ぬくもの推しV

◇2022/1/7(金) 晴れ◇




「推しが尊い……」


 ぬくもちゃんが突然、涙目になりながら手を合わせてスマホ画面を拝んだ。


 冬北高校こたつ部の部室。張られた畳と掘りごたつが特徴的なこの部屋で、俺は後輩のぬくもちゃんとふたりきりで過ごしている。ぬくもちゃんはスマホで動画を見て、俺は本日六個目のみかんを剥いていた。お互い無言のまま、ぬくもちゃんのスマホから流れる音声だけが響いていたのだが……

 俺は唐突に拝み始めた後輩が気になって声をかける。


「それ、バーチャルYouTuber?」

「はい……」


 ぬくもちゃんが涙を指先で拭う。「パラレルスカイの、ソーニャちゃん様です」


 彼女のスマホの動画には、3DのCGアニメーションの銀髪美少女が喋る様子が映し出されている。

 YouTubeで活躍する動画投稿者のなかでも、なんかモーションキャプチャー技術とかを使ってバーチャルな姿で配信活動を行う人のことをバーチャルYouTuber、あるいはVTuberブイチューバーと呼ぶ。キズナアイとかが有名だ。


「パラレルスカイって?」

「パラレルスカイプロジェクトです。バーチャルライバーグループの」

「にじさんじみたいなやつ?」

「はい、にじさんじとかホロライブみたいな。それで、そのパラレルスカイに所属する新人Vのソーニャ・シルバーブレードちゃん様のことが最近ほんっとに好きで……! デビュー当時から追いかけてたんですが、昨日は新3Dアバターお披露目配信があって……感動しすぎて私の部屋の壁に今これくらいの穴が開いてます」

「何でだよ」

「感動のでんぐり返しをしようとして失敗しました」

「でんぐり返しに失敗する要素あるか?」


 というかぬくもちゃんって感動するとでんぐり返しするんだ。何で?


「私の体とソーニャちゃん様グッズには傷ひとつなかったので安心してくださいね」

「怪我がなかったんならまあ良かったよ……。そんなに好きってすごいな。どんな子なの?」

「待ってください!」


 両の手のひらを突き出して『ストップ』のジェスチャーをするぬくもちゃん。「それ以上私にソーニャちゃん様のことを語らせないでください……!」


「なんで」

「感動を思い出すとでんぐり返しで先輩の顔面にこれくらいの穴を開けてしまうので……」

「それ明らか狙い定めてるよね?」

「そうでなくても、私のなかのキモオタが濁流のように出てきてしまうので……」

「いやいやそんなのいいのに。ぬくもちゃんのオタ語り面白いから好きだよ。それに、仮に仕草とかが楽しい感じになっちゃっても、好きなものに夢中な心は無条件で美しいしな」

「…………」

「ぬくもちゃん?」


 なぜかむすっとするぬくもちゃん。どうした。


「……熱騎あつき先輩は真顔でそういうこと言えてずるい」

「えぇ……?」

「ソーニャちゃん様もそういうカッコいい名言を次々と繰り出す人なんです。気高くて、いつも毅然としてて……カリスマ性っていうんでしょうか。肩書きも、遠い異世界からやってきたスフィレーン皇国の第一皇女という、やんごとなきお方なんです。いやこれはVTuberとしての設定なのですが……。で、でもですよ、ニャちゃ様のすごいところは、めちゃめちゃ自然に設定を守ってるところなんです! 皇女なのにすっごく王子様キャラで、薔薇とか咥えながら颯爽と登場しそうなくらい芝居がかってて、それでいて人間味があって……! ゲーム実況をしていて何かミスしても、ニャちゃ様は爽やかな顔で『君たちは何も見なかった。いいね?』ってごまかすところがもう、ハァッハァッ、しゅき…………はううううっ! でんぐり返ししていいですか!?」

「だから何でなの!?」


 ぬくもちゃんはこたつから出てでんぐり返った。制服のスカートのなかが見えそうになって俺は慌てて目を逸らした。

 でんぐり返り終えたぬくもちゃんは、黒縁眼鏡を整えながら、いそいそとこたつへ戻ってくる。


「落ち着きました……」

「謎体質すぎる」


 その後もぬくもちゃんの推し語りは続いた。俺はぬくもちゃんにこんだけ好かれるソーニャちゃん様とやらが羨ましいなと思いつつ、どんどん生き生きとしていくぬくもちゃんが見られてほくほくなのであった。

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