第7話:最終話

 私はユケルの屋敷に戻ってくると専用の部屋を与えられた。その部屋はサクが話していた通り私の肖像画だらけの部屋だった。自分が自分を見下ろしているという奇妙な感覚に気持ち悪さを覚えたのだけど、深い愛情なのかとすら喜んでいる自分もいた。


 そして、室内に準備されている小物が実家で使っていたものばかりであった。懐かしいけどなぜここにこれらが揃っているのかしら。他にも何があるのかと宝探しでもするような気持で引き出しを開けていく。


 そこには1通の手紙が入っていた。


 ユケルからのラブレターかと心をときめかせながら封を切ると、まさかの人物からの手紙で読み終えると涙が止まらなくなってしまった。


 そのまま泣き疲れて眠ってしまっていたようである。


 起きるとすでに朝になっていたようで光が差し込んできていた。何か温かいものに包まれている。隣を見るとユケルが眠っていた。


(昨夜、私鍵かけていなかった?どうやって入ったのかしら)


モゾモゾと動き出すユケルは、起きたようだ。


「やぁ、おはよう。寝起きのリリアンも可愛いね。キスしたい」

「……や、やめてください」

「わかっているよ。ほら朝食を食べよう」

「はいっ」


 朝食を食べ終わり散策していると本当に私の大好きなものばかりが育てられていた。動物たちも食料にもなり便利なはずの牛はリリアンが嫌いだという理由で禁止されていた。ここまでリリアンの好みに合わせなくてもよかったのではないかと心配になった。


 その後も畑仕事を見学したり、体験したり、収穫したりとしているうちにあっという間に1週間が経った。


 毎朝起きると隣でユケルが眠っているのが習慣になり、たまに自分も抱き着いていることがあり慌てて離れるといったことも起きるようになった。


 その度に甘い言葉を囁かれ、顔を真っ赤にしてそのまま何をするわけでもなく離れてしまう。こっちが寂しく感じてしまう日すらあった。


 1週間経ち、王国にユケルとともに戻ってきたのだけど、あんなにも長かった距離がユケルと一緒だと短く感じられた。


城の門前に立つと、なぜか体が震えてきた。


(怖いっ。今までは何も感じなかったのに私も弱くなってしまったのね)


 ユケルが顔を近づけてきて唇が触れ合いそうな距離まで詰めていた。とっさに目をつぶってしまっていた。


「ちゅっ、上手くいくおまじないだよ」


そう言って、何かをリリアンの唇に押し当てた。


「今の……」

「ははは。大丈夫。俺の指だよ」

「門番が見てるのに……」

「ねぇ、君たちは何か見たかな?」


ユケルの有無を言わさない圧力を感じた門番たちは声を揃えていった。


「「いえ、我々は何も見ていません」」

「さすがは、王室の門番だね。あとでハラルの土産をやろう」

「「いつもありがとうございます。辺境伯様」」

「もしかして……いつもこのようなことを……?」

「たまにだよ」


 そのままユケルは何もなかったかのように城の中へと進んでいくと、おまじない効果なのかすでに震えは止まっていたのだった。


 謁見の間に通されると、私に集まる視線が異常に痛々しい。


 なんだろうか。

 この嫌な雰囲気。


 思わず緊張感に背筋に汗が流れていた。


「やぁ、リリアン久しぶりだな。元気だったか」

「殿下、お久しぶりでございます。長らく留守をしてしまい申し訳ありません」

「いや、この度新しい法律ができたのでそなたを呼び戻したのだ」

「はい? どういったご用件でしょうか」

「あーリリアンと離縁することにした。異論はないか」


 私は殿下からの突然の離縁話で驚きを隠せない。


「……ど、どうしてでしょうか。わたくしめになにか不手際があったのでしょうか。何でもお申し付けくださいませ。直しますゆえ」

「その必要はない。こちらにこい。マテル」

「はい」

「この度、正妃となったマテルだ。俺の子を妊娠している」

「えっ……どういうことでしょうか」


すると、マテルと呼ばれたショートカットの顔を見て思い出す。


「あなたは……あのときのかわいい料理人さん」

「初めまして、お姉さま。わたくし、マテル・ティンガハルでございます」

「ティンガハルってまさか……」


 隣りにいるユケル様なぜか怒っているようだった。


「マテルどういうことだ。誰が体の関係を持っていいと言った?」

「ならお兄様が私を抱いてくださるのですか? 無理でしょ。近場で済ませるにはいい雄かと」

「おいっ……仮にも王子である俺をこのような場で雄扱いするんじゃない」

「だって、あんなケダモノのようなディアンじゃないの。あれはオスそのもではないの?」

「……もうそれ以上お前は口にするな」


マテルを抱きしめてディアンは幸せそうな笑みを浮かべている。


 いったい何が起きているの全く理解できえいない私が途方に暮れているとよく知る音楽が流れてきた。


「リリアン、俺と結婚しよう。あの日の約束を今ここでもう一度約束する。君をもう一人にしないと約束する」


 私の大好きなマリーゴールドの花を1輪差し出した。幼少時にお庭で聞いていた音楽で踊りながら約束したあの頃と同じように……


「お兄様、そこは指輪でしょうか。何やっているのですか」

「マテルは黙ってなさい」

「はい」


 マテルは静かにすると殿下は怒ったように語彙を強める。


「おいっなんて従順なんだよ。もうお兄様はやめて俺だけを見て、もう少し俺に優しくしてくれよ」

「ディアン……」


 殿下とマテルは2人は抱き合い、そのまま黙ることにした。


 私は離縁話からのユケル様のプロポーズに動揺を隠せない。


「リリアン、駄目かな?」

「……こんなのおかしいと思います。殿下に離縁されたからすぐにユケル様と結婚なんかできません」

「あーもう。相変わらず真面目だな。そんな真面目なところも大好きだよ。じゃあ俺はいつまでも待つよ」


 これ以上このまま話を続けていればすぐにでも「はい」と返事をしてしまいそうだった。話を変えることにした。


「ところで、あの手紙ですが……」

「あーあれかい。君のご両親に先に許可を頂こうと思ってね。ハラルの商品を扱う独占権を差し上げるから王子との離縁後ハラルで暮らせるようにお願いしたんだよ。ならあの手紙を君にって」

「そうだったんですね。両親が私のこと心配してたなんて知らなかったので正直驚きました」

「そっか。あの頃も寂しくさせて辛い思いさせてるからって俺の家に頼みに来たんだよ。それに今回だって辺境地に飛ばされると聞いて情報収集されてたみたいだし……あの時は必死なだけだったのかもしれないね」


 私はもう堪え切れずに泣いてしまう。


「リリアンの泣き顔はそそるものがあるな」


 殿下の言葉を聞き私は鳥肌が立ってしまうと、マテルは殿下の頭を叩き、ユケルは殺気を飛ばしていた。


「リリアンは泣き顔だけでなく笑顔が一番かわいいのですよ。それも偽物ではない本物のね。リリアンは俺がもらいますのご安心を。妹を孕ませたんだから、それ相応に責任取ってくださいよ。傷つけようもんならいつでも攻め入りますから」

「おいおい、物騒なこと言うなよ。これでもかなり無理やり職権乱用しまくって議会を通したのだから。それに女人禁制の城にマテルがいた件では処罰も食らったしだな……」

「まぁ、その件に関してはお褒めして差し上げましょう」


ずっと黙っていた私だったが、これ以上自分の気持ちに嘘はつけない。


「……ユケル様、私はハラルへ行ってもいいのでしょうか」

「リリーはどうしたいんだ。言ってごらん」


 優しく声を掛け、頬を伝う私の涙をユケルの指が静かに拭う。


「うっ……あのハラルは私の好きなものばかりで暮らす人々も優しくて幸せな気持ちで心が温かくなります。それに何よりもチンがいるから……」


言いかけているにもかかわらずに、ユケルが私を強く抱きしめた。


「あーもう無理。早く帰ろ?俺たちも早く子供作ろ?きっとリリーに似てかわいいよ。女の子がいいな」

「……気が早いです。まだ、何も始まっていませんよ?」


 にっこりとほほ笑んだ笑顔に周囲の人たちは全員驚き、口々に声を上げ始めた。


「ここに女神がいる」

「てかなんであの辺境伯様は殿下より態度がでかいんだ?」

「それはハラルが戦闘力がヤバいからだろう」

「いや、そんなことよりリリアン妃殿下は聖女のような輝かしい笑顔は……ここは天国なのか」

「もう妃殿下じゃないだろ。可愛すぎる」

「俺惚れちゃったかも」


そんなヤジを聞いていたユケルはキレながら言った。


「おいっ、お前ら見るな。減る」

「ユケルよ、減るものではないだろう。確かにお前の言う通りリリアンの笑顔は破壊力満点だな」

「そうだろう。でもお前らは見てはならない」


 そう言いながら必死に私の顔を胸に押し当て抱き締めて隠している。私もそのままユケルの背中に腕を回した。


「リリーが、リリーが俺の背中に……俺今なら死んでもいいかもしれない」

「チン、ダメっ、さっきの約束もう忘れたの?」


 こうして、二人は仲良くハラルの地へと帰り幸せに暮らしていくのであった。



~完~


最後までお読みいただきありがとうございました。





 

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王子と結婚したのに辺境地へと追いやられたお飾り妻はなぜか辺境伯に愛されています~これでも私既婚者なんですけど? SORA @tira154321

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