第17話 記憶の整理



 ママとお姉ちゃんが迎えに来た。


「ルーチェちゃん、お迎えきたよー」

「ルーチェ、帰るよ」

「……はーい」


 ママが紐を持ち、あたしはソリに乗る。ママの隣にはお姉ちゃんがいる。雪が降る。あたしは受話器のおもちゃを耳に当てて、お友達と喋る。すると、ソリからころりと落ちて、その場に残された。ママとお姉ちゃんは気付かず歩き続ける。あたしはそれをきょとーんと見ている。お姉ちゃんが振り向いた。


「あっ! ルーチェがいない!」

「えっ!?」


 ママも振り返った。遠くの地面に座るあたしと目が合った。その瞬間、あたしはなぜか泣き出した。ママとお姉ちゃんが走って戻ってくる。


「ごめんごめん! ルーチェ!」

 わーーーん!

「ナビリティが気付いてくれて良かった!」

 わーーーん!

「ルーチェ、お姉ちゃんとおてて繋いで歩こっか!」

 ぐすん! ぐすん!


 お姉ちゃんと手を繋いで歩いて帰ることになった。ママは白い息を吐きながら、ソリを引きずった。



(*'ω'*)



 目の前には学校があった。

 ママと手を繋いで中に入る。


「よろしくお願いします」

「ルーチェちゃん。今日もお姉さんと遊ぼうねー」


 ここは大好きな場所なの。学校なのにオモチャやトランポリンが沢山あって、優しいお姉さんが遊んでくれるの。今日もたくさん遊ぶんだから!


「ルーチェちゃん、今日は何して遊ぶ?」

「……トランポリン!」

「ルーチェちゃん、今日はお休みだったの?」

「……ううん! ……保育園だったんだけどね、早迎えだったの! 早迎え大好きなんだ。ママ、来てくれるの!」

「そっかー。大好きなんだー」


 楽しい時間は終わり。あー、楽しかったー。


「どうですかね?」

「あと三回くらい来れますか?」

「はい。大丈夫です」

「確かに、呼ばれてから気付いて話し出すまで少し反応が遅いのですが、小さい子ならよくあることですから、ゆっくり見ていきましょう」

「はい」

「ママー、お腹空いたー!」

「アイス買おっか。ナビリティには秘密ね」

「うん! 秘密にするー!」


 あたしはママの車に乗った。



(*'ω'*)



「ルーチェ、これ浮かせられる?」

 こう?

「あっ! やっぱり! ママー! ルーチェ魔力持ってるー!」

「え、ルーチェが?」

「見て! 鉛筆浮いてる!」

「えー。やだー。人前でやらないでよー?」

「すごいね! ルーチェ!」


 あたしとお姉ちゃんが悪戯を考えて、パパにやった。


「ナビリティ! ルーチェ!」

「ごめんなさい」

 ごめんなさい。

「次やったらパパのゲーム二度と貸さないからな!」

「ごめんなさい」

 ごめんなさい。



(*'ω'*)



 嵐の風が強くて、寿命の切れたアパートが揺れる。受話器を耳に当てる婆ちゃんに訊いた。


「婆ちゃん、産まれたー?」

「今産まれたって」

「おねーちゃーん! 赤ちゃん産まれたってー!」

「今行くー!」


 お姉ちゃんがドアを開けた。



(*'ω'*)



「アビリィが一番顔整ってるな」

「アビリィはナビリティとルーチェと違って向上心があるよね」

「アビリィはナビリティとルーチェと違ってすぐ友達作ろうとするよな」

「アビリィは二人と歳が離れてるのにすごく人懐っこいよね」


 お姉ちゃんが部屋に引きこもるようになった。


「お姉ちゃん、ご飯できたって」

「……。……。……今行く」

「うん」



(*'ω'*)



 今日もお姉ちゃんとママの怒鳴り声が聞こえる。学校に行く。一人で絵を書く。周りは魔法使いの話題で持ちきりだ。家に帰る。アビリティがアニメを見てる。パパがお姉ちゃんの愚痴を言う。ママがお姉ちゃんの愚痴を言う。お姉ちゃんは部屋に引きこもる。お姉ちゃんの部屋に行くとお姉ちゃんが泣いてる。あたしは必死に慰める。翌日。学校に行く。一人で絵を書く。友達はいない。悪口を言われる。家に帰る。お姉ちゃんが家出したらしい。警察が来た。お姉ちゃんが帰ってきた。あたしはとても心配してお姉ちゃんを抱きしめた。パパとママは呆れた目をお姉ちゃんに向けた。アビリィはアニメを見てた。パパとママは夜ご飯を食べた。あたしとお姉ちゃんはお姉ちゃんの部屋で食べた。一緒に眠った。翌日、学校に行く。目の前で悪口を言われた。あたしは四階講義室に上がった。


 飛び降りた。



(*'ω'*)



 黒板に呪文が書かれていく。あたしはわくわくした目で全てノートに書き写した。わくわくした体で家に帰った。婆ちゃんがいた。今日はパパとママとお姉ちゃんが帰ってこないらしい。あたしはアビリィとアニメを見た。数日後、お姉ちゃんが死んだとパパに言われた。



(*'ω'*)



 お姉ちゃんが連れてきたお婆ちゃんがパフェを奢ってくれた。


「ルーチェ、これからわたくしがナビリティじゃなくなっても、ずっとルーチェのお姉ちゃんだからね」

「うん」


 その日は知らないお婆ちゃんの家で、お姉ちゃんと抱きしめあって眠った。



(*'ω'*)



「よーし、ルーチー! 準備はいいな!?」


 セーチーが線を書いた。


「ここからあっちまで、競争な!」


 セーチーが構えた。


「よーい、ドン!」


 走り出す。その背中を見て、あたしは思った。追いかけなきゃ! 


「まってー! セーチー!」

「ぎゃははは!」

「待ってよー!」


 セーチーと遊んでるのがとても楽しくて、あたしは遊び続ける。



(*'ω'*)



 あたしの記憶。


 あたしの思い出。


 あたしの人生。


 思い出しては消えて、また思い出して浸る。


 やっぱり、ずっと幸せではないな。


 あまり、良いことのない人生だな。


 もっと、楽しい人生だったら良かったのに。


 だから神様は、少しでもあたしに希望を与えてくれた。魔力を下さった。


 あたしは魔法を使う。


 あたしは魔法でいつまでも遊ぶ。


 満足するまで遊び続けたい。


 大人になんかなりたくない。


 ずっとこのまま、子供のままで、魔法だけを使っていたい。


 あとは何もいらない。


 魔法使いになっていれば、あたしは小説を書くことなんてなかった。


 魔法使いになっていれば、あたしは絵を描くことなんてなかった。


 魔法使いになっていれば、あたしは動画編集を覚えることもなかった。


 あたしは魔法使い。

 魔法使いになるために生きてるの。

 だから魔法で遊ぶ。

 努力は報われる。

 夢は叶う。

 そう教わった。

 だから、なりたいと思ったら、なれるの。

 ちょっと頑張ればいいだけ。

 ちょっと頑張れば魔法使いになれるの。

 だって、皆なれてるんだもん。

 なれてない人もいるみたいだけど、あたしは違う。

 あたしは皆とは違う。

 あたしは魔法使いになるの。


 魔法使いになったら、皆にちやほやしてもらえる。


「わあー! 光魔法使いのルーチェ・ストピドだー!」

「私、大好きなんです! サインください!」

「すごーい!」


 あたしは認められる。


「期待の新人のルーチェ・ストピドさんです!」

「彼女は、魔法業界に革命を起こす人物だと言われているようです」

「僕も彼女と仕事したことがあるけど、あの子は目が違うね」


 あたしは皆に認めてもらえる。


「ルーチェの手、触っちゃった」

「どんまい」




 あたしは、何者かになれる。




「大丈夫」


 声があたしに囁く。


「ルーチェは偉大な歴史となる」


 声があたしを励ます。


「大丈夫。ルーチェは他の一般人と違うんだから」


 あたしは元気になってくる。


「大丈夫。ルーチェには」


 手が伸びた。


「闇がある」


 両手が、あたしの両肩を撫でた――。





「ああ、いた、いた」




 とんでもない阿呆な男の声が聞こえて、思わず目を向けると――あれは――そうだ――、――セーレムが、あたしを見上げていた。


「ミランダに様子を見てくるよう言われたんだ。やっぱりルーチェも夢に引きずり込まれてたか」

 ……。

「ミランダから伝言だ。『注目!』」


 あたしは振り返った。その先に、鏡があたしの姿を映していた。


「『ここは夢の中だ。魔法石の影響で、みんな夢に囚われている。だからお前は気づかないだろう。外にはとんでもない狂暴化を果たした動物がいる。いつまでも眠っていたら、ルーチェの命も危ないよ。さて、『お前』ならこんな状況でどうやって夢から覚める?』」

 ……夢……から……覚める……?

「だそうだ。まあ、頑張れよ。俺はせっかく夢が見れてるわけだし、もうちょっと楽しむことにするよ」


 セーレムがそう言うと、左右から雌猫が現れた。色気の視線をぶつけると、セーレムの鼻の下が伸びた。


「おいおい、見ろよ。俺、モテモテになっちゃったぜ! さすが俺! いかしてるぜ!」

 ……ミランダ、夢、魔法石、ホテル……。


 あたしは呟きながら歩き出す。


 ……ミランダ、夢、ホテル、魔法石、ミランダ……。


 ミランダ。――ミランダって誰だっけ。闇があたしの記憶を隠す。思い出せない。だけど、なんとなく――この黒猫の魂ミランダの言うことには従わないといけない気がして、あたしの足が無意識に動いていく。


 ミランダ……魔法……夢……目覚める……。


 動け。黒猫の魂ミランダの言うことは、絶対だ。夢から出ろと言うのなら、その方法を見つけるのだ。


「ミランダ……ミランダ……」


 あたしは呟きながら、扉を開けた。


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