第5話 三人の晩餐
サイモン・ワイズのお手製鍋を置いて、食卓を三人で囲む。
「今日のデートはどうだった? ルーチェ」
はい。とても楽しかったです。
「あいつ、手早すぎ。会って早々手とか繋ぎ始めて」
あ、アンジェちゃん、それはね、クレイジー君は女の子ならだれかれ構わず手繋ぐ子なんだよ。
「なにそれ! 最低!」
「で? 付き合うのかい?」
……もう少し、時間を貰いました。
「ふっていいよ! あんな奴! ルーチェにはもっとマシな男がいる!」
でもね、アンジェちゃん。クレイジー君もすごく良い子なんだよ。店員さんにはちゃんと敬語使って礼儀正しくしてくれるし、電車の中とか大声で話さないし、運動得意で、家族思いで、頭良くて、ああ、今気づいた。これはモテるな。
「ルーチェ、時間を貰ったって相手を焦らすだけだよ」
わかってます。でも、……今日のことで、ちょっと揺らいだというか……。
「揺らぐって?」
クレイジー君といて、別に嫌な思いはありませんでした。むしろ、すごく楽しくて、本当に、セーチーと遊んでるような感覚で、弟とか、お兄ちゃんとかいればこんな感じだったのかなって。……でも、確かに人生経験として、恋人を作るというのは必要だと思います。……だとしても、それにクレイジー君を選ぶのは、なんだか、とても失礼な気がして。「好き」という感情ではなく、「人生経験」で付き合うって、どうなのかと思いまして……。
「人の気持ちは変わるものさ。付き合ってみたら、案外気が合うなんてこともあるもんだよ」
でも、……それで、友達ですらいられなくなったら、ミランダ様はどうします?
――空気が少し、静かになった。
あたし、それが嫌です。
「あー……」
クレイジー君とは仲良くしてたいです。友達として。でも、男女の関係が出来て、嫌なところを見えてしまって、友達だったら許せてしまうところとか、恋人だったら許せないところとか出来て、いざ別れて、元の関係になんか戻れなくて、ってことになったら……あたし、寂しいです。
「男と女の価値観は違うから、友達にもあり得る……と言いたいところだけど、お前の意見も一理あるね」
「だったらルーチェ、やっぱり友達として仲良くしてたいって言うべきだと思う。中途半端に付き合った方が、相手に失礼だと思う。向こうは好きって感情があるんだから」
……アンジェちゃん、そうだったの?
「……一週間、一緒に過ごすとかだけでも……違うと思うけど、デート重ねてみて、やっぱり違うと思ったら、返事すればいいのよ」
……うん。出かけるのは楽しかった。……またデートに行くのは、失礼じゃないかな?
「友達と遊びに行くのに失礼はないでしょ」
あ、そっか。
「お前は引きこもり癖があるからね、丁度いいよ。これから冬休みにも入るだろうし、今のうちに色々経験積んどきな」
わかりました。色々とありがとうございます。ミランダ様。アンジェちゃんも。
「師匠、私はもう行きませんからね」
あ、ミランダ様、クレイジー君がもうやめてくれって言ってました。でも、全部あたしの為を思っての行動だってちゃんと説明しておきましたから!
「は? お前のため? 何言ってるんだい? お前なんかどうでもいいよ」
え?
「は? じゃあなんで私に行けって言ったの?」
「今時の奴らがどんなデートをするのか見たことないから、研究材料」
あたしとアンジェが真顔で黙った。
「色々参考になったよ。パンケーキのランチに、アニメ映画に、スポーツセンターに、最後は崖から見える夜景かい。これで坊やが飛行魔法でお前と二人乗りしたら完ぺきだったね」
「「……」」
「デート終わりに綺麗な魔法を見せてほしいって依頼がいくつかあったからね。ああ、そうかい。崖、いいねえ」
ミランダ様がひょうひょうと紅茶を飲んだ。
「お前をおめかしさせた甲斐があった。どうもありがとう。ルーチェ」
……お役に立てたのなら……よかったです……。
「……最低……」
「他人の恋愛事情って面白くてね、特にルーチェみたいなこじれた若いのが恋に戸惑う姿は人一倍たまらない。渦巻く思考だとか、行動とか、表情とか、一番に現れるのが恋なんだよ。人は恋に落ちて溺れる。お前は溺れたくないと言ってる。でも坊やは既に溺れてる。お前が助けようと手を伸ばせばたちまち巻き込まれる。坊やをふったら坊やは恋に溺れたままどこかで登坂を見つけて、いずれ恋から抜け出す。そしてまた別の相手を見つけて落ちる。お前も、私も、アンジェだってそうだよ。いつ恋の落とし穴があるかわからない。落ちてしまったら心が揺れて、心臓が動く。思考が動いて行動に出る。だから片思い時代が最高なんだよ。男も女も馬鹿になる。やけにギャンブルをしたがる。ろくな駆け引きが出来ないくせにやりたがる。実に滑稽で微笑ましい。映画やドラマには台本があるけど、現実に台本はないからね。面白くてたまらないよ。今回のは、それを見たかっただけ」
「やばすぎ……」
(流石ミランダ様。難しくてあたしにはよくわからないけど、なんか色々考えてるんだなってことは理解できる。多分)
「ルーチェ、この際付き合ってみたらどうだい? 色んな発見があるもんだよ」
「ルーチェを実験台にしないでください!」
あ、ミランダ様、発見と言えば、あたし見つけたんです!
「ん?」
クレイジー君と抱きしめ合ったときに、体の作りが違うなって思いました。肩とか、筋肉とか、背中の形がまるで違うんです!
ミランダ様とアンジェがあぜんとした顔であたしを見た。ん? 何?
「抱きしめ合った?」
え? はい。
「ルーチェ、それいつの話?」
え? 崖の後の帰り道で。
「は!? 何それ、あいつ、本当にルーチェに手出したの!? 最低! 大丈夫!? ルーチェ! 無理矢理キスとかさせられてない!?」
あはは! 面白い! それ! 誰もあたしのキスなんか欲しいわけないじゃーん! あははは!
「笑い事じゃないから!!」
「そこまでしてなんで付き合う結論に至らないんだい。お前は」
あ、別に恋愛的な意味ではなくて、あの、ハグしてくれたらアンジェちゃん達やミランダ様のことを許してくれると彼が言ってくれたので。それで。
「最後に足掻いたんだね。坊や。偉いよ。それこそ男の子だよ」
すごく温かかったです!
「なんか……やだ……。ルーチェがあんな男に汚されるとか……」
大丈夫だよ。アンジェちゃん。この後お風呂入るから。
「そういうことじゃない……」
「今日のことはいい経験になるよ。ルーチェ、感想を日記に書いときな」
わかりました! 書いときます!
「なんか……やだ……。ルーチェが……あんな男と……やだ……」
アンジェちゃん、また今度アーニーちゃんとトゥルエノ誘って四人でスポーツセンター行こうよ。初めて行ったけど、すごく楽しかった!
「もっと楽しいところあるし……」
じゃあまた今度行こう?
「……うん……」
あ、おかわりは?
「……ルーチェは?」
あ、……一緒におかわりしよっか。入れるよ。
「……ありがとう」
どういたしましてー。
むくれるアンジェの皿を受け取り、あたしは鍋の具を皿の中に入れた。
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