第2話 アンジェ・ワイズ


(ふわああ……眠い……)


 欠伸をしながら学校の廊下を歩く。


(昨日の角煮は上手くいったなあ。美味しかった。今夜はアルバイトがあるから次に夕飯を作る時の為のメニューを今のうちに調べておかないと……ん?)


 あたしは人が集まる掲示板を見つける。


(なんだろう)


 あたしは少し離れたところから掲示板を覗く。よく見えない。人が退いた。あ、ここに入ろう。あたしはその隙間に入ると掲示板をよく見てみた。


 ■学校祭のお知らせ

 生徒の皆様、魔法の勉強は楽しんでますか?

 今年も第13ヤミー魔術学校の学校祭を開催します。

 教室の出し物の他に、今年も選抜でイベントのパフォーマンス協力メンバーを決めたいと思います。申請する方は申込用紙を記載の上、職員室に提出に来てください。


(協力メンバー)


 アーニーとやった司会進行役を思い出す。


(……今までだったら、どうせ選ばれないと思って素通りしてたけど……)


 あたしは手を伸ばした。


(やりたい)


 あたしは申込用紙を掴んだ。


(選ばれたい!)


 あたしは申込用紙を両手でしっかりと持ち、眺めた。


 ■申込用紙

 ・氏名、年齢、クラスを記載して発表日の前日までに提出してください。

 ・年齢は問いません。誰でも参加してください。

 ・学校祭役員のような立場となる為、学校祭に合った服装を意識してください。コスプレ、着ぐるみ可。

 ・以下の課題をお見せください。


 課題:学校祭で打ち上げられる花火。魔法の種類は問いません。


(ってことは、光魔法で花火を見せてもいいってこと? 風でも、水でもいいってこと?)


 自由に魔法を使って空に打ち上げられる花火を見せればいいってこと?


(わあ、何それ。楽しそう! なんで今までやらなかったんだろう! 11年もここの学校にいたのに!)


 あたしは忘れないうちにスラスラと名前と年齢とクラスを書いて、職員室に向かった。扉を開けると――中から帽子を被った魔法使いが歩いてきた。


(うわっ! 魔法使いだ!)


 魔法使いの少女が微笑んだ。


「おはようございます」

「お、おはようございます!」


 あ、この子、顔見た事ある。きっと美人だから覚えてるんだ。美人は殺したくなるほど嫌いだから印象に残りやすいだよな。道を譲ると少女が会釈をしながら歩き、その後ろから――。


「あれ? ルーチェ!」

「あっ」

「わあ! ルーチェだ! 久しぶり! 久しぶり!」

「アーニーちゃん!」


 口元が緩むと、アーニーが満面の笑みで手を握ってきて、上下にぶんぶん振り回される。


「この間パルフェクト様の授業、ルーチェのお陰で見学できたよ! ありがとう! まじでありがとう!」

 ああ、それは良かった……。

「職員室に用事?」

 あ、うん。ちょっと……。その……、学校祭の申請用紙出しに……。

「え!? ルーチェもオーディション参加するの!?」

 ん……。選ばれるかわからないけど……アーニーちゃんとやったイベントの挽回が出来るかなって……。

「わあああ! 頑張って! 私もルーチェとやりたい!! もし選ばれたらまた一緒に出来るよ!!」

 え?

「アーニー、困らせないの」


 声を上げた少女があたしを見て微笑み、手を差し出した。


「アンジェ・ワイズです」

 ルーチェ・ストピドです。


 握手する。アンジェの手は温かい。


「何歳?」

 19歳。

「タメでいいよ。私は18歳」

 あ、一個差なんだね。……魔法使いになれたんだ。すごい。

「ええ。有難いことにね」

「あーーー!」

 わっ。

「アーニー、近所迷惑! 急に大きな声を出さない。暴れない。喚かない」

「アンジェ、ルーチェだよ! 前に言ってたの!」

「え?」

「ミランダ・ドロレス様のところで訓練し……!」


 あたしはアーニーを壁に押さえつけて口を塞いだ。廊下を歩く人達があたし達を不審な目で見て来る。生気のない目を浮かべながらアーニーの耳に低い声で囁いた。


 言っちゃいけない事だって言ったよね……?

「もがっ! もがっ!」

 弁解の猶予ほしい……?

「むが! むが!」

 どうぞ。


 頷くアーニーを離すと、アーニーが一度息を吐いて、声量を抑えて言った。


「ルーチェ、あのね、アンジェは別なんだよ!」

 何が別なんだよ!?

「アンジェもミランダ様のところで訓練してた時期があるの!」

 ……え?


 思わずアンジェを見ると、アンジェもあたしと同じ顔をしてあたしを見ていた。アーニーが誇らしげにアンジェとあたしの間に入る。


「そうだよ。ルーチェ! アンジェはね、学校に入る前、ミランダ様のお弟子様だったんだよ! えっへん!」

 ……弟子……?

「すごいでしょ! えっへん!」

「なんでアーニーが胸張ってるの? それに……もう過去のことだから」


 アンジェがあたしをもう一度見た。


「ルーチェは弟子? 生徒?」

 ……えーと……、……。……まあ、……見てもらってる。

「大変でしょ。あの人」

 ……でも、……優しいよ。すごく。

「甘いよね」


 手の指がピクリと揺れた。


「甘すぎて話にならないんだよね。あの人」

(……は?)

「でも、ルーチェには良いかもしれないね。その喋り方だもん」

 ……。

「……あー……アンジェ……」

「それ、何か持病?」

 ……よくわかったね。吃音症。軽度だけど。

「あ」


 一瞬、アンジェが止まり、あたしをじっと見た。


「……そっか。……大変だね」

 ……まあ。

「ごめんね。……責めたいわけじゃないの。そっか。吃音症か。……本当に大変だね」


 アンジェが眉を下げてあたしを見つめ、さっきよりも優しい声を出した。


「よく魔法使いになろうと思ったね」

 ……まあ。

「そっか。ルーチェだったんだ。アーニーからミランダ・ドロレスのところで訓練してる友達がいるって話は聞いてたの。……大丈夫。多分私以外には言ってないから」

「言ってないよ!」

「……あとでちゃんと釘刺しておくから」

 ……お願いします。

「私悪くないもん! むんっ!」

「でも……ルーチェ? 先生にミランダは良くないと思う」

 ……(『様』付けろよ……)。

「ルーチェもミランダの側にいてわかるでしょう? あの人、評判こそ良いけど蓋を開けてみたら大したことないじゃない?」

 ……そうかな?(いいや? すごい人だけど? あたしが見てきた魔法使いの中で一番尊敬してる人だけど?)

「あー、じゃあまだ見てないんだね。あの人の魔法とか、あの人の生活とか、生き様とか。あのね、もっとすごい人いっぱいいるんだよ? なのにあの人は、過去の栄光に乗っかって胡坐かいてる」

 あー……。(かいてないよ。今だってこの時だって夢中になって魔法の研究してるんだから)

「だからね?」


 アンジェが笑いながら言った。


「私は自分から弟子辞めたの」


 あたしは耳を疑う。


「『あんな人』といても仕方ないから」


 アンジェがあたしの腕に触れ――真剣に哀れんでいる目を向けた。


「同情するよ。ルーチェ。本当、可哀想」

 ……。

「あ、そうだ。せっかくだから連絡先交換しよう? 反面教師が同じ仲間ってね」

 ……うん。ありがとう。


 あたしとアンジェがお互いの連絡先を登録し合った。アイコンに『白猫』が写ってる。


 猫好きなの?

「うん。……これルーチェが撮ったの?」

 うん。

「すごいね。どうやって撮ったの?」

 部屋暗くして、自分で光生み出して。

「……これすごいね。……本当に綺麗……」

「そうなの! ルーチェはね! 写真撮るの上手なの! すごいでしょ! えっへん!」

「アーニーうるさい。……セーレム元気?」

 ……うん。元気。ずっと喋ってる。

「陽気だよねー。ミランダの使い魔って感じ」

 ……使い魔?

「あれ? 知らなかった? ミランダの使い魔だよ? セーレム」

 ……そうだったんだ。初耳。

「そうなんだ」

 ……喋る猫なんて、おかしいと思った。

「ルーチェ、……本当に困ったことがあったら相談して? ミランダから学んでるからこそ話せる話もあるだろうし」

 ……うん。ありがとう。

「あんな魔法使い、ある程度教えを貰ったら離れた方が良いよ。自分の為にもね」

 ……。

「私はミランダ様すごいと思うけどなぁー!」

「アーニーは見てないからそう言えるんだよ」

「何さ! 知ったかぶっちゃって! ルーチェと急に仲良くなっちゃってさ!」

「『先生仲間』だからね」

「むんっ!」


 アーニーがあたしの腕に抱き着くのを見て、アンジェが肩をすくませた。


「私達ね、デビューした時期が同じで、今組まされてるの。この後も一緒のお仕事があって」

「ペットのわんちゃん捜し!」

「飛行魔法でね」

 そうなんだ。すごいね。

「でね、学校祭役員も私達でやってほしいって言って頂けて」

 え、……そうなんだ。

「そうなの!」

「選抜メンバーを選ぶのは先生達だけどね。だから頑張って、ルーチェ。せっかく知り合えたんだから、ルーチェがどんな魔法使うか見てみたいもの」

 ……。うん。あたしも……アンジェちゃんの魔法見てみたい。

「アンジェはね! 水魔法使いなんだよ!」

「なんでアーニーが説明するの?」

「ミランダ様が嫌で、光魔法やめちゃったんだって! 私は勿体ないと思うけど!」

「光魔法よりも水魔法の方が面白いよ。……好きなの。水魔法」

 ……うん。好きな魔法ってあるよね。……よくわかる。

「ルーチェは何? 目指してるとこ」

 ……光魔法。

「そうなんだ。……人気あるよね。……大変みたいだよ。皆なりたがってるから」

「マネジメント部の人が言ってたんだけどね、今は光魔法よりも闇魔法使える人が欲しいんだって」

「闇魔法も人気あるけど簡単に使えるものじゃないし、目指してても諦める人多いんだよね。呪文の構造も複雑だから」

「でもさー、使えたらかっこいいよね! だって、ジュリア・ディクステラみたいになれるんだよ!?」

「闇魔法は基本の魔法さえ使えたらそれでいいよ。使い過ぎたら気が触れる可能性もあるし、すごく危ない魔法なのになんで中学生に人気があるのか理解できない。水魔法の方がずっと面白い」

「皆アニメが好きなんだよ!」

「ああっ! もうこんな時間! ルーチェ、じゃあ、またね!」

 うん。

「連絡してね! 話せてよかった!」

 うん。じゃあね。

「じゃあね! ルーチェ! 授業頑張ってね!」


 二人が廊下を進み、角に曲がる。その姿が見えなくなるまであたしは手を振り――手を下ろして、職員室に入り――座ってたマダム・エマに声をかけた。


 すみません、先生。

「あら! ストピド! おはようございます!」

 おはようございます。

「一体何の御用ザマスか?」

 学校祭の選抜の、その、申込用紙を持って来たんですけど。

「え!? 貴女が!?」

 ええ。

「素晴らしい心意気ザマス! その積極性に成長を感じるザマス!」

 ありがとうございます。

「わかりました! 貴女の心意気と共にこの申込用紙を担当のマリアに渡しておくザマス!」

 お願いします。

「頑張るザマスよ! ストピド! 貴女の努力を発揮するザマス!!」

 ええ。


 あたしの手に力が入る。


「絶対に選ばれます」


 ――私は自分から弟子辞めたの。

 ――『あんな人』といても仕方ないから。

 ――ルーチェは弟子? 生徒?


(……弟子って、言えなかった……)

(ミランダ様の……『恥』になると思って……)


 あたしは正真正銘のミランダ様の『弟子』だ。あの方の恥になるようなことは極力避けたいし、絶対にしたくない。


(だからこそ)


 ルーチェ、これは思った以上に本気でやろう。ミランダ様の名誉にかけて、選抜メンバーに必ず入って、――アンジェ・ワイズを黙らせる……!


「先生、今日の授業もよろしくお願いします!」

「任されるザマス!! さあ! 教室に行くザマス!」

「はい!」


 あたしは良い返事をして、職員室から出て行った。

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