第五章:優秀な水の魔法使い
第1話 兄の訪問
魔法。
それは、みんなが憧れるもの。
魔法。
それは、娯楽であり、便利な物。
魔法。
それは、魔力を持つ者が使える技。
魔力を使って事を成す者のこと。
それを人は、魔法使いと呼ぶ。
足音が響く。
影はマネジメント部に入っていく。
受付担当者が顔を上げて、あ、と声を上げた。
「こんにちは。アンジェ」
「こんにちは」
「どうしたの? 今日はもうお仕事終わったって聞いたけど」
「図書室を使いたくて来ました。ついでにご挨拶をと思って」
「まあ、律儀ねえ! うふふ!」
「お仕事取って頂いているのでご挨拶くらいは」
「流石期待の新人ね」
受付担当者が声を潜めさせた。
「皆言ってますよ。アンジェとアーニーコンビは期待の星だって。貴女に関しては一年で魔法使いに飛び級したんでしょう?」
「……まあ、知識はありましたから」
「ヤミー魔術学校はやっぱり他の学校と比べて、出の魔法使いで有名なのがミランダ・ドロレスくらいしかいないのよ」
アンジェの片目が、ぴくりと痙攣した。
「だから、次に輝ける魔法使いを私達の手で育てたいの。そのためには本人たちの実力と努力が必要ってわけ」
受付担当者が満面の笑顔を浮かべる。
「頼んだわよ。期待のエース!」
「……もちろんです」
アンジェが見えないように拳を握りしめる。
「私、誰にも負ける気ありませんから」
アーニーにも、
「ミランダ・ドロレスにも」
アンジェは強く言い放った。
(*'ω'*)
あたしは恥を公開する。だから非常に後悔する。こんなことなら子供の頃にもっと牛乳を飲んでおくんだった。夜ふかししないでちゃんと寝るんだった。寝る子は育つ。育った子はすくすく体が大きくなる。あたしの身長は残念ながら15歳で止まった。つまり、どういうことか。
(届かない!!)
あたしは踏み台に乗ってもなお届かない棚に手を伸ばして、震えるつま先を上に向かって伸ばす。
(あたしはバレリーナ! あたしはバレリーナ! 行ける! 行けるって! ここで諦めんなよぉ!)
あああああまじで届かねえぇええええ!
(こんなの魔法を使ったら一発なのにーーー!)
「ふんふんふー……ん?」
商品のポップを作るために事務所に向かっていた気前の良い先輩が震えるあたしの姿を目撃した。そして、大股で近づいてくる。
「ルーチェちゃん、退きな」
「あぐっ……! 先輩……!」
「いいから」
あたしが踏み台から下りると、先輩が踏み台に乗り、ほんの少しかかとを上げただけであたしの目指していた品物を手に取った。
「これ?」
「……それです……。まだ出そうだったので……。ありがとうございます……」
「こういう時はインカムで男手呼んでいいって言ってるじゃん」
「なんか……悔しくて……」
あたしがぎゅっと唇を噛むと、気前の良い先輩がおかしそうに笑った。
「ぐひひひ! まーたそんなこと言って! 全然頼っていいから!」
「いや、だって……なんか悔しいじゃないですか……。魔法しかつ、つ、使えないって思われるのもいやーじゃないですか……」
「いや、それはさ別として、身長的に届かなかったら無理しなくていいから!」
「ぐぬぬ……!」
くそ。悔しい。あたしの身長があと二センチあればよかったんだ。二センチあれば絶対届いたのに……!
「あ、ルーチェちゃん、まだ退勤まで時間ある?」
「ん。まだ平気ですよ」
「ペット用品出してくんない? 今日担当がいないのに納品すげー来てるんだよ」
「あ、わかりました。やっておきます」
「じゃ、頼みますねっと!」
先輩が事務所に入っていった。
(ペット用品か。まあ、あたしも売り場の品出し終わったし、出せる分だけ出して帰ろう)
あたしは倉庫に行き、ペット用品の納品を確認する。わー。これはすごい量。退勤までにどれくらい出せるかなー。出せそうな分台車に乗せて、台車用エレベーターに乗せ、六階のボタンを押す。あたしはエレベーターに乗れないのでダッシュでエスカレーターで六階まで行く。ああ、疲れる……。六階のエレベーターの扉を上下に開けて、台車を取り出す。段ボールが揺れる。中を開けてみると、沢山のペット用品。
(わあー。すごい。ペット用品だ。可愛いー。あ、これセーレムが喜びそう!)
住み込み先にいる黒猫を思い出し、あたしはふふっと笑った。
(わあー。ペット用品楽しいなあ。いつも担当してるコーナーもいいけど、たまには別のコーナーの品出しもいいなー)
あたしはどんどんペット用品を棚に出していく。
(普段はえぐいの触ってるからたまにはこういう純粋なのもいいなー……)
「いや、絶対こっちがいいって。買ってこうや」
「あんまり買い過ぎるとまた怒られるぞ」
「大丈夫だって」
「嫌われるのだけは御免だからな」
「プレゼント渡されて嫌う女なんかいないって。それに玩具はあればあるほどいいだろ」
「どうだかな」
(……ん。なんかいかついおじさん二人が猫の玩具選んでる……。猫飼ってるのかな……)
あたしは段ボールをカッターで切り、開いてみる。あ! ルーチューだ!
(一袋くらいセーレムに買って帰ろうかな)
「……あの、お嬢ちゃん、ちょっといいかね?」
(ん?)
振り返ると、猫のコーナーに立っていたおじさんの一人があたしを見ていた。
「はい。いかが致しましたか?」
「おじさん達ね、これから妹に会いに行くんだけど、妹が猫飼っててさ」
「はあ」
「猫の玩具を探してるんだ。どれがお勧めなのかね?」
「……あー……」
(お勧めか……。人気あるのでいいかな)
「すみません。本日その、担当がいないものでして、あたしでわかる範囲であればお答えするのですが、それでもいいですか?」
「ああ、大丈夫。それでいいよ。お嬢ちゃんのお勧めはどれかね?」
「となりますと……よくレジに並ぶのはこの商品ですね」
「ん。なんだい。これ」
「あ、これ光るやつだ!」
「光るやつ?」
「あ、そうなんです。ここ押すとえる、LEDライトが光って、赤い点が……はい、こんな感じで出ます。それで、こ、こ、これを動かして、猫じゃらしみたいにして遊ぶんです」
「へーえ! こんなのがあるのか!」
「猫ちゃんの目に当てないように注意だけして頂ければ沢山遊べますよ」
「これ、よくレジに来るの?」
「はい。動画投稿サイトでも色んなしゅ、種類を紹介している方もいますので、その影響かと」
「よし、ティタニア、これにしようぜ! 決定!」
「すみません。ありがとうございます」
「とんでもないことです」
(お力になれたみたいで良かった。ここまでしてもお礼を言わない客もいるからな。この人達、顔はいかついけど見た目に反して良い人達だ。よしよし)
「あ、お嬢ちゃん、あれはなんだね?」
「あ、あれは猫ちゃん用のお家ですね」
「すげえ。見ろよ。ティタニア。ふわふわだぜ!」
「……これは流石に」
「よし、買っていこうぜ!」
「兄貴! 怒られても知らないぞ!」
「たまにしか顔見られないんだからいいだろ。これくらい。あ、お嬢ちゃん、ごめん。もう一ついいかね。酒ってどこにあるかな」
「あ、お酒のコーナーはいち、いっ、一階ですね。……氷とかも必要ですか?」
「氷。ああ、氷か……どうする?」
「一応持っていくか。車にクーラーボックスもあるから簡単に溶けないだろ」
「そうだな」
「ご案内しましょうか?」
「あ、頼めるかね」
「はい。もちろんです」
ご案内もお仕事ですから。あたしはお酒コーナーと氷の置いてある場所を案内した。いかついおじさんが笑顔になる。
「ありがとうなあ。お嬢ちゃん。助かったよ」
「いいえ。ここのお店ごちゃごちゃしてて探しにくいので」
「いや、本当に助かったよ。ここの店は初めて来たもんでさ。それで……お嬢ちゃんはいくつかね?」
「兄貴! セクハラだぞ!」
「あー……19です……」
「わっ、19歳か! じゃあ流石にお酒のお勧めは聞けないな! あっはっはっはっ!」
「兄貴、いい加減にしろよ。……悪いね。この馬鹿、気にしなくていいから」
「ああ、大丈夫です」
「案内してくれてありがとう」
「いいえ。失礼します」
(……あ、退勤時間。はあ。客の相手してたらあっという間に時間が過ぎる。品代し終わってないの申し訳ないな)
あたしは倉庫に台車を片付け、事務所に入った。中ではパソコンの前で気前の良い先輩がポップ作成に取り組んでいた。
「上がります。先輩」
「おー、おつかれー!」
「す、すみませんが、品出し終われなくて……」
「ああ、いいよいいよ! 明日担当がやればいいから!」
「すみません」
「お疲れ!」
(はあ。疲れた疲れた)
電車に揺られながらスマートフォンを開き、耳にイヤホンをする。動画投稿サイトを開き、『花火』と検索する。
(学校祭のパフォーマンス助っ人メンバー選抜オーディションまでもう少し。出来る限り課題の『花火』を研究しないと)
今のあたしに課せられた課題はそれだった。学校祭で行われるパフォーマンス。これは学校祭役員であるアーニーともう一人、――あたしがお世話になっているミランダ様の元弟子であるアンジェが行うことになっている。そして学生はその手伝いをすることが出来る。この選抜メンバーに選ばれさえすれば、滅多に会えないマネジメント部に自分をアピールするチャンスであるし、何より……。
(あたしの自信に繋がる)
どんな小さなものでもいい。経験をとにかく積みたい。学生のうちは魔法使いの仕事を行えないからこういうところで経験を積むしかない。そして経験を積めば、きっと……あたしはアンジェちゃんに、胸を張って自分がミランダ・ドロレスの弟子であると言える気がするのだ。
(ミランダ様もよく仰ってる。やるしかない。見るだけじゃ駄目だ。これを見て、この形を思い浮かべて、実際魔法を使う。数をこなす。ある程度出来るようになったらこれでいいか録画してみる。発音はどうだ。イメージ通りに魔法は出来てるか。これは本当に基本中の基本だ。あたしはやらないといけない。とにかくやるしかないんだ)
電車から下りて帰路を歩く。森に入ってから杖を取り出し、唱える。
「光よ花を作り出せ。形はそうね、こんな形」
あたしがこんな形と思った花火が杖から小さく打ち上げられた。
「光よ花を作り出せ。形は二十歳。成人式」
成人式っぽい光の花火が杖から小さく打ち上げられた。
(これでいいのかな……?)
迷ったら切りがない。これは? あれは? と色んな案が出てきて、やっぱりこっち。いや、あっちとなって、意味がわからなくなってしまって、結局どうでもいいやになってしまう。どうでも良くないのだ。こればかりはちゃんと答えを見つけないといけないのだ。これでいいのか。他にあるのか。でも、今からだと時間も……。
(……一度ミランダ様に相談しよう。こういう時は相談するのが一番だ)
ミランダ様の屋敷の明かりが見えた。あたしは杖を振って光を動かす。どんどん進んでいくと……きょとんとした。
(あれ? 車がある)
こんな森に車だなんて珍しい。
(お客様かな)
あたしは杖をドアに向けた。
「オープン・ザ・ドア」
扉を開けてみると……男の笑い声が聞こえた。
「はっはっはっはっ!! セーレム! プレゼントはダンボールじゃなくてこっちだっての!!」
「でも俺! このダンボールも気に入ったよ! いや、一番気に入ったよ!」
(わあ、セーレムがはしゃいでる。……あたし入って大丈夫かな?)
あたしがドアを閉めると、笑い声よりも低い男の声が叫んだ。
「あ! 帰ってきた!」
手を洗おうと洗面所に歩いてると、リビングからセーレムがハイテンションで走ってきた。
「ルーチェ! お帰り!」
ただいまー。
「ミランダー! ルーチェが帰ってきたー!」
手を洗ってるとミランダ様が大股で洗面所に歩いてきた。あたしの姿を見て、うなだれてため息を吐くミランダ様を確認し、きょとんとする。
お客様ですか?
「いきなり来やがったもんでね……。ルーチェ、酒のつまみっぽいの、今からお使い頼めないかね」
あ、冷蔵庫空っぽだと思ったので、色々買ってきてますよ。おつまみであれば……チャーシューとかチーズとか……あるもので何か作りましょうか?
「ミランダー! 早くお弟子ちゃん紹介しろよーーー!」
「兄貴! やめろって! ミランダに嫌われたら兄貴のせいだからな!」
……。
「事前に連絡しろって言ってるんだけどね。……兄共だよ。この間話してた。……挨拶だけしてくれるかい?」
もちろんです! ぜひご挨拶させてください!
「大丈夫だよ! 俺! 空気を温めてくるから!」
ハイテンションのセーレムがリビングに走っていった。リビングからまた笑い声が聞こえる。ミランダ様が顔を押さえた。
「……悪いね。今夜はこんな感じだと思うよ」
明日二限目からなので大丈夫です。それに、ミランダ様のお兄様方がいらしてるなんて、またとない機会じゃないですか! ……あたしが粗相をしなければいいのですけど……。
「そういうの気にしない奴らだから大丈夫だよ。来なさい」
はい!
ミランダ様がリビングに向かい、その後ろからついていく。あ、体の大きな男が二人、にこにこしながらセーレムと遊んでる。ミランダ様があたしを中に入れた。
「ちょいと二人共」
あ、弟子のルーチェ・ストピドともう……。
二人の男が振り返った。
(あれ?)
「「あれ!?」」
二人があたしに指を差した。
「待って! さっき店にいた子!!」
「だよね?」
……猫コーナーにいた……。
「そうそうそうそう!」
「えー……こんなことあるんだな」
「すげえー! お嬢ちゃん! また会えたね!」
「……」
ミランダ様があたしを見た。
「バイト先に来てたのかい」
あ、なんか猫のグッズ欲しいとかで……あとお酒も。
「こいつはたまげたぜ! ティタニア! 俺達ミランダのお弟子ちゃんに色々案内してもらってたんだぜ! お嬢ちゃん、さっきはありがとうな!」
(……冷たい態度取ってなくて良かったー)
あたしはソファーに座る二人よりも頭の位置を下にするため、ソファーの前に膝を立てる。
改めまして、ルーチェ・ストピドと申します。ミランダ様の元で魔法の勉強をさせて頂いております。
「ああ、そんな堅苦しいのいいよ! ルーチェちゃんね! また会えて嬉しいよ! おじさんのことはオベロンおじちゃんでいいからね!」
「兄貴。……初めまして。ティタニア・ドロレスです。さっきはどうもありがとう。本当に助かったよ」
お力になれたのであれば良かったです。
「ルーチェ! 見てこれ! 俺貰ったの!」
セーレムがダンボールにあたし達の周りを走り、飛び込み、ダンボールに華麗に入った。
「これ貰ったんだ!! いいだろ!」
「セーレム、だからプレゼントはこっち! ほら、お家可愛いじゃないか!」
「それは後で貰っとくよ! 俺こっちの方が気に入ったんだ! 体がフィットするもんでさ!」
お家を撫でるオベロンにセーレムが言い、お家を入れていたダンボールをこよなく愛する。ああ、いいな。動画作りたいな。タイトルは『違う。そっちじゃない。』
おつまみ用意するのでお酒飲んでてください。
「ティタニア、最近の子は気が利くな。ありがとう。ルーチェちゃん」
いえいえ。
「というわけだ! ミランダ! 飲むぞ!」
「うるさいよ。飲むのはいいけど静かにしとくれ。近所迷惑だよ」
「どうせこんな森に誰も来ねえだろ!」
「ミランダ、すまないね。頼むからお兄ちゃんのことは嫌いにならないでくれよ」
「いいから先飲んでな。兄さん達が集まると本当にやかましいんだよ。オベロン兄さんに限っては従業員にその姿見せてやりたいよ」
「やめろよぉ! 職場では真面目な無口ダンディでやってるんだからよぉ!」
「最近どうなんだ?」
「最近はそうだなー。北方区域辺りに支店建てたんだけどよ、まあー、大変だよなー。俺が責任者だから俺もいなきゃいけないし。でもそうなると本店の方がさ……」
(難しい話になりそう。あたしはとっととおつまみ作ろうっと)
ミランダ様も突然の訪問客に呆れながらも、心から嫌っていうわけではなさそう。
(……仲良いんだろうな。羨ましい)
……一時間後。
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