第15話 本番の舞台
照明が消えて、闇だけの空間が訪れる。
ふわりと、蛍のような淡い光が泳いだ。視線が蛍のような光に注がれる。光が行き着いた。そこには一本の杖が置かれていた。そこに影が現れた。背丈とマントの形でみんなは予想した。これは吸血鬼ではないかと。吸血鬼は杖を持ち、笑顔で踊り始めた。現れるゾンビにコウモリ。そして迷い込んだ白い影の女の子。吸血鬼が女の子を脅かし、その細い首を噛もうとした時、女の子が杖を奪い、彼を蹴散らした。助かった代わりに白い影が闇に染まり、女の子が不敵な笑い声をあげた。そこでみんな予想した。女の子は闇の力を持つ杖の力に堕ちたのだと。蹴散らされた吸血鬼は地下から這い上がり、何かを見た。女の子がふーっと息を吹いた。花びらが飛んでいく。観客全員の目にその文字が映った。『舞踏会で決着をつけよう。杖は私のものだ。』美しい花の匂いに会場が包まれ、再び会場に闇が訪れる。
――曲が始まった。
観客がはっとした。いつの間にかあたしの魔法によって蝋燭の幻覚が現れ、クレイジーの魔法によって会場が舞踏会となっている。上手から吸血鬼が歩いてきて、下手からあたしが歩いてくる。舞踏会のオープンニングに人々が手を叩く。吸血鬼が観客に向かってお辞儀した。あたしは片手に杖を持ち、ドレスを持ち上げお辞儀した。みんなが杖に注目する。蝋燭に青い炎が順番に灯っていく。不気味な青い世界に包まれる。杖を奪われた吸血鬼が膝と腰に手を当て止まり、あたしは奪った杖に肘を、腰に手を当て止まり、お互い笑顔で向き合う。その関係が険悪であることを見てる観客が悟る。リズムを刻み、挑発するような目で見れば、吸血鬼が白い手袋をはめ直し、あたしに向けて手を差し出す。その手を取り、ゆっくりと足を動かして移動を始めれば、曲がサビに移る。激しいステップのダンスが始まる。手を取ったと思えば離れて、また手を取ったと思えば背中合わせに回って、二人で振り返り、吸血鬼が人差し指を動かし、挑発行為を見せる。あたしはニコニコ笑って飛び込み、吸血鬼が受け取り、くるんと回って、体を起こしてもらって、引っ張られて、体を預けて、足を前に左、右の順番で出せば吸血鬼が左、右の順番で足を引き、前に出す。吸血鬼があたしを抱き上げた。くるんと回り、抱きかかえられたあたしは吸血鬼に掴まり、普段は何も色気など皆無だが、網タイツによって魅力的に見えるようになった足を、ドレスの隙間をぬって見せつけると、観客席から――特に男性からの口笛が大きく聞こえた。挑発するように顔を近づかせ、吸血鬼の胸元を指でくすぐる。曲が一瞬止まり、顔を合わせた二人がニコリと笑い――吸血鬼の手が杖を握るとあたしがその体から下りて、杖をくるんと回して回避した。吸血鬼がチェッ! と悔しそうに指をぱちんと弾いた。彼の腰を杖に引っ掛け引き寄せると、吸血鬼が笑顔で杖を握り、あたしも握り、お互いに引っ張り、吸血鬼があたしの首を噛もうとして、あたしがそれを蹴り、吸血鬼が下がった。あたしも下がった。観客席から拍手が聞こえた。しかしまだまだ終わらない。肝心の魔法がまだではないか。あたしは杖を腰のリボンにしっかり止めて走ると吸血鬼が体を受け止め、空高く飛ばした。そこであたしの風魔法が発動し、高く高く飛んでいく。観客達が大きく見上げた。視線がそれたのをきっかけに吸血鬼――クレイジーの魔法が発動する。花火があたしの周りで綺麗に打ち上げられる。あたしは高いところから再び落下する。しかし風魔法で波を使い、落下のスピードを遅らせて吸血鬼にお姫様抱っこで受け止めてもらう。あたしはきょとんとした――ふりをした。吸血鬼がにこりと笑って――あたしの首に鼻をつけた。(うわっ。びっくりした! アドリブだ!)女性陣から歓声が上がった。吸血鬼が本来の打ち合わせ通りに杖へ手を伸ばすが、あたしが吸血鬼に平手打ちした。吸血鬼がやれやれという顔で離れるが、杖は握ったまま。あたしは吸血鬼の足を踏む。吸血鬼は杖を引っ張る。あたしは杖を引っ張る。みんなは思う。吸血鬼と女の子が一本の杖でめちゃくちゃ争ってる。杖を握ったまま、足でステップを踏む。曲が流れる。伴奏部分でもダンスは止めない。二人で踊り続ける。吸血鬼があたしを飛ばし、風魔法で二階に登る。おや、一階にいた吸血鬼が消えている。どこに行った? あたしの後ろにいる。あたしは杖を振り回し、吸血鬼が後ろに下がり、あたしは杖を見せつけ、吸血鬼が笑い、あたしは笑い、お互い挑発した笑みを浮かべながらリズムを刻む。ここから本格的な魔法と足技が繰り広げられる――予定だった。
ふと、違和感を感じた。
(……あれ、曲が聞きづらい?)
スピーカーから流れる音が乱れ始めた。
(やば。音響トラブル?)
しかし、止まるわけにはいかない。あたしとクレイジーは踊り続ける。
(あれ……? 揺れてる……?)
幻覚魔法で生み出したシャンデリアが揺れているのが見えて――会場全体が揺れていることに気付いた。
(クレイジー君)
クレイジーと目を合わせる。
(なんか、おかしいよね?)
クレイジーもそう思ってるような目をし……眉をひそませた。
(あれ?)
(*'ω'*)
「ねえ、なんか揺れてない?」
「……」
「ねってば!」
「しっ。……あの魔力分子おもしれえぞ」
「揺れてない?」
「え? 揺れ……あ、本当だ。……地震じゃね?」
「地震にしては変な揺れじゃない?」
「先輩、スマホ鳴ってます!」
「うわわ! なんでこんな時に電話!? ぽちっとな! うっす! お疲れ様っす! なんすか! 今魔法ダンスコンテストの最中ですよ? ……は? なんですか? それ」
「ミランダ、なんか揺れてない?」
「……妙だね」
「なんか獣臭いよ。にゃーお」
「……お前も最近おかしいね」
「にゃー」
「うん?」
「アンジェ、なんか変じゃない?」
「……これは……」
「ね、ね、姉ちゃん、あれ!」
ダニエルが指を差した方向にアンジェとアーニーが振り返った。
――舞台に猫が一匹現れる。
「わあ、可愛い」
「猫だ」
ケタケタと観客が笑い始めた。微笑ましい。しかし――それを見て――一番に紫の瞳が反応した。
「……ちょっ!」
「え?」
「あいつまじぃぞ!」
「え? ちょ、ちょっと!」
「この会場から出る。早く!」
「え、ど、どうしたの。急に」
「あの猫おかしいってんが! この会場もなんか変……」
そこで重要なことに気づいた。大量の分子量を感じ取る。この量を感じるということは、
「……え、囲まれてる?」
「え?」
ミランダの目玉が動く。
ジュリアの目玉が動く。
パルフェクトの目玉が動く。
アーニーの目玉が動く。
アンジェの目玉が動く。
クレイジーの目玉が動く。
茶色の目玉が動く。
にゃーお。
可愛い猫の声が響く。
非常口の扉が叩かれた。スタッフ係の生徒がきょとんとした。
出入口の扉が叩かれた。スタッフ係の生徒がきょとんとした。
先生達が走って来る。生徒達が観客だと思って扉を開けようとした。
「いけません!!」
マリアが叫ぶ。
「扉を開けないで!!」
「え?」
生徒達が扉を開けた。
にゃーお。
そこから、鋭い牙と爪を持った大量の猫が、中に押し寄せてきた。
(*'ω'*)
完全に曲が止まり、会場が大きく揺れる。
「うわっ!」
「ルーチェっぴ!」
大きな揺れに驚いて細かな幻覚魔法が消える。半分会場。半分舞踏会の変わった景色になる。スピーカーから電波音が流れ、みんなが耳を塞ぐ。会場が大きく揺れて、人々は抱きしめ合い、恐怖し、パニックになる。
クレイジーがあたしの体を支え、あたしは会場内を見回す。
「な、な、何が起きてるの!?」
「ルーチェっぴ、杖構えて」
あたしははっとする。
「いつでも……呪文を唱えられるように」
クレイジーが上を睨んでいる。
上は既に、猫に囲まれていた。
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