第5話 アウデ・アイルの港町


 新幹線の中で声が上がった。


「海だー!」


 きらきら輝く海に若い子達がはしゃいだ。


「見て! 湖がある!」

「でっけー!」

「あっちに山があるー!」

「山と海だらけー!」

「ねむーい!」


 新幹線が止まれば、駅の看板が見えた。アウデ・アイル。皆が荷物を持って並んで外へ歩いていく。


「列を乱さないようにー!」

「旅館はこちらですよー!」

(あれ)


 目が合うと、赤い瞳がにやりとして、並んで歩くあたしの横まで下がってきた。


「ね、これ似合う? 案内旗」

「びっくりした。アーニーちゃん達、新幹線からいたの?」

「いたよー。先にデビューしてる先輩達も一緒。先生のお手伝いなんだ!」

「へーえ」

「今日一日の打ち合わせして、残り時間はアンジェとどっちが綺麗に長文読めるかゲームして遊んでたんだよ!」


 あたしとアーニーを見たアンジェが前からあたしの横に流れてきた。


「お陰で字酔いした」

「後半アンジェってばずっと寝てたの!」

「アーニーが元気すぎるの。集合時間の4時から乗ってるのに。先輩達もうっとおしそうだったじゃん」

「そんなことないもん!!」

「……おつ、おつ、お疲れ様」

「魔法使いとして活躍してる先輩達ならわかるけど、なんでデビューしたての私達が先生達の手伝いしなきゃいけないの? 見張りなら誰でもできるじゃん」

「デビューしたてだからこそだよ!」

「だったら家で魔法の訓練する」

「もう! お硬いこと言わないの! せっかくアウデ・アイルに来たんだから色々見て回ろうよ!」

「二人はこの後自由時間なの?」

「ううん! 私とアンジェで学生クラス見なきゃいけないから!」

「なんで後輩の面倒なんか……」

「後輩可愛いじゃん!」

(大変そうだな……)

「あ、こら! そこ列乱さない!」

「じゃあね、ルーチェ!」

「うん。頑張って」


 二人が列を乱してる方へと歩き出し、あたしは前方を見る。


(変わってないな)


 大きな海。街の中心は湖で覆われ、船で移動する多くの人々。無駄に土地があるから横幅に大きく建てられた建物達。巨大な時計台。大通りの街。箒で移動する魔法使い。看板がある。――魔女の街へようこそ!


(やっぱり、都会と比べて空気が軽い)

(山が壁になってるから安心する閉鎖的景色)

(あまり道に人がいないと思うでしょ? 実は地下道があって、みんなそこで移動してるから地上に人がいないように見えるだけ。だって地上は湖で覆われてるんだもん)


「ねえ! 湖の中にトンネルがある!」

「すげー! 何あれー!」


(通称、アリの巣の田舎町)


 ホテルに到着。


(まさかトゥルエノが部屋まで一緒になってくれるとは思ってなかった)

「わー! 見て! ルーチェ!」


 トゥルエノが眩しい笑顔で指を差した。


「綺麗な景色!」


 形だけは綺麗な景色。


「自由時間であっちの方とか歩いてみたいね」

「あー! トゥルエノちゃーん!」

「やっほー」


 トゥルエノが下の階のクラスメイトに手を振った。こらこら。危ないぞー。


「メインホール集合だっけ?」

「うん。多分」


 あたしはしおりをめくった。メインホールで挨拶。その後に皆で移動。魔法歴史博物館だって。


「行こう。トゥルエノ」

「うん!」


 貴重品と筆記用具とノートを手提げバッグに入れて、メインホールに集まり、眠たくなる挨拶を聞いた後、魔法歴史博物館に移動する。


「ヤミー魔術学校の皆さん、こんにちは!」

「「こんにちはー!」」

「はーい! 素敵な挨拶ありがとうございます! お兄さんは、本日皆さんのナビゲーターとして案内させてもらいます。オーランドお兄さんです! よろしくねー!」

「「よろしくお願いしまーす!」」

「よろしくお願いします! さあ、それでは早速博物館へ入っていきましょう! ……と、言いたいところですが、博物館は古代のものが置いてあるので幽霊もいっぱいいるんです。まずはこの乗り物に乗ってくださーい!」


 入口前にあった乗り物に皆が乗り込み、ベルトをして待っていると、ナビゲーターがヘッドフォンマイクを着用し、口を開いた。


「それでは出発!」


 乗り物が動き出し、博物館の中に入っていく。若い子達が興奮の声をあげ、大人組はわくわくした目で辺りを見た。子供の頃は興奮したよな。これ。毎回やられたら流石に慣れた。


「改めまして皆さん、本日は魔法歴史博物館へお越しいただき誠にありがとうございます。まずはアウデ・アイルがなぜ魔女の街と呼ばれているかについて、お話します」


 暗闇の中、魔女の笑い声が聞こえた。振り返ると、光で出来た魔女の影が箒に乗って飛んできた。皆を通り抜け、若い子達が悲鳴を上げ、笑い出す。


「この世界では、一番最初に魔力を持ち、魔法に変えた人物がいた。その名はアルス。やがて彼は大魔法使いとして名を馳せ、多くの弟子が出来た」


 大量の弟子が現れる。


「アルスの死後、弟子達は各地方に魔法を伝えに行くと旅立った。しかし、いつでも仲間達に会えるよう、弟子達は自分達だけの街を作った。それがアウデ・アイルなのです」


 暗闇の空間がアウデ・アイルの風景に変わる。


「水魔法が使えるように湖を作り、火魔法が使えるようにキッチンと暖炉を置き、緑魔法が使えるように山を作り、風魔法が使えるように風通しの良い道を作り、闇魔法が使えるように街頭を少なくし、光魔法が使えるように畑を多く設置した。様々な魔法使いの集まる場所。これこそがアウデ・アイルなのです。さあ、スピードが早くなりますよ! しっかり手すりに掴まって!」


 皆が目の前の手すりをしっかり掴むと、突然の浮遊感、からの落下。いきなりジェットコースターに変わったアトラクションに全員が悲鳴を上げた。(こればかりは何度やっても慣れない!)


 しかし、落下の先には滑らかな道が待っている。スピードが緩やかになり、光の中へと入ると、展示場に到着。


「さあ、お疲れ様でした! 忘れ物がないようにお手荷物を確認してくださいね!」


 皆が乗り物から下りた。トゥルエノがリボンを一度解いた。それを見て、あたしが声をかける。


「トゥルエノ、結ぼうか?」

「え、いいの?」

「いいよ。貸して」

「ありがとう」

「ここからは自由行動です! 一時間、たっぷり歴史に触れてくださいね!」

「はい。出来た」

「ありがとう。ルーチェ」

(さて、久しぶりだからな。どこから見て回ろう)

「トゥルエノちゃん、見て回ろー」

「あ……ね、ルーチェ」

「ん?」

「ルーチェも一緒に回らない?」

「あー」


 ……仲が悪いわけではないけれど、突然予定にいなかったあたしがグループの中に入るのはどうだろう。うん。なんか……女子特有だと思うけど……ちょっと拗れそう。少しでも気まずい雰囲気は避けたい。


「ごめんね。ゆっくり見たいんだ」

「あ、……そうなんだ」

「うん。でも誘ってくれてありがとう。嬉しい」

「……寂しくなったら来ていいからね?」

「あはは。……大丈夫だよ」

「じゃあ……また後で!」

「うん。また後で」


 仲良しグループが固まって博物館を歩いていく。トゥルエノと別れ、あたしも歩き出す。


 歴史の絵が並んでいる。誰かが作ったとされるツボが置かれている。なんだか長文で難しいことが書いてある。多分、普通の言葉に直したら、朝起きた後にご飯を食べて学校に行って、帰って夜ご飯を作った人物がいます。それはミランダ様の弟子のルーチェって女の子だったんです。的なことが書いてあるんだろうけど、文書が難しくてよくわかんない。あたしはサラッとだけ目を通して次に進む。しばらくそうしていると、ふいに、足が止まった。


(……あ)


『隣国侵略戦争。ある日、隣国が我が国の領土を求めて攻めてきた。その兵の中には魔法使いもいた。』


 次に行くと、黒髪の、美しい顔をした魔法使いの絵があった。


『ジャスミン・ディアーブル。和平交渉に絶対反対意見を述べた闇魔法使い。彼女の魔法は凄まじい驚異的な強さを持ち、国全体に恐怖を轟かせた。』


 次に行くと、黒い雲に包まれたアウデ・アイルの絵があった。


『十三夜のヴァルプルギスナハト。通称、ワルプルギスの夜とも呼ばれている。13は忌み数字として知られているが、魔法使いの世界でも同様。13日にかけた呪いの効果は絶大と言われている。』


 ワルプルギスの夜。


『魔力が集中的に集まるため、魔法使い達が街に集結する夜のこと。同盟が開かれ、魔女や魔法使い達は近況を報告しに集まったりもする。』


 ジャスミン・ディアーブルのしたこと。


『魔法使いが集結する夜ほど恐ろしいものはない。魔力がぶつかり合って争いが起きてしまう。ジャスミンはこれを利用した。たった一人の魔法使いになるために、戦争を利用し、国を、世界を、魔法使い達を、闇で覆い尽くそうとした。ジャスミンはアルスを越えようとし、闇魔法で大魔法使いになろうと企てた。争いに巻き込まれた人々は恐怖に包まれた。動物は狂気の空気に精神に異常をきたした。このまま行けば世界はジャスミンのものになっていたことだろう。』


 足が止まった。そこには光の絵。


『ミランダ・ドロレスがいなければ。』


 小さな女の子が杖を構え、兵士達がジャスミンを押さえている。


『ミランダ・ドロレスの光魔法により、ジャスミンはその生涯を閉じた。隣国は目を覚ましたように和平交渉を結んだ。戦争は終わり、国には再び平和が訪れた。』


 魔法使いの絵が描かれている。


『平和が訪れた国にはやがて魔法使いブームがやってきた。錚々たる魔法使いがいる現代。選ばれし魔法使い達は、今日も国のために活躍している。』


(……すごい。今なら話が理解できる)


 あたしは一つ前の絵に戻った。


(すごい。ミランダ様だ)


 これを見た当時は「ふーん」って思ってたけど、今は違う。あたしの偉大なるお師匠様は、こんなにも素晴らしい人だったんだ。


(写真撮ろう)


 あたしはにやけながらスマートフォンを構えた。


(画質オッケー。さん、に、いち……)


 画面を押す直前、ピースの手が入ってきた。


(あ!)


 ミランダ様の絵の前にピースする手の写真が撮れた。


(うわ、最悪)

「ぐひひ!」

「……あー!」


 あたしは手の主を見て、声を上げた。


「ちょっと! クレイジー君、やめてよ! 折角しゃ、写真撮っつ、とってたのに!」

「えー、そうなのー? じゃあ一緒に撮ろー?」

「ちょっと待って」


 今度こそ写真を撮る。ミランダ様が描かれた絵。なんて素敵。


(待ち受け画面にしよう)


「研究生クラスもいるって聞いたから捜してたんだ。友達は? 一緒に回ってないの?」

「うん。一人で見てる」

「え、まじ? 一緒に歩く?」

「いい」

「いいじゃん。回ろうよ」

「クレイジー君、おーともだちは?」

「ルーチェっぴがお友達ー。ね、写真撮るべ。セインに見せるから」

「あ、そういうことなら」


 するりとクレイジーの隣に行って、ピースを作る。はい、チーズ。するとクレイジーがシャッターを切らず、微妙な顔で見てきた。


「え? 何? どうかした?」

「……えー……なんか……」

「え?」

「そういうことする?」

「は?」

「なんかさー……ルーチェっぴ、俺っちによそよそしくない?」

「え!?」


 あたしは眉をひそめた。


「どこが!?(あたし、また変なことしてる!?)」

「いやー……なんか……態度が冷たいっていうの? ルーチェっぴってさ……もしかして俺っちがもう用無しだから関わりたくないとか思ってる?」

「そ、そんなこと思うわけないじゃん! クレイジー君は、たた、戦い抜いた同士なんだよ!?」

「なら一緒に回ってくれる?」

「……友達、いるんだよね?」

「ルーチェっぴと歩きたいんだっぴー」


 クレイジーがあたしの肩を抱いてスマートフォンを向けた。シャッター音が鳴る。


「夏休み終わってから全然会えてないじゃん。今日くらいは歩こうよ」

「この間道端で会ったよね?」

「あ、あっち楽しそー」

「あ、待ってよ」


 クレイジーと展示品を眺めながら歩く。歴史はやっぱり難しい文章ばかり。クレイジーが解説してようやく理解できたとしても、へえー、そうなんだー。すごーい。と言って3秒後には忘れてる。それよりもあたしはミランダ様の絵がもう一枚くらいないかが気になる。ないかな? ないみたいだ。チェッ。


「最近どー?」

「え? 最近……あ。……クレイジー君って、ミスターコンテスト一位だったんだね。クラスの子が言ってた」

「あ、らしいね。ま、しょーがないよねー。俺っちくらいの魅力があれば投票したくもなるよねぇー」

「あ、あの絵すげえ」

「うわ、無反応とかやめて。寂しいから」

「え? あ、ごめん。……セーチー元気?」

「最近資格取るとか言って勉強始めた」

「え、あ、そうなんだ。……病院で?」

「退院したよ。三日前」

「えっ! そうなの!?」

「会いたいって言ってた」

「あたしも会いたい!」

「ルーチェっぴ、今度うち遊びにおいでよ。ゲームして遊ぼ」

「あ、行きたい! いいの?」

「いいよー。おいでおいでー」

「わ、じゃあ、予定合わせて行くね!(すげえ! 友達の家に行くのとかいつぶりだろう!)すごい! あの、なんか……素直に楽しみ!」

「……」


 クレイジーがはしゃぐあたしを見て、ニッと笑った。


「あー、そうそう。ルーチェっぴってさ、あれ見た?」

「え? 何?」

「トゥイッターに動画あげられてたの」

「あ、見た! アルプス一万尺のやつでしょ。あはは! あれちょーバズってたね!」

「コメント欄にカップル爆発しろって書かれてたっぴよ」

「ふふっ。付き合ってないのにね」

「付き合っちゃう?」


 あたしは顔を上げた。


「ごめん。やっぱ……なんかちょっと、なんていうか、……ルーチェっぴといるとすげー楽しい。……やっぱ……タイミングとかの理由で諦めらんないのね? だから……」


 クレイジーが意を決した。


「まじで、付きあ……!」

「トゥルエノー」

「ルーチェー!」


 下からトゥルエノが手を振っていたのが見えて振り返す。クレイジーが顔をしかめた。


「一階見たー? すごかったよー!」

「後で行くー!」


 また手を振り、トゥルエノが友達と歩き出し、見届け、……振り返ると、クレイジーが少ししゅんとしてた。


「あれ、クレイジー君、なんか……気分悪い?」

「……いや、手強いなって思っただけ。奇策も使ったのになー」

「え、手強い……?」

「あー、何でもない。とにかく、今度うち来るのね?」

「あ、うん! 行きたい!」

「マリカーあるよ。やるべ」

「うわっ! やりたい! わー。すごい。本当に楽しみ! あ、ねえ、一階見てもいい? さっきの友達で……」

「あ、そうなの? いいよ。行こう」

「ありがとう」

「いえいえ。ハニーのためなら」

「あはは! ハチミツなんて置いてないよ!」

「……いやー、手強いわー……」

「?」


 あたしとクレイジーが階段を下りる。


「友達は別の子と歩いてんの?」

「うん。……ほら、三年連続ミスコン一位の子だよ。前言ったと思うけど」

「あー。なんか言ってたね。俺っちがその子のこと好きだってルーチェっぴが勘違いしてたやつでしょ?」

「そうそう。その子と課題組むことになって」

「へえー。専攻は?」

「知らない」

「……最近仲良くなった感じ?」

「……うん」

「あーね」

「この後のじ、自由時間で一緒に歩くから、その時にでも聞いておく。……わ、すげえ」


 一階は展示物が多そう。あたしとクレイジーが一階フロアを眺めた。

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