第1話

空は既に黒く塗られ、横目に見える建物の殆どに灯りは見えない。正面を見ると、白く照らす街灯と信号の青く輝く光が暗い道を照らしている。


 風を切る音がヘルメット越しに聞こえ、それ以外の音というと耳につん裂くエンジン音のみ。


「あと、どんぐらい?」


 前に座り、ハンドルを握る男の背中に語りかける。


「もう直ぐだ、準備しとけ」


 男は振り返りもせず、低い声だけを返す。少年はバイクに跨りながらも背中に頭を預け、目を瞑る。真っ暗な視界を眺め、耳に残る音を消していく。


 集中力を高め、ただそれだけを意識にまわす。




 新家創士アラヤソウシは『無』を支配する。






   △〇〇△〇〇





 ビル群が建ち並ぶその場所は夜とは思えない程の喧騒が鳴り響いていた。


「撃てぇ!」


 その合図により数多の弾が目標に発砲される。数十発の弾が目標に当たるのを確認したが、指揮をする男の表情は曇るのみ。


「やはり、効かんか」


 撃ち出された弾は目標を突き抜ける事はなく、弾かれ、その場に落ちてゆく。


 怒りを剥き出し、咆哮する目標はもはや人とは呼べない。車一台を持ち上げる巨大な両腕、服を破り晒す肌は血管を浮かせ、筋肉が尋常ではなく膨れ上がっている。白目を剥き、言葉は通じず、口を開けば雄叫びをあげるのみ。


「避難は?」


 側に駆け寄る部下に声をかける。


「完了いたしました」


 報告を受け、右手に持つ無線機を上げ全隊に告げる。


「直ちに、全隊Aポイントまで退避」


 無線機を部下に預け、その指揮官もまた後ろに下がり、反対方向から歩み寄る二人に視線を送る。


「後は任せたぞ、堂島」


 二人組とのすれ違い様に指揮官は口を開く。


「死者が二名で済んでいるのはあなた方の迅速な対応のおかげだ、感謝する」


 焦茶色のジャケットを着用し、ボサボサな髪に無精髭を生やす、堂島と呼ばれる男がそれに応える。そんな男を横目に、その隣にいる少し小柄な少年の方に目を向ける。


「その子が?」


 身長は百六十五センチに届くかどうか、服の上からでもわかる細身の身体、一見して女の子ともとれる風態に疑惑が湧く。


 その視線が気に入らなかったのか、少年はチラリと指揮官の方を無愛想な顔で見る。


「すまん」

「ははっ、疑問を抱かれるのは慣れっこさ」


 堂島は微笑し、少年の背中を押す。


「アラヤ、証明してこい」


「...」


 押し出されたままに足を前に進ませ、視界の先に映る目標を捉える。


「筋肉の肥大化、腕力の向上、意志伝達は不可能」


 堂島は先に見える、目標を眺め、


「典型的な怒りのタイプだな、対象は特定したのか?」


 横に並ぶ指揮官に話を切り出す。


「あぁ、後藤弘ごとう ひろし 四十八歳、帰宅途中に二人組に絡まれ発症」

「死者はその二人か」

「ご名答」


 胸ポケットより煙草を取り出し口に咥え、ライターを取り出し火をつける。吹かした煙が顔の前にゆらめく、その煙を前に目を閉じる。


「二人組は金を巻き上げ、暴力も加えている。碌な者ではない」

「...」


 指揮官より付け足された言葉の意味は堂島には理解できる、それは同情する余地は無いといったところだ。


 因果応報、悪い行いをすればそれは自分に返ってくる訳だが、


「どちらも救われないなんて馬鹿げた話だ」


 目を開き、少年と対峙する男を見て哀れみの視線を送るのであった。

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