催眠術師ヌクモーヌ
◇2022/1/25(火) 曇り◇
冬北高校の放課後。
こたつ部には今日もゆったりとした時間が流れている。
俺はみかんの皮を剥き、ぼんやりと果肉を口に運んでいる。
一方、ぬくもちゃんは五円玉に何かひもをくくりつけていた。
「何してんの?」
「私は催眠術師ヌクモーヌ……」
「なん……だと?」
「私の催眠術をくらうがいいのです」
暇すぎてぬくもちゃんがおかしい行動を始めた。しかし俺もまた暇人だ。もはやぬくもちゃんの謎行動を止める者はいない。
「あなたはだんだん眠くなるー……あなたはだんだん眠くなるー……」
ぶら下げられた五円玉が、俺の目の前で振り子のように揺れる。
「あなたはだんだん眠くなるー……あなたはだんだん眠くなるー……」
……。
全然効かね~。
しかしこれは効いてるフリをした方がいいんだろうか。そっちの方がまあ暇つぶしにはなるか。
よし、眠くなったフリしとこう。
「ふあ~あ……なんか眠」
「失礼いたしますわァッ!!」
突然、先代部長の
揺れる五円玉!
バターンと倒れる火巳子先輩!
「ぐー……すやすや……」
「え? 火巳子先輩?」「さ、燦射院先輩……?」
「むにゃむにゃ……もうたべられませんわぁ……」
俺とぬくもちゃんは顔を見合わせた。
よ……
「「弱ぇ~~!!」」
「ど、どうしましょう
「とりあえず、これで寝てちゃ風邪ひく。せめてこたつに入ってもらって、あったかい布をかけてあげてから寝てもらわないと……」
「ですね。燦射院先輩、いったん起きてください……!」
「んにゃ……パンナコッタでんせつ……」
「寝言がユニーク」
「なかなか起きませんよ……? あ、そうだ。あなたはだんだん起きーるー……」
ぬくもちゃんがふたたび五円玉を揺らす。
「火巳子先輩は目を閉じてるんだから意味なくない?」
「ハッ!? わ、わたくしは何を……!?」
「効くんだ……」
「おはようございます、燦射院先輩。こたつ入ってください」
「そうですわね。なんだかわたくし、急に眠気がきてびっくりしてしまいましたわ……」
いそいそと掘りごたつに入り、そのあたたかさに頬を緩める先輩。ぬくもちゃんが持っている五円玉に気づく。
「あら、それは?」
「あ……催眠術に使うやつです」
「催眠術?」
火巳子先輩が「ぬくもさんも案外子供らしい遊びをするのね」みたいな生暖かい目をした。
「ほほえましいですわね。でも五円玉を揺らしただけで催眠にかかる人なんていませんわ」
(どの口~~)
「もしそんな方がいらしたら、わたくしが『燦射院火巳子賞・純朴部門』を設立してそのまま贈呈したいくらいですわァッ!」
(自分で贈呈して自分で受賞してる)
「あ、あはは……。そうですよね……」
「ぬくもちゃんぬくもちゃん」
「何ですか先輩」
「もっかい催眠かけてみてよ」
俺は邪悪な笑みを浮かべる。ぬくもちゃんは「ええっ……」と引き気味になった。
「なんで引くの」
「尊敬する燦射院先輩に催眠術なんてかけたくないですよ……」
「どうされましたの? わたくしなら心配ありませんわ! 催眠術なんて迷信ですものッ!」
「ほら本人もこう言ってるじゃん」
「でも……」
「見たくないのか? 火巳子先輩が自分の思い通りに動くさまを。その征服感を味わいたくはないのかね?」
ぬくもちゃんの瞳が泳ぐ。「う……味わいたい……」
「ならばやることはひとつ。さあ、五円玉を揺らせ……そして願うのだ……」
「うぅぅ……燦射院先輩、ごめんなさい……」
「さきほどから何を言っていますの? わたくしが催眠なんかにかかるわけが」
「あなたはだんだん」
催眠術師ヌクモーヌの五円玉が揺れる。
「ロリになるー……」
「えっぐい催眠思いつくなあ」
「先輩がそそのかしたんじゃないですか!」
「ふぇぇ……おねーちゃん、おにーちゃん、だあれ?」
先輩が幼児退行した。
「ひぇっ! 成功しちゃったんですが!!」
「怖! エレガントな先輩がふにゃふにゃになってんの逆に怖っ!」
「うりゅ……ちらないひとがいまちゅわ……ここはどこでしゅの……」
「ぬくもちゃん戻して! 俺の先輩を返して!」
「い……いやです!」
「何!?」
ぬくもちゃんがロリひみこ先輩に手を差し伸べる。びくっと全身を震わせてぎゅっと目を瞑るロリひみこ先輩だったが、ぬくもちゃんの手に頭を撫でられ、おそるおそるの上目遣いをした。
ややたどたどしくも優しい手つきのぬくもちゃんに、ひみこ先輩は目をぱちくりする。
「大丈夫ですよ。これはひみこちゃんの見ている夢なのですから」
「ゆめ……」
「お姉ちゃんとお兄ちゃんと一緒に、ゆっくりあったまりましょうね」
「……うん。あったまう……」
おみかんありますよ、とぬくもちゃんがひみこ先輩のためにみかんを剥き始める。ひみこ先輩はすっかり安心した様子で、渡されるみかんの果肉をもぐもぐしている。
えぇぇ……謎の母性……。
と思ったけどぬくもちゃんをよく見ると、はぁはぁ興奮している。
「師匠ポジが退行するシチュ好き……」
「後輩がどんどん自分を出せるようになって俺うれしいけど出しすぎじゃね?」
「だって可愛くないですか!? いつも優雅でお美しい燦射院先輩が……黙々と私のみかんをひょいぱくもぐもぐひょいぱくもぐもぐ……!」
「まあ……それは……わかる……」
「でしょお!?」
ひみこ先輩が俺たちの不埒な視線に気づいて「……?」と小首をかしげた。無垢の可愛さが心臓に直撃し、俺は顔をゆがめて半纏の胸をぐっと掴んだ。ぬくもちゃんも梅干しを食べたみたいな顔をしてブレザーの胸のあたりをぎゅっと掴んだ。
「!? ど、どうちまちたの!? くるちいおかおをなさってましゅわよ!?」
「ぬ……ぬくもちゃん……」
「はい……」
「しばらくこのままにしとこう」
「もちろんです」
この後、めちゃくちゃ堪能した。それから催眠術を解くと、火巳子先輩は「なんだかわたくし、子どもの頃の夢を見ていましたわ!」と懐かしそうな目をしていた。三十秒前の出来事だけどな。自信たっぷりな得意顔で、火巳子先輩が力強く宣う。
「やはり催眠術など存在しないのですわァッ!! オーッホッホッホッホッホ!!!!」
「燦射院先輩かわいいです」
「いきなり何ですの!?」
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