第17話 金曜日の朝のこと
あたしはカレンダーを見て、まだ金曜日であることに驚き、いつもの日常が戻ってきたことに感謝し、それでもなんだか学校に行く気にはなれず、今日は流石に休みを取った。
スマートフォンの電源をつけると、トゥルエノからチャットが入ってた。
>体調大丈夫?
>ゆっくり休んでね!
ミランダ様、あたしがいない間、学校に体調不良って連絡してました?
「……。マリア先生にお前の行方を聞いただけだよ。手回ししてくれたんじゃないかい?」
うわ、まじですか。お礼言っておきます。
「連絡は後だよ。今後について話そうじゃないかい」
はい。ミランダ様。
あたしの手作りハンバーグランチを食べながら、ミランダ様が話し始める。
「今回の騒動は完全にジュリアに非がある。それを前提に置いて、ルーチェ、お前はもう少し自分の身を守る魔法を身につけな」
今回の件で泣くほど身に沁みました。ミランダ様のお名前を言えなくなった時、生きた心地がしませんでした。
「ジュリアみたいな質の悪い魔法使いは多いよ。何かと因縁をつけたがって追いかけて、ストーカー化した奴に攻撃されたら、自分を守れるのは自分だけだよ」
……されたことあるんですね。
「結局みんな人間だからね。魔力がある以上、それを攻撃の手段として利用しやがる輩もいるのさ。だけどね、ルーチェ、間違っちゃいけないよ。結局最後は正しい者が勝つ。新人潰しばかりやってたら、しけた仕事しか回ってこなくなる。そんなことよりも魔法を磨き、より自分の武器を増やさないといけない。お前もそうだよ。武器を持つというのは、技を身につけるということ。ゲームみたく武器屋に行ってお金払ったらすぐ武器を扱えますなんて、ご都合主義は現実には存在しないんだよ。武器屋に行って武器を買ったら、それを使えるようになるまで『慣れる』しかないんだ。経験値だよ。お前、ちゃんと防御魔法は身についてるのかい? いざって時に使えないんじゃ、魔法書はただのお飾りだよ」
……簡単なものなら、そうですね。ゆっくりなら、出来るんですけど。
「前に見せてもらった跳ね返す魔法あるだろう? 出来るね?」
あ、はい。それならでき……。
ミランダ様があたしに向けて指を鳴らした。
「ま」
あたしの頭上から大量の水が降ってきた。ソファーで丸くなってたセーレムが欠伸をした。ミランダ様が鼻を鳴らし、腕を組んだ。
「出来るなら今のも防げたはずだけどね。ルーチェ。もう一度訊いてあげるよ。お前、身についてるのかい?」
……ついて……ません……。
「出来るなんて嘘つくんじゃないよ」
……すみません……。
「魔法覚えたら次、次って進んでるんだろ。私はね、暗記だけのために魔法書を渡したわけじゃないよ。あれが終わったら次のもあるんだからね」
え、あれ一冊じゃ……!
「なんだい? 怖気づいたかい? 魔法使いになりたいのに、魔法書一冊で満足かい? へえ。それで魔法使いになりたいってのかい? いやぁ、すごいねぇ。お前。……だとしたら辞めちまいな。向いてないんだよ」
……すみません……。精進します……。
「12年も魔法に関わってきて、こんな簡単な魔法も出来ないなんて、低レベルすぎるんだよ。自覚しな」
(ぐうの音も出ねえ……!)
「どんなに低レベルな跳ね返しでもね、使えてたら防ぐことぐらいなら出来たはずだよ。呑気に気絶させられて、拉致られて、監禁なんてされずに済んだ。ルーチェ、わかるね。確かにジュリアが悪いよ。100%あの女が悪い。でもね、自己防衛も出来ない魔法使いをプロにさせるほど、私の母校は落ちぶれちゃいないよ」
……はい。
「身につけるまでやりな。外郎売り、あれ暗記してるだろう? どこから始めろって言ったら始められるだろう? 一緒だよ。いつでも出せるようにしておくのさ。どんな時でもどんな状況でもぱっと出せるようにしておくんだよ。でも人間は忘れる生き物だから、時々過去の魔法も練習しておきな。そしたらまた思い出して、また新しい魔法の依頼がきて、過去のものを組み合わせたらどうだろうとか、そういうものの繰り返しになってくる。だけど、その引き出しもなければ新しい魔法すらも思い浮かばない。だから沢山学んで、見て、感じて、幅広いジャンルを記憶に刻みつける。お前は自分の好みのものしか受け入れられないみたいだけどね。良くないからね。それ。ボーカロイドだかなんだか知らないけど電波音の歌ばっかり聞いてたらそれしかわからなくなるよ。最近の流行曲はなんだい? 去年は? 外国では何が流行ってる? 今朝見たニュースキャスターの名前は全員覚えてるかい? どんな話し方をしてた? スーツはどこのブランドだった? ニュースの内容はどうだった? 何の事件があった? 次の流行は何が来そうだい? ルーチェ、色んな物に興味を向けな。好奇心さ。魔法使いは好奇心の塊だよ。楽しくないとか、嫌だと思うなら向いてないからさっさと辞めてお前が行けるところに就職しな」
……これからは……確認しておきます……。
「というところで話を戻すけどね、……ジュリアはまた来ると思うよ。悪行を繰り返すのが好きな女だからね」
……話し合った方がいいですよね?
「話し合いが通用する女だと思うかい? お前のことだよ。上手く言いくるめられておしまい。私が話し相手になれば殴り合いが始まる。……よっぽどお前が欲しいんだろうね。側にいても平気だから」
……一度、依存の話をしました。ジュリアさんはあたしに恋ではなく依存をしているんだと。ジュリアさんも、その可能性は大いにあると言ってました。
「無自覚も質が悪いけど、わかってやってるなら余計だね。恋ならまだ可愛いもんさ。執着や依存は危険だよ。下手したら精神病……あの女はその域を越えてる輩だったね。あー、面倒くさい……」
……でも、ミランダ様。全ての原因はジュリアさんではなく、そもそもの根本である、闇の魔力だと思います。闇魔法はまだ不完全な形で、だからこそ危険なんだって話を聞きました。
「けれどその道を選んだのはジュリア本人。こうなることはわかってたはずだよ。人に近づけず孤独に生きる。平気な奴がいたからなんだい。関係ないよ。ジュリアがこの道を選んだ以上、お前が同情する必要はない。……お前があいつを好きなら別だけどね」
……平和に和解することは、出来ませんか?
「どうだろうね?」
ミランダ様が一番ご存知だと思いますけど、ジュリアさんは、
――ミランダ様があたしを見た。
「ただ、闇魔法が大好きな人っていう、だけじゃないですか。ミランダ様が……ひ、ひ、光を、好きだと言うように」
「……」
「闇魔法の道をえら、選んだからと言って……人に近付けなくなれば、誰だって寂しくなります。依存して、しまう、気持ちは、な、なんとなく、わかります。……あたしも……障害の診断がで、出るまでは……姉にそうでしたから」
「……」
「……平和に、和解する方法は、ありませんか? ミランダ様」
「……んー……」
ミランダ様が唸りながら眉をひそめると……突然、ベルが鳴った。驚いたセーレムが起き上がり、ソファーの背に隠れた。
「出ます」
「ん」
(珍しいな)
嫌なタイミングでの訪問客。
「……」
あたしは念のため、杖を持ち、背中に隠し、
「はい」
ゆっくりと――ドアを開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます