第8話 諦められない


 目覚めると、あたしは魔法使い専門病院に入院していた。杖を持つ方の左手酷い火傷が残ってて、でもそういうのを治してくれる病院だから、あたしは大人しく利き手を使って入院生活を送る。様子を見に来たマリア先生があたしに言った。


「ご両親に連絡したら、お母様が来てくださるそうよ」

 断っておきます。

「え?」

 スマホ、どこですか?

「ええ。……そこよ……」

 ちょっと失礼します。


 あたしはスマートフォンを使ってママに連絡した。


『もしもし、あんた大丈夫なの!?』

 平気だから来ないで。

『いや、行くから!』

 もう退院するから、来てもらったところで意味ないよ。お金かかるだけ。

『……大丈夫なの?』

 大丈夫だから。

『アパートどこ? 夜ご飯でも作りに……』


 あたしはスマートフォンを切った。マリア先生を見る。


 連絡してくださってありがとうございます。

「一ヶ月入院よ」

 ……そうですか。入院費かかりますね。アルバイト増やさないと。

「大丈夫よ。今回のはイベント中に起きた事件だから、学校側から出るわ」

 ……じゃあ、久しぶりにゆっくりしてます。

「ルーチェ」


 マリア先生が真剣な顔で椅子に座った。


「魔力を持ってる者は、魔力の使い過ぎに注意しなければいけない。なぜだかわかるわね」

 副作用が出るからです。目が見えなくなったり、体の一部が悪くなったり。

「その通り」

 討伐で頑張りすぎた魔法使いはそれが原因で引退する方が後を絶たない。

「そうよ。ルーチェ、貴女は自分が何したかわかってる?」

 マリア先生、あたしはこのイベントに誘われた時、とても嬉しかったんです。お金が入らないにせよ、魔法使いとしてあたしの初めてのお仕事です。このイベントにこの先の人生を賭けてました。絶対に失敗したくなかったんです。

「あれは誰も予想してなかったことよ。狂暴化した獣がイベント会場で暴れるなんて」

 だったら魔法でなだめれ良いじゃないですか。あたしはそうしただけです。

「ルーチェ!」

 あたしが練習してきたもの、あのリス達に潰されました。


 窓には、小鳥が木に止まって歌を歌っている。


 ずっと、練習してたのに。

「……ルーチェ……」

 ただ……、収穫は山ほどありました。アーニーちゃんを見て学びました。あの子、滑舌すごいですね。明瞭さが声優やアナウンサーみたい。ああいう子が魔法使いになるんでしょうね。もうちょっとで危なかったところを、アーニーちゃんが早口で呪文を言ってくれたことによって助かりました。すごいですね。よくわかりました。やっぱりあたしには才能が無い。実力も無い。10年経っても魔法使いになれないのにも納得です。上のクラスに上がれないのも痛感しました。


 あたしは両手同士を強く握りしめた。


 ふとした時に、もう辞めてしまおうって思うんです。

「ルーチェ」

 同期は全員辞めました。誰一人残ってません。子供の頃は良かった。まだ時間があるって思ってたから。でも、いざちゃんと考えてみたら研究生から上がれたって、その後も特別研究生クラスが待っていて、その後もひよっこクラスが待っていて、駆け出しクラスが待っていて、いつまで経ってもスタート時点の『魔法使い』にはなれない。ずっと下積み。あたし、もう18歳です。友達は皆高校を卒業する準備をしていて、大学に行ったり、働いたり、でもあたしはいつまで経っても光を追いかけてる。


 マリア先生、


 あたしはいつだって辛いです。練習なんて楽しくない。滑舌なんていつ治るかわからない。辛くて、痛くて、嫌な事ばかり。本当は今すぐにだって辞められるんです。でも、学校を辞めてしまったら、あたしが生み出したい光はきっともう生み出せなくなってしまう。そんな気がするんです。光の魔法使いという称号を手に入れられず、理想の光も生み出すことのできないまま、あたしは、一般人に紛れて、蛍のような光で満足する。


 あたし、それが嫌なんです。

 死ぬほど嫌なんです。

 胸が張り裂けそうになるんです。

 どうしてこんなにも光というものは愛おしいのでしょうか。

 光さえなければ、あたしはとっくの昔に魔法使いなんて諦めて、安定した会社に就職するための勉強をして、何不自由ない生活をしているはずなのに。


 光が憎たらしい。そして殺したくなるほど愛おしい。依存してしまうほど光を愛してる。

 復讐じゃない。あたしは光を愛してるからこそ光魔法使いになりたい。もっと光を追及して、光を求めて、追いかけて、理想の光を『あたしが生み出す』までは、この道は辞められない。


 それを、……のイベントだったのに。


 こんな中途半端にされたら、辞めるにも辞められないじゃないですか!!


「……」


 マリア先生がグラスに水を注いだ。


「飲みなさい。……感情の乱れは命取りだから」

「……」

「ルーチェ、……まだ……学校を続ける気はあるの?」


 あたしはこくりと頷いた。


「そう。……だったら」


 マリア先生が杖を取り出した。宙に長方形の絵を描く。するとその絵が立体的となり、それが手紙として形となり、マリア先生が唇を尖らせて、ふう、と息を吹くと、あたしの手の中に納まった。


「退院したら、……いつでもいいわ。覚悟が出来次第アパートの荷物をまとめて、封筒に書かれている住所に行きなさい。そこには、ちょっと気難しいけど……凄腕の魔法使いがいます」


 マリア先生が言った。


「本気で弟子入りしてきなさい」


 ゆっくりと腰を持ち上げ、立ち上がる。


「ルーチェ、皆同じ思いをして頑張ってる。辛いことも痛い事も乗り越えて、魔法使いとして活躍している。確かに目指してる人は多くて人気のある職業だから倍率は厳しい。滑舌が良くないといざって時に呪文が発動しない可能性もあるし、だからこそ皆日々精進して練習に取り組む。そうね。いくら貴女が……発達障害を持っていたとしても、私達はそれを理由に贔屓することは出来ない。それはわかるわね?」


 ええ。わかります。この道にいる以上、発達障害は理由には出来ない。理由にしたいなら、優遇してくれる場所に行けばいいだけ。きっとそっちの方があたしにとっては楽園のように幸せなのだろうと思います。


けれど、美しい光がない生活なんて、生きた心地がしない。


「私には今回の責任という名目で、元教え子に貴女を紹介することが出来る。この手紙を持っていきなさい。やるかやらないかは貴女次第よ。ルーチェ、貴女の人生なのだから……貴女が選びなさい」


 マリア先生はそう言って、微笑み、病室から出て行った。



(*'ω'*)



 スマートフォンが鳴って目が覚めた。アパートの大家さんかもしれない。やべえ。家賃どうしよう。あたしはボタンを押した。


「はい……。ルーチェ・ストピド……」

『ルーチェ!!!!!!!!!』


 ……鼓膜が破れるかと思って、あたしはスマートフォンを遠ざけた。


『目が覚めたって聞いたから!!!! 元気!!!!????』

 ……アーニーちゃん、おはよう。元気だよ。

『イベントではお互い大変だったね。……副作用大丈夫?』

 大丈夫。痕も消えてきたし、もう少ししたらご飯も食べられるようになるって。

『ご飯が食べれないの……!!?? 何その地獄!! あり得ない!! 本当にあり得ない!!』


 あたしは変わらないアーニーにクスクス笑った。


『でも、ルーチェが無事で良かった。あの後色々大変だったんだ。事情聴取されたり、ニュースに取り上げられたり……あ、そういえば、ルーチェ、あの、マスコミの人でね』

 うん?

『なんか……ルーチェの先輩って言う人に会ったよ? バイト先が一緒だって』

 ああ。……そうなの。気前のいい先輩で、昼は記者として働いてて、夜はうちのバイト先でアルバイトとして働いてる。

『記者なのにアルバイトしてるの? なんかそれはそれで怖いね。すごい見られてそう』

 先輩は張り込みとかはしないみたいだよ。この間ラーメン奢ってもらったんだ。

『ラーメンいいね! 元気になったら食べに行こうよ!』

 そうだね。アーニーちゃんさえ良ければ。

『都合が良い時チャットで教えてよ。あ……私が駄目かも』

 忙しいの?

『あのね、イベントをやる前から決まってたんだけど、……私、魔法使いとしてデビューするの』

 ……。


 外の木から葉っぱが落ちた。


 ……そうだったんだ。……おめでとう!

『……ありがとう。……それで、……あのイベントは、駆け出しとしての最後の案件だったの。マリア先生がぜひ私にやってもらいたいって声かけてくれて。それで、……相棒になる人がすごく見習えるところがあるから、デビューする前に観察して、盗んで来いって言われて』


 あたしの口が止まった。


『ルーチェ、確かに滑舌気になるよ。唄い方も安定してないし、さ行とか、ら行とか、気になる箇所は細かいところ言えばあるけど』


 あるけれど、


『でも、私ルーチェは絶対に良い魔法使いになると思うんだ! だって、ルーチェが……本当に魔法を愛してること、すごく伝わったもん!』


 あたしは息を吸い込んだ。


『今の時代、魔法使いって沢山いるし、なるには本当に難しいけど、でも……ルーチェの魔法は確かに本物だった。だから、……待ってる!』


 アーニーの言葉が心に響く。


『待ってるから! 早くここまで来て!』


 ゆっくりと息を吐き、……あたしはゆっくりと、口を動かした。


「ありがとう」


 それだけは、どうしても噛みたくないから、揺れる視界を無視して、ゆっくりと息を吸い込んで、落ち着いて、……震える声でしっかりと喋る。


「もう少し頑張ってみるから……待ってて」

『もちろん!』


 アーニーが鼻を掻いた気がした。


『ルーチェがデビューする前までにいっぱい討伐案件貰っておくつもりだから、一緒に山のふもとらへんに冒険に行こう!』

「討伐は……しばらくいいかなあ……」


 鼻をすすったあたしの目玉が動いた。

 ベッドの横にある棚に、マリア先生から貰った手紙が置かれていた――。


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