第15話 自分の為になることを


 ミランダ様が煙管を吹かせた。


「ルーチェ、今週もお疲れ様」

 はい。ミランダ様。お疲れ様でした。

「二週間前、お前が学校を休みたいと言った時は不思議に思ったけどね、事情がわかればお前のしたことの意味も理解できた」


 ミランダ様の実験室には久しぶりに入った気がする。ここ一週間ほどミランダ様が閉じこもってなかなか出てこなかったから。掃除を頼んだ箒も入れず、とぼとぼしながら帰ってきてたのを思い出す。ああ、駄目駄目。集中して。


「それで、一週間前の話になるのかね。特別講師教室はどうだった」

 はい。ミランダ様。課題を頂いたとおり、特別講師のパルフェクトから盗めるものを盗めたと思います。

「最初見た時驚いただろう?」

 ……姉が来るとは思いませんでした。

「私もね、何度かパルフェクトとは仕事を一緒にしたことはあったんだけどね、お前を見て妹だとは気付けなかったよ」

 ……姉は自分に複雑な魔法をかけてます。ミランダ様のような魔法使いでも気付けないと思います。

「ああ。あの小娘は本当に腕が鳴る魔法使いだよ。むかつくけどね。だけど……隠せないものもあるのさ」

 ……隠せないもの?

「声」

 ……はい?

「声は隠せない」

 ……ええと、つまり?

「最初の頃、お前、私のことを『ミランダさん』と呼んでいただろう? で、学校に行った日だ。私は『ミランダさん』と呼ばれてね、お前の声がしたからお前が呼んだのだと思って振り向いてあげたんだよ。そしたら」


 そこにいたのはルーチェじゃなかった。


「パルフェクトだった」


 最初は声が似てるだけだと思ってた。だけど、ここが経験の違いさ。私の魔術がバレないようにパルフェクトの魔法を自分の目の中だけで崩してみた。そしたら、目、鼻、口元、頬、顔の作り、そして声。若干違うけど、その顔に見覚えがあったんだよ。ものすごくしょぼい魔力を辿って振り返ってみれば、ルーチェが顔を真っ赤にさせて手すりに隠れた。その一瞬見えた顔すら私の目の中ではしっかり見えて、合致して、そこでようやくわかったわけさ。


 こいつら血の繋がった姉妹だって。


「パルフェクトはパーフェクトなんかじゃない。あいつは見せかけさ」


 本物のパーフェクトは、


「私のような魔法使いを言うんだよ。ルーチェ。覚えておきな。ここはテストに出るからね」

 はい!


 あたしはノートに強調して記した。ミランダ様こそ本物。ミランダ様が世界に一つ。ミランダ様オンリーワン。


「で? 盗んだものは練習してきたかい?」

 はい。ミランダ様に見せれる物が出来るように、あたし、沢山練習してきました。

「よろしい。今ここで見せてもらおう」


(……よし)


 一週間の練習の成果を見せてやる。


「ではミランダ様、お見せします」


 あたしがパルフェクトから盗んできたもの。――それは……。


「きゅるーーーーん!!」


 ……それを見たミランダ様がじっとあたしを見た。


「……」


 空気が重たくなるのを感じる。


「……」


 ミランダ様の片目が痙攣した。


「……」


 ミランダ様がとうとう訊いた。


「なんだい。それは」

 ……パルフェクトが黒板に文字を書いた後振り返る時に、必ずやっていたポーズです。

「……振り返る時にするポーズ?」

 ええ。ここに黒板があるとするじゃないですか。

「ふむふむ」

 で、こう書くじゃないですか。

「ふむふむ」

 で、書き終えたら、……振り返る!


「きゅるーん!!」


 あたしはミランダ様に光の玉をぶつけられた。


「そんなものを盗んでこいと誰が言った!!!」

 何でも良いから盗んで来いって言ったじゃないですか!!

「普通発声の仕方とか! 仕草とか! あの隙のない笑顔の浮かべ方とか、そういうものを盗ってくるだろう! なんだい! きゅるーん! って! お前ごときがぶりっ子してんじゃないよ! 何も可愛くないんだよ!!」

 理不尽すぎるぅ!

「性格がどうあれ、相性がどうあれ、せっかくプロの、しかもパルフェクトが側に居て勉強を教えてたんだろう!? 発声はどうだったんだい! 滑舌はどうだったんだい! どんな喋り方をしていて、綺麗に聞こえたんだい! そういうのを持ってくるんだよ!!」

(いやあ、ミランダ様……あたしの脳ではそれは言われないとわかんないですって……)

「この間抜け!!」

(クソ……この鬼ババア……! 理不尽魔女め……! ADHDだから仕方ないじゃん! 障害も持ってないくせに言いたいこと言いやがって……! このぐぞババア!! だけど……正論すぎて何も言い返せない……!)

「魔法使いになる気はあるのかい!」

 仰る……通りで……ございます……! ぐっ……!

「また発達障害がどうのこうのって言い訳するのかい!」

 っ……! いいえ……! ぐっ……!! 障害は……関係ありません……!(とか言いつつ仕方ないじゃん! ADHDなんだもん! わかんないんだもん!)

「私がこの一週間研究に研究を重ねた結果、これだけのことが出来たのにお前は何をしてるんだい! この役立たずの馬鹿が!」


 あーー生理前だからっていうのもあって頭きたーーーー。かっちーーーん。


 ……ミランダ様はどういう研究をされたんですか?

「なんだい? お前ごときに見せろってかい?」

 あたしは弟子です。先生から教えを乞うのは弟子の特権ですよね。

「教えね。お前、教えてもらって学べるのかい? 記憶する脳は持ってるのかい?」

 馬鹿にしないでください。見て学ぶことくらい出来ます。

「そうかい。……だったら見てな」


 ミランダ様が両手を叩くと窓のカーテンが勝手に閉まった。部屋が暗くなる闇が訪れる。あたしは静かに呼吸をする。ミランダ様が空の瓶を手に持った。真っ暗な部屋の中、ミランダ様の声が響いた。


「ルーチェ」

「はい」


 あたしの声が響く。


「今一番欲しいものを思い浮かべてごらん。特別にプレゼントしてやるよ」

(……魔法使いになりたいです。……それは駄目か)


 あたしは考えて――思い浮かべる。


「思い、う、う、浮かべまひた」

「見ててごらん」


 あたしは空の瓶を見つめた。瓶の底から光の水がゆっくりと湧き出てきた。ミランダ様が指を動かす。杖は使ってない。あたしは目を疑う。光が溢れてくる。どんどん溢れてくる。瓶いっぱいに光で溢れる。ミランダ様がゆっくりと唱えた。


「汝のイメージ、瓶の中から現れる。見ておろう。見ておろう。どんどん出てくる。見ておろう」


 瓶の中に小さな影が現れた。それはくるくる回ってあたしのイメージをそのまま描き出していく。思い浮かべたそのままの形の美しいブローチが瓶の中に現れ、ミランダ様が蓋を開けた。すると一気に光が雪崩出し、瓶からこぼれていくと、部屋全体を光が包み込み、あたしを包み込み――光が消える頃、あたしの両手の中にブローチが置かれていた。


「……」


 あたしは思った。――やっぱりこの人すごい……。


「変わったデザインのブローチだね」


 ミランダ様があたしの両手を覗き見た。


「なんだい。そんなものが欲しかったのかい?」

 ……ミランダ様のドレスにつけたら、お似合いだと思いまして、……昨日寝る前にひらめいて、自由帳にあたしが描いたものです。

「……」

 ……つけてみてもいいですか?


 ミランダ様が鼻で笑った。


「……ああ。好きにおし」

 ……失礼します。


 あたしはブローチをミランダ様の胸元につけた。……うん。間違いない。あたし、こういうのは得意なんだよな。


「やっぱりお似合いです」

「……悪くないじゃないか。これは気に入ったよ」

「それは良かったです」


 少しだけ空気が軽くなった気がした。気のせいかもしれないけど。


 ……うーん。でも、きゅるーんは駄目だったかー。結構良いと思ったんだけどなー。誰も真似しなさそうなところだったし。良いと思ったんだけどなー。


 と、考えてるあたしの考えが読めたのか、ミランダ様が口角を上げながら言った。


「ルーチェ」

「はい」

「きゅるーん、は、自分の為になることかい?」

「……んー……」

「使わないだろう」

「……そうですね」

「自分の役に立つことを盗んできなさい。これは継続的に。クラスメイトからも、これから出会う先生からも」

「……わかりました」


 ミランダ様とあたしが息を吐いた。


「夕飯にしよう。研究ばかりしていてまともに食事にありつけてないんだ」

 だと思いました。ドアの前にご飯置いてようやく食べるんですから。

「移動する時間すらもったいないんだよ。毎日私の魔法を待つ客人がいるからね。期待以上のものを見せて差し上げられないと、私は終わりだよ」

 ……。

「ルーチェ、お前もわかる時がくるよ。発表のための研究ほど楽しいものはない。お前だって試行錯誤してる間は苦しくて辛いけれど、それが達成できたらとんでもない満足感を感じるだろう?」

 ……発声練習の外郎売りで、そういったことを感じることが日々あります。

「あれは難しいからね」

 けれど、喋れる言葉が増えれば、とても楽しくなります。吃らないで言えると、嬉しさと楽しさで溢れます。

「私にはね、毎日それがあるんだよ。しかもそこで生きるためのお金が発生する。発生する上で、いかに楽しく遊べて、いかに研究したものを見せれるか、見せた時に客人がどんな顔をするのか。楽しみなんだよ。だから研究するのさ。もっと私だけが出来る美しい魔法を生み出したいから」

 ……。

「だからね……パルフェクトみたいな片手間で魔法を遊んでるような奴は本物じゃないんだよ。あれはね、消える類の魔法使いだからね。私が潰すからね」

 ……めちゃくちゃ根に持ってるじゃないですか……。

「当たり前だよ。あんな化け物、今のうちに根っこから引っこ抜いてやるよ。お前もそのつもりでいな。お前の血縁者だからと言って、私は容赦しないからね」

 ええ。ミランダ様らしくてとても良いと思います。

「私もより魔法を磨く。だからお前も」

 技を盗んで自分を磨く。発声練習は怠らず続ける。

「わかってるじゃないのさ」

 ミランダ様がいらっしゃらなければ出てこなかった言葉です。いつも感謝しております。ミランダ様。

「その感謝を形にして返すんだね。もう少し私に楽をさせとくれ」

 ……わかりました。頑張ります。

「ん」

 ……じゃ、食事にしましょう! 今日は豚の角煮作ってみたんです!

「お前また肉が硬くなってるんじゃないだろうね?」

 今度は大丈夫です! ちゃんと三時間煮込みました!


 あたしは言いながら立ち上がり――、くらりと、立ち眩みを起こした。


「ひゃっ!」

「……っと」


 ミランダ様があたしの体を片腕で抱き、あたしが倒れないように支えてくださった。


 ああ、すみません。ミランダ様。ずっと座っていたせいか立ち眩みが……。

「栄養が足りてない証拠だよ。だから朝を抜くのは良くないって言ってるだろ」

 最近はちょっと睡眠時間を増やしたかったんです……。雨も多くなってきて、低気圧にあたしは潰されそうです。ADHDの人は弱い人多いそうですよ。だから睡眠が大事になってくるんです。

「栄養もつけないと余計体調崩すよ」

 気をつけます……。明日はちゃんと食べます。……ご忠告ありがとうございます。


 顔を上げる。ミランダ様の顔が目の前にある。あたしのあげたブローチが胸元で光っている。うん。この人やっぱり美人だ。お姉ちゃんは年増って言ってたけど、全然綺麗だよ。ミランダ様。今日も美しく届かない光のように輝いてる。


 あたしの手がミランダ様の腕に触れている。ミランダ様の手があたしの体を支えている。けれど全く届かない。こんなに近い距離にいるのに、実力の話をすれば、それはそれは見えないほど遠くにこの人はいる。いつ届くんだろう。


 あたしはどうしたらミランダ様のような魔法使いになれるんだろう。


「……ああ、そうだ。良い機会だ」

「え? なんですか?」

「ルーチェ、ちょっと目を瞑りなさい」

「はい」


(なんだろう?)


 あたしは目を瞑った。


(何かまた魔法でもかけるのかな?)


 あたしはちょっと気になって、薄く瞼を上げてみた。


(なんだろう。何するんだ……)




 あたしは目を開いた。目の前にはミランダ様の長いまつ毛。腰に当てられたミランダ様の手。熱。肌。――唇。



 ミランダ様自身の唇に、あたしの唇が塞がられていた。




(*'ω'*)



「やあ、マリア先生」

「ホーネット校長先生、学校祭についてですが、今年も生徒達の意欲を高めるため、選抜形式でパフォーマンスの魔法使いメンバーを決めようと思うのですが、いかがでしょうか」

「貴女の提案はいつでも素晴らしい。楽しみにしていますよ」

「それでは、早速準備いたします」


 マリア先生が杖を振った。学校の壁中にポスターが貼られる。まだ学校に残っていた生徒達がこれを見て、瞬きする。


「あー! 学校祭かー! いいなー! 学校祭」


 アーニーが振り返った。


「これ私達も参加できるのかな?」

「流石に学生だけじゃない?」

「だとしても、私達魔法使いにデビューしたばっかりだよ? ちょっとくらいなら手伝わせてもらえるかも」

「アーニーはイベントごと好きなのね」

「うん。大好き。楽しいじゃん」


 あ、イベントと言えば。


「私ね、マリア先生の主催でやってたイベントが一緒で友達になった子がいるんだけど……その子、今ミランダ・ドロレス様のところで訓練してるんだって」


 アーニーがじっと見た。


「ね、アンジェもいたんだよね? ミランダ様のところ」


 ――紺色の瞳がアーニーを見た。


「やっぱり、すごく厳しいの?」

「……うーん。何ていうのかなぁ」


 紺色の髪の毛が揺らめく。


「ミランダ・ドロレスは……」


 綺麗な滑舌で喋る。


「確かにすごい人だけど……」


 うーん。


「私は弟子辞めちゃった」


 微笑む。


「あの人皆が言うより、……ただの魔法使いだよ」



 アンジェがにこりと笑顔を浮かべた――。





 三章:完璧な氷の魔法使い END

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