第4話 綺麗な夜景を見ながら


 辿り着いたのは、崖と、そこから見える中央区域の街の景色。


 光が、ひたすら輝く。


(うわあ……)

「昔から、セイン兄ちゃんと来てんだよ。ここ」

「綺麗……」


 秋の夕日は既に落ち、灰色に広がる空には薄い月が登っている。いくつか星が見える。これからもっと闇が広がれば光は輝くことだろう。


(綺麗だなぁ……)


 ずっと見てられそう。まだ見てたい。もう少し見てたい。どうしよう。全然飽きない。ここで自覚する。やっぱり闇に輝く光が好きなんだと。


(ミランダ様は今日も魔法を使ったんだよな。どんな魔法を出したんだろう)

「……気に入った?」

「うん。すごく綺麗」

「俺っちも好きなんだよね。妙に落ち着くというか」

「セーチー、知ってたなら教えてくれたら良かったのに」

「あー、そいつはルーチェっぴでも駄目だな。ここは俺っち達の秘密の場所だから」

「もう秘密じゃないじゃん」

「ひひひ!」

「……つ、連れてきてくれて、ありがとう。……本当に綺麗。……まだ見てていい?」

「ん。いくらでも」


 二人で大きな岩に座って、景色を眺める。薄暗くて、星が光ってて、二人しかいなくて、いないからこそ、訊きたいことが頭に浮かび上がる。


「……あのさ?」

「ん?」

「あの、ま、まだ、……あたしのこと、好きだったり……する?」

「え? うん」

「……えー?」

「えー? って何?」

「や、どこがいいのかなって……」

「えー? 全部?」

「……」

「嘘じゃないって。本当にそう思うの」

「クレイジー君なら、もっと可愛い彼女作れるじゃん」

「どうかなー? 顔だけな子っていっぱいいるからさー?」

「顔は、努力だよ。みんな男の子にき、気に入ってもらいたくて、メイク頑張ってる子が大半なんだから」

「メイク頑張ってる努力は認めるけど、それと同じくらい魔法で競い合える仲か、もしくは全く魔法に関わりのない相手じゃないと、俺っち難しいかもー」

「……なんかあった?」

「あーね。色々」

「……クレイジー君って、彼女とっかえひっかえにしてるって聞いた」

「人って付き合ってみないとわかんないじゃん? でー、……ルーチェっぴならどうする? 付き合ってしばらくしてから、毎晩電話してくれないと自殺するって言って、ビデオモードにして、窓から飛び降りようとする光景見せられたら」

「メンヘラと付き合ってたの!?」

「女の子は全員メンヘラだっぴー」

「そ、そんなことないよ!」

「いや、んなことある。俺はもう確信してる。サバサバ女子とか言うけど、結局根はみんなメンヘラよ。承認欲求の塊よ。あと、男は全員結局バカで子供。女の子とおっぱいがあったらもうそれで色んなこと全部解決出来る」

「そ、そんなこと……う、うーん……(否定が出来ない……)」

「何にせよ、ホモ・サピエンスとして命を宿した以上、同族と関わらないといけない。だけど誰でも彼でも関わると痛い目に遭うから、そうならないために自ら近付いて、見極める力をつける。俺っちはまだ途中。鼻が利くならいいけど、俺っちはそこら辺のセンスないからさ。関わってみて、ヤバそうなら離れて、また関わってみて……」

「……なんか、クレイジー君らしいね」


 夜風が吹いた。前髪が揺れる。


「やり方が論理的」

「いや、大事なことよー?」

「ってことは、あたしがや、やばい奴か、見極めたいから、付き合いたいってこと?」

「ルーチェっぴは好きだから付き合いたい」

「……矛盾してない?」

「や、だから、ルーチェっぴは、夏休み中にいっぱい関わり持てたし、考えてみたけど、やっぱ根っこが好きなんだと思う」

「根っこ?」

「魔法が好きなとこ」


 隣を見ると、クレイジーは既にあたしを見ていた。


「俺とお揃い」


 クレイジーの手があたしの手に重なる。


「魔法に対して、真剣で、本気で、努力する。目の前が真っ暗でも光だけを求め続ける姿勢……っていうの? ひひっ! そういうとこが好き」

「……それは……クレイジー君もそうじゃん。人をお、お、脅してまで……学校に残ろうとしたり……」

「うん。だから、なんか、そういうのに惹かれたんだと思う。俺っちが付き合った子も、努力する子はいたけど、ルーチェっぴ以上に魔法に向き合おうとしてる子はいなかったから。みんな服とか、メイクとか、あー、あと爪? 好きだったなぁ。俺っちさー、そこんとこあんま見ないからあってもなくてもどっちでも良いんだけど、あれって痛くないの? 爪」

「付け爪可愛いじゃん」

「んー。……俺っちは、そんなのより魔法見てる方が好きかなー」


 クレイジーが鞄から杖を出した。


「俺も馬鹿でガキだからさ」


 杖を一振りすると、植物が伸びて、あたしとクレイジーの周りに小さな屋根を作り、花を咲かせた。


「あー、でも、高級ホテルとかで受付してるお姉さんのゴテゴテした爪は綺麗だと思うかなー」

「クレイジー君、そういうのあんまり好きじゃないんだね。意外」

「好きじゃないというか、彼女になる人にはありのままでいてほしい。甘えたければ甘えてほしいし、スッピンでもいい。まあ、化粧してくれるのは嬉しいけどさ、……魔法の邪魔だけはしてほしくない」

「あ、それはわかる。練習し、中は、邪魔してほしくないよね。あたしらなんて、学校行ってアルバイト行ってるから、自由時間ってかなり貴重じゃん」

「それな!」

「それはわ、わかる」

「テスト勉強はオフラインでやりたい」

「オンラインで集中出来る人すごいよね」

「常に二人はしんどい。ほっといてほしい」

「あ、あたしもそれがいいな。ほっといてくれる人。……だから好きな人出来ないんだろうな。あはは!」

「ルーチェっぴ」

「ん?」

「俺から始めてみない?」


 きょとんと瞬きする。手を握ってくるクレイジーが、見たことないくらい、真剣な顔をしているものだから。


「人と関わるのは必要になってくる。俺で練習しても、いいと思うんだ」

「……それは」

「関わってみたら、人の気持ちって変わるもんだよ」


 握る力が強い。


「俺は好きだよ」

「……もう少しでデビュー」

「だから何? デビューしたところで、ルーチェっぴ、邪魔なんてしねーだろ」

「や、わ、わかんないじゃん。嫉妬して、あえて邪魔ばかりするかも……」

「ミランダ・ドロレスの弟子が、んなことすんの?」

「……わかんない、じゃん……」

「そうだよ。わからない。だから一番近くで、その人を知る機会を作る。これが恋人になって、付き合うってことなの」


 クレイジーがあたしを見つめ続ける。


「俺は、ルーチェとそうなりたい」

「……嬉しい、けどさ……」

「彼氏イケメンだって自慢できるよ? 超いい男だってマウント取れるよ?」

「自分で言うの?」

「俺っち、すごく良い男だもん」

「自分で言うんだ……」

「でないとモテないでしょ」

「あー……うー……(くそう。否定が出来ない)」

「恋人になってくれるなら、ルーチェの苦しいものとか、痛いものとか、辛いものとか、俺は全部受け止める。覚悟もしてる」

「……プレゼンしてる?」

「自己アピール得意だから」

「自己アピールって難しくない? あたしは苦手……」

「ルーチェっぴ、……返事は?」

「え?」

「返事」

「え、へ、返事?」

「今言って」

「……や、一回、あの」

「駄目。今言って。今返事ちょうだい」

「や」

「今言って」


 考える隙を与えてくれない。あたしの思考が追いつかない。クレイジーが早口になった。


「今日楽しかった?」

「あ、そ、それは……うん」

「でもさ、今日来なかったら、楽しいことが待ってるなんて気づけなかったわけじゃん?」

「あ、確かに!」

「恋愛も似ててさ、その人に関わって良いところも悪いところも見て、それでも好きかどうかって自分の気持ちに気付けたりすんのね。人と話す練習も出来るし、俺といたら、メリットしかないよ? 断る理由なくない?」

「た、確かに……でも、」

「魔法使いになるまで恋人作らないってのは時代古すぎ。ルーチェっぴ、マリア先生って今の旦那さんとどこで知り合ったと思う? 現役で魔法学校の学生だった時だよ」

「……そ、そうなんだ……」

「カップルでデビューした奴らもいるよ。先輩で」

「へ、へえ……」

「うん。だから恋人がいても大丈夫なんだって。むしろ、恋人がいた方がお互い男女の考え方とか、好きな魔法の種類とか見せ方とか考え合えるから、成績上がる人多いし」

(そ、そうなんだ……)

「それにさ、俺はデビューするけど、ルーチェっぴだってプロ目指してんでしょ? だったらより魔法のことお互い競い合えるじゃん。ライバルであり恋人である。こんな良い関係なかなかないよ?」

「ん……んん……」

「付き合うって実験も人生において大事だっぴよー?」

「そ……、……、そう……かな……」

「そうだよ」


 クレイジーの口調がゆっくりになった。


「すげー大事なことだよ。ルーチェっぴが思ってる以上に。だって、経験したことないんでしょ? 彼氏いたことないんでしょ?」

「……」

「じゃあ、俺から始めてみるのが良いよ。絶対」

(……確かに……人生経験は……大事だって……ミランダ様も……)

「だから」


 クレイジーの声が耳に響く。


「今、返事ちょうだい」


 人生経験は大事だ。あたしはクレイジーを見上げる。


「俺の、彼女になってください」

「……、……、……あ……たし……」


 口を開きかけた瞬間、大きく響いた。


「へっくしゅん!!」


 ――はっと我に返って、振り返った。クレイジーもすぐに振り返ると――奥の木の後ろから、何かを叩く音が聞こえた。


「このバカ!」

「ごめん……。花粉が……我慢出来なかった……。あ、第二波! はっくしゅん!」

「ふ、二人とも、静かに……!」


 クレイジーがため息を吐きながら杖を振った。植物が三つの影を捉え、上にぶら下げた。


「ぎゃっ!」

「きゃあー!」

「ひゃっ!」

「覗きとかやばくね?」

「えっ……!?」


 あたしはあ然と目を見開いた。


「アンジェちゃんとアーニーちゃんに……トゥルエノ!?」

「はーい……。ルーチェ……」


 トゥルエノが苦笑いで手を振った。


「びっくりした! 何やってるの?」

「やー、だって……ルーチェ、昨日チャットで出かけるって言ってたから……なんとなーくお散歩がてら見てたら……」

「師匠から様子見てこいって頼まれたのよ!」

「面白そうだからついてきちゃった! てへぺろ!」

「クレイジー君! おろ、下ろしてあげて! 頭に血が上っちゃう!」

「トゥルエノちゃんはともかくさー……先輩ら、プライバシーの侵害ってわかります?」

「頼まれたっつってんでしょ!」

「だからってパンケーキ屋にも映画館にも施設の中にも入ってくんの? やべーよ。お前ら」

「え! そうだったの!? 声かけてくれたら、い、一緒に遊べたのに!」

「ルーチェっぴ、そういうことじゃない」

「頭に血が上るー!」

「大丈夫!? アーニーちゃん! クレイジー君、早く下ろしてあげて!」

「あー、まじだりー!」


 三人が地面に下ろされた。


「ガチでないわ。お前ら、流石に。このまま出てこなきゃ知らないふりしたけど、もう……まじでない!」

「師匠に言ってよ。こっちは頼まれてやってるんだから」

「普通断らね? ありえねーから。ガチで」

「クレイジー君、そ、その言い方は……」

「ルーチェ、今回は、あの、私達が……圧倒的に悪いから……」

「トゥルエノ、なんで声かけてくれなかったの? 一緒にとら、トランポリン、遊びたかったのに!」

「また今度行こうね……」

「クレイジー君! 心理作戦の早口マシンガントーク、相変わらずだね! 感心しちゃった! 私も今度使ってみるね!」

「お前は人として恥を知れ」

「好奇心と憧れは止められねえんだ! なんつってな! てへぺろ!」

「っ」


 堪忍袋の緒が切れたクレイジーがアーニーの頭を掴み、風魔法を起こし、崖へと突き飛ばした。アーニーが崖へと落ちていく。


「きゃーーーー!」

「アーニー先輩!」

「ちょっと! ユアン・クレバー! これはやり過ぎよ!」

「てめえらがやりすぎなんだよ!」


 あたしの手を掴んで引っ張った。


「わっ」

「帰ろ」

「あ、え、えっと……」


 後ろを振り向くと、アーニーが危なかったー! と笑いながら箒で空を飛んでいた。


(うわ、この短時間ですごい!)


 手を引っ張られた。


「わっ」


 クレイジーが無言で坂道を下りていく。その横顔は、怒りに包まれている。


(……た、確かに……見られてたのは……ちょっと……恥ずかしかったかも……)


 クレイジーと共に無言で道路に戻っていく。


(そうだよなぁ。確かに、嫌かもなぁ……)


 クレイジーの歩幅が大きい。あたしは小走りでついていく。


(うーん。でも、三人とも悪気があったようには見えなかったし……トゥルエノも心配して見に来てくれたわけだし、アンジェちゃんは……ミランダ様に頼まれたって、あれ、ま?)


 車も人通りも少ない道を歩く。辺りは暗い。


「……あの……」

「駅まで送る」

(……ご機嫌ななめだ)

「……まじでない。あいつら」

「……心配して来てくれたんだよ。あ、あたしがね、あの、いっぱい相談してたんだ。だから……」

「面白がってるだけじゃん。こっちは真剣なのに」

「……ごめんね?」

「ルーチェに怒ってない」

「あたしがはっきりしないから、こうなってるわけだし」

「……」

「……考えてもいい?」

「今が」

「考えさせて!」


 クレイジーがあたしに振り向いた。


「真剣に、ちゃんと考えるから!」

「……」

「ほ、本当に、告白されたのも、す、好きになってくれたのも、クレイジー君が初めてだから、でも、あたしは友達として仲良くしたいのも、やっぱりあって、でも、確かに、付き合ってみないとわからないこともあるわけで、だから、その、今は、すごく、あ、あ、アドレナリンが、い、い、いっぱい、まわ、ってるから、ごめ、だから、あのあのあのあの、かん、かっ、考え……」

「ルーチェっぴ」


 クレイジーがあたしの頭に手を乗せた。


「深呼吸」

「……すーはー」

「落ち着いて、ゆっくり言って。焦ってないから」

「……えーと……すーはー……つまり……あたしがい、言いたいのは……」


 お願いする。


「もうちょっと、時間ちょうだい」

「……わかった」

「……ごめん。本当にごめん」

「ううん。待つの慣れてる」

「でも、ちゃんと考える。それで、ちゃんと答えだして、返事するから」

「大丈夫だって。焦んなくていいから」

「……今日、本当に楽しかったの。……セーチーと遊んでる時のこと、思い出した」

「……」

「嫌いじゃないの。本当だよ? 誘ってくれたのも、う、嬉しかったし、チャットも、連絡くれるのも、嬉しいの。ウザいとかは本当に全くなくて、むしろ、クレイジー君とはこの先だってずっと仲良くしてたいから……」


 だから、


「悪いところ見て、嫌だなって思いたくない」

「……でも、友達もそうじゃん。嫌なところもあれば、好きなところもある」

「恋愛経験が大事だっては、話は、結構胸に響いた。だから、ちゃんと改めて考えさせて? 今この勢いのまま返事して、後悔したくないし……クレイジー君を嫌いになりたくない」

「……ん。わかった」

「ごめん」

「謝んないで」

「……うん。……ありがとう」

「……あいつらは謝ったほうがいいけどな」

「悪気はなかったんだよ……」

「トゥルエノちゃんはいいよ。まだ。あの二人だよ。ミランダちゃんにもちょっとやめてって言っといて」

「し、心配……してくれたんだよ……」

「……あのさ」

「ん?」

「ルーチェっぴが抱きしめさせてくれるなら、許すんだけど……って言ったら……抱きしめさせてくれる?」

「……ハグ?」

「ハグ」

「え、それで許してくれるの?」

「ん」

「えっ、軽」


 言いながらその場に止まり、あたしからクレイジーを抱きしめると、クレイジーが硬直した。


「これでいいの?」

「……あ、ちょっと、待って」


 クレイジーがあたしの背中に腕を回した。


「ちょっと、しばらく、このまま」

「……寒くない?」

「ううん。すげー……あったかい……」

(……汗臭くないのかな?)


 クレイジーの吐息や、温もりを感じる。


(まあ……これで三人のこと、許してくれるならいいや。いくらでもどうぞ)

「……ルーチェ」

(ん)

「好き」


 耳に囁かれて、今度はあたしが硬直する番。


「やっぱ……好き」

「……か、考えるから……ちゃんと……」


 抱きしめれば発見がある。男の子は、やっぱり体の作りが違う。人によると思うけど、クレイジーからは汗の匂いがするし、熱はあたしよりも高くて、ちょっと筋肉質で、力が強くて、意外とがっしりしてる。背中を撫でる。あたしよりも広い背中。面白い。あたしと違う人間。クレイジー君、あたしよりも頭が良くて、論理的に動くのに、なんであたしなんかが良いんだろう。発達障害も持ってるし、魔法に打ち込んでる子も、センスのいい子も、あたし以外にも沢山いるのに。


(おかしな子)


 しばらくの間、人気も車の気配もない道路で、クレイジーと抱きしめあっていた。



 森からは、霧が出始めている。









「ただいま戻りまし……あれ、アンジェちゃんがいる! さっきぶりだね!」

「バレるなって言ったはずだけどね……」

「アーニーがくしゃみなんてするから……」

「ルーチェ、こっちおいで。夜ご飯食べながら今日の話を聞かせとくれ」

「はい。ミランダ様」


 あたしは帽子を外し、リビングに歩いた。

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