照れの向こう側いきおった

◇2022/2/10(木) 雨のち雪◇




 今日もまた一段と寒い。雪降るし。はやくこたつ部へ避難だ。俺は部室の扉を開けた。


「おーっす」


 挨拶しても掘りごたつには誰もいない。

 しかし、室内には後輩のぬくもちゃんと、新・後輩のメラニャちゃんがいた。

 互いに背を向け合って壁の方を向き、畳部屋の端と端に座っている。


 ここから見えるふたりの横顔は、ぬくもちゃんの泣き顔と、メラニャちゃんの不機嫌顔だった。


 …………。


 何があった……。


「どうしたのふたりとも……」


 訊ねても答えは返ってこない。俺はカバンを置くと、こたつに入らずぬくもちゃんに近寄る。


「ぬくもちゃんどしたの」

「…………」


 ぬくもちゃんがいわゆる萌え袖の手をちょいちょいと手招く。もっと近づけということだろうか。俺がさらに体を寄せると、ぬくもちゃんが内緒話をするように俺の耳元でささやいた。


「(先輩……)」

「あっひゅ」

「(えっどうしたんですか)」

「(いや、吐息が耳にかかって……何でもない……。で、何)」

「(私、先週、キャロチュピカさんが来てからずっと緊張しっぱなしで。だけど今日こそはと思って話しかけたら……ついニャちゃ様の話にしてしまって……)」


 そう。

 新・後輩の銀髪ロング美少女ロリたるメラニャちゃんのもうひとつの姿は、バーチャルライバーグループ〝パラレルスカイプロジェクト〟所属のVTuberブイチューバー。遠い異世界からやってきたスフィレーン皇国の第一皇女(という設定)の『ソーニャ・シルバーブレード』だったのだ。愛称はニャちゃ様。


 先週の金曜にメラニャちゃんの身バレ事件があって、今週も平日は毎日こたつ部の活動があったわけだが、確かにぬくもちゃんはずっと縮こまってプリンみたいにぷるぷる震えていた。

 その状況をぬくもちゃん自身もなんとか変えたいと思ってはいたのだろう。


「(でも失敗しちゃったってこと?)」

「(はい……)」


 ぬくもちゃんが指先で目じりの涙をぬぐう。「(ニャちゃ様の話になると私、暴走しちゃうので……あなたが大好きで推しなんです愛していますって言いまくっちゃって……そしたらキャロチュピカさんがいつの間にかすごい不機嫌になってて……)」


「(はあ……なんでだろ)」

「(気持ち悪がられたんだと思います……。オタク特有の早口でしたし……。マリカー実況配信#1でニャちゃ様がアイテムを取る時に『暗き闇より……いでよ! サンダー!』って叫んで実際に出たアイテムはキノコ一個だったシーンが可愛くて大好きですって言ったあたりでそっぽを向かれちゃって……)」

「(そんでなんかメラニャちゃんがこたつから出て、頑としてぬくもちゃんの方を向かなくなったと)」

「(私は泣くしかなくて……)」


 なるほど……。

 なんとなくメラニャちゃんの思ってることは推察できる気がする。


 たぶんあの子……

 照れてる。


「(わかった。話つけてくるわ)」

「(あ、ありがとうございます先輩……。いっぱい謝ったんですけど、私なんかの謝罪にきっと価値なんてないから、先輩が間に入ってくれると嬉しいです……)」

「(ん~~自己肯定感もっと高めてこ。まあ今は任せろ)」


 俺はぬくもちゃんの元を離れ、部屋の端に行き、メラニャちゃんのそばにしゃがんだ。


「(んでどうしたのメラニャちゃんは)」

「(想井おもい先輩)」

「(うん)」

「(どうしよう。僕……僕……)」


 案の定、メラニャちゃんの頬はよく見るとピンク色に上気していて……


「(僕……音琴ねごと先輩のこと、好きになってしまうかもしれない……)」


 ……………………いや照れのその先へとカッ飛んでるな!?


「(僕のVとしての姿であるソーニャ・シルバーブレードの話になって、音琴先輩が僕にソーニャへの愛を語ってきたのだが……)」

「(うん。ぬくもちゃんから聞いた)」

「(こうして直接、ファンと出会えて愛を告げられて……僕は胸が苦しくなっている自分に気づいた)」


 メラニャちゃんが切なげに長いまつげを揺らす。


「(甘い苦しみとでも言おうか。こんなにも僕のことを愛してくれる存在を、僕も愛してあげたい。嬉しかったのだ。もちろん今までもたくさんの人に支えられてきた。でも僕は、ひとりの熱狂的なファンに全肯定されて、初めて、本当の意味で報われた気がする。だけど……だけどここにいる僕は、ソーニャ・シルバーブレードではない。リアルの肉体を持った僕は、メラニャ・クピューリャ・キャロチュピカでしかないのだ……)」

「(あー……)」

「(それが今も苦しい。僕は音琴先輩の愛には応えられない。音琴先輩の『ニャちゃ様』への愛に応えられるとすればそれは、『ニャちゃ様』ただひとりなのだ。そして僕メラニャは、ソーニャではない……)」


 思ったよりも深刻な悩みだった。どうしようこれ。

 メラニャちゃんは先程まではわざと不機嫌な顔をつくっていたのだろう。自分で自分の感情を殺し、諦めるために。

 俺はぬくもちゃんの方を見る。彼女は膝を抱いてどんよりのポーズをしている。


 いまはふたりともこんなだけど、同じこたつ部員として、仲良くなってほしい。


 そしてそれは案外、簡単なことにも思えた。


「(メラニャちゃんさ)」

「(何だ、想井先輩)」

「(いまは片思いでもいいんじゃないか?)」


 メラニャちゃんが顔を上げてこちらを見る。長い銀髪が華奢な肩からさらりと流れ落ちる。


「(片思い?)」

「(ぬくもちゃんのことが好きになっちゃいそうなんだろ? じゃあ好きになればいいんじゃないかな。確かに、ぬくもちゃんが見ているのはソーニャさんであってメラニャちゃんではないのかもしれんよ。だとしてもさ。ぬくもちゃんと『メラニャちゃん』が仲良くなるのには何の問題もないじゃん。俺はなれると思うよ、仲良しに)」

「(本当に……そう思うか……?)」

「(思う。だってここは、こたつ部だからな)」


 俺は立ち上がって、掘りごたつに入る。それからふたりのことを呼んだ。


「ふたりとも!」


 涙で目を腫らしたぬくもちゃんと、不安げに眉を傾けるメラニャちゃんが振り返る。

 互いの視線が交わり、そして離れた。

 お見合いみたいな空気が流れる。


 俺はにっこり笑って机を軽く手のひらで叩いた。


「とりあえず、こたつに入ろうぜ」


 ぬくもちゃんとメラニャちゃんが、笑いあって軽口をぶつけ合えるくらいの友達になるまでを助ける。

 それが俺の、部長としての最後の仕事になるだろう。

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