第18話 夢


 どこかのスタジオで、アーニーが台本を持って、マイクの前に立っている。そして演技をしている。アーニーはとても楽しそうだ。


 そんなアーニーが振り返り、あたしに言った。


「マネージャー、どうでしたか?」


 滑舌も良くて、とても滑らかな演技だった。最高だと、本来のあたしなら言うだろう。でもミランダからの命令だ。あたしは心を鬼にした。


「やっぱり君向いてないね。才能ないよ。うん。もう来なくていいよ」


 アーニーが唖然とした顔で台本を地面に落とした。


「君には別の道がある。まだ若いんだし、頑張って」


 アーニーの肩を叩くと、アーニーの目が絶望に染まっていく。


「何をしているんだ。早くここから出ていきなさい」


 あたしが言うと、アーニーはうなだれながらスタジオから出ていった。



(*'ω'*)



「師匠はすごい人です。私は自信もって言えます」


 あたしの隣には、笑顔のアンジェがいた。


「師匠の魔法を真似してみました。見ててください」


 アンジェが光の魔法を見せた。それは素晴らしく完璧な魔法だったが、あたしは思った。この子は、光よりも違う魔法の方が合ってる気がする。


「どうですか? 師匠」


 あたしは黙る。


「今度の現場に行く時に、使ってみてもいいですか?」

「今度の現場? はて? 何の話だい?」

「何言ってるんですか。明日も仕事あるんですよね? 私も行きます」

「お前は連れて行かないよ」

「え? なんでですか?」

「来たきゃ自分で来ればいいさ」

「え?」


 あたしは箒に乗って空に飛んだ。


「師匠!」


 アンジェが叫ぶ。


「なんで置いていくんですか! 師匠!」


 アンジェが必死に叫ぶ。


「私、どうしたらいいんですか!? 答えてください! 師匠!」


 あたしは無視をして、空を飛び続ける。しかし気になって後ろを見てみると、アンジェが寂しそうな背中を向けて、屋敷の扉を開け、中に入った。



(*'ω'*)



 あたしは口座の中身を見て、きょとんとした。何度も確認する。しかし、誰かに口座の中身を抜き取られた痕跡があり、それを家族に言うことになった。


 伝えた瞬間、全員の頭が真っ白になった。特に、末っ子が。


「……は?」

「父ちゃんが全部金を抜いた。お陰で、セインの手術代がなくなった」

「……いやいや、んなわけねーだろ」


 ユアンが立ち上がった。


「母ちゃん、もう一回確認してみろって。どっか、間違えてんだよ」

「うちの口座はこれしかない。父ちゃんが全部持ってったんだよ」

「……は?」


 四人兄弟が通帳を見つめる。何度見ても、そこには自分たちが貯めた資金、下りた保険金がなくなっていた。


「いや、ありえねーって……」

「ユアン、一回座れ」

「あの父ちゃんが、んなことするわけねーって」

「母さん、とりあえず、パソコンから追跡してみるわ。めんどくせーけど」

「指名手配の手続きをする」

「いや、おかしいって。違う、違う。なんかの間違い」

「ユアン」

「手術って来週だろ? 支払いができないんじゃ、ドナーはどこ行くわけ?」


 全員が黙った。あたしも何も言えない。ユアンが大股で歩き出した。それを見た兄達がユアンを止める。


「ユアン」

「触るなって」

「どこ行くんだよ。めんどくせー」

「銀行」

「ユアン、ないもんはないんだ」

「あるって」

「ユアン」

「あるって!」

「ユアン!」

「銀行員のミスだって! こんなの! 絶対あるから!」

「ユアン、待てって!」

「離せってば!!」


 ユアンが暴れだしたのを兄達が止める。


「ドナーがないと、セインが死ぬんだぞ!! 俺の! 片割れが! 死ぬんだぞ!!」

「だから、すぐに捜索するから大人しく……」

「だから銀行員に問いただせばわかるって!」

「あー、めんどくせーな」

「ユアン! いい加減に……!」

「いいって! 俺が確認してくるから!」

「ユアン!」

「クソ弟」

「離せって……」

「いい加減にしろ!!」


 長男のリベルが末っ子のユアンを殴った。ユアンがフローリングの上に倒れ、起き上がろうとして、体を震わせ、拳を強く握った。


「……畜生……」


 地面を叩く。


「なんで……今、このタイミングで……くそ……!」


 ユアンの目から、涙があふれ、落ちていく。


「クソぉ……!!」

「……はあ……」

「……母さん、ちょっと……ユアンを落ち着かせてくる」

「めんどくせー……」

「ほら、立て。ユアン」

「ぐすっ、畜生……! 畜生……!」


 兄三人に引きずられて、ユアンはリビングから出ていった。



(*'ω'*)



 目の前に、男女の遺影が並んでいる。


 あたしはそれを見つめる。


 花がたくさん置かれている。


 ふと、あたしは隣の気配に気づいた。


「驚いた」


 その人物は思わずそう呟いた。


「少し居眠りしちゃったみたい」


 その人物はあたしの頭を撫でた。


「これは再現した方がいいのかしら? ……うーん。やめておこう。この夢はあまり面白くない」


 その人物はあたしを見て、嬉しそうに微笑んだ。


「マーンス! 久しぶりの『おチビちゃん』だわ。ちっちゃーい!」


 手が優しくあたしの頭を撫で、立ち上がった。


「さて、起きなくちゃ」


 あたしを無視して、その人物は扉を開けて、この部屋から出ていった。あたしも立ち上がって、ゆっくりと歩き出し、彼女の後を追いかけるように部屋から出ていった。



(*'ω'*)



 親友と隣同士で歩く。楽しい話題を振れば、親友が喜ぶ。ふと、あたしはこんなことが訊きたくなって、親友に訊いてみた。


「あのさ、トーマス」

「ん?」

「俺が……お前のこと、好きって言ったら……どうする?」

「……。……。……あはは! なんだよ、それ!」


 親友は笑いながらあたしの肩を叩いた。


「気持ちわりーな! じゃあ、付き合っちゃうか!? キスまでならいいぞ!」

「や、そ、そういうわけじゃねえよ! 冗談だって!」

「わかってるってーの! あはははは!」


「本当に冗談だったのかな」


 トゥルエノがその様子を見ている。


「ちゃんと答えたら、なんて言ってくれたんだろう」


 否、


「答えられるはずない」


 どうして答えられる。同性の親友に、僕も君が好きだよって。


「そんなの、気持ち悪いじゃん」


 トゥルエノがはっとした。


「やだ。また太ってきた」


 トゥルエノが怯えた表情をして、人差し指と中指を口の中に突っ込み、のどの奥まで入れ、――その場で吐いた。


「っ」


 うなるような声と咳を出し、全てを吐き切ると、今度は自分の肌を見た。


「あ、肌荒れ……」


 サプリを飲み込む。


「あ、目の下にクマ……」


 メイクする。


「もっと、もっと女の子らしく……」


 メイクをする。


「隠せない。隠せないよ……」


 喉仏が丸見えだ。


「男になっちゃう」


 髪を伸ばして、


「男になっちゃう」


 誰よりも気を遣って、


「私、は、トゥルエノ……」


 鏡を見れない。


「私は……誰……」


 闇が世界を覆う。

 トゥルエノがうずくまる。

 足音が近づく。

 影が近づく。

 気配に気づく。


 トゥルエノが顔を上げた。



 あたしは答えた。



「あなたはトゥルエノ」



 トゥルエノがあたしを見つめた。



「あたしの友達」



 あたしは小瓶を差しだした。


「起きて。ここは現実じゃないから、早く目覚めた方が良いよ」

「……誰……?」

「ここは夢の世界なの。あたしは、ミランダから言われてるから、皆を起こさないといけないの」

「……ルーチェ。あなた……ルーチェに似てる。でも……ルーチェはこんなに……髪の色が……」

「あ、そうだ。起きたついでにあたしのことを起こしてくれない? ミランダから言われてるの。あたしも起きないといけないの」

「……そっか。ここは夢だから……」

「そうなの。ここは夢なの」

「じゃあ、もう起きないと……」


 トゥルエノが辺りを見回した。


「えっと……どうやって起きたら……」

「これどうぞ」


 あたしは小瓶を差し出す。


「あたしは飲めないから、あなたにあげる」

「……これは……目覚まし薬……」

「これで目を覚まして、あたしを起こして?」


 トゥルエノがあたしを見つめた。


「あなたは誰?」

「いいから、早く」

「……」


 トゥルエノが小瓶を一気に飲んだ。すると、世界からトゥルエノが消え失せた。あたしは喜んだ。任務は完了した。


 これでもう大丈夫。


 あたしはその場に座ることにした。


「これであたしも目が覚める」


 そう呟いて、あたしは目を閉じた。だんだん声が近くなってくる。だんだん意識が遠のいてくる。だんだん遠くへ――遠くへ――あたしの意識が――どんどん――なくなって――また――また――忘れていく――。



 全部――忘れてしまう――。





(*'ω'*)





 叫 び 声 が 聞 こ え る ――。





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