疾走! バレンタイン・エスケープ!
◇2022/2/14(月) 晴れ◇
今日はボーイ&ガールにとって特別な日。
俺はそわそわしながら部室棟を歩いていた。
現在入手した数はゼロ。彼女とか女友達とかいないので当然といえる。とはいえ昨年と一昨年はもらえたのだ。こたつ部の先輩たちから。
しかし今年はわからない。
なぜなら、俺は今まで、ぬくもちゃんからチョコをもらえたことがないからだ。
今日はバレンタインデー。
「おーっす」
こたつ部の部室を開ける。掘りごたつには後輩のぬくもちゃんがいて、肩をびくっと震わせた。
「あっ、こ、こんにちは、
「こんにちは。あ~寒かった。寒ュエル・ジャクソン」
俺は軽口を叩きながらも、今年はいてくれるんだな……と思った。去年のバレンタイン(正確にいうと、二月十五日の月曜)の時のぬくもちゃんは、一瞬だけ部室に顔を出したのになんかすぐ帰ってしまったのだ。
去年のあの日、ちょうど俺と
「ふぃ~あったけ~」
「…………」
ぬくもちゃんの対面に入り、こたつの温もりに包まれる俺。
そのまま無言の時が続く。
沈黙は俺たちの関係において珍しいことではない。喋りたければ喋り、黙りたければ黙る。こたつ部はそういう場所だ。気まずくなる理由なんてどこにもない。
はずだ。
俺はそわそわ視線をさまよわす。
ぬくもちゃんは細指をもじもじ絡ませる。
「…………」
「…………」
なんかめちゃめちゃ意識しちゃうんだが!?
というかまじでぬくもちゃんからのチョコは欲しい。義理でもいい。欲しい。チロルチョコ一個でもいいから欲しい。いや嘘ついた。本命チョコ欲しい。ぬくもちゃんの手作り本命チョコが欲しい。くっそこんなことならもっとぬくもちゃんの前でカッコいい姿を見せとくんだったな。今までの俺はどうだったかな。ぬくもちゃんの胸を見て劇画調の顔になったりオタク構文を使ったりしてて全然普通にキモかったな。そしてそれが俺のありのままの姿だから尚更たちが悪い。なんか悲しくなってきた。こんな俺にぬくもちゃんが本命チョコくれるわけなくね? 恋愛の意味で好きになってくれるわけがなくね? やば。帰りたい。「ぴゃ」って言って帰りたい。
「ぁ、ぁの……」
「はいッ!」
小さな呼びかけに、俺は慌てて大声で応える。
「ひっ!?」
「ご、ごめん声デカかった。何?」
「ぇと……そのぅ……わ、私……」
ぬくもちゃんが顔を伏せると、前髪が下りて黒縁眼鏡を覆う。
「ちょ……」
「ちょ……?」
「ちょ…………つくっ…………き……ので……………………わた……」
「待ってぬくもちゃん。壊れたラジオみたいになってる」
「ぅぅ……」
ぬくもちゃんが涙声になる。が、がんばれ。
「がんばれぬくもちゃん! どうしたの?」
「わ…………私…………私、先輩のために…………!」
ヴァンッッ!!
そのとき部室の扉が勢いよく開いた!!
「お邪魔致しますわァッ!!」
襲来したのは先代部長・燦射院火巳子先輩である!!
「火巳子先輩!?」
「ハッピーバレンタインですわァッ!! じいやッ! 例のものをここへ!」
「かしこまりましたお嬢様」
続いて老執事が運んできたのは出入り口をギリギリ通れる幅の大皿!!
上に載っているのは、ホールのチョコレートケーキである!!
火巳子先輩が高笑いする!!
「オーッホッホッホッホッホ!!!!」
「うおおおおっ!? 先輩毎年すげええ」
「す、すご……!」
「燦射院家で雇っているパティシエにつくっていただきましたのよッ!! 味は一級品ですわッ!! さあ、熱騎さんとぬくもさんも、召し上がってくださいませ!! オーッホッホッホッホッホ~~!!」
「ちなみに本命?」
「義理ですわ」
急に真顔にならないで。
「とはいっても愛と感謝を込めた義理ですわよッ! 受け取ってくださいなッ!」
「はい! ありがとうございます、いただきます。あ、じいやさんが切り分けてくれるんですね。ありがとうございます……うわ~ベリー系のやつがスポンジ生地のなかに入ってるんだ。うまそうだねぬくもちゃん」
「ソウデスネ゛」
「ネに濁点がつくくらい不機嫌になっとる」
「不機嫌じゃないですが? ……燦射院先輩、ありがとうございます」
「いいえ! こちらこそスランプのわたくしと一緒にこたつ部で遊んでいただいて感謝もしきれませんわ!」
火巳子先輩が金髪ロングをファッサーとやって太陽のような笑顔をする。そういえばこの人自称スランプだったな。
……しかし、またやってしまった。今ぬくもちゃんが若干不機嫌なのは、ぬくもちゃんが何か言いかけたのを俺がスルーしてしまったせいだ。
「で、ぬくもちゃん。さっき何を言いかけてたの?」
「むっぐ、げふっ、げふ」
「ああっごめん!? 突然訊いてごめん喉詰まらせちゃった!?」
「大丈夫ですの!?」
「だ、だいじょうぶです……」
火巳子先輩に背中をさすられ、じいやさんの用意したお紅茶を飲み、事なきを得た。
俺はぬくもちゃんがかけた眼鏡の奥の瞳を見つめる。
視線に気づいて、ぬくもちゃんは頬を染め、ちらっ、ちらっと俺を見返す。
「……ぁ、ぁの、その、わ、…………私……!」
ニャンッッ!!
そのとき部室の扉が勢いよく開いた!!
「こんニャ~!(配信開始時の挨拶) メラニャ・クピューリャ・キャロチュピカのお出ましだ!」
銀髪ロングの幼児体型、後輩の一年生・メラニャちゃん!!
腕一杯に抱えるのは、たくさんの包装されたプレゼント箱!!
「メラニャちゃん!? 何その大量の箱は!?」
「何って、バレンタインチョコレートだが」
「えっそんなにくれるの? 本命?」
「ああ。全部本命だ」
冗談で訊いたつもりがガチトーンで本命宣言された!!
「全部、女子からの愛の告白とともに僕がもらった本命チョコレートだ。君にあげるものではない」
あっそうですよね。すみません。
「どなたですの?」
「火巳子先輩は初めてか。メラニャちゃん、自己紹介して」
「メラニャ・クピューリャ・キャロチュピカだ。以後お見知りおきを、美しいひとよ。……ああ、ほんとうに美しい……あなたの名を尋ねたい」
「もちろん名乗らせていただきますわ! 燦射院、火巳子と申します。こたつ部の先代部長を務めておりましたわ!」
「燦射院先輩。今日会ったばかりだが、一目でわかったよ。君はまるでアンダルシアの車窓から眺める一面のひまわり畑そのものだ。その大輪の花の笑顔を、傍らで
メラニャちゃんが荷物を置いて、火巳子先輩の小さなあごを、指先で『クイッ』と持ち上げた。至近距離で見つめあうふたり。
「君が欲しい。燦射院先輩。僕の物にならないか?」
「それ誰にでもやる感じなの?」
「失敬だな
「わたくしが……あなたの、物に……?」
「そうだ。君には僕の女神になって欲しい」
「俺の時は犬って言いましたよこの子」
「ふふふっ! わたくしが、あなたの物に。それも悪くはありませんわね?」
「えぇ!?」「さ、燦射院先輩……?」
火巳子先輩が、いつものようなサンシャインの笑みではなく、アルカイック・スマイルを浮かべた。
「でも気をつけてくださいませ。そう言い寄ってきたのに逆にわたくしの虜になってしまう……そのような方をいままで何人見てきたことか……」
「な……何……!? 僕の【魅了S+】が効いていないのか!?」
「ゲームのスキルか何か?」
というかしっとりしてる火巳子先輩ひさびさに見た! オトナだ!
ぐぬぬ顔のメラニャちゃんと、すずしい顔の火巳子先輩。ふたりの視線のバチバチとしたぶつかり合いをよそに、俺は改めてぬくもちゃんに訊ねる。
「ごめんね。さっき何を言いかけてた?」
「ひぇっ。あ、えと、あの」
俺は何も言わずに待つ。ぬくもちゃんのペースが一番いいと思ったからだ。あと俺自身の心の準備も必要だった。
息を吸って、吐く。
高鳴る鼓動を落ち着けようとするが、なかなか難しいので、鳴るがままに任せるしかない。
「せ……せんぱい……」
ぬくもちゃんの吐息まじりの声が、いまにも消え入りそうだった。
「これ……その……」
可愛らしくリボンで包装されたそれは、透明の袋に入った、ハート形の小さなガトーショコラ。
「せんぱいのために……つくりました……」
自信なさげに、差しだしてくれた。
「おいしくなかったら、捨ててください……」
「ぬくもちゃん」
「ぅ……」
目をぎゅうっと瞑って差しだすその手を、俺は包むように握った。
「ありがとう。捨てるわけない。最高のバレンタインチョコレートだよ」
「ぁ……」
「成長したね」
思わず自分の行動に驚く。
俺はぬくもちゃんの頭を優しくなでていた。
「大切に食べるよ。一生忘れないために」
「すき……」
「えっ?」
「あっ」
えっ?
聞き間違いかと思って撫でる手を止める。
ぬくもちゃんが涙目の顔を真っ赤にした。
ぷるぷると震える。
「ぴゃ」
「……ぴゃ?」
ぴゃーーーーーー!!!! と叫びながらぬくもちゃんは部室から逃げた。「追えッッ!!」と俺が叫べば「逃がしませんわァッッ!!」と火巳子先輩も立ち上がり「えっえっ」と困惑するメラニャちゃんを「行くぞッ!!」と俺が無理やり立たせて三人で追いかける。
走っていく。
顔も、心も、熱かった。
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