ハーベストムーン
@takane_s
第1話 夏の香り
ザリガニはさきイカで釣れる。今はもう使わなくなった物干し竿の先にタコ糸を結んで、長く伸ばした反対側にさきイカを括り付ける。なるべく太く長いもののほうが良い。もちろんさきイカの話だ。道路の横を流れる水路の岩壁の前へそっと糸を垂らしてやると、逡巡するようにゆっくりゆっくり岩の隙間から出てきて、はさみで思い切りよくさきイカに食らいつくのだ。何回か糸を軽く引っ張ってみて、ザリガニがくらいついて離れなかったら、川底から剥がすようにじわじわ引き上げていく。そうして引き上げたザリガニを焼け付くように熱い地面にそっとおろしてやると、威嚇するように大きく鋏を振り上げた。
「ザリガニはね」
鼻にかかった少し気の抜けた声。
「頭の後ろに鋏を持ってこれないからね。」
いい年した大人が子供と一緒になって夢中で遊んだのだ。夏の日差しがじりじり首筋を焦がし、半そでからのぞく腕はこんがり焼けた食パンのように焼けた。さきイカと水路の水が混じった生臭いにおい、鼓膜を揺らすヒグラシの声、触れずともわかる隣に座る人の熱く火照った肌の温度。
「後ろ側からこうやってねぇ、掴むんだよ。」
得意げににんまり笑って首をかしげると香る汗とシャンプーの混じった匂い。落ちる夕日がまぶしくて、少し陰になった柔らかい横顔。
「茜ちゃんも、触れるかな。」
私はなんて答えただろうか。
ハーベストムーン @takane_s
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ハーベストムーンの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます