第14話 打ち上がる光の花


 ミランダ様の椅子に座ったセーレムがあたし達を眺めた。


「お土産はルーチューでいいから。行ってらっしゃーい」

「行ってくるね。セーレム!」


 ミランダ様の箒が部屋から飛び出した。あたしはしっかりミランダ様のお腹を掴み、ミランダ様にしがみつく。ミランダ様の箒が雲を目指して登っていく。雲の中に入った。最初は重力がきついけどそこを抜ければ月に照らされる雲の上。ミランダ様とあたしの影が雲に映る。あたしは久しぶりの夜空に胸を弾ませ、夜の風を感じる。


 ミランダ様、今夜は上弦の月ですよ。闇と光が半分ずつです。

「私は満月の方が好きだけどね、半分だけでもやっぱり月は綺麗だよ」

 今日はどんなご依頼なんですか?

「プロポーズ」

 ……そんな依頼も来るんですか?

「美しい景色を見せてから気持ちを伝えたいそうだよ」

 ……花火できそうですか?

「何言ってんだい。この依頼に花火はもってこいじゃないのさ」


 ミランダ様が箒を傾けた。海の方へ進んでいく。


「あまり近い所にいると見られるからね。少し遠くからやるよ」

 わかりました。

「……ルーチェ、私のスマートフォンを取っとくれ」

 はい!


 あたしは斜めに下げていた鞄からミランダ様のスマートフォンを取り出し、ミランダ様に渡す。ミランダ様がスマートフォンを耳に当てた。


「あー、お世話になっております。ミランダ・ドロレスです。今現場に到着しました」

(報告連絡相談。魔法使いになってからも使うんだなあ。あたしもやっぱり今のうちに電話慣れておかないと……)

「ルーチェ、この場で五分待機」

 わかりました!


 あたしは手渡されたスマートフォンを鞄の中に入れた。ミランダ様が箒を動かし、場所や位置の確認をする。今夜はどんな魔法が見られるんだろう。どんな光の花火を見られるんだろう。あたしはドキドキしながらその時を待つ。ミランダ様が空から海辺を眺めた。


「……ああ、あれだね」

 あ、本当だ。


 手すりのあるレンガの道に、男女のカップルがいる。二人共仲が良さそうに話している。


 ミランダ様、ここから魔法使ったらバレませんか?

「私を誰だと思ってるんだい」


 ミランダ様が杖を構えた。


「ルーチェ、よく見てな。大きいのを上げるよ」


 あたしはミランダ様にしがみつきながら、見ることに集中する。

 ミランダ様が大きく息を吸って――呪文を唱えた。


 さあ――魔法を始めよう。


「愛を育てる景色に一つ、私の光を一振りしよう。土に潜れ、土に隠れ、海に伝え、空に登れ。大きな大きな花模様。愛の花よ、咲き誇れ」


 あたしは驚愕した。ミランダ様の光が空ではなく、地面に向かって放たれた。光が土の中に潜り、隠れる。しかしその土から道を進んでいき、レンガの下を潜り、海の中を入り、泳ぎ始め、水をなぞり、魚達を潜り、そうしてしばらく進んだ先から、二人がよく眺められるところから――一筋の光が空を登った。


(あ……)


 夜空に大きな光の花が打ち上げられた。


(わ)


 それは本当に花火のように、輝いて、輝いて。


(わあ)


 輝いたら闇に消えて、また花が生まれて輝いて、消えていくけどまた生まれて。


(何……これ……)


 なぜかあたしの視界が歪んできた。


(なんて……)


 花が星のように輝く光の花火。


(なんて……綺麗なの……)


「き、きき、君とずっと一緒にいたいです! ぼ、僕と! けぇ……結婚してください!」


 男が震える声で叫び、ポケットから指輪の箱を取り出し、めちゃくちゃ頭を下げながら蓋を開け、女に指輪を見せた。女が口を押さえ、近づき、男の両手を握りしめ、優しく微笑んだ。男が顔を上げた。二人が泣きながら抱きしめあった。光の花が夜空に輝く。海の近くを歩いていた人までも夜空を見つめる。車で走っていた運転手も車を止めて、思わず見入ってしまう。あたしの目から涙が伝った。美しすぎて涙がこみ上げてきて、胸が熱くなって、悔しいと思う反面、流石ミランダ様だと感動する自分がいて、綺麗で、こんな魔法自分には出せないと思って、こんなの絶対無理じゃん。魔法使いになれないじゃんと思って、それでもいつか魔法使いになってこの光魔法のような光を出したいと思う自分がいて、鼻水をすすらせ、あたしはミランダ様により抱きついた。


 ……ありがとうございます。ミランダ様。本当に……すごいです……。

「あと五分くらい続けるよ。きちんと自分の脳に叩き込んでおきな」


 この魔法は今日で最初で最後。明日になったらミランダ様はまた違う魔法を使って依頼人の希望に答える。毎日違う魔法。これはその一つでしか無い。けれど、なんでこんなに綺麗に出せるんだろう。こんな綺麗な花火は初めて見た。お祭りの花火ももちろん綺麗だし好きだけど、これは火薬の花火じゃない。光の花火だ。だからより一層、あたしの目には美しく見えてならない。綺麗だ。すごく綺麗だ。いつまでも眺めていたい。


(これをぽんって出せたら、オーディションも受かるんだろうな)


 でも、これは無理。


(敵わないなぁ)


 光の花が次々と打ち上げられていく。


(あたしもこんな花火を見ながら好きな人に告白されたいな)

(今は彼氏なんて作ってる余裕ないけど)

(それでもいつか)

(……そうだなあ。いつか、イケメンの彼氏が……こんなあたしでもいいよって言ってくれる彼氏が現れて、結婚して)

(結婚式にはミランダ様は絶対呼ばないと)

(そうだなあ。魔法使い関係者がいいなあ。魔法使いは嫌だけど。できれば魔力を持ってない一般の人で……魔法関係の仕事の事務とかやってる人で……)


 あ、また妄想に囚われてしまった。


(集中。オーディションに関わるんだから)


 今は恋愛をしている暇はない。あたしはこの人から学び、見て、吸収しないと。


(ミランダ様の魔法を記憶に叩きつけて、沢山経験を積んで、いつか……)


 魔法使いになって、この人と仕事するんだから。


「うん。満足そうだね」

 ……。

「支払いは前払いで貰ってるから、このまま帰るよ。ルーチェ」

 ……はい……。

「なんだい。花粉症かい?」

 ミランダ様の魔法に感動したんです……。ぐすん!

「はっ! 当然だよ」

 本当に素晴らしかったです……。ぐすん!

「参考になったかい?」

 めっちゃ自信が失くなりました……! ぐすん!

「ふはははっ! 盗めるとでも思ったかい? 私はミランダだよ?」

 いや、もう、本当に……弟子で良かったです……! ぐすん! 頑張ります! ぐすん!

「お前らしい魔法を作って思い切り見せてやりな。そしたら想いも伝わるものさ」

 はい!!

「帰るよ」

 はい!!


 ミランダ様が最後に夜空にメッセージを残して去っていく。『お幸せに。』


(あたしもプロポーズする時は……ミランダ様にお願いしよう! ぐすん! ぐすん!)


 あたしは涙をぼろぼろ流しながら、箒から落ちないように、尊敬しているミランダ様にしっかりと抱きついた。


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