書き下ろし最新話「額縁の死神は誘う AD2021 Tokyo」

額縁の死神は誘う AD2021 Tokyo(1)

 都会の夜は青かった。

 地上に氾濫するあかりが星を遠ざけて、闇を薄めてしまうからだ。

 いつからだろうか、人は闇にたいする恐怖を克服した。文明という炬火を掲げて影を却け、光を支配したのだ。されども光が強くなるほど、濃くなる闇もある。それらは有り触れた日常の裏側で膨張を続け、あるとき、突如として現実を侵す。

 東京都心を一望できる超高層マンションの最上階。窓にかこまれたその一室は異様に昏かった。あたかも地上から締めだされた闇の群を匿う禍の箱だ。

 8,9インチのディスプレイだけが昏い部屋のなかで青ざめた光を放っていた。墨でぬり潰した画布をよく砥がれたナイフで長四角に刳り貫いたら、ちょうどあんなふうになるだろう。家具らしい家具のない殺風景な空間には箱のようなプリンターが何十台もつりさげられていた。天井部に張り巡らされた細いワイヤーは毒蜘蛛の巣を想わせる。プリンターは呻りながら動き続け、規則的に紙をはきだす。紙は無造作に落ちては、暗がりに吸いこまれていった。その一枚を細い指が挿みこむようにつかまえる。


「ああ、まったくもって期待はずれだよね。日本の警察は有能だとか聞いたのにさ」


 革張りの回転椅子には痩せた青年がひとり、膝を抱えてすわっていた。彼は写真を舐めるように眺めまわして、くすくすと悪意のある笑いをこぼす。変声期を迎えていない少年特有の鼻に掛かったような声が反響する。


「額縁のなかの虎は、縄じゃあ捕まえらんないのにね」


 喋りながら彼はキャスターを滑らせて、窓際に寄る。

 眼下に拡がるは星を奪った大都会。硝子を砕いて敷きつめたかのようなそれらは、ひとつひとつが誰かの命で、いずれは死にむかう輝きだ。彼は地に散らばる星をすくいあげるかのように腕を拡げる。


「憐れな生者に救済を……ってね」



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