第11話 6番目の奥さんジル

締め出しをくらい、レネの家の前で鼻血を出した俺。

あのあと。レネの家でお風呂に入って、もう寝ようか…と、思ったが。

レネは「旦那様、寝酒をお持ちしましょうか?」とか「マッサージいたしましょうか?」など、俺に至れり尽くせり。


せっかくなのでマッサージをお願いして、そのまま寝入ってしまったなんとも図々しい俺。

翌朝、レネがすごく眠そうにしてる瞬間を見てしまい、それとなく執事さんに「レネも忙しそうですね」と話を振った。そして、最近のレネは仕事を持ち帰らなければいけないほど多忙であることを知った。


なのに俺は夜中に訪問して鼻血出して…。


この出来事から数日。思い出すにつけ、俺の中に一つの考えが生まれた。自分だけの家を持てばいいんじゃないか…?と。



「旦那様?」


「ん?どうした?」


やばい。ボンヤリしてた。今日は六番目の奥さんのジルとお出かけデート。ジルの行きつけというオシャレ雰囲気溢れるオープンカフェでのひととき。


「旦那様、ちょっとぼけーっとしてましたよ。具合でも?」


ジルが俺の額に手を当てる。ひんやりすべすべの手。


「ううん。元気。ちょっと考え事してた」


「考え事?…俺、旦那様の力になれますか?」


心配そうに眉を下げて、絶妙な角度で首をかしげるジル。可愛いなあ。じゃなくて。


「あのー…。そうだな」


奥さんが七人もいて、ジュエ以外の六人は俺のことをすげー好いてくれてて。それなのに、自分だけの家が欲しいとか言うのは…。ワガママだ。言えない。適当にごまかそうとしたけど、その前にジルに詰め寄られた。


「言ってください!」


顔をぐっと近づけて、俺から本音を引き出そうとするジル。言っちゃおっかな。


「誤解しないでほしいんだけど…。俺、自分の家が欲しいなーと思って」


俺の言葉に、顔色を変えるジル。


「え…?」


あまりにもショックを受けたという表情なので、慌てて言い訳。


「ジルの家が、他の奥さんの家が居心地悪いとか、そーゆー話じゃないんだ。実は…」


あの日、ジュエに無視されたことはぼかしつつ、この前の顛末を掻い摘んで話す。

行き違いがあって家に入れなくて困った困った…という感じの話をすると、ジルは神妙に頷いた。


「なるほど。そのような突発的な事態が起こったとき、迷惑をかけたくないってことですね」


「うん。そうなんだ」


ため息交じりで頷くと、ジルはちょっとだけ怒った表情。え?どうして怒るの?


「旦那様!お分かりだと思いますが、一応言っておきます!…俺も、他の奥さんも、旦那様のことが大好きですよ。夜中に突然来てくれたら、嬉しいです。迷惑だなんて思いません」


結構そう思ってたけど、実際言葉にされると嬉しい。


「うん、ありがとう」


嬉しくて、ついジルの手を握る。すると、ジルは少し困ったような照れ笑いを浮かべた。


「俺の家は汚いから…あの、そんなときは選択肢の最後になっちゃうかもしれませんが…。合鍵、いつでも使ってください」


手をこしょこしょして、感謝の気持ちを伝える。伝わってるかな。


「んー。ありがとー」


「もう、くすぐったいです。…そうだ、旦那様!俺が管理してる部屋がいくつかあるんですが、そこを旦那様の隠れ家にしますか?」


ジルの申し出に、こしょこしょの手が止まる。

管理してる部屋とは一体。


「え?ジルって不動産の仕事もしてるの?」


「仕事というか、従業員のための借り上げの部屋をいくつか持ってるだけです。あっ、もちろん、旦那様に隠れ家を提供しても、俺は行ったりしません。その代わり、旦那様も他の奥さんを呼ばないでください。正妻さんでも、イヤです」


優しさに混じる、遠慮といじらしさ。

自分のだけの家が欲しいなんて、どうでもよくなる。悩まなくてもいいんだ。


「気持ちだけで充分、ありがとう。なんだか、話したらスッキリした。あんまり深く考えないで、困ったときには合鍵を使うよ」


ジルがふふっと嬉しそうに微笑んで、俺にそっと顔を近づけた。

この状況…。この場所でキスを求めているのか?確かに今はいい雰囲気だが。大通りのオープンカフェでキスをかます程の力は俺には無い。けど。ここはいっちょ。


唇にキスするのはためらわれたので、ほっぺたに軽くキス。


「ちゃんとしたのは、あとで」


耳元で囁くと、ジルは真っ赤になった。外でキスを迫ってきたわりに純情だ。

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そんな生活 のず @nozu12nao

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