第10話 7番目の奥さんレネ

寝る場所を求め、俺は歩き出した。


てくてく夜道を歩いて、辿り着いたのはレネのお屋敷。

ここなら24時間門番さんがいるので、俺の存在に気付いてくれる。きっと泊めてくれる…。


そんなこと思って門の前まで来たが…。あれ?門番さんがいない。


トイレでも行ってるのか?

ヘンだなーと思いつつ、しっかり閉じられた門の柵から庭を覗き込む。


そしたら。


「誰だ!?」


背後から大声を浴びせられ、俺はビックリ仰天。ビクッとなった拍子に、足を滑らせて俺の顔が門の柵にゴーン。痛い痛い。


顔をぶつけてうずくまっていると、笛の音がピー!と響いた。門番さんが笛を吹いたのだ。

不審者情報を他の警備の人に伝えているんだろうか。門から庭を覗いてたけど、不審者じゃないよ俺…。打ちどころが悪かったのか鼻血がダラダラ。鼻血って久々に出したな…。


「こちらを向け!」


数人集まった門番さん含む警備の人にそう言われ、俺はゆっくりと振り向いた。そして、門番さんが明かりを俺に向けると…。


「だだだ、旦那様!?」


鼻血を垂れ流す情けない姿。俺は一体何をしてるんだろうか。




◎レネ視点


家に持ち帰った書類に目を通し、そろそろ就寝という時間。

庭のほうから、警備の笛の音が聞こえた。こんなことは、年に一度あるかどうかだ。

もっとも、本物の不届き者が侵入してきたことはない。ただ単に、私の屋敷がどんな所なのか知りたいという興味本位というか観光気分というか。そんな動機の人間ばかりだった。


それでも警備が常に厳しいのがこの屋敷だ。


王族の身分を離れたとはいえ、身辺に気を抜かないように。父からも、兄からも注意されている。


しかし…。

厳重な警備は必要不可欠だが…。なんだか胸騒ぎがする。

窓から庭を眺めるが、ここからは特に何も見えない。

気にしすぎないほうがいい、きっとそうだ。


そう思い、ベッドに横になって目を閉じた。

明日の仕事のこと、次に旦那様が来られる日のこと、いろいろと頭の中に浮かんでは消え、眠りに入ろうとした時。ドアが小さくノックされた。


「どうした?」


ドアの外に声をかけると、向こうからは執事の声。


「旦那様がお見えになりました。レネ様がお休みなら、寝かせてあげてほしいと言われたのですが…」


突然の知らせに、慌ててベッドから飛び降りる。


「そんなことできるわけないだろう」


服を整え私室から出ると、執事が難しい表情を浮かべていた。先ほどの胸騒ぎが蘇る。


「もしや、警備が旦那様に失礼な振る舞いをしたのではなかろうな?」


あの警備の笛の音。旦那様を不審者と間違えたのだろうか…?まさか、そんな。


「…それが、その」


言いよどむ執事。もう悪い予感は確信に変わる。旦那様を不審者と間違えたのだろう。


ああ。どうしてこんなことが続くのか。

以前のメイドの件は、旦那様は許してくださった。旦那様は優しいから、今度もきっと許してくれるだろうが…。内心では呆れ果てていてもおかしくない。『レネの家は面倒なことが多いから』と、旦那様の足が遠のいてしまうかもしれない。


ああ、どうやって名誉挽回すればいいのか。


「失礼します」


応接室に入り旦那様の姿を見て、私は言葉を失った。血に染まったシャツを着て、濡れたタオルで顔を拭いている旦那様の姿。


まさか…。警備の者が旦那様に暴力を…?


「レネ、夜中にごめんね」


「い、いえ。それより。どうされたんですか?血が…」


足がもつれそうになりながら旦那様に駆け寄ると、旦那様はきまり悪そうに笑った。


「鼻血出ちゃったから、タオル借りたんだ」


単なる鼻血?いや…?

そっと旦那様の顔に手を当てて、髪をかき上げさせてもらった。


「旦那様、額が赤くなっています」


どこかにぶつけたような、そんな赤み。


「え?そう?」


旦那様は首を傾げたが、とぼけているのが丸わかり。旦那様は優しくて嘘が吐けない。キッと執事を見る。すると、執事は観念したように話し出した。


「門番が旦那様と気付かずに背後から大声で呼んだら、旦那様が驚かれて柵にぶつかってしまったそうです」


執事の言葉に、旦那様は弱弱しく苦笑い。


「カッコ悪いから、ただの鼻血ってことにしたかったのに…」


「旦那様、申し訳ありません。門番がもっと注意していればこんなケガ…」


申し訳なくて、ただただ頭を下げることしかできない。


「警備が厳しいのは当然だから。不審な行動してた俺が悪いよ。門番さんに厳しく言ったりしないでね」


旦那様がそうおっしゃるのなら、私は頷くしかない。


「…はい」


しぶしぶ頷くと、旦那様は褒めるように私の髪を撫でてくれた。


「さて。お風呂借りていいかな。まだ入ってないんだ」


「はい。すぐに用意させます。お食事はどうされますか?」


「ご飯は大丈夫。職場の人たちとご飯食べてきたんだ」


旦那様にケガをさせてしまった焦りと、思いがけず旦那様と一緒に過ごせることになった喜び。そのふたつに気を取られていたが、そういえば旦那様はどうして私の家に来たのだろうか?

食事のあとで、何か予定外のことが起こったのか?…いや、余計な詮索はしないでおこう。


今はとにかく、旦那様をもてなさなければ。

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