メラニャ・クピューリャ・キャロチュピカ

◇2022/2/4(金) 曇りのち晴れ◇




 今日も放課後はこたつ部へ直行。ようやくぬくぬくできるぞ。俺は部室の扉をバンと勢いよく開けて挨拶をした。


「おーっす!」


 ぬくもちゃんはまだいなかった。

 しかし掘りごたつに謎の少女が

 頭だけを出して、首から下は全部こたつにinしている。

 甲羅に閉じこもったカメみたいな感じだ。


 その少女と、バッチリ目が合う。


「…………」

「…………」


 少女は無表情を変えず、こちらを見返している。俺が「あの~……」と言うと、こたつの中から這い出してきて、畳の上に立った。


 銀髪ロングの少女だった。


 身長は一四〇センチあるかないかというくらいに小さい。顔も手も、ひとつひとつのパーツがミニサイズかつ白磁のように綺麗なので、どこかお人形さんを彷彿ほうふつとさせる。現実感のない銀色で長いストレートの髪もドール感に拍車をかけていた。瞳はブルー。そして何より……


「冬高生?」


 着ている制服は冬高のブレザーだったのだ。


「ああ。僕は冬高の一年生だ」


 しかも僕っ娘だ……。

 声が身長相応に高いが、凛々しくもある。


「冬北高校には七十七不思議というものがあると聞いてね。調べていくうちに、こたつ部というものに興味を持った。そこで探してみたら簡単に部室を発見できたというわけだ」

「さっき新種のカメみたいになってたのは何?」

「君はこたつ部の関係者か?」

「え? うん。部長だけど」

「ということは先輩か。どうだろう先輩。僕をこたつ部に入れてはくれまいか」


 入部希望者だ……!

 また個性が強そうな子が来たな。


「大歓迎だよ! いや~、俺もいろんな一年生を勧誘してみてはいたんだけど、なかなかつかまらなくてさ。たいてい既に部活をやってたりするから……あっ、こたつ入ってよ。ゆっくり話そう」

「ああ。失礼する」

「ふぅ~あったけ。それで、さっきコタツガメになってたのは何だったの?」

「お互いに名を名乗った方がいいのではないか?」

「え? ああ、そうだな。忘れてた。俺は三年の想井おもい熱騎あつき。きみは?」

「僕はメラニャ・クピューリャ・キャロチュピカだ」

「メラニャクピュ……ごめん、もう一度お願いしていいかな」

「メラニャ・クピューリャ・キャロチュピカ」

「ほー……」


 名前がすごい。どこの国の人なんだろう。


「どう呼べばいい?」

「メラニャで構わない」

「メラニャちゃんでいいか?」

「……構わないが。君は物怖じしないタイプだな?」

「え、何で?」


 メラニャちゃんがまつげの長い瞼をすぅっと下げ、目を細める。


「僕と接する者は、まず僕の銀髪に驚く。そして恐る恐る話しかけてくるが……僕のこの口調が原因なのか、気圧けおされてしまうようなのだ。ゆえに僕に近づいてくる者は少なくなり、今となっては気心の知れた友人も数えるほどとなってしまった。……君は僕と話している時も自然体に見える。珍しいことだ」


 ……まあ、それは……。

 コタツガメみたいなおもしろ状態がファーストインプレッションだったからな……。

 あれのおかげで、なんか、この子もたぶんポンコツなところがあるんだろうなって安心したというか……。


「なるほどね……。ところで何でさっきはコタツガメに」

「想井先輩」

「ん?」

「僕は君となら友人になれるかもしれない」

「さっきからめっちゃ話そらすじゃん」

「いや、よく見たら君はなかなかの美形だ。僕と友人以上の関係にならないか?」

「いきなり何!?」


 対面に座っていたメラニャちゃんが四つん這いで移動してきて、俺の隣に来たかと思うと、顔をまじまじと見つめてくる。えっ何!?


「ふうん……やはり、良い顔をしている……」

「なになになになに!! こ、怖っ」

「君……」


 メラニャちゃんが膝立ちして、やや上から俺を見下ろす。小さな指先が俺のあごを『クイッ』と持ち上げた。

 至近距離で目と目が合う。サファイアの瞳。

 メラニャちゃんの周囲にきらめく薔薇が咲いた。


「君が欲しい。想井先輩。僕の物にならないか?」


 自信と慈愛に満ちた――――メラニャちゃんの表情。

 呆然とする――――俺。

 部室の扉を今ちょうど開けた状態で固まっている――――ぬくもちゃん。


 ぬくもちゃんが「は……はわ……わわわ……」とプルプル震えている。

 メラニャちゃんは俺から視線を外さず、唇に弧を描かせて微笑する。

 俺はお姫様みたいに頬を染めながら呟く。


「ヤダ……王子様……」

「あ、あ、あ、ああ熱騎せんぱい!?」

「僕と主従を結ぼう、先輩。後輩と先輩ではなく、これからの僕と君は、主人と犬だ」

「ワン……」

「いい返事」

「ま、まっ……まってくださいぃーーーーーー!!!!」


 ぬくもちゃんが畳に上がってきたかと思うとそのまま俺を殴り倒した。


「俺ぇ!?」

「な、な、な、な、なんなんですか!? 急にこたっ、こたつ部に来て、誰なんですか!?」

「君こそ誰だ? 僕と犬とのふれあいを邪魔する狼藉者め。僕はれっきとしたこたつ部員だ。部員が部室にいて何が悪い?」

「えぇっ!? 新入部員!? ちょっと先輩!!」

「痛っ痛い、腕つねらないで痛いよぬくもちゃん」

「待て。ソレは僕の所有物だ。傷物にするつもりなら、さすがに立場をわからせることになるが?」

「わ……わた……わわた……」

「わた?」


 ぬくもちゃんが、涙目で叫んだ。


「私の所有物なんですが!?」

「何だと……?」「ぬくもちゃん?」

「熱騎先輩は私の持ち物だって言ったんですっ! 先輩は私が命令すれば足を舐めるし荷物も持つし創作ダンスだって踊ります! ですよね先輩!? 先輩スイッチ『そ』! 『そうさくダンス』!!」

「ふん。君のような気弱な少女の命令に、想井先輩が従うわけが」

「よっ。はっ。どっこらほいっ」

「創作ダンスしているだと!?」

「ほ、ほらね!? いかがでしたか!? 先輩が私のものだということがわかりましたね!?」

「ぐぬ……! ならば君から奪ってみせよう。必ず僕の物にする。このメラニャ・クピューリャ・キャロチュピカに二言はない!」

「アッ!? えっ!? そ、その決めゼリフ、っていうかその声、よく聞いたら……!」

「ん?」

「ソーニャ・シルバーブレードちゃん様!?!? ば、バーチャルYouTuberのニャちゃ様じゃないですか!?!?」

「チガウヨ」

「きゃあああああああ!?!?!?!? ニャちゃ様あああああああああああ」


 ぬくもちゃんがでんぐり返しをした。メラニャちゃんが本気で焦って「身バレした……消えてもらうか……?」と呟いている。ぬくもちゃんがでんぐり返しに失敗して本棚に頭をぶつけて倒れている。待て待て。情報量が。

 情報量が多い!!

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