第5話 今年こそはと言うけれど

 その夜、あたしは部屋を暗くして考えた。

 あたしはなぜ光魔法使いになろうと思ったのか。


 それはあたしに特技と言った特技が無くて、確かに絵を描くことは好きだけど漫画家になる程でもなくて、確かに小説を書くのは魅力的だけど、それは年を取ってからでも出来るのではないかと思って。


 もしも明日死んでしまうとしたら、あたしは一日何を望むのか。


 あたしは魔力を放ってみせた。蛍のような微かな光が、ふわりふわりと浮かんで、ぽかぽかとあたしの心を温めて、ゆらりゆらりと心が揺れて、光を部屋中にばらまく。暗かった部屋はたちまち美しい光に包まれて、隠れていたものが光に照らされて見えるようになる。

 まるであたしの心。

 いつまで経っても見えない光を、自分で生み出した光で道を照らす。道が見えればその道へ歩いていくべきだ。


 あたしは何を求める?

 あたしは考える。

 いや、考えてるだけではいけない。

 実行しないと光は生まれない。


 あたしは光の量を増やした。部屋が明るくなり、電気をつけなくても手元が見えるようになった。課題を手に取る。外郎売りなんてわけのわからない課題をアクセント辞典を持ってそこから調べ始める。へえ。外郎っていう薬を売ってる設定なんだ。動画投稿サイトで検索してみる。めっちゃ皆やってる。プロの声優が外郎売を投稿している。それを聞いて音を耳で覚える。真似する。吃音症を調べてみる。黄色のパーカー着た正論っぽい事を言う人が言ってた。外国の大統領は吃音症だった。けれど毎朝詩を読んでた。喋り慣れてない言葉を使うからどもる。噛む。喋り慣れた言葉ならどもらないし噛まない。それを繰り返してたら、その大統領は演説の時に全く噛んでなかった。あたしはスマートフォンで小説サイトアプリをインストールして、詩を音読するようにした。しかし発音が良くならなくて、またマダムにどやされた。


「ふーむ。ちょっとは良くなってるザマス。でもまだまだザマス。練習不足ザマス」


 褒めてもらおうなんてもう思わない。期待なんてしない。毎日これだけやってもそう言われるなら、あたしは相当なんだろう。当たり前だ。人と脳が違って、覚えの悪いADHDと、喋りには不向きな吃音症を背負ってる。だったらもう覚えて喋れるようになるまで繰り返してやるしかない。近道なんてどこにもない。皆が五分で出来るようになる事をあたしは五時間やらないと覚えない。皆がエレベーターで上に上がれるけどあたしは階段で一段一段踏みつけて上がっていくしかない。嫌なら諦めればいい。ADHDでも吃音症でも施設で勉強すれば良い所に就職できるシステムは国で用意してくれている。利用すれば安定した給料の入る生活が出来る。アルバイトの掛け持ちなんてしなくて済む。


 心が揺れ動く度に思う。この先未来永劫、光を捨てるのか?

 あたしの生み出す光は、このままちっぽけなままでいいのか?

 この先磨き続ければこの光はやがてもっと巨大で大きなものになる。

 いいのか? やめていいのか? 明日死ぬとして、後悔しないか?


 辛い時は、日記を書くことにした。キーボードを打ってると落ち着く。タブレットとキーボードを買って、お月様の日記のアプリをインストールして、あたしは毎日寝る前に一日の出来事を書いて頭を整理させた。何が嬉しかった。何が辛かった。何がしんどかった。何が疲れた。目標は書かない。明日どうしたいかも書かない。書いたら気張って失敗するのはもうわかっているから。必死にはならない。必死になっても損を見るだけだから。あたしの答えはこうだ。『あたしのペースで努力(反復)を楽しむ。』


「滑舌は練習あるのみザマス! そんなんじゃ魔法使いにはなれないザマス! もっと必死になるザマス!」


 うるせーばーか。焦って必死になってもパニックになるだけだっての。いかれてんのか。

 そう思いながらあたしのペースで口と舌がその音と言葉を覚えて慣れるまで何度も繰り返す。小説サイトのアプリに飽きて新聞を買うようにした。新聞には沢山文字が合った。難しい言葉が山ほどあって全部は読めないからここだけ読もうと決めて読んでいたら学校に遅刻した。アルバイトに遅刻した。でもこの口と舌がその言葉に慣れるまで読まなければいけない。皆ならば一ヶ月もあれば出来るだろう。あたしは一年経っても出来ない。


 そんな時、期末試験の結果が出た。


 ルーチェ・ストピド

 貴女は学生を卒業し、研究生クラスに入ることをここに記します。


(上がった)


 あたしは目を丸くした。


(上がった!)


 あたしはアパートから飛び出した。


(上がった!! 上がった!!)


 あたしは結果の紙を握り締めながら走った。


(上がった! あたし、上がった!!)


 誰も褒めてはくれないけれど。

 誰も認めてはくれないけれど。

 だからこそあたしは光を生み出す。

 夕暮れが沈む頃合いだったから影が入った公園に走って、夕暮れの光が届かない所まで走って、あたしが光を作り出す。お祝いの光を辺りにばらまく。


「上がった! あたし、研究生!」


 一人で叫ぶ。


「あたし、研究生!!」


 10年かかった。

 10年でようやく学生から研究生に上がれた。

 もしかしたら、続けたら、特別研究生になって、ひよっこになって、駆け出しになって、魔法使いになれるかもしれない!


「可能性はゼロじゃない!」


 光が踊る。あたしは喜びに笑う。


「あたし、研究生!」


 あたしは壊れたオルゴール。くるくる回って壊れた音色を奏でる。基礎の発声が出来ていないのに歌うあたし。唄う度に歪な光が生まれては揺れて、生まれては風に吹かれて、生まれては消えていく。それでも魔力だけは残っているから、あたしは出し惜しみなく魔力を放つ。


「光よ喜べ、愛を謡え、雪となりて、蛍となりて」


 静かな光があたしを包む。

 幸せ。

 光に包まれて、温かくて、嬉しくて、幸せ。


 ずっと光に包まれていたい。


 18歳になった。

 ケーキを買うお金は無かった。でも気前の良い先輩がラーメンを奢ってくれた。


「ルーチェちゃん、若いのに頑張ってるからな! 大盛り食え!」


 これはよくわからないけど、発達障害者にはよくあることなのかな。あたしはすごくよく食べる。過食じゃないかっていうくらい。大盛り三杯お代わりしたら、先輩が目を丸くして膝を叩いて大笑いしていた。



(*'ω'*)



「研究クラスになった皆様には三か月後の試験で魔法披露会を行ってもらいます。各自チームを組んで披露するパフォーマンスを考えておいてください」


 研究クラスの初めての大きな課題。あたしは意気込んで辺りを見回した。が、あたしの知っている顔は教室の中に一人もいなかった。


「クラスのグループチャット作るから、チーム組めてない人とか声掛け合ってねー」


 積極性のある人がグループチャットを作った。

 あたしはすぐにチャットで手を挙げた。


 >すみません。私一人まだ余ってます。誰か入れてくれませんか?


「ストピドさん、私達のグループ入りませんか?」


 13歳の女の子が声をかけてくれた。折角なのであたしはグループに入れてもらった。あたしを含めてメンバーは、18歳、15歳、14歳、13歳の女の子グループだった。13歳の女の子が積極的に手を挙げた。


「私、このイベント初めてなので足手まといになるかもしれないのですが、リーダーとしてチームをまとめて、とにかく、その……頑張るので、よろしくお願いします! 私、ミル! 改めましてよろしくね!」


 あたしは大きく頷いた。久しぶりに胸が高鳴った。絶対このパフォーマンスを成功させようと鼻息を荒くさせた。15歳の子も自己紹介をした。


「ベリーです! よろしくお願いします!」


 14歳の子も自己紹介した。


「ノノです。お役に立てるよう頑張ります……」


 あたしも自己紹介した。


「ルーチェです。皆、最高のものつく、つ、つ、作ろうね!」


 皆はとても良い子達だった。だから、絶対この子達の魔法を殺すわけにはいかなかった。マリア先生の言葉を思い出す。魔法は協調と同調。あたしは影になる。そしてこの子達が光。あたしはこの子達の背中を押そう。


 そう思って張り切っていた、二か月後。


「もう辞めようと思ってて……」


 リーダーであるミルが、あたしに相談してきた。


「私、魔法アイドルになりたくて。オーディション受けたら受かって……それで……そっちの練習があって……」

 ……披露会、どうするの? あと一ヶ月しかないんだよ?

「……もう学校も辞めようと思ってるんだ……だから……」

 ミル、あと一ヶ月だよ。ね、練習行ってもいいから、あと一ヶ月だけ付き合ってくれないかな? 今抜けたらチームが混乱しちゃうだろうし、残りの人生の30日間だけだから……。

「……んー……ストピドさんがそこまで言うなら……でも、向こうの練習優先でもいいですか?」

 わかった。それじゃあ……皆にそれ、伝えておくね。


 あたしは、ミルの頑張りを応援したかった。アイドルのオーディションに受かるなんてすごいことだし、あたしには無理だもん。だから、この話をしたら皆がそうだね。ミルの応援はしてあげて、あたし達はミルを支えるつもりで頑張ろうねって、そう言ってくれるって、あたしは信じて疑わなかった。


 でも、それはあくまであたしの意見なのだ。


 チームが爆発した。ベリーがめちゃくちゃ切れてしまった。


「そんな中途半端なことして、一番良い状態の魔法が見せられると思ってるの!? こっちは本気でやってるんだよ! そんなことなら披露会なんて参加しない方が良い!! 見せたくない!! 本人連れてきてよ!! 今すぐ!!」


 あたしはその言葉を聞いて、はっと思い出した。勘違いしていた。あたしも昔そんなこと言ってた。気持ちが薄いメンバーなんていらない。中途半端な魔法なんて見せない方がいいって。でも、あたし達はプロではない。プロ意識は必要だけれど、最高のものを見せたいというプライドは大事だけれど、学校にいるからこそ失敗というものを恐れずに出来る立場であることをあたしは学んだ。だから今回あたしは出来栄えよりも協調性を選んだ。披露会で三人が輝けるなら練習もわずかでいいと思ってた。でもベリーは違った。この子は何もかも完璧でないと嫌であって、そういう強いこだわりを持っていて、最高の物を披露したいという強い心をもっていたからこそ、ミルの行動を裏切り行為のように捉えてしまった……んだと思う……。あたしがベリーではないから……真実はわからないけれど……。


「中途半端なことしてんじゃねえよ! 辞めるならさっさと辞めろよ! 一か月前で代役とか、クラスの人にだって迷惑かかるんだよ! わかってんの!?」

「……ごめんなさい」


 それをきっかけにミルは学校を辞めた。今はアイドルとして活動してるみたい。頑張ってるかな。


 で、その後が大変だった。とりあえず年上っていうことであたしがリーダーを引き継いだ。それで、本来ならば、あたしやミル本人からもっと早くチームに相談していればまた違ったのかもしれない。でも、あたしは黙っていた。ミルがアイドルの練習があるにしろこっちの練習に参加してくれるなら問題ないと思ってたから。その行動が信じられないとベリーに言われた。


「このチーム、本当信用できない。あり得ない」


 ベリー、言っておくけどノノは関係ないよ。ノノだって今初めて知ったわけだし。信用できないのはあたしでしょう? チームが信用できないって言わないで。


「ルーチェもなんで黙ってたの? 普通すぐ相談するじゃん。そういうの。もうめちゃくちゃだよ。もう披露会参加しない方がいい」

「……ごめん。私如きで申し訳ないけど……ベリー、言い過ぎ」


 気の弱いノノが初めて口を開いた。


「ルーチェが黙ってた気持ちもわかるよ。このメンバーでやるって決めた以上はこのメンバーでやりたかったんだろうし、私だってこのメンバーで最高の物作りたいし、なんて言うか、その……だからさ、……それで披露会出ないのは違うと思う!」

「でもこんなんじゃもう無理じゃん!!」


 偶然なんだけど、ここでみんなのスマートフォンの電源が切れた。電池切れ。あたしは慌てて充電したけれど、本当に偶然。皆電池が切れるまで通話してたみたいだった。もう一度話し合おうとしたけれど、ベリーはグループチャットから消えていた。個人的に連絡を取って、話し合おうって言ったけど返事は、


「個人に話はありません」

「何話すの?」

「わかりました。もうどっちでもいい」

「参加するなら参加するし」

「もう話すことはありません」


 あたしは――イベント主催のマリア先生に連絡した。参加しない方がいいですか?


「ベリー? ああ、またあの子!? ……悪いわね。ルーチェ。その……貴女は大人だから通じると思って伝えるけど……あの子ね……毎年同じようなことで問題を起こしてるのよ。カッとなったら周りが見えなくなるタイプで……その度に言ってはいるんだけど……今年もなのね……」

 今回、あたしにも非がありますし、ベリーの気持ちは痛いほどわかります。あたしも同じことを言ってた時期がありました。でも……あたしはマリア先生から学びました。それだけではいけないって。どんな状況でも相手を殺しちゃいけない。魔法は協調と同調。それに伴って魔法も出来上がる。確かに、レベルの高い人とやれば成長に繋がりますし、この課題自体だって個々の殻を破って成長するためのものだっていうことも理解してます。成長するためにこだわりのある魔法を披露するのは当たり前のことです。中途半端なものを見せたくない気持ちもわかります。でも、失敗を前提にして協力し合うのも駄目なんですか? そこから成長する力もあるんじゃないですか? 足を引っ張る人がチームメンバーに居たら、いかにこの人を持ち上げるかを考えるのも、あたしは成長に繋がることだと思ってます。それじゃあ駄目なんでしょうか。何事も完璧でなくてはいけないのでしょうか。

「それだけプロ意識があるのは素晴らしいことだけどね」

 あたしも……それは……思います。そこは……ベリーの素晴らしいところです。

「いいわ。実はさっきまでベリーとノノにも連絡してたの。でもどっちも話が通じなくて。ベリーは泣いてるし、ノノは支離滅裂であたふたしてるし、ルーチェが一番まともに話が出来たから、参加券はあなたが握りなさい」

 棄権もしていいってことですか?

「いいわよ。やるかどうかは貴女が決めて」


 練習で公園に集まった。四人が三人になった。ベリーは随分と社交的な顔つきと喋り方になっていた。魔力を三人で同調させる。こんなパフォーマンスでいいのかな。折角の披露会なのに。ベリーの態度は変わらず硬い。仲間じゃなくて他人みたい。溝が深くて向こうまで行けない。また連絡してみた。二人で話さない? もう返事は来なかった。よし、決めた。棄権しよう。それがあたし達チームの為だ。


「ルーチェ……」


 ノノが言った。


「あのね、私も実は……今回の披露会で学校辞めようと思ってたの」


 あたしは黙った。


「だからこそ、披露会は四人でやりたかったの。例えミルにやる気がなかったとしても、優先順位が違ったとしても、後悔だけはしたくなくて」

 学校辞めてどうするの?

「うち、母さん一人だから。それで私含めて弟妹養ってるの。だから、私も夢ばかり追いかけてられないやって」


 学校代は馬鹿にならない。


「塾で勉強して、ちゃんとした会社で働こうって。だからね、披露会……やりたいんだ。どんな状況でも」


 その晩、マリア先生に連絡した。


「お待たせ。ルーチェ。遅くなってごめんね」

 すみません。夜分遅く。

「参加、どうするの?」

 正直、とても楽しんで出来るような空気ではありませんし、ベリーからはチャットの返事が返ってきません。練習には来ますけど。……棄権しようと思ってました。でも……その、ノノが……あの……。

「大丈夫よ。ノノからその話は聞いてるから」

 ……ノノのことを考えたら、棄権は出来ません。なので……参加します。

「ルーチェ、失敗しても良いわ。失敗したらまた次改善すればいいの。それが出来るのが学生なの。でもね、魔法使いになって仕事を貰えるようになったらそうはいかない。だから今のうちに沢山地雷を踏んでおくの。沢山の失敗談を重ねていくの。そのつもりでいかないと、魔法使いになって予想外のことが起きた時、対応が出来なくなる」

 ……はい。

「ベリーの行動については、……今年も説教しておきます」

 ……あたしにも非があります。ベリーだけが悪いわけじゃありません。

「きっかけはルーチェだったかもしれないわね。でもそれをトラブルにさせたのは紛れもなくベリーです。ノノはよくもわからないけど、ふふっ、巻き込まれちゃったわね」

 マリア先生。

「はい」

 どうして人間って難しいんでしょうか。

「ふふっ。難しいから面白いんじゃない」

 あたしは嫌です。

「仕事に行く時は大変よ。誰と組まされるかわからないんだもの。娯楽であれ、討伐であれね」

 ……。

「楽しみにしてるわね。ルーチェ。大丈夫よ。ちゃんと事情をわかってパフォーマンスを見るつもりだから」

 ……はい。


 気まずい空気の流れるチャットにメッセージを残す。明日集まって練習しよう。ノノからは返事が来る。ベリーは来ない。でも練習には来る。だったらいいやと思って、もう放っておく。あたしにはそれしか出来ない。魔法を同調させて満足いくまで繰り返す。練習する。ベリーが言った。


「いつまで練習するの? もう良くない?」


 確かにベリーは実力と才能があると思う。魔力は安定してるし滑舌も良くてメンバーの中で一番綺麗に呪文を唱えられるから。でもあたしの舌が回らない。まだ言葉を覚えてくれない。だから慣れるまでやりたいけれど、これは個人練習になりそう。


 そうだね。もう帰ろうか。


「寄る所があるから先帰るね」


 ベリーが帰った。ノノも帰った。帰り道は皆バラバラで、あたしも一人で暗い部屋に帰る。もう嫌だ。早く終わって。そう思って光を出す。練習期間、なぜだかあたしの出す光が濁って見えた。


 本番当日がやってくる。

 本番っていうものはあっという間で、発表です。はい、始め。はい、終わり。で終了。当たり前だけど、先生方の評価はあまり良くなかった。当然だ。わかりきってる。そんなこと。誰のせいじゃない。あたしも非があるけれど、全てあたしのせいだとは思わない。ベリーのせいだとも思わない。


 お互いの価値観が衝突してしまっただけ。


 色んなことを忘れたくて披露会場を掃除していると、マリア先生が近付いてきた。


「ルーチェ、あっちのお部屋、掃除してくれない?」

「わかりました」


 あたしは箒を三つ指差して唱えた。


「箒よ箒よ、生きてる箒、藁は足、お前はダンサー、さあ踊って蹴散らせ、埃の大群」


 三つの箒は立ち上がり、室内を踊り始めた。どんどん埃が取られていく。


「ありがとう。ルーチェ」

「とんでもないです」

「お疲れ様」


 マリア先生と目が合った。マリア先生はあたしを見て、優しく微笑んだ。その瞬間、あたしの溜まっていたものが音を立てて崩れ落ちた。涙が滝のように目から溢れ出し、地面に落ちた。


「ルーチェ、貴女がこの学校に入学してから貴女を見て来たけれど、今回、貴女は相当頑張ってたと思うわよ。まあ、……パフォーマンスの出来に関しては、言わなくても貴女が一番よくわかってると思うけど」

 マリア先生。あたしは悔しくて堪りません。どうして人間ってこうも思い通りにいかないんでしょう。

「それが人間よ。心があるの」

 仲良くすることが悪いことですか? 評価や出来栄えを気にする前に、協調性を持つことを選んではいけないですか? こだわりを持つのはわかります。完璧さを求めるのはわかります。でも、それだけでは何の意味もないんです。それに加えて同調と協調を保たないと、光は生まれないんです。あたしの言ってることは間違えてますか? ただの甘えですか?

「人の意見はそれぞれよ。貴女の価値観も相手の価値観も、それぞれあるから面白いの」

 マリア先生、……ごめんなさい。正直、今回の件で……全部しんどくなりました。

「ルーチェ」

 疲れました。なんか、もう、……全部。

「……ルーチェ!」


 マリア先生が変わらない笑顔であたしの肩を掴み、手を差し出した。するとそこから一枚の紙が現れ、マリア先生があたしにそれを見せた。


「次は、これに参加してみない?」


 そこには、イベントの司会進行役募集中! という文字が大きく書かれていた。


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