第四章:孤独な闇の魔法使い
第1話 ファーストキスの喪失
魔法。
それは、みんなが憧れるもの。
魔法。
それは、娯楽であり、便利な物。
魔法。
それは、魔力を持つ者が使える技。
魔力を使って事を成す者のこと。
それを人は、魔法使いと呼ぶ。
「やあ、マリア先生」
「ホーネット校長先生、学校祭についてですが、今年も生徒達の意欲を高めるため、選抜形式でパフォーマンスの魔法使いメンバーを決めようと思うのですが、いかがでしょうか」
「貴女の提案はいつでも素晴らしい。楽しみにしていますよ」
「それでは、早速準備いたします」
マリア先生が杖を振った。学校の壁中にポスターが貼られる。まだ学校に残っていた生徒達がこれを見て、瞬きする。
「あー! 学校祭かー! いいなー! 学校祭」
アーニーが振り返った。
「これ私達も参加できるのかな?」
「流石に学生だけじゃない?」
「だとしても、私達魔法使いにデビューしたばっかりだよ? ちょっとくらいなら手伝わせてもらえるかも」
「アーニーはイベントごと好きなのね」
「うん。大好き。楽しいじゃん」
あ、イベントと言えば。
「私ね、マリア先生の主催でやってたイベントが一緒で友達になった子がいるんだけど……その子、今ミランダ・ドロレス様のところで訓練してるんだって」
アーニーがじっと見た。
「ね、アンジェもいたんだよね? ミランダ様のところ」
――紺色の瞳がアーニーを見た。
「やっぱり、すごく厳しいの?」
「……うーん。何ていうのかなぁ」
紺色の髪の毛が揺らめく。
「ミランダ・ドロレスは……」
綺麗な滑舌で喋る。
「確かにすごい人だけど……」
うーん。
「私は弟子辞めちゃった」
微笑む。
「あの人皆が言うより、……ただの魔法使いだよ」
アンジェがにこりと笑顔を浮かべた――。
(*'ω'*)
あたしは体を硬直させる。
目の前にはミランダ様の美しいお顔、と、重なる唇、と、舐められる舌の感触。
(ほわぁぁああーーーーーっっっっっっつ!!!!!?????)
あたしの脳がパニックを起こす。手を動かせと命令したら足が動いて、足を動かせと命令したら手の指が動いて、冷静に落ち着けと言えば言うほどパニックになり、心臓がありえないほどドクドク動き、血の巡りがとても良くなり、視界がチカチカ光りだして、手をわたわたと動かしていると――ミランダ様が離れていった。そして……眉をひそめて、頷く。
「ふーん。なるほどね」
(なっ)
あたしはその場で腰を抜かす。
(なぁぁぁぁあああああああ!!!???)
「ミミミミミララララララアーンダ様一体何を!!」
「お前やっぱり魔力はあるんだね」
「……ま」
魔力? あたしは呆然として首を傾げた。
どういうことでしょうか……?
「魔力を持ってる人間の唾液には魔力が含まれてる。それを舐めれば相手の魔力がどんな質なのかわかるんだよ」
……あたしの……魔力を見たってことですか……?
「ああ。お前の魔力がどんなものなのか、ちゃんと確認したことがないと思ってね」
……それで、……その、……キスしたんですか……?
「口から唾液を舐めるのが一番手っ取り早いんだよ。お前の場合はファーストキスが済んでるし、平気だろう?」
いいえ! 済んでません!
「は?」
あたし、キスをしたのは初めてです!!
「何言ってんだい。お前。パルフェクトと何度もしてたじゃないのさ」
あれは家族じゃないですか!
「家族でも普通あんなに深いのはしないだろう?」
……。え、普通じゃないんですか?
「お前、父親と母親にもパルフェクトみたいなキスをされたことあるかい?」
いいえ。まさか。小さい時にほっぺたくらいです。
「でもパルフェクトは?」
……口に……。
「ああ。それもうファーストキス終わってるよ。パルフェクトで」
……。
あたしは驚愕の事実に息を吸い込んで、――声を発した。
「ええええええええええええええええええええ!!!!!????」
「うるさいね。叫ぶんじゃないよ」
あたし、ファーストキス終わってたんですか!?
「終わってないと私だって別の方法で確認したさ。手間が省けたよ」
でも、でも! お姉ちゃんはこれは姉妹同士だから当たり前のことだって!
「まさかお前今までそれを鵜呑みにしてたんじゃないだろうね?」
……。……。……当たり前じゃ……ないんですか……!?
「じゃない」
(あんのクソビッチ女ぁぁぁあああああああ!!!)
小さい頃から夢見ていた。あたしもいつか大きくなったら素敵な彼氏を作って甘いキスをするんだって。でもそれを横で聞いてた――今は魔法使いタレントで活躍しているパルフェクト――及び――ナビリティお姉ちゃんがこう言ったのだ。
「ルーチェ♡、だったらお姉ちゃんと練習しよう?」
「練習?」
「そうだよ。キスの練習。皆は黙ってるけど、本当は姉妹同士で皆やってるんだよ?」
「えー! そうなのー!?」
「そう。これは当たり前の常識なの」
「そそそーだったんだー!」
「だから、はあ。ルーチェ♡、はあ。目を閉じてごらん? はあ。お姉ちゃんが、はあ。練習相手になって、はあ。あげるから……」
「やったー! お姉ちゃんやっぱりやさ、さ、さ……しーね! ん!」
「はあ、やっべまじ可愛いぃ……。吃るルーチェ♡まじ可愛い……! はあ! ルーチェ♡、行くよー? その小さくて可愛い唇はわたくしのもの……。初めての相手はわたくし……。わたくしが最初で最後の相手……。ああ、ルーチェ♡まじ天使すぎて……はあ。はあ。はあ! むっちゅうううううう♡♡♡」
(あいつ……許すまじ……!)
あたしのファーストキスをいつの間にやら奪いやがってからに!
(うわああああああああ!!)
あたしは頭を押さえてその場でのたうち回る。
最悪だぁぁぁああ! 消えて失くなりたいぃいいい……!!
「暴れるんじゃないよ。物が落ちたらどうすんだい」
ミランダ様……! あたしずっと彼氏が出来て甘いキスをするのを楽しみにしていたんですよ!?
「なんだい。お前、彼氏も出来たこと無いのかい。……いや、あの女ならいざという時、監視魔法で見張ってて邪魔しただろうし……当然の結果かね……」
うわあああああ! 初恋の感触! レモンの味! 全部お姉ちゃんに奪われてたなんて! うわあああああん!!
「泣き喚くんじゃないよ。そのお陰で手っ取り早く魔力を確認できたんだからいいじゃないのさ。ほら、起きた起きた」
ぐすっ! ひぐ! ミランダ様! うぐっ! あたし悔しいです! ぐすん!
「とりあえずご飯にしようじゃないのさ。私も胃が空っぽでくたばりそうだよ」
ひぐっ! ふぐっ! 畜生! あの女、いつか目にもの見せてやる! ぐすん!
ミランダ様の研究部屋から出てきたあたしとミランダ様を見て、黒猫のセーレムが走ってきて、街を歩いてる男性よりも野太い声を上げた。
「あー! ミランダがルーチェを泣かせてる!」
「こいつが勝手に泣いたんだよ」
「ぐすん! ぐすん!」
「ミランダったら酷いや! そうやってすぐ人のせいにする!」
「こいつが勝手に泣いたんだよ」
「そんなこと繰り返してたら、いずれ銃と剣を持った王子様が現れて、成敗されるんだからな! おまけに注射器突きつけられて、消・毒! とか言われて刺されるんだからな! ……あれ、それ違う作品?」
「ルーチェ、豚の角煮を作ったんだろう? 私のために準備しておくれ」
「ぐすん! ぐすん!」
あたしはめそめそ泣きながら杖を構えた。この恨みと悲しみをディナーにぶつけてやる……!
「今夜のディナーは贅沢コースだ。豪華で美味しい食事のダンス。全ては敬愛している先生の為」
あたしの魔力が魔法に形を変える。皿がダンスをしながら食器棚から出てきた。グラスが腰を振り順番に水を注がれる。皿の中に豚の角煮。パン。サラダが乗せられ、またもや明るいテンポにノッて腰を振り、テーブルに並んでポーズを決めた。最後に出遅れたナイフとフォークとスプーンが走ってきて、滑りながらポーズを決めた。ディナーショータイム、始まるよ!
ミランダ様とあたしが席に付き、セーレムがキャットフードをすごい勢いで食べ始め、あたし達も食事を始める。
「食べながら話そうじゃないかい。ルーチェ」
あたしのファーストキス喪失についてですか?
「お前のファーストキスなんてどうでもいいよ。魔力についてだよ」
あ、はい。
「学校で何か言われたことあるかい?」
フィリップ先生から何度も言われているのですが、あたしには重たくて大きな魔力があると。その形自体は珍しくて悪くないものらしいのですが、何せあたしの滑舌が悪いこともあり、呪文を唱えた所で上手くコントロール出来てないと。形はあるのに基礎が出来てない。まるで外れた音が鳴る、壊れたオルゴールのようだって。
「わかりやすい例えだね」
その日から今現在まで、フィリップ先生からあたしは『壊れたオルゴール』と呼ばれてます。
「私もそう呼ぼうかね」
やめてください。ミランダ様にはお名前で呼んでもらえないと……あたし寂しいです。
「壊れたオルゴールよりも呼びやすい自分の名前に感謝するんだね。ルーチェ」
……えへへ……。……あの、それで、ミランダ様。あたしの魔力がどうしたんでしょうか。
「その形を知って課題を出した方がお前の為になると思ったんだよ。魔力が少ないのであれば体力を鍛えれば増える。魔力があるのであればコントロールする訓練。滑舌。アクセント。喋り方。どれがお前に欠けているのか分析ができるだろう?」
……ノート持ってきていいですか?
「持ってくるんじゃないよ。歩かせな。魔法で」
あ、そっか。はい。……えっと、杖……。
あたしは内ポケットに入れてた杖を持って構えた。
「ノートと鉛筆、それと消しゴム。みんなまとめてこちらへおいで。あたしはね、震えてるんだ。会いたくて会いたくて震えてるんだ。おいで、おいで」
あたしの魔力が机の上にあったノートと鉛筆と消しゴムを呼び出すと、三人が立ち上がった。ご主人様が俺達に会いたくて震えてるらしいぜ!? あんちゃん達! よし、行こうぜ! 三人は早く会いに行くためにサーフィンという名の筆箱を片手に海に突っ込んだ。三人はサングラスをかけ波に乗ってやってくる。あたしの姿を見ると、津波がいい感じに流れていって、三人があたしの前に滑って着地した。ご主人様! 来てやったぜ! もう大丈夫だぜ! はあ。やっぱり夏はサーフィンだぜ! サーフィン最高!
(あ、筆箱もついてきた。ラッキー)
あたしは食事を横にズラして、ノートを広げて鉛筆を持った。
「お前に関してはやっぱり基礎だろうね。昔からパルフェクトを見てる分、魔法自体を見ているからイメージはしやすいんだろうさ」
あ、それはよく言われます。発想は素晴らしいって。(でもADHDあるあるなんだよな。発想力が他とズレて現れるって。……それにプラスしてお姉ちゃんの魔法をみてるからかな)
「滑舌練習はしてるかい?」
はい。
「練習メニューはあるのかい?」
決まってません。決めてしまったら飽きてやらなくなるので、今日はこれ、今日はこれって、気分で選んで決めてます。
「昨日は何やった?」
外郎売りを眠くなるまで。
「外郎売りでどんな練習をした?」
言葉を慣れさせるため繰り返しやりました。
「今、頭だけでいいからやってごらん」
わかりました。ちょっと失礼しますね。
あたしは椅子をずらして、椅子の半分のスペースに座って、下半身に力を入れられるようにして喋ってみた。
拙者親方と申すは、お立ち会いの内に御存知のお方もござりましょうが、お江戸を発って二十里上方、相州小田原、一色町をお過ぎなされて、青物町を登りへお出なさるれば、欄干橋虎屋藤右衛門。只今は剃髪致して、円斎と名乗りまする。
「そこまで」
ミランダ様に止められて、口を止める。
「今までどうやって練習してた?」
動画投稿サイトで有名な声優さんが外郎売りの動画を出しているのですが、それを聞いて真似してました。
「ずっと?」
ある程度覚えてからは、自分で。
「ゆっくり練習してるのかい?」
ええ。それは一文字一文字。
「人によって練習方法は変わって来るけどね、お前の場合の話をするよ」
はい。
「さ行た行な行ら行、舌を使うのがとにかく苦手だね」
よく言われます。
「それと区切りすぎるね」
区切りすぎる。
「拙者、親方と、申すは、お立ち会いの内に、御存知の、お方も、ござりましょうが。……区切りすぎてる。もっと息を吐いたまま繋げてやってごらん」
……拙者親方と申すは、お立ち会いの内に御存知のお方も……、
「早い。ゆっくり繋げたままやるんだよ。お前は壊れたサルの玩具かい」
……(このクソババア……)。
「私のを真似してごらん。……拙者親方と申すはお立ち会いの内に御存知のお方もござりましょうが」
(うわあ、やっぱこの人すげえ!)……拙者親方と申すはお立ち会いの内に御存知のお方もござりましょうが。
「出来るじゃないのさ」
ありがとうございます。
「でも鼻濁音が出来てないよ」
びだくおん。……はい!
「……さあ、質問するよ。鼻濁音とはなんだい?」
……。……。……。……(やべ)。……。……。……。
「お前は顔に出るからありがたいよ」
すみません。
「鼻にかける音」
あ、そうです! それです! 聞いたことあります! はい! もちろんです! 知ってます!
「鼻濁音はどんな発音だい?」
『が』を鼻にかける発音ですよね! 専門の教科書では『か゜』って記されます! あたし知ってます。もちろんです! なんて言ったってこの世界、12年も勉強してますから!
「アルファベットに置き換えると『nga』。だから『na』に近い音になる。発音としては、『んが』を一文字で言ってる感じだね」
そうです! 仰る通りです!
「この『んが』はどういう時に使われるんだい?」
『が』が来た時です!
「じゃあ『学校』は?」
『んが』っこうです!
あたしはミランダ様に光の玉をぶつけられた。セーレムが驚いて振り返り、起き上がったあたしを見て、いつも通りの景色に安心してまたご飯に集中する。
痛いです!
「クビにするよ」
嫌です! ごめんなさい! ちゃんと勉強します! 申し訳ございません!
あたしはひぐひぐ泣きながら椅子に座りノートに書いた。鼻濁音、要勉強。
「言葉の頭に『が』が来た時は破裂音の『が』を使えばいいけど、基本的にはそれ以外で『が』が来た時には鼻濁音の『か゜』を使う。わかるかい? 『2音以降に『が』が来た時』だよ」
破裂音の『が』?
「……」
あ、すみません。それは個人的に後で勉強しておきます。どうか杖を収めてください。お願いします。申し訳ございません。許してください。ごめんなさい。
「ノートに書いときな。『破裂音』『摩擦音』『鼻音』『流音』」
あたしは走り書きでメモを取っていき、最後に書く。※後でスマホでぐぐる!
「話を戻すよ。2音以降に来た時の『が』は鼻濁音となる。つまり、『学校』は?」
「(『がっこう』。1音目に『が』が来てるから)……『がっこう』です」
「ん。では、『映画』は?」
「(『えいが』。言葉の『3音目』に『が』が来てるから『e・i・ nga』)……『えいか゜』です」
「よろしい。で、……追加で言っていいかい?」
「はい」
「『えいが』の発音をする時、とある『音』が発生している。アクセント、鼻濁音、それとなんだかわかるかい?」
「……?」
「『長音』って聞いたことあるかい?」
「頭がい、い、痛くなってきました」
「母音の音を伸ばすんだよ。言葉は通常1音1音で出来ているけど、時々1音だけの音節を2倍に伸ばすことがある。例えて言うなら、『お・か・あ・さ・ん』。『ka』と『a』。これを伸ばして発音する」
「『おかあさん』、ではなく、『おかーさん』ってことですか?」
「わかってるじゃないのさ」
「ととということは……おとうさんも『おとーさん』ってことですか?」
「そう。つまり」
「『えいが』は、『えーか゜』ってことですね!?」
「出来るじゃないのさ」
(この人すげえ!)
「ちなみに『映画』のアクセントは二種類あるから、一つだけって決めつけないようにね」
「ミミミーランダ様、アクセント辞典をよ、よ、……んでもいいですか?」
「今の踏まえて呪文を唱えてごらん」
「はい!」
あたしは今のを踏まえて杖を構え、呪文を唱えた。
「アクセントのレッスンだい。ノートに鉛筆、消しこ゜むあるけど、足りないのはそうだね。君だ。おいでよ。辞典。あたしは君に会いたいの」
人一倍恥ずかしがり屋のおデブなアクセント辞典がのそのそ歩いてやって来た。重たいけどごめんねって言いたげにあたしの膝へとジャンプする。そしてその場で寝そべり、あたしを見つめた。や、優しくしてね? あたしは辞典を思い切り左右に開いた。あん! そんな大きく広げられたら恥ずかしい! でも……優しく見てね……?
あたしは映画のアクセントを確認してみると、ああ、なるほどと納得した。確かにどっちも聞いたことある。
「『えーか゜』、『えーか゜』。なるほど。頭高(音が1音目で上がって2音目で下がる)と平板(音が2音目で上がったまま下がらない)、どー……っちも聞いたことあります」
「ニュースなんかで使われてるのは『えーか゜』が多いかね」
「確かに! 『えーか゜の記者会見』ってよく聞ききききます!」
「そう。こんな感じでアクセント、鼻濁音、長音、それを組み合わさって出来てる言葉もある。正しく発音されないと魔法は発動しないからね。よく覚えておきな」
「はい!」
「というのを踏まえて、ルーチェ、更に話を戻すよ。……さっきやった外郎売りをやってごらん。冒頭だけ。ゆっくりと。繋げて」
「……えーと……」
拙者親方と申すはーお立ち会いの内にー御存知のお方もこ゜ざりましょうか゜ー。
「お方もこ゜ざりましょう、じゃないね。それは破裂音の『ご』さ」
「え? でも……?」
「これは言葉と言葉が繋がってるだけ。わかるかい? 『知ってる人も』と『いるでしょうけど』が組み合わされてるのさ。ということは?」
「ご存知のお方も、ござりましょうが」
「最後の『が』が破裂音になってるよ」
「ご存知のお方も、ござりましょうか゜」
「で、その前。『申す』は『mo・u・su』だけど、お前私に自己紹介してごらん」
「……ルーチェ・ストピドと『申します』」
「わざわざ『もうします』って言うかい?」
「……いいえ。『もーします』ですね」
「そう。それも長音」
「はーあ……」
「ということは?」
「拙者親方ともーすは、お立ち会いの内に御存知のお方もござりましょうか゜」
「どうだい?」
「喋りやすいです!」
「よく早口で練習すれば滑舌が良くなるなんて言われてるけどね、やればいいってもんじゃないよ。こういう仕組みが散りばめられて、応用できるから発声練習に使えるのさ。お前の場合は『早口でイントネーションを付けて練習』なんてまだ早いよ。これだけ長い文章なのだから、少しずつ、部分部分でアクセントはどうだ、長音はどうだ、鼻濁音はどうだって、細かく確認しながらやってごらん」
「わかりました」
「で、言葉で練習するにもお前はまだ早い。また改めて、母音から練習しな」
「母音から?」
「a・i・u・e・oだけでやるんだよ。せっしゃおやかた、の母音はなんだい?」
「え・っ・あ・お・あ・あ・あ、ということですか?」
「小さい『つ』は伸ばして」
「え・ー・あ・お・あ・あ・あ」
「ん。そうやって練習すると、子音が付いた時に楽になるよ」
「ららららーくになるんですか」
「試してみたらわかるよ」
「わかりました。やってみます」
「前に『さ行』が苦手って言ってたね。だったら舌を慣れさせるために『さ行だけ』でやってみたらどうだい?」
「せ・ー・さ・そ・さ・さ・さ、ということですか?」
「ん」
「わーあ。すげー。ありがとうございます」
「鼻濁音。やり直し」
「……わーあ。すけ゜ー。ありか゜とうこ゜ざいます」
「『ありがとう』と『ございます』がついてるだけ」
「……ありか゜とうございます」」
「お前は何を聞いてたんだい。『とう』って使うのかい? 『す』は無声音」
「……あい……か゜……あり……あ……ありか゜とー、ございます」
「さ、食事を続けようかね」
ああああああああ! 難しい! 発狂しそう! ややこしい! 面倒臭い! 嫌い! 喋るの嫌いーーーー!
「ああ、食事が冷めちまったよ。ルーチェ、温めておくれ」
「はい……」
あたしは杖を構えて――なるべく意識して――唱えてみた。
「冷めた熱か゜燃える時、二度目の恋か゜やってくる。出会いは運命(うんめー)。はたまた偶然(ぐーぜん)」
あたしの杖から二度目の恋がやってきて、食事達は恋に目覚め冷めた熱を再び燃え盛り始める。豚の角煮の湯気を見て、ミランダ様があたしに口角を上げた。
「どうだい。いつもよりイメージ通りに、上手くいっただろう?」
……ミランダ様、どうやって勉強されたんですか? あたし12年間もやってたんですよ?
「お前の悪い癖だね。学校でアクセントやら何やら学んでるんだろう? それをノートに書くだけ書いてあとは知らんぷり。忘れた頃に質問されてよくわかってないくせにそのまま授業を続ける。何の為のスマートフォンだい? わからないと思ったらすぐに調べて覚えるんだよ」
覚え方がわからないです。
「覚え方かい? 簡単だよ。その仕組みが使われてる言葉を『一万回繰り返す練習』をしな」
……。
「嫌でも覚える」
……確かに……。
あたしはフォークを持って、豚の角煮をお皿に入れた。
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