第16話 お墓参り



 地面に下ろされた。使い魔が褒めてと言わんばかりにあたしにすり寄ってくる。そんな使い魔に罪がないことは知っている。悪いのはその主だ。しかし、だったらその主に作られた使い魔が責任を取るべきだ。


「どこだよ! ここ!」


 墓地。

 あたしは使い魔の胸倉を掴んだ。


「ふざけんな! 馬鹿野郎! あの女、どどどど、どこだよ!!」


 使い魔が慌てだし、袖で指し示した。その方向に見覚えがある。あたしは使い魔の胸から手を離し、裸足で石の階段を上った。するとしばらくして、一つの墓の前に座って手を合わせる女がいた。


 あたしは黙って近づき、足を止める。


 最低。夜に呼び出すとか、ないわ。まじで。

「こうでもしないと来てくれないでしょう?」


 お姉ちゃんがあたしに手招きした。


「一緒にお参りしよう?」


 その墓には、ナビリティ・ストピドと彫られている。


 ……知らない人のお参りしないといけないの?

「わたくしの代わりになってくれてる。この先もずっと」

 ……。

「ルーチェ♡、いつから来てないの?」

 ……さあね。4年くらいかな。

「ご挨拶して」


 あたしはむっとしながら、それでもお姉ちゃんの横に跪き、目を瞑って手を合わせた。そして頭の中で伝える。――名前も知らない人。お久しぶりです。毎年お姉ちゃんの代わりになっていただいて、本当に感謝してます。お陰でパパとママが毎年このお墓でお姉ちゃんのお参りが出来てます。感謝します。今年もどうかお姉ちゃんの代わりをお願いします。本当に、毎日、毎年、ありがとうございます。


 そっと目を開けた。ナビリティの墓は目の前にある。けれど、姿を隠した本人は隣にいる。普段桃色の瞳は、今だけはあたしと同じ茶色になっていて、ナビリティであることを証明している。


「……駄目だよ。ルーチェ♡。ちゃんとお参りしてくれないと、お姉ちゃん悲しいよ」

 ……あのさ。

「うん」

 この際だから話すけど、……こうやって、会ったりするの、本気でやめた方が良いと思う。

「……」

 いや、ダンスコンテストはまじで感謝してるし、あれは本当にお姉ちゃんの力だと思うけど……、……こうやって会ってたら、お姉ちゃんがナビリティ・ストピドだって、世間に言ってるようなもんだよ? 魔法使いはお姉ちゃんだけじゃない。マスコミだって使える人いる。あたしのバイト先で、気前がすごく良い先輩がいるんだけど、その人は今自分の会社を建てるために、記者やりながらバイト先でも働いてる。その人は元々魔法使いを目指してて、そこで知り合った彼女になった人と高みを目指し合ってた。でも、結婚の二週間前に彼女さんが脳出血で倒れて、亡くなった。それで先輩は魔法使いになるのを辞めて、記者になった。だから魔法は使える。魔法を使って真実を明るみにした事件も数多く扱ってる。張り込みも人をつけるのも犯罪じゃない。それをすることによって真実を記事にしてるだけだから。

「……んー」

 そういう人もいる。お姉ちゃんのことが明るみになればパパとママにも伝わる。この墓は何の意味もなくなって、時効は時効じゃなくなって、お姉ちゃんは逮捕される。だから……こうやって会わない方が良い。ちゃんと、パルフェクトとして、あたしとは本当に……赤の他人として生きた方が、いいと……思う。

「……ルーチェは」


 お姉ちゃんが笑顔であたしに訊いた。


「わたくしが死んだ方がいいって言ってる?」

「……誰も、そ、そんなこと言ってないじゃん」

「言ってるよ。ルーチェと他人になる。関わりを断つ。それは、わたくしにとって最大の死刑宣告」

「そういうのなんていうか知ってる? メンヘラって言うんだよ?」

「メンヘラでも何でもいいよ。ルーチェがいなくならなければ」

「いい加減、彼氏作りなよ」

「ルーチェ以外いらない」

「アビリィも忘れないであげて」

「あの子はしっかりしてるから」

「あたしはしっかりしてないの?」

「ルーチェは……。……ねえ、わかるでしょう? ルーチェがいつまでもアビリィを子供扱いするように、わたくしにとっても、ルーチェはいつまで経っても可愛い妹なの。ずっと守っていたくなるんだよ」

「アビリィはともかく、あたし何歳だと思ってんの? もう19だよ?」

「十分まだ若いよ」

「魔法使いの世界ではもうベテランクラス」

「ああ、かもね」

「デビューもまだ出来てない」

「そうだね」

「でも努力してここまで来た。あとは上るだけ」


 じっと横目でお姉ちゃんを睨む。


「心配は無用」

「わたくしが呼ばなかったらここも来なかったくせに」

「嫌いなんだもん。墓地。幽霊出るじゃん」

「出ないよ」

「出るもん」

「うふふ!」

「……」

「……お爺ちゃんとお婆ちゃんのお参りもしよう?」

「……ん」


 立ち上がって、お姉ちゃんと移動をする。後ろから使い魔がちまちまついてくる。少し歩くと、パパ側の父母の墓についた。二人で手を合わせてお参りする。


「……ルーチェ、毎年来なさいとは言わない。でも、ふとした時に、お参りはしてあげて」


 あたしは黙る。


「ナビリティはもういないの。お姉ちゃんの代わりに、ルーチェがお参りしてくれないかな?」

「……」

「頻繁に来たら、それこそばれちゃうから」

「……」

「年末年始は帰るの?」

「……帰るわけないじゃん」

「……。たまには、パパとママに顔見せてあげないと駄目だよ?」

「……」

「わかった?」

「……」

「ルーチェ」

「……わかってるってば……」

「……もう19歳なんでしょう?」

「19歳だからこそ、ひ、人の指図は、受けません」

「あ、反抗期ですか?」

「違うし」

「また東の森に行って迷子になるんでしょ」

「またその話」

「あの時のルーチェ♡可愛かったなあ。泣きながらお姉ちゃんお姉ちゃんって抱き着いてきて」

「仕方ないじゃん! 6歳だよ!?」

「……たまには帰ってあげて。わたくしの代わりに」

「……気が向いたら……そうする」

「……年末年始、帰らないなら一緒に先生のとこ行こっか?」

「……お婆ちゃんのとこ?」

「うん。こたつ三人で入ろう?」

「んー……。考えてみる」

「ルーチェ♡、あの魔女のところにずっと入り浸ってると迷惑になるんじゃない?」

「最もらしいこと言って釣ろうとしないで」

「あは♡!」

「……そろそろ戻る。バレたらまたペナルティ食らっちゃう」

「ん? なんか悪いことしたの?」

「っ、お姉ちゃんも明日撮影でしょ!」

「いけないことしたの? こら。駄目だぞ!」

「いい、いい。そういうの! もう! 戻るから送って!」

「はいはい」


 お姉ちゃんが笑いながら箒を出し、頬を膨らますあたしを後ろに乗せた。姿が見えないように、人の目に入らない魔法を周囲にかけて、夜空に向かって飛んでいく。


「それで、何したの? ルーチェ♡」

 ……お姉ちゃんならどうする? ホテルが妙に静かで、ドア開けてみたら廊下にびっしり血痕があったら。

「え? 番組のドッキリじゃなければ、使い魔を走らせて様子見るかなあ?」

 あたし達には使い魔なんていないから、様子を見に行ったら、狂暴化した狼が現れて……ミランダ様がどうにかしてくれたけど、それで見つかった。

「……ん? ちょっと待って? ミランダ?」

 あ。

「あの魔女ここに来てるの?」

 ……あー、なんか、仕事で。

「もう帰った?」

 いや、ホテルにいる。

「同じホテル?」

 うん。

「……どこの部屋?」

 夜這いでもしに行くの?

「殺しに行くの」

 ……。……。あたし宿泊学習中だよ? 教えてもらえるわけないじゃん。

「ふーん。本当かなー?」

 何?

「あのおばさん、なんだかんだルーチェ♡のことすごい気に入ってるみたいだから、周りに内緒で教えてそうだなって思って」

 そんなわけないじゃん。(マリア先生から教えてもらったし)

「ほら、見えてきた」


 暗いホテルがどんどん近づく。


「ルーチェ♡、部屋どこ?」

 ……えーと……B館の6階の……。

「……ん?」


 お姉ちゃんの箒がその場で止まった。お姉ちゃんが瞬きをする。あたしはきょとんとホテルを見る。


「お姉ちゃん?」

「……んー……」

「……ねえ、部屋に帰してくれるんだよね?」

「そうしたいのは山々なんだけど……」


 お姉ちゃんが箒でぐるりとホテルを回りだした。


「なんか変なんだよねえ」

「ん? 変って?」

「窓が全部閉まってる」

「秋なんだから窓くらい閉めるでしょ」

「そうじゃない。……鍵がかかってる」

「戸締りくらいするでしょ」


 お姉ちゃんが上に向かって飛んでいく。ホテルよりも上に上がって、見下ろす。


「……なんか変だなあ」

「……何が?」

「ちょっと待ってね。ルーチェ♡」


 お姉ちゃんが指を差すと、使い魔がすごい勢いで飛んでいき、B館の屋上のドアの隙間から入り、鍵とドアを開けた。そしてそのまま中に入り――戻ってこない。しばらくして、お姉ちゃんが首を傾げた。


「あ、潰された」

「え?」

「使い魔。やられちゃった」

「……何に?」

「膨大な魔力に」


 お姉ちゃんがホテルの周りをうろうろする。


「ルーチェ♡、戻らない方が良いと思うよ。どうする?」

「……何か起きてるの?」

「何か起きてるんだろうね」

「……」

「魔力が使い魔の復活を封じてるみたい。……これ駄目だな」


 お姉ちゃんが屋上に下りた。


「ルーチェ♡、ここにいて。様子見てくるから」

「えっ」

「大丈夫。屋上に魔法貼っておく」


 お姉ちゃんが一歩踏み込むと、魔力の波が水滴のように響いていき、それが全体に広がって、薄く光った。


「ここにいれば絶対大丈夫だから」

「……あたしも行く」

「今杖持ってないでしょう? 危ないからここにいて」

(……寝る前に杖握りしめてるんだった……)

「じゃ、ちょっと見てくるね。お姉ちゃんが戻ってくるまで、ここにいないと駄目だよ?」


 お姉ちゃんがそう言って静かなドアの奥へと進んでいった。残されたあたしは一人、屋上で立つだけ。


(……夜風が寒い)


 ドアの近くに座り、ドアで風を凌ごうとするが、駄目だ。寒い。


(お姉ちゃん、いつ戻ってくるかな)


 あたしは膝を抱えて瞼を閉じた。


(なんか)


 眠くなってきた――。



(*'ω'*)



「……モーラ、起きろ」

「ふああ。何よ。ミルフィー。一緒に寝たいなら隣おいで……。優しく抱きしめてね……」

「こっから出っぞ。杖持て」

「え? 何?」

「このホテル、魔法石に囲まれてる。なんかさっきから様子がおかしいんだ」

「気のせいよ……。そんなの……」

「モーラ、起きろ。只事じゃないことが起きる前に出っぞ。ほら、杖持って」


 モーラが寝ぼけた目で親友を見た。


「……何してるの?」

「とりあえず持てる分だけ持っとこうと思って。……モーラも飲んで。あたの作った目覚まし薬」



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