!」
と、ヤクザの舎弟のような挨拶をするバロンがいた。暗くても分かるくらい気まずい表情をしている。
「バロンこんばんは〜」
よしまるがバロンに声を掛けた。顔のニヤつきを隠す気は無いらしい。
「僕達心配したんだよ」
「本ッッ当にすんません!」
「いいよ、奢ってもらったらそれで良いから」
どうやら真剣に反省してるようで、声を掛けると必ず謝ってくる。そんなバロンを軽くいじった後、改札に向かおうとして「あのさ」とよしまるが止める。
「行って良いんかな……」
言葉の意味を理解するのに時間はかからなかった。
「いいんじゃない。もう遅いし、泊めてもらう訳にもいかないでしょ」
「まあ……そうやな」
現時刻は八時。あともう少し待てば約束の時間。
けれど、予定時間が大幅に変更された上に今も連絡が無いのはとても怪しい。
ここまで長くいたけれど、そろそろ潮時なのだろう。
こうして僕らは京都駅へ移動した。若干の心残りはあるけれど、ここでお別れだ。
そして、京都駅に辿り着いた僕らはバロンの案内でポルタという地下街にエスカレーターで降り立った。
中は複雑な迷路のようになっていてすでにお店がいくつかあった。そこをバロンは迷いなく進むと一軒のお店の前で止まり難しい顔を浮かべた。
「このお店ちょっと高いけどめちゃめちゃ美味いんすよ。ここのとんかつ絶品で一度食べてほしいと思ってんたんす」
嬉しそうにお店とおすすめメニューを説明してくれるバロン。
奢ってくれるんだよね……。
「あの……バロン」
「何すか?」
「バロンが奢るんだよね?」
「あっ、忘れてた」
こうしてというか結果というか、紹介してくれたとんかつ屋に入店し、各々好きなものを注文し、からりと揚がったとんかつに舌鼓を打っていた。バロンの奢りで。
今日起きた事件と冒険談をバロンに話しながら、結局ドタキャン王子はドタキャン王子何だと話しを着地させ、程よい満腹感に店を後にした僕らは京都駅周辺をぶらぶらしながら残った時間を浪費していった。
「じゃあ、そろそろ帰る」
時間は十時。
約束した時間。
結局ドタキャン王子とは対面出来なかった。
まあでも、滋賀県を観光出来て美味しいとんかつを食べれたならそれで良いかもしれない。こうして心地よい気分のまま帰るのがきっと充実した一日を締めくくるのに良いのだろう。
「じゃ、俺も帰るわ」
「うっす、お疲れ様です」
「バロン。今度は遊ぼうな」
そうしてお別れを告げ、京都駅の通路の真ん中にある階段から腰を上げた時だった。
ピコン、と高い音が僕ら三人の空間に鳴り響いた。
「親かも、ちょっと待って」
よしまるがスマホを取り出し操作していると「えっ……」と声を漏らす。
まさか……、
「ドタキャン王子からや」
「マジか……」
突然宙に身を投げ出され硬いコンクリートの地面に激突したような衝撃を受けた。
今の今まで反応が無かったのに、さあ帰ろうというタイミングに連絡が入るなんて……。
「来てくれ、やって」
「誰が行くか。もう遅いし僕は帰るよ」
よしまるは黙ってスマホをいじる。どうやら報告してるようだ。
「通話するってよ」
「はぁ〜……」
差し出されたスマホを受け取ると、場違いなくらい明るい声が発せられた。
「おうチャイ、なあ家に来てくれよ〜」
「嫌だよ。もう遅いし僕は帰るよ。何より連絡がないんだから無くなったと思うのが自然でしょう」
「それはごめんって〜、なあ来てくれよ〜」
どういう訳か粘る、猫撫で声で食い下がる。
何だろうか、散々待たせた相手を引き止めてどうしたいのだろう。そんなに会いたいならなぜ予定を合わせないんだろう。
疑問が湧くごとに怒りも込み上がる。
「すまないけど、僕は帰るよ。改めて言うけどもう遅いし、予定さえ合えばいくらでも会えるでしょう。今回はよしとくよ」
「そうか〜、残念だな〜」
押し付けるようにしてよしまるに返した。
今度はよしまると話し、次にバロンにスマホが渡される。
一通り話し終えるとよしまるが通話を切った。
「チャイ、俺とバロンは行くけど本当に行かない?」
二人の視線を受け止めて、僕は「やっぱり」と口を開いた。
「約束を守ったうえで会いたいな。向こうも忙しいのだろうけれど、でも、僕らだって忙しい日に時間を作って会いに来てるんだし、それを蔑ろにされたら気分良く遊べはしないよ」
実際、声を聞いてからイライラしている。こっちがいくら合わせても出会えないのだから、多分、ドタキャン王子と会うことは無理だろう。
「じゃあね、気を付けて」
「おう、そっちも気を付けてな」
「お疲れ様っす」
後日、ドタキャン王子の愚痴を二人から聞く羽目になることをこの時の僕は知らなかった。
友人贔屓 無頼 チャイ @186412274710
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