第2話


「銃弾を弾く身体に車を持ち上げるほどの筋力」


 数メートル先にいる目標を確認し、頭から足まで一瞥し、状態を把握。


「正面からぶつかるよりかは奇襲するのが最適か」


 アラヤは感情を抑え、思考を巡らす。


「いや、時間をかけるのは良くないな」


 発症した直後の者は時間の経過と共に精神や肉体が削られていく為、早期決着が求められる。


「正面から行こう」


 そう心に決め、道路の真ん中を歩き進む。


 理由もなく、本能のままに近くにある車や建物を殴り、蹴り、破壊する目標は近づく足音に気がついた。視線が交差するとともに目標が咆哮する。


 次の瞬間にはアラヤに対し、剛腕な右手で横に倒れる車を持ち上げ投げつける。投げ飛ばされた車がアラヤをめがけ転がってくるが、アラヤは目を瞑り、感情を消す事に全てを集中させた。






 『無』を支配する






 アラヤの手に暗闇を照らすほどの煌々と輝く剣が現界する。


 目を開けたと同時に視界に入る車を一刀両断し、二つに割れた車がアラヤを避けて通り過ぎる。爆発と衝撃音が鳴り響く中、アラヤは地面を蹴り、前へ飛び出す。


 それに呼応するように目標も右手を振り上げ、迎え撃とうと飛び出す。数秒経たないうちにぶつかる距離、暗闇で見えなかった目標の顔が近づくにつれ見え始めた。


「......んで」


 その呟きは誰の耳に入る事はなく、空気中に分散され消える。


 二つの大小違う影が交差し、血飛沫が舞う。







    △〇〇△〇〇△







「はい、これは始末書ね、これにもサインして、あとこれとそれとあれも」


 目の前に積み重なる書類のタワーを視界から外し、机に突っ伏す。目の前の現状から眼を背けたい為、寝たふりという行動をとってみるが、その選択は次の瞬間に崩壊する。


「ほら、起きる!」


 頭を両手で掴まれそのまま強制的にタワーを見る事になったからだ。


「い、痛いよ、姉さん」


 ぐぐぐっと力の入る両手に頭が潰されそうになりながら机を手で叩き生命の限界を示す。その女性は「はぁ」とため息を吐きながら手を離す。


「口酸っぱく言うけど、アラヤの『無』の情動はいかに他の感情を消せるかが鍵よ。

 気持ちは分かるけど、戦闘中に相手に同情するのはやめなさい」


「...わかってるよ」


 無愛想に返答し、そのままチラリと見るその女性は黒く艶のある髪を後ろで束ね、綺麗に整った顔を持ち、身長はアラヤより高く、椅子に腰掛けるアラヤを見下ろしている。




 花道蒼子はなみちあおこは『憤怒』を支配する。




「そう、ならいいわ。

 今日中にその書類片付けてしまいなさいよ」


 頭をポンッと軽くこつき、そのまま少し離れた自分の席に戻っていく。


「旦那は?」


 此処にいない髭どうじまの所在について聞くと、蒼子は右手で何かを握る動作をし、その手首を右に回す。


「逃げたな」


 その所作だけでどこにいったかは見当がつく、大方、書類の束を見て嫌気が差したんのだろう。想像の中で髭の顔面に拳を入れる事で苛つきを抑える。


「面倒臭い」


 と、ぼやきながらもペンを握り、書類に視線を落とす。そもそもここまで書類が増えたのはアラヤ自身の責任である。雑念が混じり、上手く力が働かず、長引く戦闘になってしまった結果、街の破壊被害が拡大し、ご覧の通り始末書のタワーが出来上がった。


 数枚目の書類に目を通し、既に嫌気が差し掛かっている時に室内に電話が鳴り響く。蒼子が受話器をとり、電話応対する。そんな光景には目もくれず、書類だけに集中するアラヤに蒼子が声をかける。


「アラヤ、後藤さんが目を覚ましたそうよ」

「...そう」


 それはアラヤにとって良い報せと同時に肩に重くのしかかる重圧を併せ持つ嫌な報せでもあった。

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