第4話 去年起きたこと


 新幹線が揺れる。


「あー! 負けたー!」

「もう一回やろー!」

「きゃはは!」


 若い子達の笑い声が響く。トランプでそんなに盛り上がれるのは今のうちだけだよ。いいじゃないかー。いっぱい遊んどけー。あたしは耳にイヤフォンをして、作業用BGMを流しながら向かい合わせになった前の席に足をついてタブレットとキーボードを合体させて手を動かす。


(やっぱり場所が違うと作業が進むわー)

「ルーチェ」

(路地裏ってどんな感じだっけ? 検索……)

「ルーチェってば」

(あ、そうそう。こんな感じ。これを文字で表すと……)

「……えい」

「んっ」


 右耳のイヤフォンが外された。振り返ると、太陽のように輝くオーラを放つトゥルエノがあたしのイヤフォンを握っていた。うわ、眩しい! 顔の前を手で覆うと、トゥルエノがむすっと頬を膨らませた。


「何してるの?」

「あ、ちょっと……趣味を……」


 あたしは小説サイトを閉じ、作業用BGMを止めた。


「どうかした?」

「ここにいていい? ベリーが自分話始めたからつまんなくなって」

(……あー)


 チラッと振り返ると、クラスメイトの輪の真ん中にいるベリーが自分の話をしている。この間歩いてたらマジック・ウィーンっていう個人事務所のマネージャーからスカウトされちゃったの。名刺貰ったんだけど私は興味ないんだ。私、ここで魔法使いになりたいんだもん! 命かけてるから!


「た、た、楽しければ、いいんじゃない?」

「命かけるって意味間違えてると思うけどね」

「……ベリーの口癖だよね。でも言葉って言ったらその通りになるから、すご、す、すごく良いことだと思う」

「命かければ何やってもいいの? 私はそうは思わない」


 トゥルエノがあたしの向かいに座った。


「去年のベリーの行動は、すごく目に余った」

「……あー」

「ルーチェ、あの時の話ってしても大丈夫?」

「あー……去年の?」

「そう」


 そうだよね。トゥルエノは同じクラスだったから知ってるよね。


「魔法披露会、あれって結局何があったの?」

「何があった……。……まー……あたしがきっかけ作っちゃったようなもんだけど……まず、ミルとノノとベリーとあたしのチームで組んだんだけど、途中でミルがアイドル目指し始めるってなって……でも、それってすごいことじゃん? 本番の一ヶ月前に聞いたんだけど、とりあえず、一ヶ月しかないから一ヶ月だけ協力してって言ったら、ミルもそれならって話になったんだけど……やっぱりほら、歌とかダンスの練習もあるから、そっち優先で行っちゃうよね」

「あー」

「そう。それで、あんまり練習、れ、練習、練習、来なくなって……それを見て、事情報告しないとだめ、駄目だよなあって思って、結構ぎりぎりで……デイ、デリケートな問題だし、ミルじゃなくてあたしが言って……チームメンバーのことだから、ベリーなら背中押してくれるかなって思ってたら……足を引っ張るなって、ベリーがぶち切れちゃって……で……ミルは抜けて、ノノは巻き込まれ事故で、ベリーとは何度も話し合おうってチャットしたんだけど、もうあなた方はチームじゃありませんとか、話すことはありませんの一点張りで……最後辺りは無視されちゃったから……もう、解決のしようがないよね……」

「……」

「マリア先生に報告したら、ベリーは毎年そういうこと起こしてるって。いつも言ってるんだけどまたなのかって。……だけど、きっかけ作ったのはあたしだから、黙ってたら……なんか言いふらしてたね。ベリー」

「うん。すごく言いふらしてた」

「うん」

「でも私が聞いたのは、『ルーチェが勝手に全部決めちゃう。もう嫌なんだよね。あの子』っていう話だけだった。で、それだけ聞いて、ほら、クラスのみんな、一回ルーチェから距離離してた時期あったでしょ?」

「あ、うん。それは……感じてた」

「ルーチェ、ずっと黙ってたでしょ? だからベリーは自分の都合の良い所だけ私達に話してたんだよ。でも……これは私視点の話ね。私は……ルーチェのことあまり知らなかったけど、でも、テスト前とか、何か発表の前とかって、クラスで一番楽しそうにずっと魔法の練習してたのってルーチェだけなんだよね。他の子は楽しそうに関係ない話してるか、ベリーに限っては……魔法に命かけてるって言ってるけど……待ち時間、ずっと男子の輪に入ってどうでもいい話してるでしょ? 本当にずっと。でもルーチェは発表する前とか、終わってからも本当にしつこいくらいずーーっと練習してた。繰り返して繰り返して、みんなが引くくらいずっと同じことを何度も何度も。でもその顔がすごく楽しそうで……だから……なんかベリーの言ってることが変だなっていうか、違和感を感じるなって思ったの。そういうのも見てるから。多分、私だけじゃないよ。それ」

「……あー……」

「仲良かった子とも話したんだけど、ベリーの話しか聞いてない子はルーチェのこと『あの子なんか面倒くさそうだよ。私は関わりたくない』って言ってたりしたのね?」

「あー。あはは。まあね(ADHD持ってるしな。実際、面倒くさいし当然か)」

「でもね? ベリーが愚痴ったところでそれを関係ない私達に言っても意味ないし、だったらチーム全員で話し合って解決するべきじゃない? って私は思ってたの。私はね? でも解決しなかったでしょ? その時点でおかしいじゃん。それで、ベリーの言ってるルーチェの姿と、魔法に向き合ってる普段のルーチェの姿が異質過ぎて……去年のクラスのみんなから見て、ルーチェがかなりの変人に見えたんだよ。だって、ベリーの言ってるルーチェと私達が見るルーチェの姿が全く違うんだもん」

「……あの時期……魔法しか、楽しい事なかったから」

「……ミルとノノの名前も、ルーチェが連絡してたって話も、今、初めて聞いた」

「何回もしたよ。しつこいくらい。四人だとまた喧嘩になるから、二人で話し合おうって。……でも無視されたから」

「……」

「あたしも悪いんだよ。年上だから引っ張らなきゃって思ってたけど……そんな状態だったから……解決も出来ないよね。向こうがしようとしないんだから……気持ちわかるし。……あた、あたしも、ベリーと同じ気持ち持ってる時期あったから。命かけてるから、足を引っ張るならチームから出て行けって。でも……それだけじゃ駄目なんだよ。魔法は、協調と同調。協力し合ってなんぼ。入学して……マリア先生の最初の授業で……言われた。あたしばかりが目立った魔法を使ってて、組んだみんなを無視してたの。そしたら、『あなたはどうしてここにいるの? 自分の魔法で、チームメンバーの魔法を殺して楽しい?』って。『あなたの魔法はわかった。でも、チームを組んでる以上、チームメンバーのことを考えて。あなたの魔法で、チームメンバーの背中を押してあげて。そしたら、素晴らしい魔法が出来上がる。それが魔法。ばらばらの魔力を協調して、同調させるの』って。……それを聞いてから、あたしはそれを守ってきた。でも……ベリーは言われなかったんだと思う。器用だしね。だから……自分の中で『チームとはこうだ』っていうイメージの形がすごくあったんだと思う。別に悪い子ってわけじゃなくて……誰が悪いってわけでもなくて……遠目で見たら……お互いの価値観がずれちゃっただけなんじゃないかなって思うんだよね。……わーかんないけど……」

「……」

「ただ……その……もう辞めちゃったけど……ノノが……全く関係なくて巻き込まれちゃったから……ノノをチームじゃないって言う、の、だけは……やめてほしかったな……。あたしはきっかけ作っちゃったから、あたしだけならいいんだけど、ノノは違うから」

「……良し悪しで言うなら、結局ミルが一番悪いと思うけど」

「それは仕方ないよ。……アイドル活動、頑張ってるかな」

「やっぱりそう聞いたら、ベリーはただの構ってちゃんな気がしてならない。嘘は言わないけど、真実も言わない」

「ま、もう……終わった話だから」

「……決定的だったのは授業中かな」

「授業?」

「去年のエルフィン先生の授業」

「……あー」


 あたしは思い出して訊いた。


「ベリーが泣いちゃったやつ?」

「図星突かれて泣いたでしょ? あれで授業時間が長引いた」

「ベリーってなんで気になった事訊きに行かないんだろうね? あた、あたしは、きー、気になったら、なんか頭から離れなくなって、しつこいくらい訊きに行っちゃうから」

「そう。ルーチェは授業が終わったらすぐ行くでしょ。私ずっと見てたけど、ルーチェってエルフィン先生の時すごく行ってたじゃん。正直、すごいなって思ったよ。気難しい人だし、声かけづらいのにルーチェは何度も気になったところとか、改善点とか訊きに行ってた。でもベリーは痛いところ突かれた瞬間『でも、だから』って言って言葉呑んで、言いたい事も言わないまま授業が終わってすぐ仲の良い人のところに行って愚痴ってた。その後も先生と話をしにも行かない。……教室の掃除だってそう。バイトがあるとか、掃除班とか忘れてみんながサボってる中、ルーチェは班とか関係なく毎日掃除してくれてた。今のクラスでも、去年のクラスでも、ベリーはすぐに帰るけど、ルーチェはずっと教室の掃除してくれてる」

「……トゥルエノもやってるじゃん」

「ルーチェを見てだよ」

「……そうなの?」

「覚えてないかな? 去年。私が忘れ物取りに戻って……ルーチェが一人で全部の机拭いてて……教室にはルーチェと私しかいなくて……仲の良い子はみんな廊下にいて、帰ってて、……私、ルーチェに訊いたの。今日掃除班だっけって」


 そしたらルーチェは首を振った。


――ううん。違うと思う。

――え? じゃあ、掃除班は?

――知らない。帰ったんじゃない?

――え? じゃあ……どうしてルーチェが掃除してるの?

――出来る人がやればいいし、まだバイトまで時間あるし……それよりも、


 私は耳を疑ったの。


「教室が無いと、ま、魔法も学べないし。ちゅ、つ、使わせてもらってることに感謝しないといけないからね。お金払ってる身とは言え、こういうことも身に着けておかないと、いざって時動けなくなる気がして、怖いんだ」


 そんなルーチェを見て、私はすごく怖くなったの。だって、ルーチェ以外やってないってことは、そういう場面になった時に、私を含めて、ルーチェ以外動ける人がいないってことでしょう? 普段からやっておけばいざという時に積み重なってきたものが発揮されるかもしれないけど、やってない人にスキルは生まれない。私もそう。だから、それを感じた時、私は、すごく――怖くなった。


 ルーチェはやってる。魔法の練習も。発声練習も。誰よりもやってると思う。それも楽しそうに。繰り返して、何度も、狂ったように、調べて、やって、練習して、世間話をする暇もないほど集中して、やって、また繰り返して、その上、みんながサボってる掃除を一人でやってる。


 サボってた自分が恥ずかしくなった。物凄く情けなくなった。


「……ルーチェが、体調不良で学校休んだりした時、誰が掃除してたと思う?」


 トゥルエノが鼻で笑った。


「誰もしないんだよ?」


 授業が終わったらみんな立って、教室から出て行った。


「私がやり始めると、なぜかみんなが気が付いた。ルーチェの時は気付かなかったくせに。……ベリーは仲良い子と帰ってたけど」

「……」

「それを見ちゃったから……もうどっちを信用するかなんて一目瞭然だよね。ベリーは自分の都合の良い所だけ皆に言って回って、結局行動しない。口だけ。これ、思ってたの私だけじゃないよ? だから後半、ベリーに声をかける人限られてたでしょ。みんなルーチェに声かけてた。ルーチェと関わりたくないって言ってた子も手のひら変えて」

「……あー、それは……なんとなく、感じてた……。うん」

「そうなの。そういうの見て……で、今年も同じクラスになれて……今年のルーチェ、すごいなって思って。学校祭の選抜オーディションも、ダンスコンテストも参加して。だから、折角だから、ルーチェと何か出来ないかなって思ってたの。私とルーチェ、なんか正反対な感じがして、一緒に出来たら面白そうだなって」

「……」

「……ルーチェは口じゃなくて、行動で物を言わせたよ。ルーチェのこと見てなかったら、私も掃除ずっとサボってた。授業を受ける時も練習してきたものを発表しよう、じゃなくて、誰かがなんとかしてくれるって受け身になってた。受け身のままじゃ、魔法使いになれるわけないのに」


 トゥルエノがちらっと笑ってるベリーを見た。


「あの子、今年で最後だと思うよ」


 あたしに視線を戻した。


「私も人のこと言えない立場だけど……ハプニングをトラブルに変えて、チームメイトと話し合って解決しようともしない。やだ。無理。話したくない。チームじゃないから分かり合えません。で本人には壁を作って他人に言いふらす。……そんな子、いくら滑舌が良くても、発声が良くても、実力は私達と同じくらいで、会社の看板背負わせて現場に向かわせようなんて思わないよね。私がマネジメントする立場なら思わない。先方とトラブル起こされたら堪ったもんじゃないもん」


 トゥルエノが肩をすくませた。


「サーシャはまだしも、ベリーはよく学校祭の選抜メンバーに選ばれたよね。……プチ騒ぎ起こしたの知ってる?」

「……え? 学校祭で?」

「練習中に魔力を同調させられなくて泣いて10分練習出来なくなったんだって」

(それは初耳。……っていうかベリー、学校祭の練習でもやらかしてたんだ。すごい子だなあ……)

「本気であの子今年で最後だと思う。あれでプロにはなれないでしょ。……あの、本当に……私も人のこと言えないけどね? ここだけの話。……無名の個人事務所のマネージャーの名刺貰って喜んでるんだよ? 『興味ないんだ』って言ってるけど、本気で興味なかったら人に言わずに名刺捨ててる。ああいう態度も見て思うけど……ベリーはSNSの方が向いてると思うんだ。チヤホヤされるの好きでしょ? うん。プロではないんじゃないかな。だって、有名な人で見た事ないもん。ベリーみたいな魔法使い」


 大手タレント事務所のマネージャー、役員の大量の名刺を取り出して、トゥルエノがあたしに訊いた。


「どれかいる?」

「……いや」

「だよね」


 トゥルエノが火魔法で全て燃やした。


「ありがとう。話してくれて」

「ううん」

「……ちょっと毒舌すぎた?」

「……いや、……ちょっとむ、報われた気がした。……確かに、……トゥルエノが掃除するために教室に残るようになってから、掃除してくれる人増えた気がしてた。……そういうことだったんだね」

「っていうか、元々サボってたのこっちだから。本当にごめんね。ルーチェ。……ずっと謝りたかった」

「ううん。掃除楽しかったから」


 教室の掃除をやってたお陰で、ミランダ様の屋敷の掃除も苦にならなかったから。


「やっぱり、積み重ねって大事だよね」

「それは私も、ルーチェ見て思った」

「あたし……そんなすごいことしてないよ?」

「私がすごいなって思ってるだけ。魔法の発想とか、ルーチェの見てるとすごく参考になるの。あれってどうやって考えてるの?」

「……映画見てる。テレビとか」

「あ、映画なら私も見てる。昔からお母さんが好きで、実家に住んでる時は一緒に見てた」

「あれ、一人暮らしだっけ?」

「うん」

「じゃあ、アルバイトしてるの?」

「フリーランスでウェブデザインしてる」

「……」

「結構お金になるよ?」

(……この子、すげえ……)

「パソコンあったら学べるよ? ルーチェも一台安いの買ったら?」

「よ、……余裕が……できたらね……」


 新幹線が海に向かって走っていく。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る