第3話 迫りくる闇


 あー。アルバイトしんどい。品出しなんて魔法使えば一発じゃん。でもアルバイト中に魔法は使えない。魔法が使えない人がいるからだ。魔力を持ってない人の前でやったら自慢のようにも捉えられる可能性がある為、うちの店ではやってはいけないことの部類に入ってる。


「スマホの充電器探してるんだけど」

 あ、ご案内しますねー!


 笑顔でにこにこしながら充電器コーナーに案内する。


 こちらですねー!

「……」


 客が片手を上げてもういいよって仕草をする。あのさーーーーー、『ありがとう』くらい言えないの? あたしには持ってない健康な脳を持ってて、ちゃんと喋れる口もあるくせに喋れないの? 喋れない障害でも持ってるの? てか敬語使えよ。案内してやったんだから『わざわざすみません。ありがとうございます』って言えよ。お前それ買っていくんだろうな。買っていきもしないくせに見たいだけで案内させたんじゃないだろうな。いいんだよ。別に。買っていかなくてもさ。でもさ、『ありがとう』くらい言えよ。こういうところで親の教育がわかるんだよ。人に『ありがとう』を言えない大人に育ててしまったんだなって。ああ、可哀想。可哀想。あたしはこんな人にはなりたくない。健常者のくせに敬語も使えない。返事もしない。ああ、嫌な人間。交通事故に遭って入院してしばらく病院に閉じ込められたらいいのに。二度と来るな。馬鹿男! ダメージジーンズなんて今時かっこよくねーんだよ! お前のすね毛が見えるだけなんだよ! 誰も見たかねーんだよ!


「すみません」

「はい」

「あの、電池探してて……」

「あ、こちらですねー。見づらくてす、す、すみませんー!」

「あ、ありがとうございます。すみませんでした!」

「とんでもないですー! またたた何かあったらお声かけてくださいー!」

「ありがとうございました!」


 ほら、言える人は言えるんだよ。言ってくれるんだよ。ありがとうって。すごく良い人だった。今の人。電池、家にないのかな。……近くに百均あるから教えてあげたら良かったかも。ここで買うよりずっと安いのに。……さて、品出しに戻ろう。スマホケースのこの種類のはこっちでー。……あー、このスマホケースいいなー。……値段……。……余裕ある時でいいかなー。


「エクスキュゼ・モワ! 商品の場所を訊いてもいいですか?」

「あ、は……」


 あたしは振り返って――きょとんと瞬きした。


「あ、ありましたー! 良かったー!」


 魔法調査隊第一調査団隊長――闇魔法使いの――ジュリア・ディクステラが、のんびりとあたしに近付いてきて、あたしの両手を握り締めた。


「間抜けちゃん、見つけましたー!」

 ジュリアさん。

「お久しぶりです。お元気だった?」

 まあまあです。お仕事帰りですか?

「ええ。今回の仕事もなかなか長引きまして。書類仕事してたらもうこんな時間。一日を無駄にしてしまいました。書類で終わらせてしまうなんて。オーマイゴッド! で、間抜けちゃん。今日は休憩無いの? ちょっとお話したいことがあるんです」

 お話?

「ええ! 世間話!」

 あ……えーと、そろそろ入るところなので……。

「オ・ララ、素晴らしい。そんな気がしたんです。かつ丼いかが? 間抜けちゃんもお腹空いてるんじゃないかと思って買ってきたんです」


 ジュリアが片手に持ってた袋を見せてきた。良い匂いがあたしの鼻の中へと入って来る。学校が終わってからずっと働いていたから、喉が渇いてお腹が空いていたことを思い出す。


(わあ、美味しそう。……え、本当に貰っていいの? これ)


 見上げると、ジュリアがあたしに微笑んだ。


「裏口で待ってます。一緒に食べましょう? お茶もありますよ」

 いいんですか? ありがとうございます。

「ついでにお訊きしても? 玩具のコーナーってどこですか? 私、玩具が欲しいんです。一人でも遊べるものがないと最近寂しくて!」

 あっちです。

「わお、ありがとうございます! このお店基本ごちゃごちゃしてて見にくいから! 探しにくいから! 非常に助かりました。ありがとう。間抜けちゃん。さて、良い玩具があるといいな! お人形ちゃんなんかあったら最高! ランラン!」


 ジュリアがうきうきしながら玩具コーナーに歩いていく。あの人、普通にお買い物するんだ……。あたしはインカムのボタンを押した。


「店長、休憩入っていいですか?」

『いいよー。……あ、ゴミ捨てだけ頼める?』

「もちろんです。やややります」


 燃えるごみと燃えないごみのぱんぱんに膨らんだ袋を持って、裏口に行く。まだジュリアはいないようだ。ゴミ置き場に放り投げる。


(よーし、終わった!)


「店長、終わったので休憩入ります」

『りょー』


(やった。かつ丼だ。……鞄だけ持ってこようかな)


 くるりと振り返ると、さっきまでいなかったジュリアがライトが当たる場所に座り、ワニの歯を人差し指で押していた。


「ぐふふふ……! ここかなあ? ここかなあ?」

 ……。

「あ、ここだった! あ、噛まれちゃった! あー! すごい! これちょー楽しい! すごいこれ! あははははは! 噛まれちゃった! 離れないよー! 何これちょー楽しいぃー!」

 ……。

「あ、間抜けちゃんもやりましょう? ぜひ! 二人で!」

 ……かつ丼、温めますか?

「あ、お願いしますー。私は……ワニ君に構わないといけないのでー!」


(あ、杖、鞄の中だ。取りに行かないと)


 ジュリアさん、すいません。鞄だけ取りに……。

「鞄?」


 ジュリアがピアスを揺らした。


「それのこと?」

 え?


 見ると、あたしの肩に鞄が下げられていた。


 ……いつの間に。

「間抜けちゃん、かつ丼温めてくださいな。私、貴女の魔法が見たいんです」

 ……今更ですが……ジュリアさんの前で、すごく恐縮なんですけど……。

「恐縮だなんてとんでもない。今はプライベートですしー? 私はあなたのお師匠様でもないわけですしー? うふふ! どうぞご自由に。お好きな呪文をどうぞ」

(……そうだ)


 あたしはミランダ様の弟子なんだから怖気づいちゃ駄目だ。ジュリアさんの目に留まるくらいでないと。


(よし)


 あたしは杖を構えて、イメージして、唱えた。


「まるでモチベーション。再び燃えよ。その魂」


 冷めきったかつ丼にやる気が満ちた。セーブしますか? いいえ、ここはセーブせず突っ走ろうぜ! 俺達はまだやれる! やれるんだ! うおおおおお! かつ丼魂見せてやるぜ! 諦めるな! また勝てる! 勝てる! 勝てるさ! かつ丼は必ず勝つドン!! さあ! 今日から君も……かつ丼だ!!


 モチベーションが上がったかつ丼は再び温かくなった。ジュリアがかつ丼に触れ、温かいのを確認してにやける。


「トレビアン。順調ですね。はい、どうぞ」

 ありがとうございます。いただきます。


(わーい。かつ丼だー! 久しぶりに食べるなあ!)


 割り箸を割っていただきます。ぱく。うーん。美味しーい!


「調子はどうですか? 間抜けちゃん」

 調子ですか? まあ、……そうですね。……昨日は外郎売りをやってました。ミランダ様から練習方法を教わりまして。

「アーハ! 基本の練習はとても大事なことです! で、具体的にどんなことを?」

 主に鼻濁音とか。

「あー、確かに間抜けちゃん使えてませんでしたね」

 ミランダ様容赦なくて……。本を読む時に出来てても、喋る時に使えてないと光の玉をぶつけられました……。お陰で青タンだらけです。

「サ・アロール! 大丈夫ですか!?」

 今日、ジュリアさんからかつ丼を頂いたので元気になりました。ありがとうございます。

「かつ丼なんていつでも買ってきます……! あの糞女! お馬鹿で頭空っぽの間抜けちゃんになんてことを! ああ、可哀想に!」

 ……。

「あ、悪口じゃありません。お馬鹿で頭空っぽなほど可愛いって言うでしょ? でしょ? 冒険でしょでしょ?」


 ジュリアの人差し指に頬を突かれた。ぷにぃ。


 ……ミランダ様仰ってました。普段から使えないと何も意味ないって。だから、とりあえず『が行』を言う時あれば鼻濁音をと……。今、繋ぎの『が』、ちゃんと鼻濁音になってました?

「『つなぎ』がなってなかったですね。『つなき゜』です」

 ……流石です。

「『さすが』ではないですね。『さすか゜』です」

 ……はい……。

「ああ、間抜けちゃん。私と話す時はいいですよ。今日は世間話をしに来たのですから、肩の力を抜いてお話ししましょう? でないと会話というものは成立しませんから」

 はあ。すみません……。

「そうでしたか。間抜けちゃん。頑張ってますね。その調子でぜひ君の成長を見守りたい。ふむふむ。それでね、間抜けちゃん、私ね、お話したい事があるんです。肩の力を抜いて聞いてくれます?」

 ええ。もちろん。



「パルフェクトさんを逮捕しようと思うんです」



 あたしは黙った。ジュリアはにこにこしてあたしを見ている。


「パルフェクト……いいえ。ナビリティ・ストピド……の方が良いですかね?」

 ……パルフェクトさんって……タレントのパルフェクトさんですか?

「嫌ですねえ。わかってるくせにー!」

 何のことですか?

「君のお姉さんですよね? 彼女。血の繋がった」

 パルフェクトさんが? ……あー。ジュリアさん、フクロウ騒動の時の動画見たんですね?

「動画を見たわけじゃなく、その場にいたので」

 ……その場に?

「ええ。現場にいました」

 ……あー、そういえば、そうでしたね。あたし副作用で覚えてなくて……。

「いやあ、可愛かったですよ。お姉ちゃんって叫んでましたから」

 ……ばれてしまいましたか。

「私の情報網を舐めてもらっては困りますね」

 はい。白状します。……あたし、……パルフェクトの大ファンなんです!

「はい?」


 あたしは笑顔を浮かべ、自分からジュリアに近寄る。いいから何も考えず口を動かせ。


「ジュリアさん、ご存知ですか? い、い、妹組です」

「妹組?」

「パルフェクトの妹になりたい人が集まったファンクラブのグループなんです!」

「はあ」

「あたし、一度でいいから妹と呼ばれたくて!」

「間抜けちゃん。調べはついてます」

「ミランダ様にはどうか内緒にしてください! 本当に大好きで!」

「彼女が君の名前を何度も呼んでいた」

「ええ! 学校で特別講師としてきききてくださったんです! 名前でよ、呼んでもらえて、すごく嬉しかったぁー!」

「君の髪の毛と彼女の髪の毛のDNAが一致してました。姉妹です。ナビリティ・ストピドは死んでなかった。行方を眩ませただけ。そして……おそらく、腕の良い魔法使いにでも拾われたんでしょうね。現在、彼女は魔法使いタレントとして活躍し、過去を隠蔽し、パルフェクトと名乗っている」

「……んー? ちょっとよくわかんな……」

「時効だろうが関係ないんですよ。やってしまったものはしょうがない。ね? 間抜けちゃん。人を殺しちゃいけません。それも魔法を使える人間が、魔法を使えない無力な人間を殺してはいけません。法律でも決められております。ルールは守らないと。ね?」

「お、お、仰る通りかと。でも、あた、た、しには関係ないことですので」

「あら、逮捕してもそう言えます?」

「姉は死にました」

「パルフェ」

「死にました! 誘拐されて殺されたんです! お墓もあります!」


 ……あたしはドクドク震える心臓を隠して、必死に隠して、ジュリアに微笑む。


 ……パルフェクトさんは何も関係ありませんよ。

「……」

 ジュリアさん、あたしの髪の毛取ったんですか? それ、本当にあたしのですか? もしかしたらセーレムのかもしれませんよ。あの日、あたしの側にずっといたので。……あー。かつ丼美味しーい。


 話題はないか。早く切り替えないと。ミランダ様、どうしよう。ミランダ様。ミランダ様。落ち着け。パニックになるな。見せるな。見せちゃいけない。大丈夫。深呼吸して。かつ丼美味しい。味がしない。集中して。お姉ちゃんのことを思い出すな。大丈夫。大丈夫だから思い出すな。大丈夫。落ち着いて。大丈夫。


 ジュリアさんがかつ丼を食べ続けるあたしを見て、自分の顎を撫でた。


「……んー。これは困りましたね。間抜けちゃんがそこまで口が堅いとは思いませんでした。……大切なお姉さんですもんねー。そりゃあー……守りたいですよねー」

 ……ジュリアさん、かつ丼冷めますよ? 折角買ってくださったのに。

「実はですねぇ、間抜けちゃん。君次第でこの事、魔法省には黙っていようとも思うんですよ」

 ……はい?

「君次第で私がこの事実をお墓まで持っていこうということです。ええ。君次第です」

 ……あたし、関係あります?

「お姉さんを守りたいですよね? 逮捕されたくないですよね?」

 ……。ジュリアさん、お茶いかがです?

「今週の……うん。金曜日がいい。学校が終わってからでいいです。うちで家政婦のアルバイトをしてほしいんです」

 ……家政婦。

「難しいことはありません。ただ、私に夜ご飯作ってくれたり、寝る前の喋り相手になってもらいたいんです! あ、……もちろん。一晩お泊りで」

 ……。

「ミランダには内緒ですよ? 君にこういうやり方で誘ったってあの女の耳に入った瞬間に……後々面倒なことになりかねませんから」

 ……。

「一晩でいいんです。その一晩私と過ごしていただければ……お姉さんは何があっても絶対に逮捕しませんし、罪に問われません。……パルフェクトとして人を殺せば、また違いますが」

 ……。

「どうします?」

 ……一度……考え……。


 紫の瞳があたしの目を覗き込んだ。


「 今 決 め て く だ さ い 」


 その言葉を言われ、肩を掴まれた瞬間、あたしの頭が完全にパニックになった。逃げ道が閉ざされた気がした。


「君に残された時間は今この時のみ。来なければ証拠を差し出して逮捕します。来てくだされば何もしません」

 ……あ……う……。

「来ますか? 来ませんか?」

 あ……たし……。

「お姉さん、逮捕しますか? しませんか?」

 し……らない……で……す……。

「逮捕、していいんですね?」

 ……。……。……。

「いいんですね?」

 や、

「え?」

 ……。

「何ですか?」

 ……。

「どうします?」

 ……ミランダ様に……相談……しな……い……と……。

「お友達の家に泊まりに行くって言えば大丈夫です。子供じゃないんだから」

 ……。

「お給料も弾みます。アルバイトなので」

 ……。

「ね?」

 ……。

「黙ってちゃわからないんですよ」


 瞬きした。瞼を上げると……ジュリアさんとあたし以外、暗闇に包まれていた。目の前にはジュリアさんしかいない。ジュリアさんしかいないのだ。ミランダ様、どうしよう。ミランダ様、どうしたらいいんでしょう。頭の中でぐるぐる思っても返事をしないとジュリアはあたしから離れない気がした。離れないどころではない。


 お姉ちゃんが――。


「どうするんですか? 来るんですか? 来ないんですか?」

 ……。

「お姉さん、守りたいでしょう? じゃあ……君がやるべきことは? 間抜けちゃん」

 ……。

「来るの? 来ないの?」

 ……い……。

「はい?」

 ……行き……ます……。

「……」


 ……ようやく、ジュリアさんが元の笑顔に戻った。


「そうですかぁー! それは良かったぁー!」


 瞬きして瞼を上げると、……景色は元に戻っていた。あたし達は裏口で空っぽになった容器を持っている。


「ふーう! 仕事が一つ減りました! ああ、良かった、良かった!」


 あたしはようやくまともに呼吸できるようになった。額から一気に汗が吹き出てきて、肌を滴った。


「ああ、久しぶりの手料理! 私、肉じゃがが食べたいです! ザ・家庭料理って感じがするでしょう!?」

 ……。

「金曜日はいつ学校終わるんですか?」

 ……16時に……終わるので……買い出しするとなると……17時くらい……とか……。

「ああ、それは良いですね! では17時に中央区域駅の東口で待ち合わせしましょうか!」

 ……わかりました。

「ああ! 肉じゃが楽しみ! あ、間抜けちゃん、持ち物は杖と次の日の着替えだけで結構ですよ! あとは全部家にありますから!」

 ……。

「じゃ、……楽しみにしてますね」


 空になった容器を袋に入れて、ジュリアが立ち上がり――あたしの耳に囁いた。


「また連絡します。ストピド間抜けちゃん」


 ジュリアがワニの玩具を持ち上げてふらふら歩き――容器と一緒にゴミ箱へ捨てた。残されたあたしはしばらく座ったまま、放心状態で動けなくなってしまった。

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