寄贈できない思い出
◇2022/1/13(木) 晴れ◇
冬高の部室棟は木造で、廊下は当然ながらめちゃめちゃ寒い。早くこたつでぬくまろう。俺は部室棟の目立たない一角にある扉を開いて挨拶をした。
「おーっす」
「
こたつ部の部室には今日もぬくもちゃんがいて、掘りごたつであたたまっていた。何やら参考書を広げてノートに書きこんでいる。
俺はカバンを置いてこたつに入りながら、訊ねる。
「宿題?」
「はい。英語の」
「そか。みかん食おっと」
「総合型選抜で冬大入学が決まってる人は暇でいいですね」
「暇だぞ~。暇すぎてヒマワリになった」
「オタク構文をリアルで使うのやめてください」
「よいしょ」
俺は暇すぎたので、こたつから這い出て部室の隅にあるダンボール箱を引き寄せ、その中を物色し始めた。
目当てのブツを発見し、取り出す。
プチプチだ。緩衝材ともいう。
ひとつひとつ、プチプチの空気袋を潰していく。
「暇だ~~」
「こたつでプチプチする先輩、最高に暇人って感じだ」
「オタク構文をリアルで使うのやめてよ」
「そこに入ってるプチプチ、そういう用途で使っていいものだったんですか……?」
「うん。もともと部員の暇つぶしのために五十一代目部長から寄贈されたものだって聞く」
「五十一代目というと……? 熱騎先輩が五十四代目だから……」
「俺の先輩の先輩の先輩だな。確か、
ぬくもちゃんは会ったことがないだろうが、俺は古沢先輩とは顔見知りだ。俺が一年の頃、古沢先輩が、当時三年生で部長だったころなちゃん先輩に会いに来たことがある。その時に俺もいたので、少し話したのだ。
優しい先輩だったな。
あと、あの時は五十代目部長の
古沢先輩と南先輩の漫才みたいな掛け合いを思い出す。
おふたりはお付き合いをされているんですか? と訊きたかったけど、さすがに初対面かつ後輩という立場からは訊けなかった。
まあ……でも……そういう雰囲気だったな……。
「羨ましい……」
「何がですか? わっ、なんか……木琴? 木琴が出てきましたよ先輩」
「お、ダンボールん中漁ってんの? 自由に使っていいみたいだぜ、そこに入ってる物は」
「うわ、なんかキン肉マンの消しゴム?が出てきました。汚い。あとスーパーファミコンのカセットも入ってます。『MOTHER2』……あっ、このソフト、にじさんじのリゼ・ヘルエスタ皇女殿下が配信で実況プレイしてるのちょっと見たかも! 私もやってみたいかも……」
「スーファミ本体もあったと思うけどまだ動くかわからんかも」
「……ところで、このダンボール箱の中身、なんなんですか? 懐かしグッズ入れ?」
「あれ教えてなかったっけ? 寄贈物保管庫だよ」
俺は箱の側面に貼られたA4用紙を指さす。
そこには、かつての部長たちの名前とともに、箱に入った物品の名称が記されていた。
「歴代の部長がこたつ部に寄贈した何かしらが無節操に放り込まれてる。まあ部長によって寄贈したりしなかったりするし、保管庫に入ってない寄贈物もあるけど。このこたつだって、三十四代目の部長が寄付してくれたものなんだよ」
「へえー、えっ? 三十四代目より前はこたつはどうしてたんですか?」
「炭であたためる式だったらしい。それを電気式にリフォームしたんだな」
「工事の人が来たんですね、この
「いや、過去の部員にリフォームのスペシャリストみたいな人がいたらしくて、学校に内緒で工事したって聞いた」
「……先代部長の
「忍者とか、サイボーグとか、おもしろインド人とかもいるしね」
「えぇぇ……。おとといに動く人体模型と接したことで、忍者もサイボーグもおもしろインド人も信じてしまいそうなんですけど……」
「おもしろインド人は嘘だが」
「疑心暗鬼になるのでやめてください」
まあでも、俺もこたつ部の全貌を把握しているわけではないので、もしかしたら本当におもしろインド人が過去にはいたかもしれない。ちなみに忍者とサイボーグはガチだ。そう教えるとぬくもちゃんは曖昧な表情をして、「私みたいな没個性人間がいてもいいんでしょうか……」と呟いた。
「ぬくもちゃんは没個性じゃないよ。物静かだし、清楚だし、眼鏡が似合うし……」
「え。と、突然何ですか……」
「声もきれいだし、性格も可愛いし……」
「ちょ、ちょっと……あのぅ……」
「豊満だし」
「は?」
「あ痛っ! け、蹴りも強いしな。痛っ痛い、ほ、ほらぬくもちゃん見て、そこの棚の上に飾ってある綺麗な石。あれも寄贈物で、何代目かの部長が河原で拾ったらしい。寄贈するのはああいうのでもいいんだよな。俺も卒業する前に何か置いてこっかな~」
「先輩は卒業できません。今ここで私に足を折られるので」
「痛ぇ! くッ! ならば俺も反撃に出るまで!」
「なん、だとっ!?」
俺はこたつの下でぬくもちゃんの脚を(軽く)蹴ろうとする。ぬくもちゃんも負けじと脚をばたばたさせた。
四本の脚がバタつき、わちゃわちゃと絡み合う。
「生意気ですね先輩。私がどれだけ先輩を蹴ってきたと思っているんですか。その程度のこたつキックで私に対抗なんてできるはずがないです」
「く……!」
勝ち誇るぬくもちゃん。
俺はやけになって脚をやみくもに暴れさせる。
その時、足の指先が、何かに触れてなぞるように動いた。
「ひゃっ!?」
ぬくもちゃんが素っ頓狂な声を出す。
何だいまの可愛い声は。
ぬくもちゃんは自分が出した声に気づいて、顔を真っ赤にして、唇を引き結んでいる。
「あ、いま偶然足の裏をくすぐっちゃった感じ?」
「ころします」
「上手く蹴れずともくすぐりで対抗すればいいんだな、こうやって」
「ひんっ!? こ、ころします! そして末代まで呪います!」
「それ殺された側のセリフじゃね!? 痛っ痛いっ!」
こたつの下で脚バトルが繰り広げられる。
この瞬間も卒業するころには思い出になっていくんだな。
どこにも寄贈できない、ふたりだけの、思い出に……。
俺はちょっと良いことを内心で呟き、キモめな笑いを漏らした次の瞬間、足指を蹴られて突き指みたいになって死んだ。
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