冬北高校七十七不思議・NO.19【ダンシング人体模型】
◇2022/1/11(火) 曇り◇
三連休が明けて最初の放課後。今日も俺は部室棟のこたつ部部室まで足を運ぶ。扉を開けて「おすー」と挨拶をした。
ぬくもちゃんと、生物室の人体模型が向かい合い、掘りごたつに入っていた。
人体模型は動き出し、筋肉と骨の剥き出しになった顔で俺を見る。
軽く会釈をしてくれた。
俺は会釈を返した。
それから腕をつねり、目をこすり、頬を両手で叩いたが夢から覚めないので仕方なく俺もカバンを置いてこたつにinした。
プリンのようにプルプル震えているぬくもちゃんと、アイコンタクトで意思疎通を図る。
(何!? この人体模型何!?)
ぬくもちゃんは黒縁眼鏡の奥の大きな瞳を潤ませて、アイコンタクトを返した。
(助けてぇ……あつきせんぱいぃ……)
(いや、だから、この人体模型は何なんだ)
(ひぃえぇ……怖いんですけどぉ……)
(ぬくもちゃん)
(助けてぇ……)
アイコンタクト失敗。
「あ、あの……人体模型さん。何かご用でしょうか……」
諦めて直接質問する。動く人体模型さんは無表情で(当たり前だが表情を変えられないみたいだ)、メモ紙を取り出して机の上を滑らせ、俺に差しだす。
そこにはこう書かれている。
〝HEY! 緊張しないでくれブラザー。オレっちは善良な動く人体模型。七十七不思議のひとつで、こたつ部の四十九代目部長とマブダチだぜ、といえば少しは警戒を解いてくれるかい?〟
人体模型さんは自分の目をくりぬき、眼球のパーツを付け替えた。
● ● だった目が、
∩ ∩ になった。
「良い人そう!!」
「ええっ!? せ、先輩! 絶対これ邪教の本尊ですって!!」
「邪教の本尊!? いや、ぬくもちゃん。思い出したよ、冬北高校七十七不思議・NO.19に数えられる不思議存在のことを」
俺はこたつに入ったまま手を伸ばし、本棚の一冊を取り出した。『冬高七十七不思議大全』だ。五十代目部長・
「NO.19【ダンシング人体模型】。いつもは生物室で微動だにせず突っ立っているが、夜になると生物室から出て散歩したり、踊り出したりする。とても気さくな性格で、警備員の人に深夜のパトロールを任されて以来、校長からも信頼を得た珍しい七十七不思議存在である」
人体模型さんがメモにペンで書き込んで寄越す。
〝尊敬するダンスアーティストはマイケルジャクソンだぜ〟
「やっぱり良い人だよ」
「せ、先輩が言うなら、しし信じますが……」
ぬくもちゃんの黒タイツの足先が俺の足首に触れる。すりすりと擦られる。……人肌を感じてないと不安なのか?
「改めてダンシング人体模型さん、よろしくお願いします」
〝ジンタと呼んでくれ〟
「あ、じゃあジンタさん。今日はどんな用事でこたつ部へ?」
ジンタさんは、
∩ ∩ を、
― ― に付け替えた。
〝四十九代目こたつ部部長、カガリバラ・アヤカが卒業してから五年。今でも思い出すのさ、かつてやんちゃだったオレとアヤカとが拳を交え、激闘の末に分かり合ったあの青春を。会うヤツ全員に怖がられることが寂しくて暴れるオレを、殴った後に抱きしめてくれた、アイツのことを……〟
ぬくもちゃんとふたりでメモ紙の文字を読む。
俺が一年生で、五十二代目部長のころなちゃん先輩が三年生だったころ、こたつ部に差し入れをしに来てくれたことがあったっけ。なんか男勝りな女性だったな。
俺はジンタさんの、半分が筋肉剥き出しの顔を見た。
「会いたいんですか? 燎原先輩と」
〝Exactly……。あの頃みてえに、また話がしたい。だがオレっちには連絡手段がない……。アヤカはバイタリティがすげえから、きっと今でもいろんなことに挑戦して、忙しい日々なんだろう。オレと会う暇なんてないのかもしれねえ。オレのことなんか……忘れてるかもしれねえ……。それでも、な……〟
遠い目をするジンタさん。実際には表情がないが、ぼんやりと中空を見つめるような素振りからして、思い出を懐古しているようだった。
なるほどな……。
俺は自分のスマホを取り出す。
「じゃあ呼びますか?」
ジンタさんが俺を二度見した。
慌てて目を付け替える。
― ― を、
! ? にした。
〝呼べるのか!?〟
「ええ、まあ。こたつ部の歴代部長が集うLINEグループがあるんですよ。そこから燎原先輩を友だち追加すれば……よし、とりあえず挨拶のメッセージ送ってみました」
〝Wait!! 心の準備が!〟
「まだ呼んでませんよ。あっ爆速で『おっす。なんか用か?』って返事きた。どうします? 呼んでみますか?」
ジンタさんは慌てふためいてメモにガリガリと書きこんでいる。何か、長々と文章を綴っているが……あっ、クシャクシャにしてゴミ箱へ投げた。そんで頭を抱えてる。
俺はぬくもちゃんと顔を見合わせた。
アイコンタクト。
(
(えぇ……?)
(五年間も会ってない親友といきなり会えるってなったら、びっくりするじゃないですか。しかもこの方、燎原先輩っていう人に、その……こ、恋心を抱いてますよ。たぶん)
(そうなんかな。確かにそうだとしてもおかしくないが)
(恋する乙女は怖がりなんです。デリケートなんです。もっとゆっくり距離を縮めたいものなんです)
(詳しいな)
(それはもちろん! ……っあ、いえ、少女漫画に載ってて……)
(俺も今のぬくもちゃんの言葉を参考にするわ)
(少女漫画ですってば! というか何の参考に!? ま、まさか先輩、誰か好きな人が)
その時、ジンタさんが自分の頭部をガポッと外してそのままシェイクし始めた。
「ジンタさん!?」
「きゃあああああっ!? やっぱり邪教の儀式を始める気ですっ!!」
そしてジンタさんは頭部を首に嵌め直し、何事もなかったかのように背筋を伸ばすと、メモ紙に文章を書いた。
〝Sorry……何でもねえ。ヘッドをシェイクして頭ん中から臆病さを弾き飛ばしてやったぜ。そんじゃ、呼んでくれるか。アヤカをよ〟
「ねえねえぬくもちゃん、邪教の儀式って何? ねえねえ」
「うるさい」
「おし、じゃあ燎原先輩を呼びますね。送信っと。速攻で既読つきましたね。すぐ返事来ました。『いま行く』だそうです」
部室の窓がガラリと開いた。
こたつの俺たちの視線が吸い寄せられる。
現れたのはイケメンの女性だった。
モデルのようにすらりとした体型、ボサボサ気味の頭に白いキャップを乗せて、前にせり出したバイザーを指先で整える、その、姿は……
「やってるかー後輩ども! 愛弥火パイセンのお通りだぜ」
「早っ!?」
「こ、この方が燎原先輩!? 来るの早すぎじゃないですか!?」
「あー?」
窓べりを乗り越えて入ってきた燎原先輩は、ぬくもちゃんに目を留めた。見下ろされたぬくもちゃんは肩をびくっとさせ、縮こまる。こたつの下でまた俺の足首をすりすり擦る。
「おまえが今の平部員か。名前は?」
「ね、
「へえ……」
先輩は、自然な動きでこたつに入ると、ぽんぽんとぬくもちゃんの頭を撫でた。
勝気で乱暴そうな第一印象とはまた違う、優しげな微笑を浮かべる。
「良い名じゃねえか」
「え……?」
「で、あたしを呼んだのは」
先輩の顔に、気迫が戻る。
「ジンタ。おまえか」
ジンタさんは、既に目を付け替えていた。
🔥 🔥 の形だ。
〝会いたかったぜ、アヤカ〟
「おう、あたしもだ。……皆まで言うな。おまえの言いたいことはわかってる」
先輩がジンタさんを正面から見つめる。ジンタさんも腹をくくり、炎の瞳で見つめ返した。
おお……。
こ、これはもしかして……!
「わかるぜ。おまえの目を見ればな……」
ジンタさんの手に、先輩が手を重ねる。
ぬくもちゃんが顔を赤くし、俺もまた息をのむ。
ジンタさんは、もう、うろたえない。
ふたりは、じっと見つめ合い――――
先輩がジンタさんの手を掴んで肘を立て、腕相撲の形にした。
「力比べをしたいってんだろ? 上等だぜ!」
「えっ」「えっ」〝えっ〟
「懐かしいな! おまえがその闘志の目をした時、あたしたちはいつも拳で語り合っていた。わざわざ呼んだのも血が騒いじまったからだろ? いいぜ……応えてやる!」
「あー」「あの、せんぱ」
「いくぜ!」
燎原先輩は、すごい良い笑顔で手にギュッと力を込めた。
ジンタさんも、片手で〝OMG〟と書いてから、机の縁を掴んで準備万端。
「熱騎! 合図を頼む!」
俺はぬくもちゃんとまた顔を見合わせた後、お互いに力なく笑った。
「後で謝ってくださいね、燎原先輩」
「あ? 何でだよ」
「じゃ、いきますよ。レディィ……!」
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