十帝、進軍
◇2022/3/9(水) 晴れ◇
俺はこたつ部の部室にて、神と邂逅していた。
神は、黄金の光を纏いながら浮遊し、空中であぐらをかいている。髪が逆立っていて、大仏の格好をした超サイヤ人悟飯(少年時代)という感じだった。そういえばドラゴンボール
来月の何日だったっけ?
俺はスマホを取り出して「Hey, Siri」と言う。
「 お い 、 神 を 無 視 す る な 」
「二十二日の金曜日かあ」
「 わ た し は 、 こ た つ の 神 で あ る ぞ 」
「ああ、うん……神ね……。でも俺が見てるこれって夢なんだよね。明晰夢。たまにあるんだけど、これは夢だって気づく夢」
「 バ レ て い た の か 」
「あっなんかもうすぐに夢から覚めそうだな。浅い眠りに入ってきた感じする。こたつ神さん、なにか伝えたいことある? どうせ出てきたんだし夢が終わる前になんか名ゼリフ言ってよ」
「 め 、 名 ゼ リ フ だ と 。 急 に 言 わ れ て も 」
「あー起きちゃう起きちゃう。やばいやばい意識が目覚めてきた」
「 わ 、 わ か っ た 、 心 し て 聞 く が よ い 。 お ほ ん 。 ―――― も ぴ 」
俺は夢から覚めた。
掘りごたつに入って仰向けになったまま、アイマスクをして寝ていたっぽい。
石油ストーブと畳の匂い。いつもの部室だ。
……。
「もぴ」から始まる名ゼリフが気になりすぎる。
とりあえずアイマスクを外して緩慢に起き上がる。こたつにはぬくもちゃんとメラニャちゃんが入っていて、ふたりともスマホに指先を這わせていたが、すぐこちらに反応した。
「あ、おはようございます先輩」「よく眠れたか、想井先輩」
俺は「んうあー」と声を発しつつ伸びをして、ふたりの顔を交互に見る。
「ふたりしてスマホいじってたん?」
「はい」「そうだが」
「ふーん」
俺は目をこすり、湯呑の緑茶を飲む。だいぶ冷えてしまっていた。
それにしても……
このふたりの間には、未だに会話があんまない。
何度もけしかけたり俺が間に入ったりして、ふつうに話せる仲にはなってくれたと思うんだが、どうもこう、まだ固さが抜けてない気がする。ぬくもちゃんはメラニャちゃんに丁寧語だし。メラニャちゃんはぬくもちゃんにドキドキしてるし。
まあ、これ以上俺が干渉する必要はないような感じはする。来年のこたつ部で、ぬくもちゃんが部長になれば、責任感の強いこの子は勝手に成長していくだろう。メラニャちゃんとも、もしかしたらこたつの下でボコスカ蹴り合う仲良しこよしになるかもしれない。
それはそれとして、まだまだ心配だった。
「部長か……」
漏れた呟きに反応し、ぬくもちゃんがスマホから顔を上げる。その目が「どうしました?」と訊ねている気がして、俺は「いやあ」と言葉を続ける。
「そういえば、ぬくもちゃんを、こたつ部の部長になるために乗り越えなくてはならない〝十の試練〟に臨ませてなかったなって……」
「なんですかそれ!?」
「まあ試練をクリアしなくても部長にはなれるんだけど、クリアしといた方が後々こたつ部のOB間での地位が上がるんだよな」
「なんですかそれ……」
「知っての通りこたつ部には〝四天王〟〝七柱〟〝双璧〟などのヤバイ肩書きで称されるヤバイ元部長たちが存在するんだけどさ」
「なんですかそれ」
「そのなかでも〝
ぬくもちゃんはぽかんとしている。ちょっと黒縁眼鏡がズレていてかわいいね。メラニャちゃんはというと、鈴の鳴るような声で笑っている。
「なんだそれは。こたつ部はVの世界よりも奇奇怪怪だな」
「スフィレーン皇国の第一皇女から見てもそう思うんだ」
「まあ僕はソーニャ・シルバーブレードとは別の存在だがな」
「ま、待ってください。その十の試練とかいうの、熱騎先輩はやったんですか?」
「……うん。なんとか乗り越えたよ」
「ど、どうだったんですか……?」
俺は遠い目をした。
「あの日死にかけたせいで、今でもアヒルを見ると頭の中でベートーベンの第九が流れだすよ」
「よくわからないトラウマを……!」
「で、どうする? 受ける? 十の試練」
「嫌ですが……」
「そうだよなあ……俺も嫌だったよ……嫌だったけど、三月になると向こうから勝手に来るんだよね……」
「えぇ……」
その時!
掘りごたつの下からのっそりぞろぞろと這い出てくる、十人の変態!!
「きゃあああああっっ!?!?」「何だと!?!?」
「あ、十帝さんたちお久しぶりです」
「十の試練を受けたいという部員の話を聞きつけたンゴねえ」
十帝が一人、第四十六代目部長・
「ひょっひょっひょっ……わしの試練は甘くないぜぇ……?」
第十五代目部長・
「フフフフフフフ……ンフフフフフフフフフフフ……」
第三十五代目・
「試練の前に腹ごしらえだよ! たーんと食べな!」
第二十五代目・
「あ、いただきまーす」第二十三代目・
「え~あたしっちも食べていいっち~?」第四十一代目・
「カス共ォォォオ!!!!!部室で焼き魚すんな!!!!!」第四十五代目・
「帰ります」第二十八代目・
「天才とは1%のひらめきと、99%の暴力である」第十九代目・脳筋エジソン。
「ボンバボンバビンベ」第十一代目・ビンバベンボンブ。
「おーっすこたつ部、やってっか~? うわ何だこの人口密度!?」第四十九代目・
「想井くんの予餞会をするために久々に来たけどなにこれ……陽奈先輩、知ってます? この人たち」第五十一代目・
「いや知らないよ……ボクが知ってるのはかろうじて四天王までだよ」第五十代目・
「おもしろーい……(にこにこ)」第五十二代目・
「いま来ましたけれど何ですのこれはァッ!? 部室がぎゅうぎゅう詰めですわァッ!?」第五十三代目・
「あははは! なんだこれ! カオスすぎんだろあはははは」第五十四代目・俺。
「ひ、ひとごみ、ニガテ……」第五十五代目――――
――――音琴ぬくも。
唐突に訪れたどんちゃん騒ぎの渦中で、俺は腹がよじれるほどに笑い、目が涙で滲むくらいに笑い、心配事がすべて吹き飛ぶくらいに、笑った。
隣を見る。ぬくもちゃんが縮こまりながら、時折くすっと笑みをこぼす。
隣を見る。メラニャちゃんが気に入った相手(古沢暖隆先輩)の顎をクイッして、南陽奈先輩に押しのけられている。
ああー。
なんか幸せだな。
あさって、卒業かあ。
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