第7話 予想外の展開


『レディース・エーンド・ジェントルマーーーン!』


 あたしの声が公園に設置されているスピーカーから響き渡った。


『本日は魔法使い達による魔法使い達の為の魔法使い達のパフォーマンスイベントにお越しくださいまして……っ、誠にありがとうございまーす!』

『今回、司会進行を務めさせていただきます! 羊第一号のアーニーと!』

『羊第二号ルーチェ!』

『この二頭の羊でお送りしていきます!』

『『よろしくお願い致しまーす!』』


 見に来てた子供が母親に「可愛い」と伝えた声を無視して、あたしは次の台詞を謡った。


『さて、始まる前に諸注意です! 一号!』

『音の鳴る電子機器はなるべくマナーモードでお願いしまーす!』

『パフォーマンス中に音が鳴ると、っ、しつ演者の人達が驚いちゃうかもしれないので、ご協力をお願いしまーす!』

『お願いしまーす! それではー! 電子機器チェックたーいむ!』


 ――箒よ箒よ、踊りたいか、良かろう、一緒に踊ろうぞ。


 あたしとアーニーが呪文を唱えて箒を立たせる。そして二人で肩に腕を通して箒と一緒に踊り出す。さんはい。カステラ一番、スマホは二番、三時のおやつは……。


「ママ、あれ見たことある! カステラのやつだ!」

「きゃははは!」

「箒が踊ってるー!」


 子供ウケは良いみたい! 羊にして良かった! アーニーと手を叩き合って立ち位置に戻る。


『準備はよろしいでしょうかー!』

『それではー! まず最初に……っ、空気を温めたいと思いますのでー! お笑いからいきましょーかー!』

『お笑い魔法使いはどんな魔法を見せてくれるのでしょうかー!』

『【ギャグセンス】のお二人です! どうぞー!』


 あたしとアーニーが舞台から出て行くと、お笑い魔法使い達が舞台へ登場した。アーニーがあたしの背中を撫でる。


「ルーチェ! 呼吸して!」

「すー……はー……すー……はー……」

「大丈夫?」

「だい、じょうぶ……!」


 もっと腹式呼吸を意識して声を出そう。


「アーニーちゃん……楽しいね!」


 言うと、アーニーも笑顔を浮かべて頷いた。

 楽しい。光が当たる。太陽は人々を照らし、アーニーとあたしを照らす。胸がドキドキする。呼吸は浅くなってしまって苦しくなるけど、楽しくて仕方ない。


(お願い。このまま上手くいって)


 嫌なことが起きませんように。言葉を詰まらせて、噛みませんように。


(お願い)


 お笑いの魔法がドカンと受けていく。



(*'ω'*)



 リスの集団が走る。

 ドングリを抱えている。

 家に帰って食べるつもりだろう。

 しかし一匹のリスの動きが突然止まった。鼻をスンスン動かして、辺りを見回し――突然闇に包まれた。



(*'ω'*)



 次の順番はアイドルグループだ。

 あたしとアーニーがステージの上に戻ってきた。


『チーム【トライアングル】の皆さんでした! ありがとうございましたー!』

『ねえ、二号はトライアングルって言葉、どう思う?』

『……そーですねー!』


 アーニーちゃん、お願い! 変なアドリブをかまさないで!! あ! にたにたしてやがる! ここは大人の余裕を見せなければ!


『三角関係みたいで燃えますねぇ』

「三角関係ですか!? 予想外の言葉が出て私あわあわしちゃう! 良い子の皆は知ってるかなー? トライアングルっていうのは三角形のことでねぇー!」


(ん?)


 マイクの電波が切れた。アーニーの声がスピーカーに響かなくなり、アニーがマイクを叩いた。


「あらあら、たいへーん! マイクが……居眠りこいちゃったみたいですぅー!」


(やばい。予想外のことが起きて頭がパニック……)


 パニックになってる暇はない。あたしは無理矢理意識を集中させる。


「マイクさーん! 起きてー!」


(げっ! あたしのマイクもだ! アーニーちゃん!)


 アーニーがあたしにウインクした。


「仕方ないからこのまま喋り続けるしかないようですね! 二号!」

「一号、ちょこっとばかしよ、様子をみて、っ、みようじゃない!」


 あたしとアーニーが裏を見た。裏では先生達が走っている。


「どうやらマイクが昼寝をしたらしくて、スタッフ達が大慌てしてますねぇ! 仕方ないから二号、私達で繋げましょうか!」


(繋げる!?)


 どうやって? アーニーがにこりと笑った。


「実は私達、こう見えても魔法が使える羊なんですよぉー!」


 アーニーが杖を取り出した。あたしははっとした。


「炎よ生まれろ、この場で揺らめけ。まるでそれは、情熱の恋!」


 アーニーが魔力を発動させた。その場に大きな灼熱の炎が浮かび、人々を圧巻させる。


「きゃー! 人魂だー!」


 大きな炎を細かくちりばめて炎を宙に飛ばした。観客達が関心の声を上げた。子供たちが手を伸ばしたが、人魂となった炎は火傷しないように小さくなってやがて消えていく。


(すごい)


 アーニーが空気を壊さないように盛り上げている。


(あたしには……何が出来る?)


 あたしは辺りを見回す。まだここは明るい。


(明るくて、火がメインなら……)


「そーれどうだー! 人魂だー!」


 ――風よ吹け。火を乗せろ。そなたは火を運ぶ船となりて。


「んっ」


 アーニーが瞬きした。人魂が風に吹かれてまるで宙を泳いでいるように移動を始めた。人魂同士でぶつかりあって喧嘩が始まった。大砲を用意するために他の人魂たちが協力し合う。観客から笑い声が広がった。あたしは風を操る。アーニーはニッ、と笑い、呪文を唱えた。


 ――火よ燃えろ。細かく小さく風に乗れ。風はお前の味方だよ。


 もっと細かく散りばめて、人魂同士の醜い争いに拍手が起きた。もっと魔法を使おうか。いや、ここまで来たら風を操るだけでいい。主張しすぎてはいけない。人魂の船。微調整が難しい。けれど、これでいい。アーニーの背中をあたしが押す。主張者はアーニー。あたしは魔力を押さえる。風を操るだけの地味な作業。人魂が浮かび、飛んで、空高く飛んでいくと――。


「皆様!!」


 マリア先生が飛び出してきた。


「ただちに避難してください!!」


 あたしとアーニーが目を見合わせたその瞬間、ステージが巨大な何かに壊された。


「きゃーーーー!!」

「逃げろーーー!!」


 人々が悲鳴を上げる。包まれる埃の中、あたしはそっと目を開けた。


(何? 何?)


 あたしは辺りを見回す。


(アーニーちゃん? マリア先生?)


 埃で何も見えない。


(アーニーちゃん?)


 あたしは振り返った。影が見えた。


「アーニーちゃ……」


 口を開いたまま、目を上に上げた。

 巨大な何かが、鼻をスンスンさせながらあたしを見下ろしていた。

 あたしの思考が一瞬止まる。そして思う。なんだかリスみたいな動物だなと。つぶらな瞳の動物はとがった爪のついた両手をあたしに向けた。


(あ)


 まるでスローモーション。


(両手があたしに向かって前に出ている)


 このままだとあたし、あの爪に刺されるだろうな。頭ではわかってる。


(だけど)


 体が動かない。


 爪が、近づいてくる――。





「炎よ現れ獣を燃やせ!」




 アーニーがあたしの前に足を滑らせ、杖を構えた。早口で唱えた呪文で火が現れ、獣の両手を燃やした。獣が悲鳴を上げて後ずさる。


「灼熱地獄だ炎よ包め! 時計回りで怪談話!」


 火が時計回りに燃え始め、獣を包んだ。


「炎よゆらめけ踊り出せ! 獣を外へは出してならん!」


 火が獣を閉じ込めた。獣は逃げようにも炎に包まれて逃げられない。マリア先生とフィリップ先生が走ってきた。


「アーニー! ルーチェ!」

「こっちだ! 早くおいで!」

「ルーチェ!」


 アーニーがあたしの手を掴んだ。


「早く!」

「ま、……っ!」


 あたしはアーニーの手を引っ張った。


「わっ!」


 小さなリス達が移動しようとしていたあたし達に目掛けて飛び出してきて、ステージの上に着地した。ぎらついた目をあたし達に向け、あたしとアーニーを囲む。あたしとアーニーは背中を合わせた。


「ルーチェ、杖はある?」

「ある」

「このリス達、様子が変」

「殺すのは、よよよよよく、良くないよね」

「とりあえずは気絶を目指そう」

「……」

「出来る?」

「……やってみる」


 あたしとアーニーが杖を構え、アーニーが叫んだ。


「お相手致そう! リスさん方!」


 目のおかしいリス達が飛びついてきた。


「炎よ燃やせ触れば熱いぞ火傷するぞ!」

「風よ台風となりて吹き飛ばせ」


 アーニーの杖からは炎が出て、あたしの杖からは風が出た。リスが燃えて、リスが吹き飛ばされる。しかしリスはめげない。一匹一匹違うタイミングで飛びついてきた。アーニーの舌が回る。


「フライパンはいかがかね。ポップコーンはいかがかね」


 巨大なフライパンが現れてリス達が乗せられた。蓋をすればぽんぽこ音を鳴らし、蓋を開ければポップコーンに包まれたリス達が目を回して地面に散らばった。リスがあたしの着ぐるみに飛びついてきた。とがった前歯を見せ、威嚇してきた。


(冷静に!)


「目を閉じれば闇世界」


 リスの目が閉じられた。


「風よ吹き荒れろ。吹き飛ばせ」


 リスが着ぐるみについてたリスごと大きく吹き飛んだ。隙間が出来た。


「ルーチェ!」

「アーニーちゃん!」


 アーニーとあたしが手を握り、ステージから走り出した。リスが一斉に飛びついてきたが、マリア先生が杖を構えて、怖い顔で呪文を唱えた。


「この竹垣に竹立てかけられてる竹になりたくなければとっとと竹たてかけられた場所に帰るがいい!」


 フィリップ先生があたしとアーニーを抱き止めた。マリア先生の杖から巨大な竹が現れ、竹が振り回されると竜巻が起き、リス達が森の方へと吹っ飛んでいった。


「ふん。生徒達に手出しはさせません」


 マリア先生が鼻を鳴らして腕を下ろそうとした直後――火の中から巨大リスが抜け出してきた。あたしとアーニーが悲鳴を上げた。マリア先生が目を丸くした。巨大リスは燃えているのにその生命も激しく燃えて、あたし達に強い憎悪を抱いて一歩一歩近づき、そして、甲高い鳴き声で叫んだ。


「一体これはなんなの! フィリップ!」

「二人は逃げるんだ!」

「先生! 前!!」


 アーニーが叫ぶと、マリア先生とフィリップ先生が巨大リスに叩かれ飛ばされた。二人が当たって壁が崩れる。


「先生!」

「アーニーちゃん、危ない!」

「うわっ!」


 リス達が巨大リスの方へ走っていく。


「ルーチェ、あいつら集合してる!」


(様子がおかしい。……魔法使いの皆はどこに行ったの? ……あ)


 空で、いくつか箒に乗った魔法使いがカメラを構えている。


「皆様、ただいま『燃えれ沼泥公園』のど真ん中で、巨大リスが大暴れしています! これは大変です! 運が良い事に逃げ遅れた人達はいないようで……」


 カメラマンがカメラ越しにあたしの顔を見て、素っ頓狂に叫んだ。


「あれ!? ルーチェちゃん!?」


 巨大リスがカメラマンを睨み、腕を振り上げた。その瞬間、手が箒の先にかすり、カメラマンが慌てて逃げた。


「ひええ! ありゃ無理だ! とても近づけません!」

「現在、燃えれ沼泥公園のイベント中に狂暴化した巨大リスが現れ、暴れております! 巨大リスだけではなく、森からリス達が公園まで集まっており、人を見ては襲っている報告がされています。これにより警視庁と魔法省は……」


 リスがレポーターに飛びついてきた。


「きゃーあ!!」

「撤退! 撤退!」

「誰か何とか出来ないのか!」

「怖いよママー!」

「いいから走って!」


 あたしとアーニーが呆然と見上げる。走ってきたリス達が巨大リスの外側に貼りつき、まるで鎧のような形となって巨大リスを包んだ。巨大リスが雄叫びを上げる。まるでこの世界は俺様のものだとでも言いたげにご自慢の大きくなった足を動かし始めた。


「ルーチェ、逃げよう。ここ、危ないから……!」

 カメラに映ったっていうことは、討伐が得意な魔法使いが駆けつけてくるはず。

「ルーチェ?」

 先生達戻ってこないし、他の魔法使いもいないし、足止め出来るのはあたし達だけしかいない。でしょう?

「いや、確かにそうだけど、でも、足止めって言ったって……」

 アーニーちゃん、出来る限りやってみよう! 大丈夫。時間を稼ぐ程度ならいけると思う!

「……時間稼ぐ程度ね」


 アーニーが汗を拭った。


「魔力使い過ぎてへとへとだよ。5分が限界」

 5分も持つなら十分だよ。

「行くよ! ルーチェ!」

 やってみよう! アーニーちゃん!


 鎧リスに杖を構えてアーニーが呪文を唱え出す。


「灼熱地獄じゃ苦じゃ楽じゃ、楽じゃろ苦しゅう辛じゃろう!」


 あたしは集中する。とにかく目の前の事に。


「眠れや眠れ、すやすや眠れ。そなたの視界は全て闇」


 火の壁が現れる。鎧リスは怒ったように叫び、足で火を踏み始めた。アーニーが一瞬ぐらついた。あたしは続ける。


「月が昇れば真夜中一点。星空浮かばぬ暗闇広がれ」


 あたしの杖から暗闇が飛ばされた。霧のような闇が鎧リスの足元を包んだ。このままでは足元が見えないではないか! 足元の鎧が崩れた。リスの探検隊が暗闇の中を駆け出した。


 ――蛍の光よ。窓の雪。


 光が浮かんだ。リス達は闇の中に光が現れたものだから周囲が見えるようになった。よーし、列を作るぞ! 男女男男女男女で並べ! リスが男女男男女男女の一列で並び、蛍のような美しい光を頼りに進み始めた。この先、なんだかゴールな気がするぞ! リスの隊長が颯爽と走り出し、――ぴたりと止まった。二本の杖が向けられていた。


「炎よ」

「光よ」

「「意識を飛ばせ」」


 アーニーとあたしの魔法が協調し、同調する。火と光がものすごい勢いで走り、一列のリス達の意識を順番に飛ばしていく。まるで雪崩のようにリス達が倒れていき、巨大リスの鎧が片足部分だけなくなった。魔力が足りなくてなって、ぴかっと光って同調した魔法が消えた。あたしとアーニーが汗を流して膝をついた。息が乱れて上手く呼吸が出来ない。


「嘘でしょ……まだ残ってる……」


 うんざりしたようにアーニーが言うのもわかる。だって鎧みたいになってた小さなリスが気絶して、巨大リスの片足の鎧がなくなっただけなのだから。


「魔力が、はあ、これ以上は……はあ……」


 リスの片足が動いた。地面が揺れる。風が吹く。あたしはふらつく足を立たせて、アーニーの前に立ち、杖を構えた。


「ルーチェ……」

「まだ残ってる」


 昔のあたしは魔法使いになる自信があった。

 なぜなら、あたしは重たいほど大きくて巨大な魔力を持っていたから。


(集中しろ)


 流れる汗を無視して、震える足と腕を無視して、肩の力を抜いて、大きく息を吸って、腹式呼吸で声を出せ。もう片方の足からリスの大群が鎧を崩し、あたしに向かって一直線に走ってきた。おぞましい。恐ろしい光景にあたしはひたすら集中した。大丈夫。出来る。目の前の事だけに集中して。苦手な単語は使わず、簡単な言葉で簡単な魔法を。だから光魔法は駄目だ。得意科目で行こう。あたしの髪の毛が風で揺れる。


「夜が来る。闇夜が来るぞ。眠る準備は出来たか。小童」



 さあ――魔法を始めよう。



 突然リス達は今の時刻が夜になった気がした。一人がお腹を空かせた。一人が眠らなければいけない気がした。けれど隊長はみんなに言う。今は昼間だ。見てみろ。空が明るいじゃないか。見上げてみれば、なんてこった。驚きだ。さっきまで明るかったそれに闇が広がっているじゃないか。きらりと流れ星が光った。リス達は混乱した。だって今まで昼間だったのに。一体どうしたと言うんだ。さらに子守唄が聴こえてきた。なんてことだ。魔女が子守唄を歌っているぞ。眠れ、眠れ。みんな眠れ。ああ、なんだか眠くなってきた。眠れ、眠れ。隊長、きっともう夜なんですよ。そうですよ。夜は眠らないといけません。なぜなら私達、昼型だから。眠れ、眠れ。ああ、どんどん眠くなってきた。安らぎのあるBGMが流れてくるぞ。川のせせらぎが聴こえてくるぞ。どんどん眠くなってきた。夜は眠らないと。さあ、眠れ。眠れ。夜は続くぞ。暗闇がお前達を飲み込むぞ。眠れ。眠れ。眠りなさい。


「お休みなさい。スクワーレル」


 ――リス達が眠った。闇がリス達を覆っていく。夜だと勘違いしたリス達は一斉に眠り始めた。あたしは魔力を注ぐ。集中しろ。手が震える。集中しろ。手が震える。大丈夫。杖があたしの魔力を吸収していく。大丈夫。指の感覚がなくなってきた。大丈夫。大丈夫。大丈夫。足に力が出ない。だけど踏ん張る。全部のリスを眠らすまでは倒れない。目が充血していく。足りない。もっと。もっと。大丈夫。まだ残ってる。あたしの心臓がトクトク動く。大丈夫。魔力を注ぐ。心臓がドキドキしてくる。大丈夫。まだ大丈夫。あたしの闇の全てをリス達に注ぐ。


 最後の一匹が眠った。


「っ」

「ルーチェ!」


 アーニーが倒れたあたしを抱き止めた。


「ルーチェ! ルーチェ!!」

 やった……。あたしの勝ち……。

「ルーチェ、溶けてる! 手の皮膚が溶けてるよ!!」

 あたし……すごいでしょ。えへへ。あたし、発達障害者だけど、見てた? アーニーちゃん。すごかったでしょう?

「副作用だ! どうしよう! ルーチェ!」

 ……あたし、実力も才能もないけど、魔力だけは自信があるんだ。ね、アーニーちゃん、あたし、魔法使いになれるよね。これだけやったんだから、光の、魔法使いに……。

「っ!」


 アーニーが顔を青ざめさせた。巨大リスの下半身は丸裸。けれどまだ上半身には鎧が残っていて、巨大リスもまだ残っていて、あたし達をぎらついた目で見下ろし、丸裸になった足を動かした。


「ああああああ神様女神様仏様ぁ! どうかどうかお願いします! 今年一年必ず良い事しますから助けてください助けてください助けてください!!」


 アーニーが早口言葉のように叫んだ。


「助けてくださいーーーーーーーーー!!!!」




 ぴかっと光った。




 あたしとアーニーがはっとした。目で光を追った。光がふわふわと巨大リスに近付くと――一気に巨大リスを包み込んだ。


 ピイイーーーーーーーーーーーーーーーーー!!


 巨大リスが笛のような高い鳴き声で叫ぶ。


 ピイイーーーーーーーーーーーーーーーーー!!


 鎧のリス達も崩れる。


 ピイイーーーーーーーーーーーーーーーーー!!


 皆叫ぶ。だがしかし、闇に捕まった。リス達がわさわさ暴れ出すが、闇から大きな両手が出てきて、リス達を闇へ引きずり込んだ。


 ピイイーーーーーーーーーーーーーーーーー!!


 リスが光に照らされる。


 ピイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ。













 巨大な何かが倒れた音。公園の土が潰れた音が聞こえたと同時に、竜巻のような風が吹く予感がした。あたしを抱きしめたアーニーがきゅっと唇を噛んで、杖を構えたが、魔法が発動されることはなかった。アーニーの前で誰かが壁になって、防壁の魔法を作っていた。地面は大きく揺れたけれど、肌に当たった風は非常に穏やかであった。


 あたしはぼやける視界の中、震える瞼を上げた。


 ――黒いヒールが見えた。



「そいつは生きてるのかい?」

「大丈夫です!」

「救急車が来てるはずだよ。教師達は?」

「ミランダ!」

「ああ、マリア先生、お元気そうで何よりです」

「まあ、なんてこと! ルーチェ!!」


 マリア先生の声が聞こえる。


「もう大丈夫よ! ルーチェ! 聞こえる!? ルーチェ!」

「魔力の使い過ぎでしょう。使い過ぎたら副作用が起きる事、よく教育しておいてください」

「そんなのよく言ってるわ! この子はね、こんなになるまで頑張ってくれたのよ! ルーチェ! 私がわかる!?」


 あたしの視界はぼやけている。ただ、マリア先生が誰かを叩いたことはわかった。


「ミランダ! 運んでちょうだい!」

「なぜ私が……」

「いいから早くして!」

「わかりましたから叩かないでください。貴女は力加減を知らないから……」

「早く!!」

「わかりましたってば!」


 柔らかな手があたしを抱いたと思えば、低い声で言った。


「……思ったより重たいね」


 失礼な。


「空気よ、体を運べ、私が抱いても良いように」


 聞いたことのない声。救急隊員の人かな。あたしはぼやける視界を定めようとしてみる。けれど、定めたところで目の前には、髪の毛が真っ黒な、まるで闇そのものの魔女、と呼ばれそうな……美しい女がいるだけだった。


(あたし、美人は嫌い。すんなり女優枠モデル枠アイドル枠で魔法使いになれるから)


 でも目の前の女は本当に美しい。闇の女神みたい。


(……なんか……疲れた……。……手が痛い……ヒリヒリする……)


 眠たい。

 このまま眠ったら、しばらく目を覚まさない気がした。

 だから、もうちょっと待って。その前に……最後に見たいの。


 闇の女神が目の前にいるならば、その闇を利用させてもらおう。光は、闇が濃ければ濃いほど輝くから。


「ほ……たる……」

「ん?」

「まどの……ゆき……」


 ふわりと、あたしの周りに光が浮かびあがった。それを闇の女神が眺める。


「き……れい……」


 闇に灯る光はより美しい。あたしは光を眺め、ゆっくりと、――瞼を閉じた。






 ……貴女だったんですね。あたしを運んでくださったのは。


 ……。


 もう少しで終わります。もう少し、何卒……お付き合いを。

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