男女の友情ぜったいある!

拓郎

第1話

 アレは紛れも無く「友情」だった。成立する。永遠ではなくとも、ギリギリのバランスで成立していた。

「今から帰る」

 。の無いメールを送って、電車に乗り込む。

 三ノ宮からの始発列車はガラガラだったので、シルバーシートに横になった。飲みすぎたせいで視界がぐるぐる回る。アルコールは一定量飲めば、誰にでも「効く」ドラッグだ。薬物なので耐性ができるとだんだん効きづらくなってくる。「酒が強くなる」というのは単に慣れてきているからだ。「死にやすくなる」という意味では、人間としてむしろ弱くなっているのではないだろうか。

 三ノ宮から十三じゅうそうまで普通電車だと四十分ぐらいかかる。

 頭が働かないのに電車にはちゃんと乗れるのだから、帰巣本能というものにはほとほと感心する。阪急はいくつもの橋を越えて、神戸から大阪へと走り続けた。西宮北口あたりまでは覚えていたが、熟睡してしまった。


 目が覚めると十三駅に着いていた。朝日が閃光のように眩しくて、眉をしかめた。気がつくと車内の乗客が少し増えている。十三駅の西口には朝からやっている店がいくつもあった。まだ飲もうと思った僕は西口から降りた。

 改札の外に出ると、彼女が立っていた。彼女はユリちゃんと言って、大学の同級生だった。そういえば「今から帰る」とメールをしたのだった。完全に忘れていた。

「また馬鹿みたいに飲んでたの?」

「馬鹿じゃないし。でも飲んではいた」

「まだ飲むつもりだったでしょ」

「そんなこと、ない」

「じゃあなんで西口から出てきたの?」

「飲もうと思ってん」

「馬鹿みたい」

 僕とユリちゃんは学部や学科だけでなく、下宿先の駅も一緒だった。

 さらに好きな本や音楽も似ていた。でも、それだけじゃなく、なんていうか、"波長"みたいなものが合った。

 僕たちは付き合っているわけでもなかった。第一、彼女には年上の恋人がいた。BMWを乗り回す二十八歳だ。

 僕とユリちゃんは毎日一緒に過ごしていた。BM野郎と過ごす三倍以上は一緒にいたのではないだろうか。

 ユリちゃんの出身は東京だった。わざわざ大阪の大学を受験して一人暮らしをしていた。

「東京には学校もたくさんあるのに、なんで大阪なんかに来たのだろう」と思っていた。ユリちゃん自身にも、それを聞いたことがある。

「大阪に憧れがあったの」

 まるで大阪がニューヨークやメルボルン、パリやロンドンであるかのように彼女は答えた。関西人からしたら異様な感性だった。

 駅周辺にはサラリーマン、朝からの酔っ払い、ホームレス、学生が入り乱れていた。

「人間むっちゃおるな」

「通勤ラッシュでしょ」

「枠からハミ出てる人種もけっこうおるけど」

 この駅はいつもそうだった。いろんなひとが、それぞれの場所へそれぞれの時間軸で歩いている。

 僕はユリちゃんの目もあって、続けて飲むのを諦めた。大人しく帰るのも、それはそれで良い気もしてきた。

 二人で西口から高架下を通って、東口を目指す。カラスがゴミを漁りまくっている。

「お酒が好きなのは分かるけど、なんでそんなに飲むの?」

 まっすぐ前を見つめ歩きながら、ユリちゃんが口を開いた。

「別に好きじゃないけど、楽やから」

「苦しそうじゃん」

「見た目にはそう見えるけど、楽やねん」

「馬鹿みたい」

 関西の人間は"アホ"とは言うけど、あまり"馬鹿"とは言わない。僕は彼女から一生分の「馬鹿」を浴びた気がする。

 家まで着いて、彼女は「それじゃ」と言って、自分の家に帰っていった。

 朝の六時にわざわざ迎えに来させて、駅から我が家への徒歩五分を付き合わせたのは、一度や二度じゃなかった。

「今から帰る」とメールを送れば彼女は来てくれた。なんでBMWがいるのに、僕にかまってくれるのかまったく分からなかった。彼女に聞いても「別に、それはそれだから」としか答えなかった。

 だけど僕は彼女の不可思議さが好きだった。世の中の決まりやルールの外に住んでいる。そんな匂いのするひとだった。

 家で何もせずに、二人でモーモールルギャバンを聴いていた日のことだった。

 僕はその日、いけるんじゃないかと思って、彼女の身体を触ろうとした。するとずいぶん強く手を叩かれた。彼女は低い声で「ふざけないで」と言った。

 それでもユリちゃんは僕の家にいた。ダラダラと話をし続けていた。声のトーンは洗練されていて、まるで気まずさは無かった。

「なんで世の中は二元論ばかりなのかしら」

「ゴチャゴチャやもんな」

「世の中が、正と邪、DNAの二重螺旋、コンピュータの二進法みたいに考えられるわけないもの」

 同じ学校に通っているとは思えないほどの知識量だった。

「すごいな。男と女、明日と昨日、酒と水ぐらいしか思い浮かばんわ」

「シンプルなのは、それはそれでいいじゃない」

 意味のわからない話を毎日していた。

 しかしあの頃の影響もあって、僕は割り切れるものより、割り切れないものが好きになった。

 勝ち戦と負け戦のあいだにはゴチャゴチャしたものが詰まっている。音楽も仕事も人生も病気も恋愛も全部そうだ。人生はみんな勝ったり負けたりの日々だ。でも、そのスキマに落ちている何かこそ、永いあいだ探してきたものだったりする。

「世の中は『3』みたいなものなのかもね」

 いつだったか彼女が言っていた。『2』で割り切れない僕たちも『3』だったのだろうか。

 僕は彼女を博士か何かと思うようにした。女として見たくなかったのだ。

 実際そうなっていったが、心のどこかで彼女のことが好きなままだった。

 よく「男女の友情は成立するのか?」というクエスチョンがある。この答えを人類は未だ出せていない。

 分からないけど、あの頃の僕とユリちゃんの関係は、それだったのではないだろうか。

 僕はユリちゃんが大好きだったけど、それでもあの手触りは「友情」だった。というより、そこにしか着地できないような関係性だった。

 でもアレは紛れも無く「友情」だった。それでいいと思う。成立するのだ。それは割り切れない、どっちとも言えない『3』みたいな形状なのだけど。

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