第15話 孤独な闇の魔法使い
翌日、あたしは今まで以上にやる気に満ち溢れていた。
(よーし! やるぞー!)
昨夜のミランダ様の光魔法は本当に素晴らしいものだった。あたしもミランダ様を見習って、恥のない弟子として調合薬くらい作れるようにならなければ!
(えーと、この薬草が先でー……これが後で入れるものでー……このまま五分煮込む……。……この間は何があっても絶対に何も入れちゃいけない。ふむふむ。絶対入れちゃいけないんだな。OK、OK。……あれ、これなんだろう? ……あ、これが先に入れなきゃいけないやつか。ふーん。じゃあ今入れよう。それ)
調合室が爆発した。セーレムがびっくりして読書中だったミランダ様の膝の上に逃げ込んだ。
「ミランダ! 大変だ! 調合室で花火が起こったみたいだ! ああ、大きな音怖いよ! 俺、まじで大きい音駄目なんだよ! ミランダ! 優しい手で俺の耳を塞いで! 早くぅ!」
「ルーチェ、ちゃんと掃除するんだよ」
「げほげほっ……!」
真っ黒になったあたしはドアと窓を全開にし、部屋から出てきた。
あたし調合は向いてないです……。
「向いてなくても小テストがあるんだろう? 頑張りなさい」
また材料買ってこないと……。
「ついでに壊れたフラスコも頼むよ」
ぐぬぬ……。手順通りやってるはずなのに……。
「手順通りやってたら爆発なんかしないよ」
やってますもん……。
「お前ね、ちゃんとチェックしてるのかい?」
してますもん……。でも教科書が見づらいんですもん……。教科書作った人が悪いんです……。ミランダ様も見たらわかります……。超見づらい。あの教科書……。
「一回ノートに書いたりしてるかい?」
……。
「見てわからないなら書くんだよ。なんでそんなこともしないんだい」
……見てわかると思ったので……。
「お前はメモもなしにお使いに行くのかい? 四歳の子供だって、ちゃんとメモを手に持ってスーパーまで行くんだよ。買い忘れがないようにね」
手元には……教科書がありました……。
「見てわからないんだろ? 工夫するんだよ。書くんだよ」
知らないですよ。そんなの……。
「知らないで終わらせるんじゃないよ。だからお前はいつまで経っても間抜けなんだよ」
なんでそんなこと言うんですか……。あたしだって傷付くんですよ……。
「嫌ならやればいいだろう? 弱音ばかり吐くんじゃないよ。うるさいね」
(畜生! 口うるさいクソババアが!! 自分がわかるからって好き勝手言いやがって!! あたしの苦労も知らないくせに!! ADHDなりに頑張ってるじゃん!! ちょーーーーっとくらい褒めてくれたっていいじゃん! ふんだ!! ミランダ様のばーか!! 今夜のご飯は人参付きシチューにしてやるから!)
「ルーチェ、お使いに行くならルーチュー買ってきてよ。俺早くあの味に会いたいんだ」
ちょっと休憩させて……。……ミランダ様、一緒にお茶でもどうですか?
「ああ、出しとくれ」
はーい。
あたしがキッチンに歩き出そうとすると、屋敷のベルが鳴った。あたしは方向転換する。
はーい。ただいまー!
セーレムが興味深そうにあたしについてきた。ミランダ様は読書を続ける。あたしは扉を開いた。そして――突然の訪問客に、きょとんとした。
「ボンジュール。間抜けちゃん」
あ。
笑顔で手を振るジュリアに、あたしは呟いた。
「ジュリアさん」
「懲りないねえ」
あたしの後ろからぬっと現れたミランダ様がジュリアを睨んだ。
「何の用さ」
「オ・ララ。怖い顔。そんな目で見つめてこないで。怯えて震えて涙が出ちゃう」
「ルーチェ、リビングに戻りな」
「あ、はい」
「ノン。実はお二人に大事なお話があるんです」
「何の用さ」
「ここではちょっと。ですので、まあ、シュークリームも買ってきたので中に入れてくださいな」
(……あ!)
あれはまさか! 美味しい甘い『やとのき』の期間限定シュークリーム! 数も限られてて並んでも絶対売り切れちゃう、滅多に手に入らないやつ!
(……食べたいけど……)
あたしはじっとミランダ様を見つめた。
(ミランダ様……怒ってるし……駄目だよね……)
「物で釣ろうってのかい? どうせこんな森に誰も来やしないよ。ここで話しな」
「ミランダ、大事なお弟子さんはそうは思ってないようですよ?」
「は?」
ミランダ様があたしに振り返った。あたしははっとした。
(べ、別に、食べたくありませんよ!? あたし、平気ですよ!)
じっ! とミランダ様を見つめる。
(別に……食べなくたって……平気です……!)
「……」
(あたし……平気です……!)
「……はーあ……」
ミランダ様が道を開けた。
「要件だけ言ってさっさと帰りな」
「わーい! お邪魔しまーす!」
(っしゃーーー! やったー! シュークリーム!)
「ルーチェ、紅茶淹れな。二人分でいいよ。わかるかい? ジュリアの分は無しだよ」
「ノン! お茶の一杯も出さないなんてケチな魔女ですね! 間抜けちゃん、一杯でいいから淹れてくださる?」
あ、もちろんです!
「あ、シュークリームどうぞ」
お茶の準備してきます!!
あたしはルンルンで杖を振った。
「さあ、奏でよ。三時のおやつ。指揮者はあたし。演奏は君達!」
シュークリームと紅茶が並んだテーブルにあたし達が並ぶ。テーブルの下でセーレムが構える。
「落ちてくるかもしれない……。甘くてふわふわしたものが……。緊張の一時……。ああ、胸がどきどきする。でも俺は諦めない……。絶対諦めない……! いつかおやつが落ちてくるその時まで! ふーう!」
「で、要件は何なのさ」
「お話は三つあります。まずは魔法石について。近頃魔法石の影響で動物が凶暴化している事件が本格的に多くなってきました。何か情報があれば速やかに魔法省に連絡を」
「一週間に一回くらいは起きてるんじゃないかい? 魔法省は何やってるんだい」
「すみませんねえ。これでも調査はしてるんですよ。ただ、本当に昨日のことと言い、調査隊は使えない人材が増えてしまいました。一度教育を見直す方針と同時に、調査も強化していく予定です」
「魔法石は増え続けてるのかい」
「ええ。それはもう」
ジュリアがため息を付いた。
「またいくつかお渡しするかもしれません。その時は何卒ご協力を」
「ふん。お前の態度次第だよ」
「まーあ。頭下げに来てるのに見たー? 間抜けちゃーん。今の見たー? 酷くなーい? 今の冷たい言い方。やばくなーい? 酷くなーい? ありえなくなーい?」
(やっばい。まじでこのシュークリーム美味い……)
「動物が凶暴化したって私には関係ないけどね……昨日みたいなのはもう二度と御免だよ」
「ああ、魔法を同調していただいた件、誠にありがとうございました。あれで私の魔法が薄まって誰も精神病院行きにはなってませんし、気も触れてないそうです」
「この子から聞いたよ。……ルーチェも手伝ったそうじゃないか」
「ええ。……非常に助かりました」
ジュリアが微笑んだ。
「そこで、まあ、これが要件二点目」
「ん」
「この子、闇魔法に関しては天才ですよ」
あたしは紅茶を飲んだ。
「他の魔法は正直ぽんこつです。ぽんこつ以下。ミジンコ以下。なのに、闇魔法に関しては凄まじいものを感じました。私の見る目は正しかった。光に関してはこの子は間抜けちゃんですが、闇に関してはど天才です。逸材とも呼べるでしょう」
ミランダ様がジュリアを静かに睨んだ。
「光魔法使いにするのはもったいない。こんな素晴らしい才能を捨てるなんてあってはいけません」
セーレムがあたしの足元にやってきて、顔を覗いてきた。ルーチェ、甘いの落とさねえかな!
「ミランダ、彼女の未来を考えたらここは私が引き受けるべきだと本気で思います。この子、闇魔法であれば……すごいことになると思いますよ」
「……だそうだよ」
ミランダ様とジュリアがあたしを見た。
「お前はどうしたい? ルーチェ」
「闇魔法は興味ありません」
あたしは迷うことなく微笑んで答えた。
「興味のないことをするのは辛いです」
わかってる。あたしに光魔法は向いてない。得意なものは闇魔法。わかってる。でも、だとしても、たとえぽんこつであっても、あたしはその道に行きたい。光を愛してる。ただ純粋に愛してる。だからこそ、尊敬し、憧れる、敬愛しているミランダ様と同じ道へ行きたい。
「あたし、光が大好きです。だからこのまま……光魔法使いを目指します!」
「……だ、そうだよ」
ミランダ様がどこか誇ったような笑みを浮かべて、視線をジュリアに戻した。
「本人の意志を大事にしないとね?」
すみません。ジュリアさん。
「はあ。非常に残念です。でも人生何が起きるかわかりませんから、いつでも間抜けちゃんが私の部屋に来れるように準備だけはしておきます」
「なんで住み込み前提なのさ」
「ここだって住み込みじゃないですか!」
「お前といたら精神が危うくなるだろ! ルーチェ、何があってもこの女と一緒に住むなんてことはしちゃいけないよ!」
はい! わかりました!
「ちょっと! なんてこと教えるんですか!! 間抜けちゃん! 本気にしちゃ駄目! 君は私といたって平気でしょう!?」
あ、たしかに!
「だからと言って側に置くなんて危険行為は避けるべきだと思うけどね」
仰る通りです!
「ああ……そうそう。丁度この話題になったので、大本命の話と行きましょうか」
「……大本命」
ミランダ様が腕を組み直した。
「なんだい」
「間抜けちゃん、君も聞いて。とても大事な話なので」
あ、はい。
(なんだろう……)
ジュリアが真剣な顔であたしを見る。
(すごく真面目な話なんだ。なんだろう。集中して、よく聞いておかないと)
「実はですね、本日来たのはこの話をしたかったからなんです」
ジュリアがミランダ様を見て、――あたしに体を向けた。
「ルーチェ・ストピドさん」
百本の薔薇の束を差し出された。
「私と結婚してください!!」
――ミランダ様が呆然とした。
――あたしはぽかんと口を開けた。
――セーレムが落ちてきた花びらに反応して、両手でキャッチした。
「……」
黙る。
「……」
頭がパニックになる。
「……」
ミランダ様を見た。ミランダ様があたしと同じ顔をしている。再びジュリアに視線を戻した。
「……えっ……と……」
「私」
ジュリアがじっ! と真剣な眼差しであたしを見つめる。
「本気です」
「えっと……」
「結婚したいです」
「えーっと……」
「必ず幸せにします!」
「あの……でも……え……っと……」
「あ、はい。結婚指輪」
「あ」
ばふんと煙が起きて、あたしの左手の薬指に闇色の結婚指輪がつけられていた。ジュリアがその手を取り、あたしの薬指にキスをした。
「大変気に入ったんです。ストピドちゃん」
「えっと……」
「興味は恋をすっ飛ばして、花が芽吹いて愛に姿を変え、今や私は君に夢中です」
「……えー……と……」
「そして君は昨日私に言いました。あたしと一つになりませんかと」
「っ」
息を呑んだミランダ様がテーブルを強く叩いた。
「ルーチェ! お前そんなこと言ったのかい!」
ち、ち、違います! あた、あたしは、あの、魔法を、同調させましょうと言っただけです! 今話してたじゃないですか!
「ああ、なんだ。そういうことかい。……で」
ミランダ様がテーブルを強く殴った。
「なんでこいつはこんなことになってるんだい!」
あたし、何もわからないです!!
「だって考えてごらんなさい。私の側に居て唯一狂わないのは間抜けちゃんだけ。ということは仲良く出来るのも恋愛出来るのも結婚出来るのも間抜けちゃんだけ。つまり、これは神様からのメッセージ。私は誰ともいられなかったわけではない。間抜けちゃんと出会う運命にあっただけだと」
ミランダ様!
「こいつ、孤立しすぎて頭がどうかしちまったんじゃないかい!?」
「というわけです。間抜けちゃん。君を一生大事にします。いいですよ。一つになりましょう。結婚しましょう? あ、結婚式は来週の日曜日。時間は18時。闇が一層魅力的になる夜です」
あわ、あわわ、あわわわわ!
「ルーチェ」
両手を握られ――ジュリアの歪んだ笑顔が近づいた。
「二人だけで幸せになりましょうね……? ええ。それはそれは闇の中で二人だけの世界で……気持ちいい仲良しはっぴーな結婚生活を送りましょうね……。ひひ、いひひひひ……!!」
ぴゃあああああああ! ミランダ様ぁーーーー!
「野良犬がお帰りだよ! 突風よ吹き荒れろ! この女を追い出したまえ!」
ミランダ様の屋敷からジュリアが投げ出された。
「あぶっ! なんてことするんですか! 酷い!」
「黙りな! 二度と来るんじゃないよ!」
ミランダ様が扉を強く閉めた。
「ああ! 全く! 油断も隙もない! 何なんだい! あいつ! 人の弟子に色目使いやがってからだね!」
ミランダ様ぁあ……! あたしまだ結婚したくないですぅう……! ぐすん! ぐすん!
「おいで。ルーチェ。あんな女には二度と関わっちゃいけないよ。全く!」
ミランダ様ぁあ……! 怖かったですぅ! ジュリアさんの目が
「大丈夫だから泣くんじゃないよ。私の目が黒いうちはお前に近づかせやしないからね」
ミランダ様ぁぁあああ! 大好きですぅううう!
「今日のお使いはやめておきな。調合の材料なら屋敷のあるのを使っていいから」
ミランダ様ぁぁあああ! 好きーーーーー!!
その時、窓から手がコンコンコンコン!
「ちょっとー! 追い出すなんて酷いじゃないですかー! プロポーズのお返事聞けてないのにー!」
ぴゃあああああああああ!!
「あいつ、窓を叩いてきやがったよ!」
「私のルーチェ♪ 出ておいで♪ 間抜けた間抜けの私のルーチェ♪ 早く早く出ておいで♪」
悪夢の子守唄を歌ってるぅぅううううう!!
「ルーチェ、ちょっと後ろに下がってな!」
いやぁああ! ミランダ様ぁあああ! 離れちゃいやぁぁああ!
「私のルーチェ♪ 出ておいで♪ 間抜けた間抜けの私のルーチェ♪ 早く早く出ておいで♪」
ミランダ様ぁああああああ!!
「ジュリア! いい加減にしな!! ルーチェがパニックになっちまったじゃないのさ!! こうなったらこの小娘、やかましいんだよ!! どうしてくれるのさ!!!」
「……これ、俺がオチつけた方がいい? ふう。……やれやれだぜ」
ミランダ様に抱きついて泣き叫ぶあたしの頭をミランダ様が優しい手で撫でながら外にいるジュリアに怒鳴っているのを見て、セーレムが首を振った。
(*'ω'*)
足音が響く。
影はマネジメント部に入っていく。
受付担当者が顔を上げて、あ、と声を上げた。
「こんにちは。アンジェ」
「こんにちは」
「どうしたの? 今日はもうお仕事終わったって聞いたけど」
「図書室を使いたくて来ました。ついでにご挨拶をと思って」
「まあ、律儀ねえ! うふふ!」
「お仕事取って頂いているのでご挨拶くらいは」
「流石期待の新人ね」
受付担当者が声を潜めさせた。
「皆言ってますよ。アンジェとアーニーコンビは期待の星だって。貴女に関しては一年で魔法使いに飛び級したんでしょう?」
「……まあ、知識はありましたから」
「ヤミー魔術学校はやっぱり他の学校と比べて、出の魔法使いで有名なのがミランダ・ドロレスくらいしかいないのよ」
アンジェの片目が、ぴくりと痙攣した。
「だから、次に輝ける魔法使いを私達の手で育てたいの。そのためには本人たちの実力と努力が必要ってわけ」
受付担当者が満面の笑顔を浮かべる。
「頼んだわよ。期待のエース!」
「……もちろんです」
アンジェが見えないように拳を握りしめる。
「私、誰にも負ける気ありませんから」
アーニーにも、
「ミランダ・ドロレスにも」
アンジェは強く言い放った。
第四章:孤独な闇の魔法使い END
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