第18話 師匠の教え

 

 アンジェと二人きりになり、あたしから質問する。


 アーニーちゃんは?

「とっくに帰ったよ。今年17歳だもん」

 若いねぇ。

「ルーチェも大して変わらないじゃん」

 17歳と19歳は全然違うよ。

「ルーチェ誕生日は?」

 もう終わったよ。4月。

「そうなんだ」

 アンジェちゃんは?

「10月」

 秋なんだ。いいな。……あれ? ってことは……。

「秘密にして。今日だけ18歳。父さんには許可をもらってる」

 先生達に叱られても知らないよ。

「私も春に生まれたかった。出会いの季節」

 早すぎて誰からもプレゼント貰えないから損だよ。それに誰よりも早く年取っちゃう。

「ルーチェ、運転は?」

 免許は持ってない。必要ないと思って。

「そっ」

 アンジェちゃんは?

「一応取るつもり。ダニエルの病院の送り迎え出来るし、箒だけ資格持ってても魔力切れたら使えないじゃん?」

 確かにね。


 他愛のない話で笑いながらカウンターのマスターにオレンジジュースを貰う。


「……ルーチェさ」

 ん?

「これ、言ってもいいのかな?」

 何が?

「ウサギ騒動の時、私、なんかヤバそうな魔力を感じたの。とんでもなくヤバそうなの。それが、闇魔法のものなんだ。誰かがすっごくヤバい闇魔法使ってると思って、もしかしたらウサギを凶暴化させた犯人かもって思って急いでそこに向かったんだけど」


 アンジェちゃんがジュースを飲んだ。


「あれ、ルーチェだよね?」


 あたしもジュースを飲む。


「闇魔法使ってたの」

 ……昔から得意なんだよね。

「闇魔法?」

 ジュリアさんにも言われてるの。君には闇魔法が合ってるよって。

「……闇魔法使いになれば?」

 ……こうやって話せなくなるよ。

「でも得意なんでしょう? 闇魔法使いなら、全然枠余ってるはずだよ」

 んー。……だとしても、いいかな。

「……闇魔法使いは嫌なのね」

 アンジェちゃんと同じだよ。……好きなの。光魔法。きらきらしてて、綺麗じゃん。

「……光魔法は競争激しいよ。人気あるし」

 だとしても、好きなんだもん。

「私なら闇に行くけどな」

 本当にそう思う? 魔力の影響で家族まで巻き込まれるかもよ?

「……それは嫌かも」

 ね?

「でも得意なら極めるべきじゃない? 勿体ないよ。私はそういう才能無いから羨ましい」

 ……才能なんてないよ。

「闇魔法使える人なんて一握りだよ。……私は水魔法だけでいいけど」

 ……あたしはアンジェちゃんが羨ましい。

「魔法使いになれたから?」

 優秀だから。

「私が?」

 優秀だよ。頭も良いし、判断力もある。あたしが……パニックになった時もアンジェちゃんが一番に動いてた。

「あれは……、……。ルーチェ、ちょっとごめん。きついこと言うかも」

 なんとなく予想できる。

「魔法使いになったらパニックになった途端に死ぬと思ったほうが良い。獣討伐の仕事なんて、どんな獣に遭遇するかもわからない。ウサギみたいに可愛いのなら良いけど、今日みたいなウサギの進化系に会ったらパニックになった時点でおしまい。棺で眠ることになるよ」

 ……どうしたらコントロール出来るかな。

「特訓あるのみって言いたいけど、……私の脳とルーチェの脳は違う。そこは……ルーチェが見つけないといけない。きついこと言うけど、……発達障害を持ってる時点で勝負なんて決まってるもの。このままじゃ……デビューなんて出来ないよ」

 ……。

「……逆を言うと、さ。……今しかないのよ。ルーチェ」


 アンジェが真剣な目つきであたしを見る。


「学生の間に沢山の挑戦をして、失敗して、打開策を考えて、次に活かす。研究も、力をつけるのも、鍛えるのも学生のうちしかない。私は……それをミランダの元にいる間にやってた。だからこの学校に入ったところで、もう基礎はできてた。今の私は立ち向かうだけ。過去失敗したことを繰り返さないように動くだけ」


 オレンジジュースがグラスの中で揺れる。


「前に……ミランダが言ってた。……失敗しても良いから挑戦しなさいって。挑戦したら、やっぱり失敗する。出来ないけど、繰り返してたらいずれ出来るようになるからって。だから、今のうちに挑戦して、失敗して、打開策を考えて、また挑戦して、失敗して、また打開策を考えてって……その繰り返し」

 ……。

「ルーチェ、今のうちにパニックにならない方法をなんとしても見つけて。でないと……その魔力、勿体ないよ」


 アンジェが窓を見た。夜景はとても綺麗だ。


「ウサギの意識を飛ばそうとした時、私もアーニーも出来る限りの魔法を出そうとした。だけど、ルーチェの魔力がすごく大きくて、私もアーニーもびっくりしてた。途中からルーチェを追いかけることにいっぱいいっぱいになった。……自覚ある?」

 ……いや……。

「……ルーチェが魔法の範囲を広げたの。ここまで魔力を広げるからあと頼むねって言われた気分だった。……こんなの初めて。……だから……それだけ魔力を使えば……簡単に副作用にだってなるよねって話」

 ……。

「勿体ないよ。ルーチェ。魔力を広げるだけなんて。その魔力を人に使わせるなんて、すごく勿体ない」


 だから、いい?


「魔力のコントロール、それと、パニックを起こさない方法、たとえパニックになってしまっても、すぐに落ち着ける方法を探し出すの」

 ……どうやって?

「見つけるのはルーチェ。でも」


 アンジェが指を差した。


「ヒントを持ってる人はいる」


 そこには、ジュリアと言い争うミランダ様がいる。


「私もヒントを得た。そして自分の力で魔法使いになった。あの女は答えを持ってたとしても絶対に言わない。そのやり方が気に入らない。だけど、見てたら必ずどこかで気づく。……もちろん、見てるだけじゃ駄目よ。動くの。私達には思考と行動がある。思考は考えること。行動は動くこと。思考が好きな人は周りからこう言われる。『考えすぎな人だ』ってね。考えることは大事。でも考えたら後はどうするか。部屋にこもってまた考える? 正解が出てくるまで考える? ルーチェ、部屋にこもって考えたって答えも正解も見つかるはず無い。見つからないから考えてるんだから。だったら次に出来ること。外に出て『行動』するしか無いのよ。私達若手は特にそう。沢山行動して色んなものを見て、学んで、感じて、そうして根拠のある答えを導き出す。だからネットで生きてる若い人間の言葉には根拠がない。思考ばかり使って行動してないから」


 その目を見て、その言葉を聞いて、確信する。

 やっぱりこの子は――ミランダ様の弟子なんだって。


「思考と行動のバランスが整った時、……ルーチェもわかるよ。こういうことなんだって」

 ……アンジェちゃんは見つけたの?

「……まだまだ課題は多いけどね」


 アンジェがため息を吐いた。


「でも克服していくよ。私は誰にも負けない。ミランダにも、……ルーチェにも負けない」


 ちらりと横目で見ると、アンジェと目があった。怖い顔してると思ったら……急に笑顔になる。


「早く一緒に魔法使おうよ。ルーチェと組んだら面白いことになりそう」

 ……それ本気で言ってる?

「私ね、嘘はつかないの。自分に正直だから」

 ふふっ。……今のミランダ様みたい。

「全然違う」

 そうかな? 似てたと思うけど。

「やめてルーチェ。あの女との過去は黒歴史なの」

 よく言うよ。師匠って呼んでたくせに。

「なーに? 急に意地悪」

 ちょっと嫉妬したのかも。

「私とミランダに? ちょっとやめてよ。まじで」

 ふふっ。

「ルーチェ、何かあったら愚痴ってくれていいよ。ミランダの悪口なら大歓迎」

 うふふ! そうだね。その時はお願いしようかな。

「でも、ルーチェはミランダにつけこまれそう。ルーチェって、言われたこと何でも受け入れるタイプでしょ」

 わあ。正解。……でもこの間喧嘩しちゃって。むかついてクソババアって言っちゃった。

「あはは! 言ったれ、言ったれ! あんな女クソババアで十分だよ」

 もう二度と言わない。頭の中に入ってこられてトンカチでぶん殴られた。

「酷い魔女」

 ミランダ様のそういうところ。

「ねえ、これから夏休み入るんでしょ? 今度遊ぼう? 二人で」

 アーニーちゃんは?

「あいつうるさいんだもん」

 また仲間外れにされたって泣かれるよ。

「いいよ。見せつけてやろう。私達はキスもした仲なんだし」

 もう一回する?

「……今ミランダに見せつけてやろうよ」

 今度はアンジェちゃんもトンカチの巻き沿い食らうよ。

「うふふっ! 上等!」


 努力してない人なんていない。

 優秀なアンジェですら努力をしてる。

 お互いに才能なんてない。

 だからこそ必死に前を向く。

 風当たりが強くても、くじけず、まだまだだと強気に顔を上げて胸を張る。


 教えたのは誰だ。


 ミランダ様だ。


 アンジェは間違いなくミランダ様の弟子だ。そして、あたしもミランダ様の弟子だ。


 顔上げよう。胸を張ろう。堂々といよう。強気でいるために努力をしよう。思考を使おう。行動しよう。行動しないと道は開けない。あたし達は道を歩くしか無い。アンジェの言う通りだ。


 部屋に籠もってたって答えなんて出てくるわけない。


(もっと勉強しないと)


 魔法を磨くんだ。

 もっと磨くんだ。

 魔力をコントロールする術を見つけないと。

 パニックにならない方法を見つけないと。

 また課題が出てきた。

 うんざりだ。


 いや、


(まだまだ、だ)


 くじけるな。諦めるな。夢は目の前だ。現実は目の前だ。妄想に逃げるな。現実に向き合うんだ。動くんだ。顔を上げろ。


 あたしはルーチェ・ストピド。偉大なる魔法使い、ミランダ様の弟子だ。


 ……そういえば……アンジェちゃんって彼氏とかいたことある?

「ん? ああ、……まあ一応。中学の時に」

 じゃあ、その……ミランダ様に、その……『アレ』もしてもらってた?

「……? アレって?」

 その、魔力を見る? ってやつ? 口から……。

「……」

 なんかさ、わかってるんだけど……あれする度に、ちょっと恥ずかしいんだよね。ミランダ様に顔見られるし、ミランダ様の顔も見えちゃうし、だから、その、どういう顔してするべきなんだろうと思って……。アレって、デビューしてからもやっぱりするものなの?

「……ルーチェ、さっきから何言ってるの?」

 え? だから、あの、魔力を見るやつ……。

「魔力を見るって何? よくわかんないからはっきり言ってくれる?」

 ……恥ずかしいから……ちょっと、耳貸して?

「ん」

 ありがとう。あのね、だから……ミランダ様に……。


 あたしがアンジェの耳に囁く頃、ジュリアがカウンターを強い手で叩いた。


「良いですか! 今宵ではっきりさせましょう! 私とルーチェは結婚するんです! 一緒にお墓に入るんです!」

「駄目だよぉ……! 認めないよぉ……!」

「今夜お前は一人で帰ってあのお喋り猫のセーレムと一緒にぐーすか寝てればいい! その間、私はルーチェとベッドでランデブーですから!」

「あ!? ランデブーってなんだい!?」

「服を脱がし合って、あられもない姿で、ベッド・イン! そこで夢にまで見た愛しのランデブーですよ!」

「だからランデブーってなんだって聞いてんだよ!!」

「ランデブーったらランデブーですよ!」

「耳元で騒ぐんじゃないよ! キンキンするね! お前はエロいことしか考えてない発情猿なのかい!?」

「マーンス! なんて下品な言葉遣い! エロいことなんて考えてません! ルーチェとの愛の営みを考えてるんです! 常日頃!」

「それを発情猿のエロ頭って言ってんだよ! ふざけんじゃないよ! 誰がお前なんかにルーチェを渡すってんだよ!」

「お前なんかに認められなくても結構です! どうせただの師弟の関係なんだから、大人しく見てれば良いんですよ!」

「馬鹿言ってんじゃないよ!!」


 ミランダ様がカウンターを殴った。


「ただの師弟の関係だって!? 笑わせるね!!」

「じゃあなんですか!? 恋人だとでも!?」

「恋人だなんてそんな浅はかな関係だったらとっくに切れてるよ!」

「何が言いたいんですか! お前は!」

「つまりだね! ジュリア! ルーチェは私の……」


 ミランダ様が勝ち誇ったように笑った。


「忠実な雑種犬なんだよ!!!!!!!」

「は?」


 アンジェが顔を真っ青にさせてあたしを見た。


「魔力を見るために……口づけ……?」

 わっ! アンジェちゃん! しっ!

「何それ。ルーチェ、まさか、それ、……受け入れてるの?」

 ……ファーストキス終わってるし……ミランダ様が手っ取り早いっていうから……。……え? ……したことある……よね……?


 アンジェがぎらついた目つきで歩いていった。あたしはそれを引きずって止める。


 アンジェちゃん、ストップーーーーーーー!

「ミランダァァああああああ……!」

「忠実!? 雑種犬!? はいぃ!? なんですか、それ!? ホワイ!?」

「ふん! お前なんかにゃ教えないよ! 名前を呼んだだけで尻尾振ってるみたいに笑顔でこっちに走ってきたり、ミランダ様ミランダ様ってうるさいくらい呼んできたり、大体私が座ってる時に膝付きながら抱きついてきて私の腿に顔を押し付けてくる甘えん坊のあの子のことなんか、お前なんかに絶対教えるもんかね!」

「なんですって!? なんで教えてくれないの!? 教えてよ! なんで教えてくれないの!?」

「教えるもんかね! 私があの子の頭を撫でる度に浮かべる笑顔を必ず見てたり、一緒に寝る時に必ずあの子の寝顔見てから眠りについてたり、あの目で甘えられたら答えなくちゃいけない気になるなんて……お前なんかに言うわけ無いだろ!!」

「なんで言ってくれないの!? 酷い! 私達将来結婚するのにどうして言ってくれないの!?」

「誰がお前となんか結婚するもんか! お断りだよ!!」

「てめえと私じゃないです! ルーチェと私です!! ルーチェの可愛いところもっと知りたい! そうだ! これではどうです!? ルーチェを私の部屋で同棲させる!」

「誰がお前なんかと同棲させるってんだよ! 私の目が黒いうちはあの子に近づかせないからね!!」

「なんだと! このあまぁー! さっきから聞いてればぁー!」

「なんだい! やろうってのかい!?」

「「うわぁああああ!」」

「あいつ絶対許さない……! よくもルーチェに!」

 あっ! アンジェちゃん!

「光よ! この女を吹き飛ばせ!」

「闇よ! この女を弾き飛ばせ!」


 二人が吹っ飛んだ。ミランダ様があたし達に飛んできた。


 げふっ!

「あだっ!」

「あばっ!」


 あたしとアンジェが下敷きになり、ミランダ様がむくりと起き上がる。


「あのクソ根暗ぁあ……!」

「ミランダぁ……!」

 ミランダ様! お怪我はありませんか! うぐっ! 重たい!

「あの女今日こそ思い知らせてやる……ひっく!」

 ミランダ様! 飲みすぎです! 退けてください! あたし潰されちゃいます!

「酔っ払いには水が一番。タライいっぱい面舵一杯」


 アンジェの水魔法が天井から勢いよく落ちてきて、ミランダ様とジュリアを濡らした。人々が唖然とする。見てたマリア先生が怖い顔で走ってきた。


「ミランダ・ドロレス! ジュリア・ディクステラ! また貴女達なの!?」

「ひっく! はあ、こいつはお開きだね。ひっく! ルーチェ、怒られる前に帰るよ。ひっく!」

 ミランダ様! 大変です! お化粧が崩れてます! ミランダ様が……パンダになってます!

「アンジェ、タクシー」

「私はタクシーじゃありません。呼ばなくたって今夜は学校前はタクシーだらけですよ」

「ああ。そうかい。……なら行くよ! ルーチェ!」

 うわっ!


 ミランダ様があたしの手を掴んでトンズラこいた。マリア先生の怒鳴り声が響き渡る。


「こら! ミランダ・ドロレス! 廊下は走らない!!」

「ああん! 私のルーチェ!」

 ミランダ様! ヒール! 靴!

「あはははは! やぁーい! クソババアー! ここまで来いってんだよ! ばぁーか!」

「ミランダ!!!」

「ひっく!」


 走り去るミランダ様に付き合わされるあたしを見て、アンジェが肩を落とした。


「……駄目だ。これは……」


 誰にも聞こえない声で囁く。


「私が……ルーチェを守らないと……」


 ミランダ様があたしを引っ張って廊下を走る。どこかで迷子になっていたセーレムが合流しあたしの肩に乗る。タクシーは目の前だ。あたし達が走る姿を緑の瞳が確認した。スマートフォンからシャッター音が出た。


 学校祭の余興はまだまだ続く。

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