第3話
電車で一時間からバスで二十分ほど、周りを山で囲まれた辺鄙へんぴな場所に巨大な施設が建ち並ぶ。
『神奈山医療総合施設』
表向きは普通の総合病院だが、一般者にはこの施設の本当の役割を秘密裏にされている。
「神道第三支部、新家創志です」
受付カウンターにいる女性に話しかけ、関係者立ち入り禁止と記されているドアに案内される。そのドアの向こうにある部屋から脳天を輝かせ、眼鏡をかけた男が出てきアラヤの前に立ち顔を綻ばす。
「久しぶりだね、アラヤ君」
「こちらこそ、クリスさん」
「ははは、そう私こそ、クリス・ゲラルド、この施設で脳神経外科を担当している、凄腕ドクターである!」
シーンと通路に静寂の風が吹く。
「それ、毎回言わないと気が済まないんですか?」
興味ない目でポーズを決める坊主を見る。
「ははは、嫌にでも私の事を覚えるだろ?ただ名前を耳で聴くよりも相手の眼に印象づけさせる方が記憶に残りやすいのさ」
「もう脳内にこびりつくくらいに覚えてるよ」
「ははは、それは良かった」
会う度に繰り返すやり取りを終え、アラヤは真剣な口調で本題にとりかかる。
「...彼の容態は?」
そのアラヤの真剣な口調に合わせるようにクリスも声を低く真剣な眼差しで伝える。
「ふむ、歩きながら説明しよう」
「ついてきたまえ」とクリスは体を翻し、奥の通路へと歩み出す。
「前例と同じく、命に関わるほどではないが、脳へのダメージが大きすぎる」
その言葉を聞き、アラヤは苦虫を踏み潰したような顔を出す。
「俺が与えた傷は?」
「さっきも言ったが、命に関わるほどではないよ。斬られた腕も貫かれたとこも傷は既に塞がっている。驚くべき回復力だよ、外見の問題は何一つ無い。ただ...」
「ただ?」
言葉が詰まるクリスにアラヤがその続きを促す。
「内部はそうはいかない、筋繊維がボロボロになっていることに加え、彼の体の中は急激な酸化進んでいる。これは君が与えたダメージによるものではなく、怒りの発症の副反応といったところだ」
「...副反応」
クリスの歩みが止まり、一面だけガラス張りの部屋が現れる。周りの壁、床、天井全てが白く覆われ、その中にベッドが一つ置かれている。
「彼が...」
ガラス越しに見る男は数日前に対峙した男の見た目とはかけ離れていた。
身体は折れそうなほど痩せ細り、頭は髪が抜け落ち頭皮が顕になっている、顔の頬はこけおち、四十代とは思えない見た目に変わり果てている。ベッドに腰かけ、ぶつぶつと言葉を漏らし、目に覇気は無い。
「まだ目覚めて間もないので監視を厳重にしているが、数日中には療養施設に移動する手筈となってる」
「...彼に家族は?」
「親族には私から話をするつもりだ、残念ながら詳しく話す事はできないが」
心に言葉にできない想い渦巻くのがわかり、その想いをどこにぶつけていいか分からず、拳を強く握る。
「俺がもっと」
「ーー君が背負う事ではないよ。君はできる限りの事はやってくれた。ただ、そうなるべくしてそうなってしまったんだ」
自責する言葉をクリスが遮る。それは君が考える事ではないと。だが、それでも思ってしまう、俺がもっとはやく決着をつけていれば、俺ではない誰かがやってくれていれば...こうはならなかったのではないかと。
クリスは少年の想いを感じ取ったのか、目を伏せる少年を見つめ、頭に手を添える。
「...君は優しいな」
涙が溢れる。
己の不甲斐なさに、何もできないこの状況に。
「ごめん...なさい」
頬に流れる雫は止まることなく、床に零れ落ちた。
△〇〇△〇〇△
「今日はありがとうございます」
「いやいや、お招きしたのはこちらの方だ、また何か進展があったら連絡するよ」
クリスとの挨拶を終えた後、書類の始末が残っているので寄り道もせずバスと電車に乗り継ぐ。電車で揺れる中、別れ際に渡された書類に目を落とす。
△〇△
「帰ったらこの書類を堂島君に渡しておいてくれ」
「パチンコに行ってるからすぐには渡せませんよ、最悪帰ってこない可能性も」
「ははは、堂島君は相変わらずだな、ゆっくりでいいよ」
おでこに手を当て、クリスは笑う
「分かりました」
茶封筒を受け取り、その表面に目を通す。
「アラヤ君、一つ質問していいかい?」
クリスは背中を丸め、アラヤに顔を近づける。
その距離の近さに顔を仰け反り答える。
「な、なんですか」
「もし仮にだが、人為的に人を発症させる方法が存在するとしたら君はどう思う?」
〇△〇
電車の中から窓の外を見るも、そこにはいつも通りの景色が並ぶ。この平和な景色を壊したくないと心からそう想う。だからこそ関係のない者を巻き込み、あんな状態にさせている奴らがいるのなら、
ーー俺がそいつらを叩き潰す
情動戦域ーー感情を支配した者達が起こす異次元バトル @watason0
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