第17話 学校祭夜の部


「さあ、これからは大人の時間だ。魔法使いもそうじゃない人も関係ない。18歳以上のいけない時間の始まりだ。良い子はお家でお休みよ。でも悪い子は……楽しもうじゃないか!」


 ボーカルがマイクを握り、ロックなジャズを歌い出す。仕上がった酔っ払い達は大喜び。魔法学生が呪文を唱えた。もっと盛り上げるためにバンドが立つステージにスパークラーをつけた。吹き出し花火に人々が歓声を上げる。ステージに上がりたい方はどうぞご自由に。その代わり楽しい見せ物をお願いしてます。オーディションで落ちた魔法学生が枠を狙っている。ここで面白い事をしてやると意気込みながら、またお酒を飲む。


 全校集会で使用される講堂ホールは今夜に限ってパーティー会場に変わる。ダンスの授業の成果は出ているようだ。恋人を作るならダンスのお誘いを。お持ち帰りしたいあのであれば、そうですね、20歳以上の方であればワインはいかが?


「ウイ。どうもありがとう。頂きます。メルシー」


 ホームレスのような女がふらふらと歩き、人にぶつかる。


「ああ、どうも、失礼」

「おい、なんだ、あの女」

「ホームレスが混じってたぞ。ひひっ!」

「まあ、今夜は誰が来ても無礼講か」

「おっと失礼」

「まあ。すみませ……まあっ!?」

「オ・ララ! これはこれはマリアさん。おっと……ここではマリア先生。ボンソワール」

「ジュリア・ディクステラ!? っ、お久しぶりね……」


 二人が握手を交わす。


「まさか、来てるなんて……」

「ウサギ騒動がありましたのでね」

「あれは……ジュリア、結局原因は何だったの? 最近やけに動物の狂暴化が多くて、学生達も不安がってるわ。私達も生徒を守る身だから……」

「ああ、それは警察と魔法調査隊にお任せを。大丈夫。危ないものはもう全部回収してます。学校の周りも、部下達が引き続き見て回ってますので、何卒ご安心を。マリアさん。それにしても本当にお久しぶりです。お元気でしたか? 先程校長先生ともお話ししましてね。いやあ、彼は変わりませんね。相変わらず痛いところ突いてくるクソじじい……ごほん。素晴らしい魔法使いです」

「貴女は何を?」

「私は招待されてますので」

「貴女が? 誰に?」

「運命の人に」

「え?」

「ああ、こっちの話」

「ジュリア、その服装は貴女らしいけど、ちょっと場所を考えたら? 生徒達が驚くわ」

「ひひひ! 貴女に言われてしまったら着替えるしかありませんね」


 ジュリアが足のかかとで地面と二回叩くと、ボロ服がドレスに変わり、マントは透明なストールに変わった。横を通り過ぎた魔法学生がジュリアの美しさに目を奪われ、壁に顔を激突させてその場で倒れた。


「ミランダはどこです? 来てるかと」

「また喧嘩する気? ここでは止めて」

「マリアさん。私は平和主義者ですよ。喧嘩を吹っ掛けてくるのはいつだってあの光オタクで、私じゃない」

「さっきあっちで見かけたわ」

「メルシー」

「楽しんで」

「貴女も」

「ほどほどにね」


 ジュリアがマリア先生の指差した方向に歩いていく。魔法学生が男女問わずその美しさに目を奪われる。一般人は思わず声をかけようとしたがジュリアは大股で歩いて行ってしまった。ジュリアは一直線に向かう。群れた人々の間を潜り抜けると見えて来る。


 真っ赤な顔のミランダ様がカウンターにグラスを置いた。


「空っぽだよ。っく! おかわり出しな! 五秒以内だよ!」

 ミランダ様、飲み過ぎです!

「おい、お兄ちゃん。この子にも酒を作っておくれ。大丈夫だよ。来年になれば20歳なんだから一年くらいサバ読んだって捕まりやしないさ」

 すみません。お水下さい!

「ルーチェ、今のうちに大人の味を知っておきな。酒はね、ひっく! この世の全てを救うんだ。わかるかい? ひっく! 世界を平和にしたいなら、議員を全員酔っ払いにするんだよ。ついでに魔法省の奴らにも飲ませておきな。たちまち世界は酔っ払いで支配され、皆仲良し平和の世界の完成さ。ひっく! 歓声が起きるね」

 ミランダ様、お水飲みましょう。ほら、飲んでください。

「ああ、しらけるね。水なんて。ひっく! 私はね、今夜は久しぶりに酔い潰れるって決めてるんだよ。ひっく! 倒れるまで飲むんだよ。ひっく! ルーチェ、帰りはタクシーだ。私の財布から支払うから、呼ぶのは頼んだからね」

(タクシーってどうやって呼ぶんだろう……。電話すればいいんだっけ……? えっと、スマホ……スマホ……)

「うわ。最悪ですね。間抜けちゃん、そんなの相手にしなくていいですよ」

 わっ!?


 あたしの目が丸くなり、ミランダ様がじろりと睨んだ。


 ジュリアさん!

「ボンソワール。マ・ココット私の可愛い子


 ジュリアがあたしの左手を持ち上げ、笑顔で薬指にキスをした。わあ、今夜はすごく綺麗な恰好。ドレス着てる。ジュリアさんらしくない。……やっぱりこうして見ると綺麗な人なんだよな。……普段が残念なんだよな。特に服装が。


 いつからいらしてたんですか?

「ウサギ騒動があった時に、魔法調査隊として来させていただきました。今は仕事終わりのプライベート」

 あ……お疲れ様です。

「まあ、残りの仕事は部下に押し付けてしまった部分もありますが、まあまあ、何とか間に合ってよかった。間抜けちゃんの間抜けた顔を見られて疲れが一気に吹っ飛びました。今夜は招待してくれてありがとう」

 教室の出しもの見れました?

「ああ、廊下をぐるりと回りましたがね、若い子達がはしゃいでる姿ってとっても素敵。ぜひゆっくり見たかったのですが、ついさっきまで仕事でしたもので、魔法石が残ってないか探すのだけで手いっぱい」

 ……やっぱり魔法石だったんですか?

「どこで可愛いウサギ達は見つけてしまったんでしょうね? あるいは……客に紛れた誰かがやった犯行なのか……」

 ……。

「ま、そんなことはさておいて」


 ジュリアがあたしの隣の席に座った。


「間抜けちゃん、何か食べました? お腹空いてない?」

 ああ、えっと、少しだけ……。

「あら、見て。メニュー表にパフェがありますよ。シュークリーム付きですって。ふむ。追加料金ですか。だから注文してなかったんですね? ……奢るので食べませんか?」

 え……。いいんですか?

ビアン・シュールもちろん! 今夜何の為に母校でもない学校に来ているとお思いで?」


 ジュリアがあたしの顎を優しく掴み、自分に向けた。


「全部、一緒の時間を過ごす為じゃないですか。ルーチェ」


 ミランダ様がグラスに入ってたお酒をあたしの隣にいたジュリアに無言でぶっかけた。あたしは青い顔になり、ジュリアは濡れた前髪越しから片目を痙攣させた。


「あーーーーーーやってくれましたねぇ……」

 ミランダ様! まじで飲み過ぎです!


 振り返ると、ミランダ様の腕があたしの肩に回り、グイ、と抱き寄せられた。


(えっ)

「人の弟子に色目使ってんじゃないよ。この泥棒猫」


 ――ミランダ様に……片腕で抱きしめられてる……?


(ぴゃあああああ!! お胸が柔らかいぃいいい! ……あと、お酒臭い……)


「あーあ。弟子が離れてしまうからって、そうやって力づくで拘束して束縛するなんて、なんて可哀想な人でしょう」

「なんだって? もういっぺん言ってごらん」

 ミランダ様!

「ええ。何度だって言いましょう。そうやって力づくで押さえつけておかないと弟子が離れてしまうから乱暴に扱うんですよね!」

「誰が乱暴だって?」

「その手が乱暴だって言ってるんです」


 ジュリアのピアスが揺れた。ミランダ様がはっとした。あたしはいつの間にかジュリアの腕の中に納まっていた。あれ!? いつの間に!?


「可哀想な間抜けちゃん。暴力的な師匠に弟子入りしてしまったが故に大変な思いをしてしまって……。私なら、そんな苦労絶対にさせないのに」

 ひゃっ。


 頭を優しい手で撫でられる。


(……ん? ジュリアさん、なんか今日……甘い匂いがする……。……良い匂い……。……あれ……? なんか……嗅いだら……ぼうっとして……)

「ルーチェ、酔っ払いなんてここに置いて行って、今夜は私の部屋に来ませんか? 大丈夫ですよ。……今夜は、手を出しませんから」

「ジュリア」


 ミランダ様がヒールで地面を叩いた。ジュリアがきょとんとした。あたしはいつの間にかミランダ様の腕の中に納まっていた。


「誘惑の香水をつけてきたね。なんて女だよ」

「誘惑だなんてとんでもない! ひひっ! 誘いに乗るか乗らないかは間抜けちゃん次第ですよ。ねー?」

 ミランダ様……なんか……あたし……ぼうっとして……。

「ルーチェ」


 ミランダ様が指で仕草した。席、交換。


「あ、はい」


 あたしとミランダ様が席を交換した。ジュリアが顔をしかめる。


「なんですか。お前なんかに用はないんですよ。退け」

「シラフのお前は何を考えてるかわからないからね、一先ず酒の一本でも飲んで本性出しな。話はそこからだよ」

「はっはーん? 私にお酒を飲めと? 明日も仕事の私に、お酒を飲めと?」

「なんだい? 潰れるから飲みたくないのかい? はっ! そうだったねぇ! お前、酒はめっぽう弱いもんねぇ!」

「そこのお兄さん」


 ジュリアが手を挙げた。


「ボトルを」


 30分後。


「私はね! ひっく! 色んな魔法使いと! ひっく! 会食に出掛けたりしてるんでね! ひっく! お前なんかよりもお酒は強いんれすよ!」

「呂律が回ってらいじゃないか! ひっく!」

「お前だってしゃ、しゃっくり、してるらろ!!」

「あーーん!? なんらってーー!? 聞こえないねぇーー! ひっく!」

「うるさいんだよ! この光オタクぅーーー!」

「だったら黙ってな! この根暗ぁーーー!」

「なんれお前なんかと話さなきゃいけらいんれすか! 私はね! ひっく! わぁたしのルーチェと話したいんれす!」

「ルーチェは私の弟子だよ! ひっく! 話したいなら私から許可をもらうんらね! ひっく!」

「どーーしてお前なんかの許可もらわないといけらいんれすか! ひっく! 未来の嫁ですよ! わたすぃのね!!」

「女同士で結婚するってのかい!? 気持ち悪いね! 気持ち悪いよ! 私の弟子を、ひっく! 変な道に連れて行くんじゃないよ! 去れ! 散れ! 消え失せな!」

「なんれそんなこと言うんれすか!? 私だって傷付くんれすよ!? ひっく! だからお前なんて嫌いなんれすよ! 言っておきますけどね! ひっく! ルーチェは私のものですからね!」

「いつルーチェがお前のものになったって!?」

「生まれた時からですぅー! 運命ですからぁー!」

「誰が運命だって!? はぁー!? 誰がこの手で育ててる弟子をお前みたいな根暗に渡すってんだよ! ふざけんじゃないよ!」

「正直仰いな! どーーせ大して可愛がっても、ひっく! いないんでしょう!?」

「しぃ、ひっく! 知ったようなこと言うんじゃないよ! ひっく!」

「私だったら!? す、す、すこぉぶる可愛がりますけどね! それはそれは、頭のてっぺんから指先まで! どもり癖のあるあの愛しい唇に優しいキスだって出来ますよ! まあ!? お前には無理でしょうけどねーーーー!」

「なんだい!? お前! やろうってのかいーーーーー!?」

「上等だ! てめえ! こらぁーーーーーー!!」

「今日こそそのムカつく顔ぶん殴ってやるからね!!!」

「こっちの台詞ですよ!!!」

「「うわああああああああ!!!」」


 二人がボカスカやってる間に、あたしはパフェを食べていく。


(付属のミニシュークリームうま……)

「ルーチェ」


 振り返ると、アンジェがあたしに微笑みかけていて……あたしの隣りにいる酔っぱらい達を見て顔をしかめた。


「何。子守り?」

 アンジェちゃん。

「なんでジュリアさんがいるの? 火に油じゃん」

「妖怪わかめ前髪女ぁー!!」

「メイク落としやがれ! 妖怪のっぺらぼうがぁー!」

「「うぎゃああああああ!!」」

「ルーチェ、こっち来て話そうよ」

 あ、ちょっと待ってて。


 あたしはパフェを食べきって席を立った。楽しそうな二人は残していき、アンジェと窓辺に歩いていく。


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