もうひとつの謎部活、来襲
◇2022/2/1(火) 雪◇
二月。
しんしんと降る粉雪。
窓の外が少しずつ白く色づいていく。
今日はまた一段と寒い日だった。こたつ部の部室には関係ないけど。
掘りごたつ、石油ストーブを稼動させ、半纏を羽織れば俺は……無敵だ。
無敵は無敵、なのだが……
「なんかあったかいもの食いてーなー」
呟いて、みかんの皮に指を入れる。こたつの向かい側のぬくもちゃんがスマホから視線を上げた。
「もう十分あったかいのにこれ以上あたたかみを求めるつもりですか? 有り余る力を手にして調子に乗ったイカロスは翼をもがれますよ」
「突然ギリシャの風が吹くじゃん。いやいや考えてもみなって、食べたいでしょ、あったかいもの」
「まあ、それは……」
「鶏だんご鍋……きりたんぽ……お雑煮……おでん……」
「お腹空くのでやめてください……」
「ウゥッ俺も腹減ってきた」
自滅行為だった。俺はお腹をさすってため息をつく。
その時、窓ガラスがコンコンと叩かれた。
振り向く。
窓の外に、巨大なはんぺんが佇んでいる。
「ワ!? ……なんだ空腹が見せる幻覚か。驚かせやがって~」
窓の鍵が開いていることに気づいたはんぺんは、手で窓を開いて「邪魔すんよ~」と喋った。
冷気が部室に流れ込み、頬をひんやりと撫でた。
俺はその白昼夢をぼんやりと眺めていたが、はんぺんに続いてちくわも現れたところで我慢できなくなった。
「何だ!?」
「あ、急にすぁーやせんス。おでん、いかがっスか?」
ちくわが……正確にいうとちくわの被り物をした男が喋って、不器用に笑みを浮かべる。はんぺんの被り物をした女も人懐っこく笑い、通る声で言った。
「がんもから大根まで、一通り揃ってるよ! 同じ謎部活同士だもの、安くしとくサァ!」
「あ……」
思いだした。
冬高七十七不思議のひとつであり、もうひとつの冬季限定部活動。
「……おでん部!」
「一年ぶりだナァ、こたつ部! おでん屋台、引っ張ってきたゼィ!」
背筋を伸ばし、はんぺんとちくわの背後を見れば、江戸時代かよという感じの移動屋台が準備されていた。
おでん部。
冬になると活動を始め、校舎裏の目立たない場所でおでん屋を無断営業している謎部活。あまり知名度のない屋台だし、営業日も不定なことから客の入りはそんなに良くなく、ほぼ毎年赤字らしい。それでも知る人ぞ知る名店として一部の生徒や教師から人気だ。いいのか教師。
こたつ部の場所まで出張してきたおでん部の連中。
俺はぬくもちゃんと顔を見合わせる。
とりあえず、こたつ部を代表して指摘した。
「その被り物、何だよ。前までなかったろ」
「ああ、これカァ? いーだろ。手芸部がつくってくれたのサァ」
はんぺん女がにししと笑う。彼女は名を
その奥でおでんの火加減を調節しているちくわ男は、
「おでん部だって一目でわかっし、インパクトもあンだろ〜?」
「被り物なくてもインパクトの塊だろ、おでん部は」
「ッカァ~! このはんぺん頭の〝
「はいぁっス」
千倉くんが陶の器に、
・はんぺん
・ちくわ
・もちきんちゃく
・さつまあげ
・つみれ
をよそった。
飯田経由で器をふたつ手渡しされ、窓越しに立って受け取った俺は机に置いてからこたつに入りなおす。と、飯田も勝手に窓から部室へ入ってきた。
「おまえも来んのかよ」
「あたぼーよ。いンやぁ~、あ~ったかいネェ」
「あっ、ずりぃっス! おれも!」
千倉くんも無断侵入し、正方形のこたつは埋まってしまった。ふたりとも、ちゃっかり自分の分のおでんを持っている。そしてなんか
「おい、これ」
「中身はノンアル麦茶サァ! 雰囲気雰囲気!」
「教師に誤解されるだろ! なぁぬくもちゃん?」
「ぁ、はぃ」
(コミュ障発動してんな)
「ほんじゃま、おでん部の売上黒字化&任天堂子会社化を願って~~~~~っ、乾杯っ!」
「乾杯っス!」
「こたつ部に関係ないこと願わせないでくれるか?」
「んじゃこたつ部は勝手に別のこと願ったらいいサァ。そん代わりおでん部が巨万の富を築いた暁にゃぁこたつ部を買収するサ」
「買収してみろよ。こたつ部のバックには
「燦射院家と任天堂、どちらが強ぇかって話だナァ?」
虎の威を借る狐 VS. 虎の威を借る狐だった。俺は軽口を叩きながらもさつまあげを口に入れて味わう。だしがしみてておいしい。
「最近どうデェ、こたつ部は」
はんぺん頭の飯田はそんなことを聞きつつ自分もはんぺんを口に運ぶ。共食いだ。
「相変わらずだよ。変人が現れたり人外が現れたり、何も現れなかったり。そっちは?」
「最近は売上向上ンために新作おでん開発の日々サァ!」
「へー。新しい具? 例えば?」
「バナナ」
噴き出した。
俺がじゃない。ぬくもちゃんが。
「けほっ、けほっ、ふ、ふふふっ……」
「ぬくもちゃんがツボっとる……」
「ほオ~~~ン??」
はんぺんに埋まった飯田の顔がニヤ~リと歪む。徳利を掴み、「ままままま、呑め呑め吞めってナ」とぬくもちゃんの湯呑に注いでいく。
「ぁ、ぁりがとぅござぃま……」
「新作おでん、エリンギ」
「ぶふっ! ふ、ふくくくくく……」
「そして、ブロッコリー」
「くひゅっ、ふゅく……ぐ……」
「ナス」
「んひっ! ふひひっ、ひぃ~~~~!!」
「ナァナァ
「心配になるよな」
「あ……
千倉くんが指摘する。確かにぬくもちゃんはずり落ちそうな黒縁眼鏡をほったらかしにして、にこにこふよふよしている。かわいいね。
「かわいいねじゃないが。ぬくもちゃん!? それアルコール入ってないよ!?」
「ふへぇ~~??」
「アッハハァ! 雰囲気酔いってヤツかァ? いいネェ!」
「いいネェとか言ってる場合じゃないだろ! だ、大丈夫なの!? ぬくもちゃん!」
「しぇんぱぁ~い……」
ぬくもちゃんは、左右にゆらゆらと体を揺らした。
「わかめのモノマネ~……」
「まあ可愛いからいいか!!!!!?!」
「いいんスか!?」
「アーッハッハッハァ!! ハッハッハッハッハァ!!」
部室の中が珍しく宴のように騒がしい。だいたいおでん部のせいだが、これもまた楽しい思い出のひとつになっていく。
こたつ部の二月が始まっていた。
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