サトザクラ

月之影心

サトザクラ

 俺はたき圭斗けいと

 高校3年生……が終わる。


 卒業式を終え、それぞれが仲の良かったクラスメートや恩師、部活動の後輩らと別れを惜しみ、気が付けば風の音だけが聞こえていた。

 学校の正門から校舎へ真っ直ぐ伸びた左右両側に桜の木が植えられていて五分咲きといったところ。




「これだけ種類が違うんだね。」




 俺の横に並んで歩く、幼稚園の頃からずっと一緒だった幼馴染のさかい和沙かずさが1本の桜の下で足を止め、桜の枝を見上げて言った。

 その声に足を止め、和沙の見上げる桜の木を俺も見上げた。




「サトザクラだな。他のは全部ソメイヨシノ。」

「へぇ~。詳しいんだね。」

「ほら。」




 俺は顎で木の幹に掛けられていたプレートを指す。




「なぁんだ。」




 和沙はくすくすと笑いながら桜の花を一つ一つ見ている。




「でも何でこの1本だけ違うんだろうね?」

「さぁ?植えた人の好みとかじゃない?」

「適当ね。」




 俺と和沙は再び足を前に運び、校舎を背に正門へと向かう。




「あっという間だったね……。」

「そうだな……。」

「圭ちゃんはずっと実家?」

「あぁ。そのまま変わらんよ。和沙はおっちゃん和沙の父親とこか?」

「うん。何か『親権』っていうのがパパにあるらしいの。」

「そっか。」

あの女母親と暮らすなんて有り得ないし。」

おばちゃん和沙の母親、結局出て行ったっきりか?」

「戻って来ても家に入れてやらないけどね。」

「怖い怖い。」




 思いの外、和沙の声は明るい。




「あの家を出たら、もう戻って来ないんだよな?」

「そうだね。」

「寂しくなるな……」




 足を止めた和沙が俺の顔を下から覗き込む。




「お?今『寂しくなる』って言いましたかな?」

「あぁ、言ったよ。こうして話して時間を過ごせる奴が居なくなるんだからな。」




 ニヤニヤしながら俺を覗き込んでいた和沙の顔がすっと真顔になる。




「うん……私も……寂しくなる……」

「和沙……」




 和沙が額を俺の学生服の胸に押し付けてくる。

 少し茶化すつもりで言った自分が情けない。




「会いに行くよ。」

「遠いよ?」

「遠くてもだ。」

「うん……」




 和沙が俺の胸に『はぁ~』っと息を吹き掛ける。

 胸元がじわ~っと温かくなる。

 和沙はゆっくり顔を起こし、再び俺の顔を見上げてくる。




「圭ちゃんは私の事……好き?」




 俺は和沙の顔だけを見る振りをして全方位に人の気配を探した。




 誰も居ない。




「好きに決まってんだろ。」




 それでも和沙にだけ聞こえるように口を和沙の耳元に寄せて言った。




「ちゃんと言って。」

「は?」

「誰が、誰を、好きなのか……ちゃんと言って?」




 少し首を傾げて見上げて来る和沙……あざとい。

 こんなの断れるわけない。

 俺は軽く咳払いをして和沙の目をじっと見て言った。




「俺、瀧圭斗は、堺和沙が好きだ。……これでいいか?」




「むふふふ~」




 ほぼ俺に体を密着させたままの和沙が上着のポケットからスマホを取り出して画面を俺に見せる。




 【ボイスレコーダー 録音中】




「なっ!?」

「いただきました。」

「てっ……てめェっ!!!消せっ!!!」

「やっだぴょ~ん!」




 スマホをさっと隠しながら俺の体から離れる和沙。




「これは圭ちゃんに会えない間の私のエナジーになるのだっ!」

「やめんか変態っ!」




 ケタケタアハハと笑いながら和沙は俺に捕まらないようにと正門への道をクルクルと回りながら逃げる。

 だが昔から体育だけは誰にも負けなかった俺が、和沙を捕まえるのは容易いことだ。

 和沙の後ろから左腕を掴むと、そのまま腕の中に閉じ込めた。




「はぁ……はぁ……捕まった……はぁ……」

「昔から鬼ごっこじゃ逃がした事無かったからな……はぁ……」

「そ、そうだったね……はぁ……わ、忘れてたよ……」

「そんな大事な事……はぁ……忘れてんじゃねぇぞ……」




 後ろから和沙を抱きすくめたまま、俺は和沙の呼吸が落ち着くのを待った。




「ねぇ圭ちゃん……」

「ん?」

「私も……圭ちゃんが好き……」

「うん。」




 和沙は抱き抱えているような俺の手をきゅっと握ったまま呟いた。




「遠く離れても好きでいてくれる?」

「当たり前だろ。」

「浮気したら許さないんだからね。」

「そっくりそのまま返してやる。」




 腕の中で何度も頷いていた和沙は、俺の両腕を左右に広げて体を離すと、体をくるっと回して正面を向いた。




「では高校最後の下校……一緒に帰りますか。」

「あぁ。」




 柔らかい風に背中を押され、俺と和沙は校門の外へ出た。

 和沙はそこで回れ右をして校舎の方を向く。

 釣られて俺も和沙と同じように校舎を見上げた。




「お世話になりましたっ!」




 和沙が大きな声で母校にお礼の言葉を言った。

 頬を伝う涙がとても綺麗だった。












 大学生時代に何度か和沙の元を訪れた。

 会えば会えなかった日々を埋めるように愛し合った。

 お互いの想いが萎むことはなかった。

 言葉で確かめ、肌で確かめた。

 何度か和沙の父親に飲みに連れて行ってもらったりもした。

 気が付けば、あっという間の4年間だった。












 正門前から校舎に向かって真っ直ぐ伸びる道の両側には、五分咲きの桜が並んでいる。

 綺麗に清掃された真っ直ぐな道を校舎の方へ歩いて行く。

 俺は、一本の桜の木の下で足を止めてその木を見上げていた。








「これだけ種類が違うのね。」




 声の方を振り返る。




「これだけサトザクラ。あとはソメイヨシノ。」

「詳しいんだ。」

「大事な人と見て覚えたんだよ。」




 ふふっと笑いながら俺の腕に頭を寄せた女性は、『和沙』となって俺の傍にこれからも居てくれる大事な人だ。

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サトザクラ 月之影心 @tsuki_kage_32

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