第15話 理解者
ランチが過ぎ、午後の練習時間になった。皆各それぞれ昨日ミランダ様に言われたことを参考に練習を始める。外で練習すれば、偶然歩いていた観光客は驚いて拍手をした。見られていることを意識して、より学生達はもっとやってやろうという気になり、楽しく練習を続ける。
ふと、あたしは手を止めた。
「……トゥルエノ、具合悪い?」
「え?」
「なんか、さっきから元気なくない?」
「……えー。そうかな?」
トゥルエノはにっこり笑うが、なんだか――違和感を感じる気がした。
「……大丈夫?」
「大丈夫! 練習しよっか!」
「……ちょっと休憩しない?」
「え?」
「5分だけ。つか、つ、疲れちゃった。駄目?」
「……ううん。じゃあ……休憩しよう」
「ありがとう」
あたしとトゥルエノが岩に座った。水を飲んで、口を開く。
「良い天気だね。今日」
「そうだね。……ねえ、ルーチェ」
トゥルエノがようやく話してくれた。
「さっき、コンプレックスのやつやったでしょ? あれ、なんて書いた?」
ADHDと吃音症。外面に関しては鼻とか、口の形とか。あと毛が濃いとか。
「え? ルーチェが? そんなことないよ」
あるんだよ。……トゥルエノは?
「私は……体かな。もう、それ一択。でも、それって……個性じゃなくない?」
……。
「個性って言葉嫌い。なんでもかんでも個性で片付けようとする。確かに私は、男の……体として、生まれてきた。でも、そうじゃない感じがずっとしてた。女の子といる方が楽しかったし、男の子と一緒にいるのが怖かった。かっこいい子には恋をした。それが個性? 私が女の子だったら、それは個性じゃなくて、当たり前の普通のことになるんじゃないの?」
トゥルエノ。
「私は個性なんていらない。……普通になりたい」
どこからどう見ても女の子だ。けれど、首元を隠してる襟をずらせば、実は喉仏が見える。一度、トゥルエノが自分から言ってる姿を見たことがある。
「私、喉仏があるの! すごいでしょ!」
「えー、本当だ!」
「トゥルエノ、こんなに可愛いのにそこだけ男みたい!」
その時は、そんなの自慢して何が楽しいんだろうと思ってた。でもそれは、トゥルエノが指摘されないように自分からアピールしていたのだと、今ならわかる。
普通になりたい。――そう願う気持ちが、痛いほどわかる。
健常者ならこう言うだろう。「性別なんて関係ない。あなたはトゥルエノだよ」
障害者のあたしならこう言うだろう。「すげーわかる。その気持ち。でもあたしもさー(以下略自分の不幸自慢)」
あたしがミランダ様にされて嬉しかった相槌はなんだっけ。
「――そっか」
ただ頷く。すると、トゥルエノは話を続ける。
「……普通になりたいのに、普通じゃない。それが辛い」
「……辛いよね」
「……辛い」
「……あたしからしてみれば、トゥールエノは、あたしよりは普通寄りだと思うけどな。ど、ど、ど、どもったりしないし」
「……」
「あたしは、したーくなくても、こういうしゃべr、しゃ、しゃ、喋り方だから、本当に、……あたしは、トゥルエノが羨ましい」
「羨ましいなんて……私はルーチェが羨ましい」
「えへへ。……どこが?」
「頑張り屋さんなところとか?」
「それはトゥルエノじゃない?」
「私はサボってばかりだよ。だから……ルーチェ見てると、やらなきゃやばいってすごく思う」
「あたしの場合は……やんないと、覚えないから。人より覚え悪いし……でも、バイトで疲れて出来ない日とかあるんだ。嫌なこととかあると本当に駄目。すごい落ち込む」
「あ、それわかる」
「えへへ。でもさ、結局あたしの場合、根本は発声なんだよね。本当に滑舌の問題だから……ある種……まじで呪われてるみたい……。はあ……」
「でも、ルーチェ、ゆっくり話せば普通に聞こえるよ?」
「ゆっくりが難しいんだよね。早口になっちゃう」
「息浅いんじゃない?」
「あ、それよく言われる」
「深く吸って、ゆっくり吐けば、喋れるよ。私と話してる時のルーチェ、普通だもん」
「難しい……」
「うふふっ」
「……傷つけたらごめんね。トゥルエノ、あたしは……」
気持ちを伝える時は、ちゃんと相手の目を見て、体を向けて、真摯に伝える。ミランダ様がよくやってる。
「性別とか、そういうの……あまり意識してないんだよね。親はす、すごーいそういうのに偏見持ってる人だったから、男は女を好きになって、女は男を好きになるっていうのが当たり前なんだなってすり込まれたけど……あたしね、今もなんだけど、実はBLにハマった時期があって」
「あっ」
「好き?」
「あ……好き……」
「あはは! あたし、ダレン・シャンっていう本が好きなんだけど、こんくらい分厚いやつ。当時すごいBLにハマってて、スティーブっていうラスボスと、主人公のダレンっていうのがいるんだけど、実はこの二人が元々親友同士だったっていうのもあって、亀裂が入ってのスティーブの鬼畜攻め小説がもう……とにかく好きだったの! だからめちゃくちゃ同人サイト漁ってた」
「あー。わかる。漁るよね。私は……カカ×イルかなあ」
「あ、そっち!?」
「そう! こっち!」
「カカ×イルかぁ……。あたしはサス×ナルだったなあ」
「あと、ヒカゴの……」
「あっ。トウ×ヒカ?」
「逆!」
「え!? 逆!?」
「トウヤが可愛くて……私はヒカ×トウだったな」
「あーこれは派閥が生まれましたなぁー」
「うふふふ!」
「いひひひ!」
秋の風があたし達の髪を揺らした。
……BL、好きになってからかな。別に、同性愛とか、どうでもよくなった。むしろ、男性同士で手を繋いで歩いてる人がいたら、それくらい仲が良くて、そんなパートナーに出会えて羨ましいなって思う。あたしは出会えたことないから。それに、男女のカップルでも手を繋がない人だっている中でそれやってるんだよ? 想い合ってる証拠じゃん。すごく良いことだよ。
「……人間が全員ルーチェだったらいいのに」
それ、人類滅亡するよ?
「うふふ! そんなことないよ!」
ごめんね。あたしは正直鈍感だから、トゥルエノがどれくらい苦しいのかもわからないけど、普通になりたいって気持ちはすごくわかる。あたしも現在進行形で、それで苦しんでるから。
「……」
傷口舐め合うわけじゃないけどさ、こうなった以上はもうこれを背負って生きていくしかないわけだし、それを考えてる暇があったらお互い、忘れるくらい練習しないと、じゃない?
「……実はね、手術しようかなって思ってるんだ」
……体?
「女の子の体になりたい。……お金貯めてるの」
……そういうのってきっと高いよね。
「整形みたいなもんだからね。保険利かないし」
辛いね。
「辛いよ。……ルーチェは……病院行ってるの?」
今のところはお金ないから行ってないけど、将来的には行きたいかな。薬貰った方がやっぱり集中力が違うみたい。
「そうなんだ」
……トゥルエノ、負けてられないよ。健常者は健康体で、何一つ不自由してないから、ちょっと努力しただけで上に上がれるの。でもあたしはそうじゃない。正直トゥルエノは健常者側かなってあたしは思ってるけど、トゥルエノが人より劣ってるって思う部分があるなら、誰よりもやらなきゃ。練習量だけじゃないかもしれない。効率よくやった方が良いに決まってる。だけど、わからないなら空振りでもやらなきゃ。そしたらいずれ見えてくる。
――天才が10回なら私は100回。
――私よりも不器用なお前は1000回やりな。
――それしかないんだよ。
「近道なんてものは存在しない」
顔を上げると、トゥルエノがあたしを見ていた。
「……って、誰かが言ってた気がする」
「……」
「……ごめん。別に、あたしの話がしたかったわけじゃなくて……」
「ううん。……励ましてくれてありがとう」
「……」
「ルーチェ、抱き着いてもいい?」
「え? あ、あたしでよければ、全然」
「ありがとう」
あたしとトゥルエノが抱きしめ合った。耳元でトゥルエノが囁いた。
「ありがとう。ルーチェ」
トゥルエノの手の力が、どれだけ苦しいのかを表しているようにあたしをしっかり抱きしめる。人によって苦しみは違う。あたしは口。トゥルエノは性。辛い。苦しい。普通になりたい。普通とは何ぞや。9割の人と同じ特徴のこと。あたしとトゥルエノは1割だ。だから知られたら、白い目で見られる。社会から追い出される。
残された道はここしかない。ならばやるしかない。エレベーターはない。エスカレーターもない。巨大な階段しかない。
――あ、そうだ。
「ね、トゥルエノ。今夜さ」
「うん」
「一緒にお風呂入ろうよ」
「……え?」
あたしは顔をしかめた。
「トゥルエノ。早くー」
「ま、待って!」
「風邪引いちゃうよ」
「ちょっと待って! 気持ちの準備が!」
(こういうところがあたしより女の子なんだよな)
「あ、開けるね……?」
浴室がようやく開けられた。中には前をタオルで隠して、顔が真っ赤になったトゥルエノがいた。あたしはその中にずかずか入り込む。
「はあ、寒かった」
「ごめんね。ルーチェ……」
「ほら、洗いあっこしよ?」
「うう……」
「座って」
「……やっぱり駄目!!」
トゥルエノが全力で叫んだ。
「恥ずかしい!!」
「何が恥ずかしいの?」
「背中向けたら……お尻見えちゃう!!」
「トゥルエノのお尻見たって何にもならないよ」
「でも……やっぱり恥ずかしい!!」
「いいって。座って。とにかく」
「あう!」
バスチェアに座らせて背中を出させる。うわー。なにこのお肌。あたしより絶対綺麗じゃん。シャンプーから頭に乗せていく。ばちっ! うわっ! 静電気! まじか! 髪の毛にもあるわけ!? くそう! 頑張れ、あたしの手! 冬の乾燥時期はもっと酷くなるんじゃないかな。これ。うわー、大丈夫かな? あたし感電しないかな? ……こうなったら!
(シャンプーで電流を覆うしかない!)
美容室で髪を切ってもらう時にどうやってやってもらってるか、思い出せ。あたし。今こそその無駄に過去のことを覚えてる記憶力を発揮するのだ。うわあーー!
「痛くない?」
「……大丈夫」
(返事の声も可愛いなあ)
「流すよー」
「うん……!」
シャワーで流してからコンディショナー。
「流すよー」
「うん……!」
スポンジを泡立たせる。
「(意外と平気だな)背中だけやるねー」
「……」
「……トゥルエノ?」
トゥルエノの体が震えている。
(えっ)
トゥルエノが泣いている。
「トゥルエノ!?」
「……っ、……っ」
「ご、ごめん。なんか、ごめん、あの、そんなに嫌だった? まじ、あの、本当、ごめん!」
「ちが、違うの……ルーチェ……」
トゥルエノが言葉を詰まらせながら、ゆっくりと言った。
「女の子の……友達と……一緒に……お風呂に入れたこと……なかったから……すごく……嬉しくて……」
トゥルエノが鼻水をすすった。
「ごめんね。ありがとう。ルーチェ」
「……とんでもない」
「……ルーチェの頭、私が洗ってもいい?」
「……あの……」
「あ、大丈夫。ちゃんと手袋するから」
「あ、だったら」
「……ありがとう」
「こちらこそ」
数分後。
「このアメニティの入浴剤すごいんだよ」
「まじ?」
「花の匂いがするの。これ家でも使いたいな」
一緒に入る風呂の中に入浴剤を入れて、中は白く濁り、花の匂いを楽しむ。
「トゥルエノ、これできる? えい」
「うわっ! やったな!?」
「あははははは!」
お風呂の中でどうでもいい話をする。
「ねえ、ルーチェ。……本当にユアン君と何もないの?」
「……ここだけの話にしてほしいだけど」
「うん」
「一回、相手から、こ、こく、……告白してくれた」
「え!?」
「でも、相手もデビュー前で、あたしもまだ研究生クラスじゃん? 魔法もぜ、全然出来てないのに、この状態で付き合うのって、どうなのって思って……」
「勿体ないよ。ルーチェ! ……ルーチェは好きなの?」
「……いや、好きでは……、……。……やっぱり、友達かな」
「相手は?」
「タイミングが理由なら待つって言ってくれてるけど……新しい相手すぐ見つけると思うよ?」
「ルーチェ、それは付き合った方がいいって」
「いやー……」
「ユアン君、すごく優しいって有名だよ? ……結局上手くいかない子多いみたいだけど。なんか、ユアン君が……バイトとか、魔法とか、そっち優先にしちゃうんだって。優しいんだけど……みたいなね。だから……相性良いと思うよ?」
「んー……だとしても……心が揺れ動くことがあったら、集中出来なくなるし……やっぱり、魔法の練習のさ、さ、妨げになることは、今はまだ控えたいかな」
「……そっか」
「うん。……トゥルエノはそういう相手、いないんだっけ?」
「……ここだけの話。……ひよっこクラスのジョアン君って知ってる?」
「え、誰それ」
まだまだ話し足りない。
「……ねえ、ルーチェ。お願いがあるんだけど」
「ん? なーに?」
「……タオル越しでいいから……胸、触らせてくれない?」
「……」
「……駄目だよね」
「別にいいよ」
あたしはトゥルエノの手を掴んで、直接触らせた。トゥルエノが驚いて肩をすくませる。
「っ」
息を呑んで、少しの間固まって――ゆっくりとあたしの胸に触れた。
「……」
あたしには膨らむ胸がある。
トゥルエノの胸は、脱いでみたら筋肉だった。
「……」
トゥルエノが手を離した。
「ありがとう」
「……もういいの?」
「……うん」
トゥルエノが頷いた。
「触ってみたかったの。……ありがとう」
「……ごめんね。小さくて」
「ううん! 全然! ルーチェの胸、形可愛いよ!」
「いつでも言って。こんなことしか出来ないから」
「……嫌じゃない?」
「女友達っておじさんみたいに触ってきたりするよ? おととと、一昨年のクラスで、そういう子いた」
「……いるね」
「だから、いつでも言って?」
「……ルーチェ、大好き」
「え、あたし? あはは。ありがとう」
「ううん。私こそありがとう」
トゥルエノが手で形を作って、そこからお湯を飛ばした。
「こんな楽しい宿泊学習、初めて」
そこからしばらく、また二人で話し込み、上がる頃には二人とものぼせていた。
(*'ω'*)
肩を叩かれた。
「……」
あたしは寝返りを打って眠る。すると、また肩を叩かれた気がして、あたしは手で払った。
「うっさい……」
あたしは眠る。しかし、また肩を叩かれて、目を覚ます。
「……トゥルエノ?」
振り返ると、封、という仮面を被った人影があった。
(ああ……トゥルエノのコスプレか……)
「ふわあ……」
欠伸をして眠ると、人影があたしを脇に抱えた。
「むにゃむにゃ……」
人影が窓を開け、あたしと外に出ていった。
「……んあ?」
目を開けると、空を飛んでいた。
(……夢?)
顔を上げると――パルフェクトの使い魔があたしを脇に抱え、夜空を飛んでいた。
「……」
見下ろすと、建物が小さく見える。上を見上げると、夜空。横を見ると、あたしを抱えて空を飛ぶ使い魔。あたしはいっぱい息を吸って――叫んだ。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
アウデ・アイルに、あたしの絶叫が響き渡る。
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