それは曖昧でさりげなくて、決して消えない
◇2022/3/10(木) 晴れ◇
石油ストーブの匂い。座布団の感触。
半纏を羽織った俺は掘りごたつで日誌を書いている。
2022/3/10(木) 晴れ と書き入れて、少し思案してから、
最終日
と付け加えた。
顔を上げると、ぬくもちゃんとメラニャちゃんがいて、同じくこたつに入っている。
銀髪ロングのロリ後輩・メラニャちゃんの視線が、俺の手元に注がれている。
「どうかした?」
「そういえば、僕が入部する前の話をあまり聞いたことがないと思って」
「あー、じゃあ見る? 日誌」
「見せてほしい」
キャンパスノートをメラニャちゃんの手元まで滑らせて届ける。2021年度こたつ部活動記録。
最初のページを開いた。
俺と、黒髪ショートの眼鏡後輩・ぬくもちゃんに見守られながら、メラニャちゃんは日誌を読み上げ始めた。
「2021年12月1日。
「俺蹴られすぎだなあ」
「音琴先輩が蹴りすぎなのではないか……?」
「えへへ……」
「なぜ照れる」
「ここらへんはあんまり書くことなかったから俺もテキトーだな。去年もいろいろあったんだけどな~」
メラニャちゃんが日誌をぺらぺらとめくっていく。
「ん、ここから今年か。2022年1月5日。音琴以下略」
「書くのが面倒になってるじゃないですか」
「いや、ちゃんと書いてるところもあるよ。ほら1月11日とか」
「本当だな。ジンタさんが来てくれて、
「動く人体模型だよ」
「音琴先輩、このジンタさんというのは一体?」
「動く人体模型です」
メラニャちゃんは眉間に指を当てて唸った。
「動く……人体模型か……」
「眼球のパーツが取り外し可能だったよな。何種類も目ん玉を持ってて、その時の感情に合った目ん玉を都度嵌め直すことで表情を変えてた。喋れないから筆談がメインで」
「ダンシング人体模型として、冬高七十七不思議のひとつでしたよね」
「Vの世界より奇なりだな」
「そっから先も謎存在がけっこう出てくるよ」
「妖怪猫又……おでん部……なんだか動く人体模型と比べればふつうの存在と思えてしまう……」
「スミくゅん、可愛いですよね……。おでん部の人たちも個性的でした」
「おでん部は気になる。校則違反営業しているだけあって、おでんの味もデンジャラスだったりしないだろうか」
「バナナおでんとか、ヨーグルトおでんとかありましたよ。ふっぐ! く、うくくくく……」
「音琴先輩が突然笑い出したぞ!? 自分でバナナおでんがツボに入ったのか!?」
「くふ、ふふふふっ……。ご、ごめんなさい。キャロチュピカさんも来年になったらおでん部とエンカウントできるかもしれませんよ」
「楽しみにしておく。ところで、普通のおでんもあるのだろうか?」
「もちろんです。ちくわとか、がんもとか。そっちは普通に普通の味がしました」
「音琴先輩の好みは何だった?」
ぬくもちゃんが「私ははんぺんが好きで」と言うと、メラニャちゃんが「僕もおでんでははんぺんが好きなのだ」と返す。「ふわふわで味がしみてていいですよね……!」と言うと、「しかも熱すぎないから食べやすい」と返し、「だが僕が一番好きなのは大根だ」と話題を続ける。
俺はにこにこしながら、黙ってやり取りを眺めている。
卒業式は明日。明日になれば、俺は冬高を去る。
来年の年末にこたつ部が再始動する時、俺はもうここにはいない。
俺はなぜだか誇らしい気持ちでおり、そのことが自分では不思議だった。
寂しさはない。焦りもない。
大丈夫なんだっていう気がしていた。
窓の外に目を向ける。
(陽射しが明るいな……)
春になっていく。
「
「ん、ああ、俺? もちきんちゃく」
「……先輩?」
「ん?」
ぬくもちゃんとメラニャちゃんが心配そうに俺を見ている。そこで俺自身もようやく気付いた。
「……泣いてるんですか……?」
「想井先輩……」
「あー……。……。なんつーかね……」
一年の頃のこたつ部最終日には、別れ際にしくしくと泣くころなちゃん先輩がいて、
「それでも俺の時は泣かないだろって思っ、てたんだけどな」
「先輩……」
ぬくもちゃんの両手が俺の右手に重なる。メラニャちゃんも俺の左手をとってくれる。
俺は笑おうとして、たぶん、変な顔になってる。
うわ~~~恥ずかし~~~~これ。
何か軽口を叩きたいところだが、もう一言でも口を開けば、軽口以外の何かが溢れ出しそうなのでできない。
ふたりの手がやわらかくて……あたたかすぎるせいだ。
と、ぬくもちゃんが悪戯っぽくほほえむ。
「泣いてる熱騎先輩めずらしいから、写真に撮りませんか?」
「おお。確かにそうだ。ではスマホを取り出してと」
「やめて?」
「熱騎先輩。私、一緒にいられて楽しかったです……! 先輩がいたから私は……!」
「このタイミングでそういう感動シーンみたいなこと言うのやめな!?」
「想井先輩! 僕だって君には恩を感じている。こんな高圧的な僕だけれど、君は快く受け入れてくれた……!」
「感動のセリフなんだが、それを言いながらふたりして俺が泣く様子をスマホで撮影しまくってるの完全に悪ノリなんだよなあ????」
「先輩、好きです、大好きです!」
「僕も好きだぞ!」
「う………………うおおおおおうるせーーーーーー!!!!! 動物園のノリで撮るな!!!!!!!!」
俺は「秘技! 半纏纏い!」と叫びながら羽織っていた半纏を一旦脱いで頭から被った。メラニャちゃんが「脱げー!」と俺の半纏を引っ張り、ぬくもちゃんも今までにないくらい大きな声で(それでもまだ控えめだったが)笑っている。少しして、ぬくもちゃんの笑い声に湿り気が混じり始めた。
被ってるから見えないけどぬくもちゃんも泣いてんのかよ。
反撃しようかとも思ったが、満ち足りた気分だから、見逃してやる。
燎原愛弥火先輩から、南陽奈先輩へ。
南陽奈先輩から、古沢暖隆先輩へ。
古沢暖隆先輩から、日下部ころな先輩へ。
日下部ころな先輩から、燦射院火巳子先輩へ。
燦射院火巳子先輩から、俺へと受け継がれたぼんやりとした熱は……
ぼんやりとしたままで、音琴ぬくもの手に渡る。
それは曖昧でさりげなくて、決して消えない、こたつの温もりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます