第6話 準備期間
あたしは暗い部屋に光を散りばめて、チラシを見る。
(色んな分野で活躍する魔法使い達のステージ発表の司会進行役。二名)
「お金は出ないけど、私が選抜した生徒しか出られないイベントなの。このイベントの名前聞いたことない?」
公園で見かけたことあります。マリア先生が主催だったんですね。
「ルーチェ、協調性を大事にする貴女には持ってこいの案件だと思うの。お返事は?」
……参加します。
「よろしい!」
参加するとは言ったけれど、実際どうなるかわからない。現に、もう自信は失って、モチベーションも下がって、あたしのやる気は地の底だ。魔法使い? どうでもいい。あたしには光があればそれでいい。
(……これで決めよう)
このイベントにあたしの未来を賭けよう。これで失敗したと思ったらもう学校をやめて就職しよう。それで、もし、……このイベントで、上手くいったと思ったならば。
(……)
アルバイトに行く時間だ。あたしは立ち上がって、着替え始めた。
(*'ω'*)
イベントの打ち合わせの為、休日に学校に集まる。
(あれはパフォーマンス分野の人達……)
(あれはお笑い分野の人達……)
(あれはアイドル分野の人達……)
あ、司会者の控室だ。あたしはドアをノックしてからドアの取っ手を捻った。
「失礼します。初めまして」
ドアを開けた。
「司会進行役のルーチェ……」
――目の前に、真っ赤な髪の毛をなびかせ、目をきらきら輝かせた女の子の顔が視界を埋めた。
「初めましてぇーーーーーーーー!!!!」
女の子の勢いは止まらず、あたしに飛びついてきた衝撃であたしは後ろの廊下に背中からごろごろ転がりごろごろ回ってパフォーマンス分野とお笑い分野とアイドル分野の魔法使い達が一緒に視線を追いかけてごろごろごろごろでんぐり返るあたし達が壁にぶつかって止まるまで見守った。
「初めまして! 貴女ルーチェね! 私、アーニー! 貴女の相棒だよ! よろしくね!」
くるくる回る世界で握手をされながら勢いよく腕を振り回される。
「どんな子が来るかと思って不安だったけど優しそうな子で良かった! すっごく安心しちゃった! 年齢はいくつ? 何歳?」
「18……」
「18!? わあ! そんなに変わらなくてもっと安心した! 私16歳! よろしくね! よろしくね!!」
もっと腕を振り回されたところで、マリア先生が廊下にやってきてアーニーとあたしを見下ろした。
「遅くなってごめんなさ……あら、何やってるの?」
「ルーチェ! 大変! 先生が来たよ! ほら立って!!」
「……はい……」
「マリア先生! それなんですか!? わあ! 台本だ! 見て! ルーチェ! すごいね! すごいね!!」
「……はい……」
「ルーチェ見て! ルーチェのところ、いっぱい台詞あるよ! すごいね! 良かったね!!」
「……」
あたしは思った。この子とやっていけるだろうか。
「ルーチェ! グループチャット作ろう! 連絡先交換しよう!」
「あ、はい」
「わあ! ルーチェのアイコンなーに!? これ!? どうやった撮ったの!?」
「部屋暗くして……光出して……」
「すごい! 綺麗だね! すごいね!!」
悪い子ではない気がする。あたしはアーニーの連絡先を登録しておいた。
教室でイベントの打ち合わせが始まり、順序が書かれた台本を読む。これがまた厄介だ。合計一時間半のイベント。司会進行のあたしとアーニーはお金を払ってイベントに来るお客さんを盛り上げないといけない。空気を温めるというのか。なおかつ、順番を覚えて、出演者の名前や出し物を覚えなければいけない。台本も覚えて、順番も覚えて、ああ……覚えることが沢山。
「司会者は本番、台本を持っても構いません。ですが、パフォーマンスで出られる方々は流石に止めてくださいね。歌詞カードを見て歌う歌手はいないでしょう?」
打ち合わせが終わると各自別の教室に分かれてお互いの打ち合わせを始めた。あたしはアーニーと。二人で台本読みをしてみる。アーニーが口を開いた。
その声を聞いた瞬間、驚いた。アーニーの明瞭な滑舌、発音、完璧なアクセント。まるでロボットみたい。でも人の喋りをしている。あたしは訊いた。どうやってやったの? どうやって練習してるの?
「外郎売りやってるよ! あれはねぇー……すごくいいよ!」
他にはどんなことしてるの?
「えーっとね……。……スマートフォンで、ほら、アシスタント機能あるでしょ? あれの真似してる」
え? なんで?
「えー? なんでだろう。……真似できると思ったから!」
アーニーは生粋の天才であり、努力家であった。
そんなアーニーをマリア先生は選んであたしと組ませた。その意味は……きっと何かあるのだろう。あたしはアーニーから学べることがいくつもあると思って、打ち合わせを続けた。
「逆に訊いてもいい? ルーチェはどうやって練習してるの?」
外郎売りやったり、吹き替えの映画とかドラマ見て練習してる。プロの声優さんがやってるから、明瞭な話し方が聴けると思って。
「あー! 私も同じことしてるよ!」
本当?
「うん! 鼻濁音とかよくわかんなくて! やっぱり困った時は声優様々だよね。映像系の役者になると多少滑舌が悪い人もいるけど、あの人達発音のプロだからさ。すごい参考になるんだよね!」
……そう。そうなの。
「あと、ニュース見るといいよ。ニュースキャスターも発音のプロだから、すごく参考になるよ。あとラジオとかも!」
ニュースはあまり見てないの。新聞読んでるから。
「新聞買ってるんだ! 偉いね! 私も先生から世間のことを知る為にも読みなさいって言われてるんだけど、新聞って字が多いでしょう? 難しい漢字ばかりで読みにくいんだよね」
だったら、詩から入ればいいと思う。短いし、読みやすいよ。
「ルーチェすごいね。色んな事試してるね」
アーニーちゃん、他にどんなもの見てる?
「今期のアニメ見た?」
大体は見た。
「あれは? ありんこ」
見た。
「声優さんすごかったよねぇ」
すごかった。戦闘シーンが、
「そうなの! 戦闘シーンの迫力の発音が明瞭すぎて……!」
すごい。すごい。すごい。
ここまで話の合う子がいなかったから、驚いて口が止まらない。あれはやった? やってない。これは? やってない。これは? やったことある! ルーチェこれは? やったことある。
帰り道もアーニーと発音の練習の仕方について語り合う。司会役について語り合う。
「どんな服装で行く? 制服じゃない方がいいってマリア先生が言ってたんだけど……」
魔法使いらしいのがいいな。
「魔法使いらしいの……」
アーニーが夜空を見上げた。ビルのモニターに魔法使いが映った。
『夏はこれ! 新登場! パプシコーラ!』
「あー! パルフェクト様だー!」
あたしは横にあったモニターを見た。
「ルーチェ、見て。パルフェクト様だよ! あーん、素敵ぃー! 私、彼女のファンなの。パルフェクト様ってなんであんなに美しいんだろう……。氷の魔法使いって肩書がよく似合ってるよねぇ……。あの瞳に見つめられたら凍ってしまいそう。はあ……」
『さんはい! カステラ1番、スマホは2番、3時のおやつは』
「アーニーちゃん、あれは?」
「はえ?」
あたし達の衣装は羊になった。あたしの働いてるアルバイト先で着ぐるみを買い、アーニーと色違いの衣装を着る。
「すごいね! ルーチェ! 羊だよ! すごいね!」
アーニーの笑ってる顔を見ると、おかしくてあたしも笑みが零れた。
正直、イベントの準備は授業よりも楽しかった。けれど楽しいだけではいけない。時には真剣にやらないといけない。
(滑舌……滑舌……)
あたしは暗い部屋に光を灯して練習する。壁が薄いから、隣の人に壁を叩かれた。ごめんなさい。心で謝りながらあたしは無視して練習する。どうしても言葉を噛んでしまう。噛んでしまうなら、噛まないくらいまで繰り返して言葉を口に覚えさせなければいけない。だってアーニーは完璧だ。あたしが足を引っ張るわけにはいかない。
(ここで諦めたら、あたし絶対後悔する)
「レディス……エンド……ジェントル……メン……」
(噛むな。噛むな。噛むな)
(また噛んだ。畜生!)
(くじけるな。もう一回。いや、あと五回、いいや、あと十回)
(眠い。駄目だ。寝るな。眠い。どうしよう。あたし、ここで終わっていいの?)
(ここであたしが踏ん張らないとあたしの口はいつまで経っても言葉を覚えない)
(あたしが頑張らないとあたしの未来はない)
(また噛むのか)
(また恥をさらすのか)
(また失敗するのか)
(ADHDだから無理だったと言い訳するのか)
(吃音症だから無理だったと言い訳するのか)
(脳は変えられない)
(だとしても……)
あたしは障害を盾に使わない!!!!!
あたしはニュースキャスターの喋り方を真似してみる。ラジオパーソナリティの喋り方を真似してみる。
『最近、森に生息している動物達の狂暴化が進んでおります』
「最近、も、も、森に、せいそくし、している動物達の……」
マリア先生が頷いた。
「だいぶ良くなったけど、ルーチェ、まだ滑舌が気になるわ」
マリア先生があたし達を見た。
「まだ三日あるわ。ルーチェ、声を録音してアーニーに送って。アーニー、ルーチェにアドバイスしてあげて」
「もちろんです!」
ごめんね。アーニーちゃん。
「ルーチェ、でも、だいぶ良くなってるよ! 録音したら送って!」
あたしは録音した台詞をアーニーに送ってみた。そしたらアーニーが正しい発音のものをあたしに送り返してくれた。それを聞いて、あたしは真似した。
「レディス・エンド・ジェントルメン」
「レディス・エンド・ジェントルメン」
「レディス・エンド・ジェントルメン」
「レディス・エンド・ジェントルメン」
「レディス・エンド・ジェントルメン」
繰り返すしかない。あたしは皆よりも数をこなすしかない。
「レディス・エンド・ジェントルメン」
皆はエスカレーターで上がれる。あたしは階段でしか上がれない。
「レディス・エンド・ジェントルメン」
やるしかない。やるしかない。やるしかない。
こみ上げてくる涙を拭く。拳を握る。息を吸い込む。ふっと吸って、言葉を謡う。
――久しぶりにADHD特有の過集中が起きたようだ。気が付くと朝の5時だった。
(やばい、今日バイト!)
あたしは慌てて布団に潜った。一時間寝坊してアルバイトに走った。
(*'ω'*)
本番当日、羊に身を包んだあたし達は出演者に挨拶に歩いた。
「本日司会をさ、させてい、頂きます。ルーチェと」
「アーニーです!」
「よりょしくお願いします」
「ご丁寧にどうも! よろしくお願いします!」
挨拶巡りが終われば、あたしとアーニーがランチを買いに公園を歩いた。
「ルーチェ、この公園来たことある?」
「ううん。アーニーちゃんは?」
「私もないの。だからすっごくわくわくしてる!」
アーニーがあたしの手を握った。その行動に――あたしは驚いて、手を引っ込めた。
「ん?」
アーニーが呆然としているあたしを見つめた。
「あ、ごめん。嫌だった?」
「……びっくりして」
手を見つめる。
「あまり……握られた……こと……ない、から……」
「……よーし! じゃあいっぱい握っちゃおーっと!」
アーニーが笑顔になって、またあたしの手を握った。
「あっ、でも……」
――ルーチェの手、触っちゃったよ。
――どんまい。
「ルーチェ」
温かい手があたしの手を握る。
「サンドウィッチにする? おにぎりにする? どっちも歯にくっつきそうだよね。んー。ここはたこやきにしようかなぁ!」
「……青のり、つくよ」
「大丈夫だよ! 歯ブラシ持って来たもん!」
用意周到。そういうところがアーニーの抜け目ないところだ。結局私は一番安いパンを買って、アーニーはたい焼きを買った。たこ焼きはどこに行ったんだろう。その間も、歩きながらアーニーはずっとあたしの手を握っていた。時々揉んできたり、くすぐったりしてきた。だからあたしも小突いたら、……アーニーは笑ってくれた。
楽屋に戻ってからお茶を飲んで口の中をすっきりさせる。時計を見る。本番までもう少し。
(これにあたしの未来を賭けるんだ)
公園の真ん中に建つ大きなステージ。花火が鳴った。裏で、手伝い担当のフィリップ先生があたしとアーニーにマイクの位置を教えてくれた。
「あれが君のマイクで、あれがアーニー、君のマイクだ。いいかい、楽しんでね」
「「はい」」
「壊れたオルゴール君も頑張ってね。裏から見ているよ」
フィリップ先生がウインクして裏に去っていく。アーニーが訊いてきた。
「壊れたオルゴールって何?」
「あだ名」
カーテンが閉じられる。ステージがほのかにライトで照らされる。公園の椅子にお客さんが座って駄弁る声が聞こえた。十五分くらいで席は満席になったようだ。イベントが始まる。あたしとアーニーがマイクを持って、立ち位置に立った。あたしは横を見た。アーニーもあたしを見ていた。アーニーが笑ってあたしにウインクをした。ステージのライトが消える。アーニーの顔が見えなくなる。暗闇に包まれる。
でも大丈夫。
あたしには光があるから。
イベントが始まる。――カーテンが開かれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます