エピローグ
第51話:エピローグ
「彼女は生きています」
少し疲れの見える女王が、しかし力強く言った。
「マルガリータが?」
ここ数日で抱え込んだ暗い記憶の一つが、その表情を変える。
何もかも黒く塗りつぶされた私の心の中にあっては、大事な一筋の光だ。
二日前の朝、眠りから覚めてまず決めたのが、この街から出ていくことだった。本当は昨日の内にも出発したかったのだけれど、コイトマから女王が話したがっているという話を聞き、一日先延ばしにして今日にいたる。
「えぇ、命を絶ったのは母だけです」
室内の雰囲気とは裏腹に外は快晴で、私の向かいにある窓から、たくさんの光が差し込んでいた。女王の顔にも、薄く光がさしている。
「非常に幸いなことでしたが、もちろん、だからと言ってマルガリータを許すつもりはありません。今までとは別の、何かしらの方法で償ってもらう予定です」
「まずはルール作りから、ということですね」
「はい」彼女は大きく頷いた。「罪の償い方だけではありません。いろいろな側面でこの街を変えていく必要があります」
「ここで言っても仕方がないことかもしれないのですが」女王の決意を聞いて、私も決意を固めた。「街の平穏を乱してしまい、申し訳ございませんでした」
そう言って、頭を下げる。
女王の母に会わなかったら、とずっと考えていた。私が女王の母に会わなければ、この街はなんとか今の問題に対処して、進んでいったかもしれないのだ。今まで通りの平穏を不可能にした責任の一部が、自分にはある。
「いえ、謝る必要はありません。少なくとも私には。むしろ、私はアガサさんに感謝をしています」
「感謝?」
「えぇ。私は、この街の
「そんな、私は何も」
返す言葉が見つからなかった。
「すみません、こんな愚痴のような話をするべきではありませんでしたね。はしたない真似をいたしました」
「いえ、はしたないなんて、全然」
目を伏せた女王を見ながら、もしかしたら人に謝られるというシチュエーションは苦手なのかもしれない、と私はひそかに予感する。
「アガサさんは、旅を続けられるんですよね?」
再び視線を上げた女王が、言った。
「はい、その予定です」
「でしたら、いつかまた、この街におこしください。より良い姿になった街をお見せします」
「えぇ、ぜひ」
「約束ですよ」
「もちろんです」
私が答えると、疲れた顔をした女王は、それでもわずかに笑みを浮かべた。
今度来たときは、曇りのない笑顔を見ることができるだろうか、とそんなことを考える。
「では、あまり引き留めてしまっても気が
「そうですね」
話すことはいくらでもあるけれど、今はもう十分だという気がした。ここ数日間の出来事を振り返るには、まだ記憶が新鮮すぎる。どうあっても冷静ではいられないし、私たちの心を
「では、そろそろ失礼します」
私が席を立つのと同時に、女王も席を立った。
ともに扉の方へ向かうさなか、
「そうそう、この街で生まれた男児に関してですが」
女王が耳元でささやく。
*******
「怖かった?」
離れの寝室に至る扉を開けると、パドマが言った。
「何が?」
「女王様と一人ぼっちで会ったこと」
「全然」
「またまたぁ。私の前で強がらなくていいのに」
ほとんど冗談のように、でも少しだけ本気の調子で、少女は言った。
なんだか、想像以上に臆病な人間だと思われている気がする。
「ありがとう」
ひとまず、率直な心情を言葉に乗せた。
すると、
「いい子いい子してあげようか?」
今度は完全に冗談だと分かるように、パドマは言う。
「そろそろ街を出ようと思うんだけど、いい?」
彼女の言葉を聞き流し、尋ねた。
「だめって言ったらどうなるの?」
「私が悲しくなる」
「それは魅力的だなぁ」大げさに考え込む仕草をする、少女。「でも、人類を救うのが旅のモチベーションだったんでしょ? この先はどうするの?」
「ちょっと気になる場所ができたから、まずはそこに行こうと思って」
先ほど女王から聞いた話に、心が
「そっか。それは良かった」
「それで、ついてきてくれる?」
「まぁ、アガサは私がいないとだめだからね」
やれやれといった感じで、パドマは首を振る。
「逆だと思うけどなぁ」
そう言いつつ、彼女の言葉は事実かもしれない、と考えている私だ。
不満げな顔で仁王立ちする少女の向こうには、美しく晴れ渡った空。
その清らかな空が、私たちの背中をそっと押してくれているような気がした。
ラス・メニーナス 西木夋介 @Saiki_Shunsuke
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