第14話 本番直前


 ――会場が盛り上がりの声に包まれ、思わず声が出てしまう。


(毎年こんなことしてんのかな)

「ねえねえ」


 横から友達に突かれる。


「あそこ」

「え?」

「ミランダ・ドロレスがいる」


 チラッと目玉を動かした。そこにはヤミー魔術学校の看板魔法使いが猫を連れて一般人のように座っていたが、紫の目は、その人物がどれだけ偉大なのか、いまいちわかってない様子だった。


「すごい。ね、後でサイン頼んじゃ駄目かな」

「駄目じゃね?」

「ヤミー魔術学校の生徒ですって言ったらいいかも!」

「余計駄目じゃね?」

「それに、見て、あそこにアーニー先輩とアンジェ先輩もいる」

「……ごめ。誰それ」

「はあ!? 知らないの!? デビューしたての魔法使いの先輩だよ! 特にあのアンジェ先輩は、一年で魔法使いデビューした強者だよ?」

「人は人、自分は自分。もどすごさ人知ってっから……正直、別にって感じ?」

「訛り出てるよ。また先生に注意されても知らないから」

「いいよ。あたは訛りつか魔法使いさなるから」

「マリア先生に言われてるじゃん。標準語は魔法使いにとって基本中の基本」

「わがっでねえな。標準語なんか誰が決め? 多数がそう思ってるだけで、あたの言葉が標準語かも」

「屁理屈」

「敬語つか? でしたら少々標準語に近付くでありんす」

「それも正しい敬語じゃないよ」

「んちゃ」

「……え、待って?」

「今度は何?」

「パルフェクトがいる!」

「え?」

「ほら、あそこ!」

「……人違いじゃね? いるわけね」

「いや、絶対そうだって!」

「似てる人、似てる人」

「えっ! すごい! パルちゃんだ! なんでいるんだろう! すごい!!」

「もういいがら集中させて。ほら、一組目出てきた」


 一組目が出て来る。友達がステージを見る。暗くなって、一筋の光魔法が現れる。とんとん、と別の人が杖を叩いた。とんとん、とまた別の人が叩いた。杖を叩くとどんどん光が泳ぎ、動いて、全体を照らした。壮大な曲が流れ始めた。全員花に見立てた恰好をしていた。前から左右に散らばっていき、まるで花びらが風に泳いでいるような演出を見せる。風魔法で飛んでいき、水魔法で雨が降り、火魔法と光魔法を合わせて太陽を作り出す。照らされた花が緑魔法で伸びていき、太陽の近くで芽吹く。中からお姫様が生まれた。お姫様がにこりと微笑んで、光に照らされ――曲が終わった。


(……すごい)


 すごいと思った瞬間、同じ年齢の人達がやってると思うと一瞬でモヤッとした。大歓声が起きて拍手が起きる。しぶしぶ拍手をし、隣にいる友達は目をきらきら輝かせて大きく拍手をした。


「やばいね!」

「……うん」

「すごかった!」

「……うん」

(あたしだって本気出せばあれくらい……)

『ただいま審査中です。少々お待ちください』

(……え、これ続くの? あと7チームも?)


 ……。紫の目は切実に思った。


(帰りたい……。劣等感でモヤモヤする……)

『それでは、二組目、アップルパイです! どうぞー!』

(うわ、始まった……)


 ローブを来た集団がぞろぞろ歩いてくる。正面にいた人が呪文を唱えた。闇魔法で作られたモヤが現れたら、紫の瞳ははっとして、無意識にそれの観察を始める。曲が始まる。モヤは不穏なもののように周りをぐるぐる回り始める。ローブを来た者達が緑魔法で植物を生やし、根を伸ばしてモヤを捕まえようとした。しかしモヤは逃げる。一人が火魔法を使った。一人が水魔法を使った。一人が風魔法を使った。モヤは次第に大きくなる。そこで現れた光魔法。光でモヤを照らし、薄くさせ、やがて消滅させた。――曲が終わる。


 迫力ある演出に人々が立ち上がって拍手をした。友達も立ち上がった。しかし、紫の瞳だけはどこか納得できないと言うような不満げな顔をして立とうとしない。友達がきょとんとして肩を叩いた。黒茶髪の少女は首を振った。友達が座った。


「ねえ!」

「今のは良くね。低評価つけてやる」

「ちょっと!」

「まるで闇魔法が悪者みたいだべ」

「あれは魔王に見立ててたのかもね。もしくは人の心の悪い所とか? 光の演出が綺麗だった」

「だから闇魔法にそんなイメージがつくんだ。んちゃ。むかつく。今のチームさ、絶対忘れねえぞ」

「ねえ、ただのダンスだよ? お芝居と一緒」

「モラルに反する」

「どこが?」

「闇魔法を侮辱してる。闇魔法は危険だって言われてんけど、出す魔力の量によってはどの魔法よりも最強で、上手くコントロール出来れば自分の味方をしてくれる、すごくありがてえもんだ。だのに今のは……」

「はいはい。熱くならない。私は高評価」

「この学校の人さみんなそう。闇魔法の授業受けてから、専攻変える人多すぎ。普段闇魔法にどれだけ助けられてるかまるでわかっちゃいねえ」

「はいはい。そうですね。……ほら、リンゴジュース」

「あんが」

「んちゃー」

「……闇魔法に人生を捧げてる知り合いがいんの。その人さ胸を張って闇魔法を使ってる。あたも尊敬してる。だから余計にむかつく」

「え、魔法使い?」

「んちゃ」

「すごいね。闇魔法使いなら……なかなか会えないんじゃない?」

「……んだ。たまに手紙来るくらい。……すぐ燃やして捨てっけど」

「え、手紙も駄目なの?」

「魔力が残ってっから、呑み込まれる。……その人の場合、すんげ量だから」

「大変だね」

「魔力分子が濃いとどうしてもそうならざるを得ない。ああ、だがな、今のチームの闇魔法は素人同然。分子はあたが見る限りほんの0.009グラムってとこだがや。んーちゃ。モヤを作り出すならもっと濃くたっていい。2.5グラムくらいで丁度いい。そうすりゃもっと迫力満点の良い子ちゃんが出来上がる。なのにそれをしようさしなかった。理由はわかる。闇魔法は危険だから触れたくないんだ。見て取れる、見てわかる。だから低評価。先輩だろうが優秀クラス生徒だろうが関係ないでござんす」

「ねえ、楽しく見ようよ。どうして魔法の話じゃなくて、魔力分子の話ばかりするの? 分子の比率を言われたって、私には理解できないよ」

「魔法ってのはそもそも魔力分子がくっついて出来上がるもんだ。教科書にも載ってっべ? ちょこっとだけどな」

「あんたっていっつもそう。魔法使いを目指してるくせにやってることは魔力分子の化学式計算。そんなに数字が楽しい? 私は国語の方が好き!」

「んちゃ。分子をなめちゃいけね。分子の組み合わせによって魔法の威力だって変わってくる。分子が濃ければ濃いほど強くなるし、ハーフアンドハーフにすれば威力は半分ずつになるけど、別の魔法の分子と組み合わさって誰にも真似できねえような凄まじい魔法が出来上がったりもする。んじゃこれが三分の一なら? 七分の一だったらならば? 様々な魔力が組み合わさったとんでもない魔法が出来上がる。ただ闇魔法の場合、その調節が『死に等しい』ほど難しい。一定数量以上の分子が存在するから。だから闇魔法使いになったら『闇のみ』に染まっちまう。この分子量を少しでも薄めることができれば、闇魔法だってすごく安全な魔法に劇的に変化する」

「じゃああんたが開発すれば?」

「忘れた? それがあたの魔法使いを志したきっかけ」

「そうだった」

「……審査終わったか」

「だね」

「次はもっと上手い闇魔法が見てえな」

「どこ目線で言ってるの?」

「お客様」

「うわ、質悪い。うふふ!」

「正直さっきから劣等感があたを支配しよっと。ヤキモチ妬きすぎて今すぐこの会場から出たいんだがね、参加者の魔力分子を見るのは確かに面白い。研究参考になる。魔力分子を見るために見るって思って見る事にするっちゃ」

「そんなつまんない見方、私は嫌」

「んちゃ。つれね友達」

「始まるよ」

『それでは、次のチームに行きましょう! つづいてはー!』



(*'ω'*)



 ――手を繋いで廊下に出る。二つ前のチームがやってる音が聞こえる。


(うわあ、やばい。プレッシャーが半端ない……)


 隣には手を繋いだクレイジーがいる。


(でもさっき言ったことが事実だよな。練習でやったことしか出て来ない)


 裏に出る。モニターからやってるチームの様子がわかる。


(……次だ。次の出番で……全部終わる……)


 ……ミランダ様、どうかお見守りください。大魔法使いアルス様、どうかご加護を……。……あ。


「クレイジー君、もう衣装着ておく?」

「あ……だね」


 あたしとクレイジーが杖を構えた。


「「糸よ、布よ、姿を変えよ。我の思う通りの姿となりて、頭を見よ、思考を見よ、我はこの姿を求める」」


 二人で声を揃え、呪文を揃え、強くイメージする。クレイジーは吸血鬼。あたしは闇に堕ちた少女のドレスを身に纏った。よし、と気合を入れる。しかし、クレイジーはどこかぼうっとしている。


「……」


 繋いだ手を動かしてみる。クレイジーがあたしを見た。


「心配?」

「……そりゃ、ね」

「……何番目のお兄さん?」

「四番目。……三秒差で向こうが先に出てきたから、三秒だけ兄ちゃん」

「……え、双子?」

「うん」

「え、まじ?」

「まじまじ」

「え、ってことは、……もう一人クレイジー君がいるの?」

「二卵性だからあんま似てないよ」

「あ、そうなの?(なんだ)」

「顔は似てるかな。……性格は正反対。俺っちはほら、頭脳派?」

「じゃあ、向こうは体育会系?」

「ま、昔は。熱血っていうの?」

「へえ」

「義理堅くて、諦め悪くて、でもめちゃくちゃ優しくて……兄弟の中で一番かっこいい」

「……」

「一番憧れてる人。……昔、女の子に悪戯したことがあってさ、その時に兄ちゃんにこっぴどく叱られた。女の子は大切にしろって言われて以来、まじで悪戯することもやめた」

「……クレイジー君の女好きはそ、そこから来てるんだね」

「……男はみんな女好きよ? 良い匂いするし、可愛いじゃん」

「(クレイジー君は肉食系男子だね)……お兄さん、魔力はないの?」

「あるよ。子供の時は兄ちゃんがヤミー学校にいたの」

「え、そうなの?」

「そっ。8歳の時かな。心臓病見つかって次の年には辞めちゃったけど」

「へぇー。……あれ、ってことは……会ってるかもね」

「……あー、確かに」

「名前なんだっけ?」

「セイ……」


 二つ前のチームが終わった。歓声と拍手が沸き起こる。あたしはひっ、と息を呑んだ。次のチームが気合を入れた。ルーチェ、ここで怖気づいちゃ駄目だ。うぐっ。絶対駄目だ。大丈夫! まだ評価中だ!


(クレイジー君の前だけでも、平気なフリしてよう。マインドコントロール……あたしは……緊張なんてしてない……してない……)

「……ルーチェっぴ、手遊びしよ」

「ん? て、手遊び?」

「せっせーの、よいよいよい」

「おっと?」

「あーるーぷーすー」

「いちまんじゃーく」

「こやりのうーえで」

「アルペンおどりをー」

「「さあーおどりましょー」」

「「らーんらららんらんらんらんらん……」」


 クレイジーとあたしを見た少女がふふっと笑い、スマートフォンを弄る。そりゃそうだよね。吸血鬼と黒いドレス着た女の子が仲良く手遊びしてたら笑っちゃうよね。もう終わったチームの人かな。何あのローブ。すごい怖い。


「……緊張ほぐれた?」

「……え? き、緊張なんかし、し、してないよ?」

「あ、そう」

「そうだよ!」

「……」

「……お、終わったら、すぐ病院行ってね」

「……うん。ありがとう」

「大丈夫だよ。沢山練習してきたんだし……楽しくやろ? これ以上……悪い事も起きないよ。さすがに」

「……それな」


 クレイジーが呟いた。


「これ以上最悪なことは起きないでほしい」

「……大丈夫だよ」


 手を握り締める。


「あたしもいるから」

「……」

「た、頼りない、けど……」

「……んなことないよ」


 クレイジーがあたしの手をしっかり握った。


「まじでルーチェっぴ誘ってよかった」

「……そ、そう言ってもらえて、あの……、……よかった。嬉しい」

「……頑張ろ」

「うん!」

『皆様、大きな拍手をお願いしまーす!』


 前のチームが終わったようだ。あたしとクレイジーが顔を見合わせた。


「行こう」

「……ね、ルーチェっぴ、あっちじゃね?」

「あっ!!!」

「ぐひひひひ!」

「そっ、そんな笑う……!?」

「転ぶなよー」

「わ、わかってるよ!」


 やべえ! そのまま行こうとしちゃった! あたしは慌てて転ばないように移動を始めた。






『それでは続いてのチーム、なんと唯一二人男女コンビです』

『二次審査であるBステージを見学させていただきましたが、とっても可愛らしく、ホラーチックな演出で、迫力満点だったんですよ!』

『で、す、が、……曲とダンスをまるまる変更されたようですね。私達も見たことがないものを見せてくれるようです』

『うわあ! 楽しみですねー!』

「セーレム、始まるよ」

「ううん……なんか俺、眠たくなってきた……にゃーお」

「アンジェ! ルーチェの番だよ!」

「しっ! 黙って!」

「先生、ルーチェ♡がね、すっごく可愛くてね」

「はいはい」

「あ、多分バイトの子だわ。カメラ変わって良い?」

「ういっす!」

「いい感じに撮るから、頑張れよ! ルーチェちゃん!」

『それでは始めていただきましょう!』


 あたしは杖を構えた。きっと、向こうでクレイジーも杖を構えてることだろう。


 大丈夫。やってきたことを出すだけだ。

 自分を信じて。そして――相手を信じて。


『『チーム、観葉植物クロトンです! どうぞー!』』





 さあ、――魔法を始めよう。


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